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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第五十三章 機械仕掛けの神
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羽化


 戦場とは、私にとっては庭のようなものだった。


 数多の戦士たちの雄叫びや断末魔は、小鳥のさえずりと何も変わらない。飛び交う魔法や矢の応酬も、ちょっとした小雨程度のもの。私に挑んでくる戦士たちもそれほどのものではなく、その力の差は羽虫と巨人の如くだった。


 最初のうちは、戦場を好き勝手に操る事が出来るこの力を振るうのが楽しかった。兵站も、戦略も、あらゆる要素を覆して勝利を手にする事の出来る力。人間では、ヒトの身では決して達しえない高みに私は最初から居た。私にとっての戦場とは見据えるものではなく、遥かな高みから見下ろすものだった。


 それが。その私が。


 こんな……こんな、闇と憎悪に塗れた小娘一匹を相手に、ここまで手傷を負わせられるとは。


『あ、ああっ、あっ……ぁ……』


 心臓を穿たれた傷は既に塞がっている。


 神に”肉体”という概念は存在しない。だから傷を負ったとしても、すぐその部位に魔力を集中させるだけで簡単に塞ぐことができる。これが人間では神に打ち勝つことのできない所以であり、太古からヒトに不死と崇められていた理由だった。


 しかし―――痛みだけは、消えていない。


 ずきりと、心臓を穿たれた瞬間の痛みを延々とループさせられているかのような激痛が、胸を苛み続けている。


 幻肢痛の呪い―――なんと悪辣なものを。


 片手で胸を抑えながら、よろりと立ち上がった。


 これが実力でここまで成り上がってきた歴戦の戦士だというのならば納得しよう。神々の与えた試練を乗り越え、この高みにまで自力で上ってきた戦士が負わせた傷だというのならば、私にとってもむしろほまれだ。相手の健闘を称えねば失礼というもの。


 しかし、この戦いに栄誉もなにもあったものではない。


 あるのはただ、殺すか殺されるか。騎士道精神も武士道精神も無縁な、ただただどこまでも憎悪と血で穢れ切った忌むべき戦い。


 そんな戦い方をする相手に―――この世界に生まれてまだ35年程度の小娘に、神である私が、戦と勝利の女神であるこのモリガンが圧倒され、地面に膝をつくなど……!


 こんな屈辱があってたまるか。こんな冒涜があってたまるか。


 槍を投げ捨て、両手を頭上に掲げた。頭上に浮かぶ天使の輪、その内側に広がる空間に手を差し入れる。空間に波紋が広がり、白い手の中に硬い感触が生まれた。


 そのままそれを掴み、引っ張り出す。


 天使のような頭上の輪、その中から姿を現したのは、柄から刀身、切っ先に至るまで黄金に煌めく1本の大剣。我らの主から全ての女神に与えられる”女神の聖剣”―――我ら女神の切り札だった。


 ドンッ、と鼓動にも似た振動が空間を震わせ、周囲で咲き乱れる花たちが一斉に花弁を散らす。


「……切り札か」


『貴様程度にこれを使うなど……何たる屈辱』


 今までこれを私に使わせたのは、ヒトの身では貴様が初めてだ、セシリア・ハヤカワ。


 剣を頭上で握り、構える。切っ先から黄金の光が生じ、やがてその光が剣の全体を包み込んだ。


 何度槍で串刺しにしても、身体を削っても死なぬというのであれば、再生できぬよう完全に消し飛ばすか、再生能力が尽きるまで―――”死ぬまで殺せば”良い。


 これで終わりだ、セシリア・ハヤカワ。


 せめて黄金の光に抱かれて果てるが良い。













 今の私の中に、恐怖という感情は無かった。


 怒りが恐怖を上回った、とでも言うべきか。


 組織はもう、私が居なくとも続くだろう。


 夫との間に子も遺した―――未来へと繋がる希望は、確かに生まれ落ちた。


 もう、私に残された事は何もない―――この女を地獄へ落とす。それさえ終われば、戦士としての役目は終わる。


 刀を握る手に力を込めた。


 ああ、やっとだ。


 やっと、力也たちの所に逝ける。


 あいつのことだ、きっと天国には居ないだろう。居るとしたら地獄―――血の池にでも沈んでいるか、業火で焼かれているか。まあ、どちらでも良い。


 私もそうだ、この世界で悪い事をたくさんした。多くの人々の命を奪った。きっと行くとしたら天国ではなく地獄だろう。だが、それで良い。最愛の夫がそこに居るというのなら、地獄も苦ではあるまい。


 星剣スターライトで迎え撃つかと思ったが、やめた。単純な魔力勝負ともなれば私に勝ち目はない。体内の魂を全て魔力に回したとしても、存在そのものが超高圧魔力、その発生源と言っても良い神が相手だ。ダムの決壊を水鉄砲で押し留めようとするようなものである。


 ならば、やる事は一つのみ。


 体内の魂を動員して魔力防壁を展開、私の肉体が消滅するよりも先に最短距離を突っ切ってモリガンに肉薄し、最後の一撃を叩き込む。


 今までと同じように姿勢を低くし、正面から突っ込んだ。


 狙うはフィオナ―――女神モリガン、その首ただ一つ。


 走り始めた私の目の前に、一瞬だけ大きな背中が見えた。


 ああ、父上の背中だ。


 幼少の頃、戦地へ赴く父の背中をこうして何度も見送った。テンプル騎士団の団長であり、自身も最前線で戦う1人の兵士である父の背中は城壁のように大きく、決して超えられぬものだと思っていた。


 それが今では―――あの頃よりも、ずっとずっと小さく見える。


 ただ単に、私が大人になったからという理由ではないだろう。


 父上、私もやっとここまで来ました。


 ハヤカワ家の当主として、テンプル騎士団の団長として。


 女神モリガンが、いよいよ黄金の大剣を振り下ろす。弾けんばかりに充填されていた高圧魔力が黄金の光となり、濁流にように真正面から押し寄せてくる。


 とても躱せるようなものではなかった。


 腹を括り、それを真正面から敢えて受ける。


 体内の魂を魔力に変換、それを前面に展開しつつ、身体中をキメラの外殻で覆った。


 光と闇、2つの魔力が真正面からぶつかり合う。


 身体中を、まるでミンチにされるかのような激痛が苛んだ。血管が弾け、筋肉が裂け、骨が砕けているかのような激痛。体表に展開した魔力防壁があっという間に蒸発し、外殻の表面を高圧魔力の激流が焼く。


 ここまでなのか、という考えが一瞬だけ脳裏を過った。


 あそこまで―――女神のいる場所まで到達しえない。やはり、相手は神。その本気にヒトの身で挑むのは無謀が過ぎた、という事なのだろうか。


 ただの一撃、それが肉体だけでなく、心の支えとなっていた戦意を侵食していく。


 



 ―――いや。





 ここで負けてどうする?


 消えかけていた炎が、再び燈る。


 私は何のためにここへ来た?


 女神と戦うため?


 違う。


 復讐のためだ。


 散っていった同志たちのため……あの女に利用され、使い捨てられていった祖先たちのため。


 そして復讐を利用され、その亡骸までもを機械の材料にされてしまった哀れな夫のため。


 そうだ、これは復讐だ―――”私たち”の復讐なのだ。


 あの女を地獄に落とすためだけに、力を蓄え続けた。それをこんな、ただの一撃で粉砕されていいのか? 私の復讐心とはその程度で覆るものだったのか?


 外殻が剥がれ落ち、身体中の皮膚が焼けていく。左目を覆っていた眼帯も焼け落ち、眼球が摘出されて久しい左目の古傷が露になる。


 左腕が燃え尽き、黄金の光の中へと消えていった。


 あと少し。


 前へ、前へ。


 あと一歩で、あと一歩であの女を殺せる。


 あの女を、地獄へ落とせる。


 ドクン、と鼓動が身体中に響いた。


 歯を食い縛り、刀の柄を握り締める。


『なっ―――』


 すぐ目の前に、驚愕する女神モリガンが居た。サファイアのように蒼いその瞳には、身体中が焼け爛れ、焼死体と見間違うほど無残な姿と化した1人の女が、手にした刀を振り下ろす瞬間が映っている。


 これで王手チェックメイトだ―――勝った、という確信。それをあっさりと打ち砕いたのは、パキンッ、という今一番聞きたくない音だった。


 金属が折れたような音。


 ハッとしながら目を向ける。


 手にした刀の刀身、それが半ばほどから折れ、細かい金属片を散らしていたのである。


 やはり幸運の女神は、モリガンの味方をするのか。


 ―――いや、私は運などには頼らない。


 いかなる時も、力で勝利を掴み取ってきた―――戦場において、力こそが全てであり絶対なのだ。運も、神の力も、そこに入り込む余地などない。


 女神モリガンよ……確かに貴様は、その圧倒的な力で戦場を支配してきたのだろう。数多の戦士たちを薙ぎ払い、その頂点に君臨していたのだろう。


 だが―――この戦場の支配者は貴様ではない。


 私たち、人間だ。


 焼け爛れ、指が落ちそうな手を伸ばした。その手で掴み取ったのは真っ赤に焼け、亀裂が生じ、今にも砕け散りそうな刀の刀身。


 ぎゅっとそれを握り―――崩れゆく切っ先を、モリガンの左目に深々と突き立てた。


『ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!』


 赤い血ではなく、白い光が弾ける。神に肉体という概念が存在しない、という伝承は聞いた事があるが、それはどうやら本当の話だったらしい。こうして刀の刀身を突き立てる感触も、肉に刃物を突き立てる感覚とは全く違った。薄氷をアイスピックで突き抜くような、ほんの少し硬い抵抗がある。


 刀身から手を離し、身体を再生させながら後ろに下がった。


 消失した左腕と表皮が元通りになっていく。が、再生能力獲得前に失った左目だけはそのままだった。この傷は未来永劫消えることは無いだろう……だが、それでいい。この復讐を忘れないためにも、この痛みは必要なものなのだから。


 身体の再生を終え、サンダー.50BMGを引き抜いた。後部ハッチから薬莢を取り出し、新しい12.7mm弾を装填。いつでも発砲できる状態にしてから、仰向けに崩れ落ちたままうめき声をあげるモリガンの側へ向かい銃口を突きつける。


「……これで終わりだな、お前も」


『あ、あぁ……』


「無様なものだ……人の子に負ける気分はどうだ」


 もっと絶望してくれないものか。殺さないで、とか、そんな感じに命乞いをしてくれないだろうか。あるいは早く殺してくれと懇願しても良い。いずれにせよ私は、そして貴様に殺された死者たちは、この女が苦しむ姿を所望している。


 次の瞬間だった。


 メキメキッ、と巨大な樹がへし折れるような音が世界核に響いた。ぎょっとしながら視線を音の聞こえた方向へ向けると、世界核の中央―――地下に用意されたこの空間を支えていた樹の根元に佇んでいたL.A.U.R.A.が動き始めていた。


 L.A.U.R.A.はかつてのテンプル騎士団副団長、ラウラ・ハヤカワの姿を模して造られている。シリコン製の人工皮膚に覆われたそれは、近くで見れば作り物だと分かるが、この距離から見るとまるでラウラが巨人になったようにも見える。


 胸元や下半身などを装甲で覆われた状態のそれが、信じがたい事に自らの胸を思い切り引き裂いた。シリコンの人工皮膚が裂け、人工筋肉と人工骨格の層の向こうから、無数の細かなケーブルが触手のように躍り出る。


 それは傍らで倒れている女神モリガンの身体に絡みつくと、崩壊しつつあった女神の身体を引き摺り、胸に開いた大きな穴へとあっさり吞み込んでしまう。


 単なる無人兵器の中枢制御AIにこんな機能があっていいのか―――そんな事を思いながら、L.A.U.R.A.に向けて12.7mm弾を放った。


 一撃で人体を砕く12.7mmNATO弾、しかもそれを更に強化した戦闘人形オートマタ用の強装徹甲弾とはいえ、撃ち込んだ標的はこれが砕くべき対象と比較してあまりにも大き過ぎた。


 黒騎士を思わせる傀儡たち、その倍以上のサイズを持つ、赤毛の女の姿をした機械の巨人。いくら50口径の一撃と言えど致命的なダメージには至らず、白い人工皮膚の表面に小さな穴を穿つのみであった。


 今の一撃に激昂したのか、L.A.U.R.A.が両手を地面につきながら咆哮する。獣や竜の咆哮、あるいは昂った戦士の咆哮というよりは、まるで今まさに致命傷となる一撃を受け、死にゆく女の金切り声を思わせる声だった。


 人間としての本能を揺るがす、おぞましい咆哮。それは怒りでも、女神の敗北を嘆くものでもなかったらしい。


 むしろそれは、目覚めを促すためのものだった。


 咆哮が止まり、残響が消えようとしたその時、世界核の中心に聳え立つ巨大な樹の幹がボロボロと崩れ落ち始めた。


 世界を支える柱―――神話に出てきそうな巨大な樹、その中から姿を現したのは、表面に幾何学的な模様を刻み込まれた、蒼い半透明の柱だった。巨大な結晶の塊にも見えるそれの中から、まるで孵化したばかりの卵より生まれ出る羽虫の幼虫の如く、黒い何かが”涌き出て”来るのが見えて、私は息を呑む。


 何とおぞましい事か。


「あれは……!」


 それは―――無数の戦闘人形オートマタだった。


 しかしそれらは、私が先ほどまで戦っていた黒騎士と比較すると姿が異なるのが分かる。さっきまで戦っていた傀儡たちは人間に似ていた。かつて戦場の主役であった騎士、その甲冑を思わせる姿をしていて、大地を踏み締めるための足と剣を振るうための腕があった。


 だが、あの結晶の塊から湧き出るそれはどうだろうか。


 腕らしき部位はある。が、そこから伸びるマニピュレータは僅か3本のみで、その形状も人間のそれとはまったく違う。人間、すなわち歩兵の再現として開発された戦闘人形オートマタとは異なり、機械としての最低限の機能性のみを持たせた形状だという事が分かる。


 では、足はというと……足そのものは見当たらない。


 人間で言う胸から下は、まるでその創造主が途中で飽き、そのまま放置してしまったかのように、肋骨や背骨を思わせる人工骨格のような部位が剥き出しになっているのだ。


 頭部も騎士の甲冑とは言い難い。眉間の部分にぎょろりとした紅い眼球が1つあるのみで、あとはのっぺりとした防弾フレームがあるのみだった。


 最低限の機能だけを持たせたと思われる、簡易型戦闘人形の群れ―――それらは背中に搭載されたブレード状の翼を一斉に広げると、巨大な結晶の柱の上部に解放されつつある竪穴、地上へと通じているであろうその中へと飛び出していった。


 戦闘人形オートマタの生産は止まらない。尽きる事が無いかのように、結晶の柱からは次々に簡易型の戦闘人形オートマタが溢れ出てくる。


 今すぐにL.A.U.R.A.を破壊するべきか―――そう思ったが、こちらも消耗が激しい事と、L.A.U.R.A.に今攻撃すればあれが大挙して襲い掛かって来るであろう事を考慮すれば、今は体勢を立て直すために一旦退くのが最善であろう。


 メニュー画面を出し、20式小銃を装備。私を攻撃目標と断じたか、こっちに被雷した簡易型戦闘人形に5.56mm弾のセミオート射撃を叩き込んで黙らせ、エレベーターへと転がり込む。


 フィオナは倒した……だが。


 地上へ溢れ出たであろう無数の戦闘人形オートマタの事を思い出し、息を呑む。


 できる事なら、舞台裏だけで処理したかったのだが……どうもそうはいかなくなってしまったらしい。






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