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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第五十三章 機械仕掛けの神
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報復の魔王


 ファルリュー島上陸から2時間―――セシリアとオリヴィエの2人が旧ミサイルサイロ内部へ突入してからというもの、それから一切通信は来ていない。


 無論、2人がやられたというわけでは無い。2人が首に装着したデバイス―――ラウラミニはそのバイタルサインを間違いなく拾っているし、魔力反応も未だ健在だった。このデバイスがハッキングを受ける可能性が無い事を考えると、2人はまだ生きているという事になる。


 しかし、何度通信を試みても2人には繋がらなかった。通信士が何度呼び掛けても、返ってくるのはノイズばかり。突入した2人の身に今何が起こっているのか、全く把握できないのである。


 その事に、工作潜水艦”ユニコーン”の艦長を任されたミリアス・ガルンバルト大佐は焦燥感を感じていた。


 今のテンプル騎士団をまとめ上げられるのはセシリアのみ。彼女ほどの力を持つ人間がいたからこそ、皆それに惹かれてここまでついてきた。二度と敗北する事の無い祖国、クレイデリア。その防人さきもりたるテンプル騎士団を率いる事が出来るのは彼女以外に居ない、という確信がある。


 だからこそ、セシリアをこんなところで失うわけにはいかない。


 独断ではあるが、陸戦隊の出撃準備も行っていた。セシリアとオリヴィエの2人と比較すると練度こそ劣るものの、どの隊員も第二次世界大戦中、夜の海で数多の獲物を深海へと引き摺り込んできた百戦錬磨の歩兵ばかり。決して無駄ではないだろう。


 命令違反での処分も怖くはない。むしろ、ここまで組織を引っ張ってきたセシリアを失い、テンプル騎士団という組織の空中分解を招く方が遥かに恐ろしかった。


 一刻の猶予もない。もう陸戦隊を出撃させるか―――潜望鏡で島の様子を観察しつつ、独断での出撃命令を下そうとしていたその時だった。発令所の右側に設けられた魔力観測員の席で、浮遊する立体映像や計器類の数値を読み取っていたクルーが、声を震わせながら報告してきたのである。


「か、艦長」


「なんだ」


「同志団長の魔力反応が急激に増大しました」


「なに……?」


 潜望鏡から目を離し、周囲にある柵の縁に腰をぶつけながらも大慌てで魔力観測員の席へと向かうミリアス艦長。テレビ画面を思わせる四角いモニターの数値は、通常では考えられない数値―――グラフの最上部で振り切れた状態のまま、止まっていたのである。


 ユニコーンに搭載している機材では観測できない程の数値であった。


「故障か?」


 さすがにこれは故障ではないか、と思う。


 一般的に、普通の人間が体内に宿す魔力は50メルフから80メルフ、魔術の素質のある人間でも100メルフに届くか否かというレベルである。


 しかしグラフの数値は、観測限界である690テラメルフを指示したまま動く気配が無いのだ。戦車を動かすのに必要な魔力が180メルフ、戦艦を動かすのに必要な魔力量が3キロメルフである事を考慮すると、これがどれだけ異常なのか分かるだろう。


 原子炉で生成された電力を魔力に変換でもしない限り、テラメルフにまで達する事などない―――それにもかかわらず、セシリアの魔力反応はそのレベルにまで達していたのである。


「システムは正常です。同志オリヴィエの魔力反応は正常に拾っています」


「……化け物か、あのお方は」


 機材の故障ではない―――それが何を意味するか、発令所の乗組員たちは察した。


 ―――セシリアが、ついに本気を出したのだ。


 彼女は、セシリアは恐ろしく強い。かつて勇者に復讐を誓ってから、彼女は常に戦場にあった。数多の魂を喰らい、強敵を打ち倒して、組織をここまで大きくしてきた武人―――力こそ全てであり絶対という教えを体現するかの如く貪欲に力を求め続けた彼女の強さは、古参の団員ですら底が知れないレベルである。


 それだけ力を出さなければ勝てない相手があの島の地下に居るという事の証明ではあるが―――それ以上に、彼らには確信があった。


 あのお方なら勝てる、と。


 











 咲き乱れる結晶の花たちが、怯えているのが分かった。


 まるで天敵が目の前に姿を現したかのような―――希望を全て摘み取られ、絶望一色に塗りつぶされたかのような、どす黒い恐怖の感情。それが空気を震わせ、女神モリガンに訴えかけてくる。


 この女は危険だ、と。


 セシリア・ハヤカワという女を、ローラントは”イレギュラー”と評した。計画を狂わせる因子、綿密に組み上げられた計画に異常を発生させるバグ。最初はモリガン自身もそう認識していた。線路の上に置かれた石のようなものだ、と。


 だが、実際は違う。


 イレギュラーという言葉すら、生温く思える。


 これはもはや”天敵”だった。


 数多のお伽噺や伝承に遺る魔王―――勇者や大天使たちによって度々倒されてきたそれが、現代に蘇ったかのような、そんな感覚すら覚える。


 これがヒトなのか、とモリガンは思った。


 ヒトが、ヒトの子が、こんなにもどす黒い存在に成り果ててよいのか、と。


 これではまるで呪いだ。怨敵に対する殺意と呪詛をその身の内に宿し、魂まで黒く染まり切った、ヒトではない何か。セシリアとの付き合いはそれなりに長い女神モリガンではあったが、彼女をここまで畏れた事は未だかつて一度もなかった。


 9つの尾を揺らめかせ、頭部の左半分から不規則に伸びた複数の角。それはまるで山羊の角や悪魔の角のように捻れていて、キメラという種族の特徴から大きく逸脱している。


 残った右目から紅い光を発し、身体中からも赤黒いオーラのようなものを発するセシリアの後方―――そこに亡霊が佇んでいる事に、モリガンは気付いた。


 身体中が傷だらけで、まるでゾンビのようではあったが―――闇のように黒い頭髪と、その中から伸びた機械の角を持つ180cmほどの身長の巨漢は、1人しか知らない。


 それはかつて、セシリアを妻とし彼女と愛を誓った1人の復讐者そのものだった。自ら誓った復讐が、輪廻にインプットされたプログラムでしかないと知りつつも、その身を賭して復讐を全うし逝った1人の男。


 速河力也の亡霊だった。


 死してなお、妻の力となろうとでも言うのか―――忠誠心なのか、それとも未練か。


 次の瞬間、セシリアが動いた。踏み締めた地面を大きく抉り、結晶の花弁を撒き散らしながら、亡霊を引き連れたセシリアが姿勢を低くしながら突っ込んでくる。


 自分の力を試そうとか、モリガンを嬲り殺しにしようという意図は全く感じられなかった。とにかく今、ここで殺す。その殺意しか感じない。


 だからなのか、その状態で放たれた剣戟は急所―――すなわち首筋を正確に狙った、鋭い一撃だった。


 下手をすればそのまま転倒してしまいかねない程の極端な前傾姿勢、その状態から深く踏み込み、刀を右斜め下から左斜め上へとかち上げるセシリア。槍でガードするモリガンだったが、その一撃の”重さ”は先ほどまでには無いものだった。


 巨人の殴打をもろに喰らったかのような衝撃に、戦の女神であるはずの彼女の腕にビリビリと衝撃が走る。今まで数多の戦場を支配してきたモリガンであったが、果たしてここまでの攻撃を繰り出してきた英雄は居ただろうか?


 足に力を込めて踏ん張り、押し退ける。が、セシリアはそこで鍔迫り合いには持ち込まない。受け流すかのように刀の刀身を滑らせたかと思いきや、今度は左側からやや角度を付けた刺突で、モリガンの心臓を狙ってきた。


『―――ッ』


 咄嗟に足を持ち上げ、セシリアの腹を思い切り蹴り飛ばす。刀の切っ先は胸元を浅く切り裂く程度であったが、もし反応が遅れていたら心臓を串刺しにされていたのは間違いない。


 蹴飛ばされたセシリアは体勢を崩し地面を転がったが、大したダメージは受けていないようだった。


 姿勢を低くし、セシリアが咆哮を発する。それはもはやヒトの声ではなく、竜の咆哮のようにも聞こえた。かつてのガルゴニスが発した人類への宣戦布告、あるいは勇者たちを迎え撃つべく発した最期の咆哮。


 ズドン、と銃声が響く。対戦闘人形用にと彼女が持ち込んでいたサンダー.50BMGの銃撃だった。しかも装填されている12.7mm弾は通常の弾薬ではなく、装薬を限界まで増量し弾速を更に向上させ、弾丸の素材に劣化ウランを使用する事でより重くした特注の”強装徹甲弾”。常人に命中しようものならば、その脆弱な肉と骨を容易く砕き粉々にしてしまうほどの威力を持つ代物だった。


 槍を回転させ、モリガンはその一撃を弾く。ガァンッ、と装甲が銃撃を弾くような甲高い音が響き、微かに手が衝撃で痺れる。


 その先に、セシリアは居なかった。


『!!』


 どこか、と探すまでもない。


 蒼い花畑に、黒い影が落ちる。それだけで彼女がどこに居るのかを悟るのには十分だった。


 まるでそれは、漆黒の獣―――いや、魔獣だった。


 9つに分かれた尾を揺らし、頭から不規則に生えた角を振りかざしながら、刀を手にした1人の女が真っ逆さまに落ちてくる。


 性懲りもなく身動きの取れなくなる空中で、二度も同じ手を喰らうものか。モリガンとは戦と勝利の女神、あらゆる戦場を支配してきた戦争の化身である。それが、ヒトの子1人に後れを取るなど―――翻弄されるなど許されようか。


 歯を食い縛り、モリガンは右手に持った槍をセシリア目掛けて投げ放った。それはまるで120mm砲から放たれたAPFSDS、あるいはクジラを仕留める銛の如く、急降下してくるセシリアの左側頭部を直撃する。


 ガッ、と空中で紅い何かが飛び散った。セシリアの血肉だ。頭蓋骨の破片、脳の一部。頭の左半分を捥ぎ取られたセシリアの身体から力が抜けていく。


 仕留めるまでには至らないが、これで攻撃は阻止できた―――次の一手を打とうとするモリガンだったが、落下してくるセシリアの瞳に光が戻ったことに気付き、驚愕する。


『―――!』


 ベキッ、と頭蓋骨を何かが突き破るような音と共に、再生したばかりの彼女の頭から更に角が生えた。血に塗れたその角もやはり捻れている。


『小癪な!!』


 吠えつつ、槍を突き上げる。その穂先はセシリアの腹を深々と刺し貫き、モリガンの頭上で文字通りの血の雨を降らせた。柄を伝って流れ落ちてくる紅い血。しかし、その一撃をもろに受けたセシリアの顔に苦悶の表情は無い。


 むしろ、やっと獲物に喰らい付いたという捕食者のような表情がそこにあって、モリガンはその異質さに恐怖を覚えた。


 これがセシリアという女なのだ。


 報復の対象を仕留めるまでは決して止まらない。そしてその戦いは、刺し違える事すら厭わない。怨敵を仕留め、地獄に落とす事が叶うのであれば、相討ちになっても良い―――自らの生還すら期さぬその戦いは今に始まった事ではなかった。


 幼き日のセシリアの戦い方を、教官であったウラルはこう評している。


 『攻撃は熾烈なれど、自らの命を軽視し、相討ちすら厭わぬ傾向あり』と。


 こんな相手に狙われ、報復の対象と定められたらたまったものではない―――それを今、彼女の成長を見守ってきたモリガンは味わわされていた。


『ギエッ……!』


 ガッ、と首筋に鋭い痛みが走る。


 槍に串刺しにされていたセシリアが、手にした刀の切っ先をモリガンの首筋に突き立てていたのだ。鮮血の代わりに白い光が漏れ、魔力放出に乱れが生じていく。


 セシリアを串刺しにしていた槍に亀裂が走ったかと思いきや、ガラスの砕けるような音を発し、粉々になった。周囲に血飛沫と、ダイヤモンドダストにも似た煌めきが舞う。


 魔力で生成した槍が、ダメージによって魔力放出に乱れが生じた事により、実体化を維持できなくなったのだ。


 腹に開いた穴を再生させつつ立ち上がるセシリア。モリガンも同じように立ち上がろうとするが、そこで違和感に気付いた。


『……!?』


 首筋の痛みが、いつまで経っても消えないのである。


 傷口は塞がっているというのに、痛みだけが残る。


 まるで四肢を失った人間が苛まれるという幻肢痛ファントムペインのように。


 その正体は、すぐに察しがついた。


 セシリアの背後に浮かび、恨めしそうな目でじっとこちらを睨んでくる力也の亡霊―――死してなお彼女を守り続けるあの亡霊が、この消えぬ痛みの元凶なのであろう。


 勇者によって四肢を奪われ、苛まれ続けた幻肢痛ファントムペインの苦しみ。それをセシリアの攻撃に乗せ、相手の身体に痛みを永遠に残す呪術の類だった。セシリアが習得したのか、それとも無意識のうちにこうなったのかは定かではない。


 ならば、とモリガンは両手を広げた。


 後方に無数の魔法陣が出現し、大量の槍がその中から姿を現す。美しい彫刻の刻まれた白銀の槍たち。その穂先が睨むは、黒い影を従えた異形の”魔王”。


『―――痴れ者めが、身の程を知れ!!』


 女神の号令と共に、大量の槍が解き放たれた。












 行け、セシリア。お前ならやれる。


 そんな力也の声が聞こえたような気がして、身体中に力が漲った。


 あいつはいつもそうだ。いつも後ろから声をかけて、背中をそっと押してくれる。


 だから私は、あいつが大好きだった。


 飛来する大量の槍を躱し、モリガンに向かって突き進む。接近を阻もうと槍を矢継ぎ早に放ってくるモリガンだが、その表情は苦しそうだった。先ほど首筋を刀で貫かれた痛みが今なお残っているのだろう。


 幻肢痛の呪い―――ここまで悪辣な呪いは他にはあるまい。


 刀で槍を弾き、頭を狙った一撃を身体を傾けて何とか躱す。頬が微かに切れて血が滲んだが、掠り傷だ。例え手足が捥げ、腹に槍が突き刺さり、この首から上が消し飛ぼうとも私は止まらない。


 この意識が、自我がこの世にある限り、戦いを絶対にやめない。


 戦いとは理不尽に抗う事だ。それをやめた時、ヒトは木偶人形に成り下がる。


 右腕に槍が突き刺さり、骨が砕ける。肘の繋ぎ目の部分に突き刺さった槍が筋肉繊維をブチブチと引き裂いて、大きな風穴を穿って突き抜けていった。


 今度は肩に、そして右足に。段々と弾幕が濃くなっていき、被弾も増える。


 それでもまだ、足は止めない。


 体内にある魂の残量が凄まじい勢いで減っていく。再生する度に魂の数が減っていき、腹の中でずっと響いていた怨嗟の声が1つ、また1つと消えていくのが良く分かる。


 あと少し……あと少しなのだ。


 あと少しで、全ての元凶が―――あの女の首を討ち取れるのだ。


 あと少し―――されどこの手は、未だ届かない。


 誰かが背中を押してくれている感覚があった。


 冷たく、けれども温かい、大きな機械の手のひら。


 ああ、やっぱりお前か。


 いつもそうだ。いつもお前だけが私の傍にいてくれた。


 ありがとう、力也。


 刀を大きく薙ぎ払い、衝撃波で槍の群れを纏めて吹き飛ばす。ほんの一瞬だけだが、攻撃の飛来しない空白が眼前に生じた。


 すぐにまた槍を無数に飛ばしてくるのだろうが、そんな事は承知の上でそこへと踏み込む。案の定、モリガンはそれを見越していたようで、大量の槍が胸元や左肩に突き刺さった。


『何故だ……何故そこまでして戦う? 何故そうまでして神に挑む……?』


 激痛に耐えながら、足を前に踏み出した。


 一歩、また一歩。


 言ったはずだ、フィオナ。


 これは世界のあり方を、我らの理想のどちらが正しいかを問うための戦いではない。これは私の、私たちの復讐なのだ。


 気高い理想とは程遠い、血濡れた復讐、そのための戦い。怨敵を撃ち果たす事だけが目的なのだから、常識という尺度でこれは推し量れない。


 怯えながらも突き出したモリガンの槍の一撃を、紙一重で回避した。飛び道具でも仕留めきれず、最後の矛すらも躱された―――今の女神モリガンを守る矛はもう、無い。


『―――!!』


 深く踏み込み―――前へと倒れ込むような勢いで、両手でしっかりと持った刀を女神の心臓へ突き立てた。


 モリガンの苦しそうな叫び声が、世界核の中に響き渡った。





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