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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第五十三章 機械仕掛けの神
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『リキヤ』




 大昔の事です。


 神様によって造られた人類は、何度も何度も殺し合いを繰り返していました。


 宗教、領土問題、差別……理由はいろいろありましたが、地球上で血の流れない日は一日としてなく、幾度も繰り返される戦乱で、世界は紅く穢れてしまいました。


 このままでは世界は完全に穢れ、壊れてしまう―――それを阻止するため、世界の浄化という大き過ぎる使命を全うするべく、ハーフエルフの巫女と、その護衛の傭兵は旅に出ました。


 あらゆる苦難を振り払い、世界中に渦巻く穢れを浄化していく2人。しかしその使命は果たされる事なく、巫女は凶刃に斃れてしまいます。


 共に旅をした仲間の死は、傭兵の心を砕きました。


 この世界の人々は、自力で世界を守る事が出来ない。そう判断した神々は、世界を滅亡へと導く”芽”を摘み取るため、滅びの使徒を世界へ解き放ったのです。


 彼らの名は―――。












 自らの足で立つことができなくなったあの日から、私の武器は銃ではなく知識になった。魔術、錬金術、そして専門分野たる考古学。あらゆる知識をこの頭に収め、技術という形で現実のものとする。


 車椅子が必需品になった時から、ずっとそうだった。


 それは今も変わらない。


 目の前にあるのは資料の山。いずれも別世界に派遣された”テンプル騎士団遠征軍”が、向こうの世界の国家と交渉し、決裂した場合や攻撃を受けた場合はそれを滅ぼして持ち帰ってきた未知の技術の数々。


 願わくば、私が今見ているこの『時間遮断技術』が平和的に譲渡されたものであると信じたい。


「はぁ……」


 溜息をつきながら、自分の研究室の中を見渡した。以前は古代の廃れた技術を復元させる仕事をしていたというのに、今となっては異世界の、全く系統の異なる技術の解析と複製、そして軍事転用が私の仕事になっていた。


 さて、この時間遮断技術は何に使えるだろうか。弾薬や食料の保存料? それとも外部との時間の流れを遮断する事による防御兵器? とにかく転用できそうな分野を頭の中で思い浮かべていく。


 1人で考え込んでいたからなのだろう、テーブルの上の電話が鳴っている事に、たった今気付いた。


 古めかしい、けれどもダイヤルの無い紅い電話。受話器を取ればすぐに中央指令室と繋がるようになっている、研究室直通の電話だった。


 これが鳴るという事は緊急の案件か。目を通した資料に折り目を付けて目印とし、受話器を手に取った。


「はい、第一研究室」


《博士、中央指令室です。同志ガルゴニスがお見えです。今そちらに向かうとの事で》


 ガルちゃんが?


 ジャングオから遥々クレイデリアまで何をしに来たというのだろう?


「分かりました」


 受話器を置き、手元にあるスイッチを押した。自走式の車椅子が駆動し、進みたいと望む方向へすいすいと進んでいく。とりあえず紅茶でも淹れて出迎える準備をしていよう、とティーカップを用意していると、ノックも無しに研究室の扉が開いた。


 分厚い扉の向こうに立っていたのは、真っ赤なジャングオの民族衣装―――”ジャングオドレス”というらしい―――に身を包んだ、在りし日のラウラにそっくりな大人の女性だった。彼女と違うのは特徴的な赤毛にウェーブがかかっている事と、頭から伸びる角がまるで山羊のように捻れている事くらいだろうか。


 最古の竜ガルゴニス。


 かつてモリガンの傭兵たちとの戦いに敗れ、彼らの仲間となったエンシェントドラゴンであり、全ての竜たちの起源。そんな彼女―――といっても性別という概念が無い―――は今、激動の時代を乗り越え発展している最中のジャングオで、総統の助言者として働いている筈だ。


 ジャングオの総統ほど多忙ではない、なんて言ったら失礼にも程があるけれど、ガルちゃんだってこんな穴倉の底までやって来れるほど暇ではない筈だ。ルオシー総統不在の間の党及びジャングオ支部の指揮や訓練の視察、周辺諸国の軍司令部及び国家元首との会合への出席とか、やる事は多い。


「ああ、久しぶりですねガルちゃん。もっと早く言ってくれればお菓子も用意して待っ―――」


 カツ、カツ、カツ、と靴の音を響かせながら、ガルちゃんが部屋の中へ足を踏み入れた。古い友人を訪ねてきたにしては、その表情は随分と深刻そうだった。悪いニュースか、と悟りつつ彼女の方を振り向くと、護衛もつけずにやってきた彼女は周囲を見渡し始める。


「大丈夫です、カメラも録音もしていません。プライバシーは保証します」


 知られたくない話、か。


 テンプル騎士団にはシュタージという諜報組織があり、その実力はこの世界でもトップレベルだ。気がついたら諜報員を送り込まれていた、という事も当たり前で、世界大戦でも、そしてこの冷戦でも活躍してもらっている。


 そんな部署だからこそ、身内に対する監視もそれなりに行っているけれど、この研究室だけは例外だった。組織への忠誠心が保証できる人材に対しては、監視の目は幾分か緩くなる。とはいえフィオナの馬鹿女が離反してからというもの、身内に対する監視を徹底するべきという声も大きくなりつつあって、この組織もなかなか住みにくくなっている。


 研究室に監視カメラとか盗聴器でも設置された日には、落ち着いて研究すらできなくなってしまう。


 そういうわけで、今のところはこの部屋にはそういった監視の類の機材は置かれていない。完全なプライバシーが保証できる数少ない空間だった。


「ステラよ……お主、昔の事は覚えているか」


「昔?」


「お前がまだ幼子だった頃の事じゃ」


 なんと嫌な事を思い出させるのか。


 あれからいったい何年経ったのだろう―――いくら時間が経てど、決して癒える事のない傷跡かつてウェーダンの悪魔が家族を失ったように、セシリアさんが全てを失ったように、私もあの時、全てを失ったのだ。


 家族も、故郷も、幸せだった毎日も。


 私の種族―――サキュバスは、自分で魔力を生成する能力を持たない。太古の時代より魔術の扱いに秀で、その技術は多くの人々を救ってきた。だからサキュバスは技術を齎し、人々はその見返りに魔力を提供する。今ではすっかり姿を消し、未だに”魔女”と呼ばれ忌み嫌われるサキュバスも、その頃は世界の一部だった。


 それが世界の敵になったのは、両者の共生関係が崩れた時だった。


 サキュバスは他者から魔力を吸収しなければ生きていけない。だから人間たちからは死なない程度に魔力を分けてもらい、相手を死に追いやるのは禁忌タブーとされていた。それを破る者たちが相次ぎ、次第にサキュバスは人類の敵とされた。


 誤解を解こうとするサキュバスたちの努力も虚しく、ついに人類によるサキュバス殲滅戦が始まってしまう。私がまだ子供の頃の事だった。


 私の母は私だけでも救うべく、地下深くへ封印してくれたおかげでこうして事なきを得た。けれども、タクヤに封印を解いてもらった頃には、もう私以外のサキュバスは誰一人として残っていなかった。


 それが、私の過去。私が失ったものの全て。


「覚えていますが……それが何か」


「思い出してほしい……いや、すまぬ。お主にとっては嫌な事じゃろうが、必要な事じゃ」


「あの、言っている意味が分からないのですが」


 いったい何のために必要だというのか?


「サキュバス殲滅戦―――その時、人類を率いていた勇者の名は知っているか」


 殲滅戦の時、圧倒的戦闘力を誇るサキュバスの戦士たちを返り討ちにして突破口を切り開いたのは、異世界から召喚された1人の勇者だったと聞いている。


 ああ、それならば。


 名前が印象的だったから、よく覚えている。


 それにしても、奇妙な事もあるものだ……当時の勇者の名前が、セシリアさんの夫と同じ名前だなんて。


「確か”リキヤ”と聞いています。リョナ河さんと同じ名前ですよ」


 彼も”リキヤ”だったのでしょうか。世界が滅亡に迫った時、異世界より召喚される救世主”リキヤ”。いったい彼が何番目のリキヤだったのかは詳細な記録が無いので分からないのですが……。


 答えると、ガルちゃんは最悪の予想が当たってしまったと言わんばかりに目を見開いた。


「やはりか」


「何がです?」


「―――私を封印した勇者の名も”リキヤ”じゃった」


 息を呑んだ。


 サキュバスを滅亡に導いたのは、リキヤという名前の勇者。


 ガルゴニス率いるドラゴンたちを敗北へ追いやったのも、リキヤという名前の勇者。


 レリエル・クロフォードと相討ちになり、世界を救ったのはリキヤという名前の傭兵で―――勇者を滅ぼし、ナチスに大打撃を与えた男もまた力也。


 これはいったい、どういう事か。


 あらゆる歴史の転換点に―――いや、違う。1つの文明、勢力、国家。大きな力を持つ者が滅ぶ時に、リキヤという名の異世界人が関わっている。


 リキヤとは異世界から召喚され、この世界を救っていく勇者。


 いや、違う。


 もし仮に、これが私たちの勘違いなのだとしたら?


 歴代のリキヤたちは世界を救っていたのではなく―――世界を滅ぼそうとする文明、それを滅ぼしているだけであったのだとしたら?


 古代語において、リキヤとは『滅びの使徒』を意味する言葉。最も恐ろしく、呼び寄せてはならない存在とされていて、サキュバスたちは最も恐れていた言葉。


「かつてレリエルを封印に追い込んだ大天使の名もまた”リキヤ”……私たちは、勘違いをしていたのかもしれぬ」


「彼らは勇者ではなく……文明、種族の破壊者だと?」


「破壊者……それで済めば良いのじゃが」


 破壊者で済めば良い……それ以上のものが、果たして存在するというのか。


 いや、それよりも。


「フィオナが奪っていったL.A.U.R.A.ですが」


「む」


「あの中には、リキヤの……速河力也大佐の脳が」


 最強の兵士だった彼の思考パターンを得るため、という名目で、フィオナは死者に鞭を打った。ヴァルツへ移送中だった彼の遺体を奪還し、その頭を切り開いて、死後間もない彼の脳を引っ張り出したのだ。


 あろうことか、それを機械の生体制御ユニットにするという死者への冒涜。何とも許しがたい、倫理観を無視した行いだと憤ったものだけど……もしそれが、最初からリキヤの遺伝子を、そしてその力を我が物とするためだったのだとしたら?


「面倒じゃな……じゃが」


 腰に下げていた鉄扇を広げながら、ガルちゃんは不敵な笑みを浮かべた。


「お主らの総大将もまた、リキヤの血を受け継ぐ女傑。そうじゃろ?」













『リキヤとは勇者ではなく、滅びの使徒。この世界が生まれ、神々が人類の力に見切りをつけてからというもの、幾度となく訪れた世界滅亡の危機を跳ね除けた圧倒的な力』


 蒼い花を散らす巨大な樹を見上げながら、フィオナはまるで幼子にお伽噺を語るかのような声音で話を始めた。


『災厄、魔物の大量発生、大量破壊兵器を用いた大戦争……世界滅亡の原因には色々ありますが、その大半が人間の手によるものでした』


「人類同士の殺し合いだと?」


『その通り。かつて栄華を極めたサキュバスたちも、私腹を肥やすために魔力を吸い上げ、人々を死に追いやった。彼女たちがやり過ぎてしまったがために、サキュバスは世界を敵に回した……あのガルゴニスも、レリエルもそう。世界に戦いを挑み、世界に敵と断じられ、退けられた。何故ならそれらを放置していれば、世界は滅亡してしまうから。神々が定めたあり方とは違う、別の世界になってしまうから』


 神々の定めた世界のあり方……?


 目を細めた。


 世界とは、人間の自由意志で回っている。国家の政策も、同盟国との協定も、権威主義国家を除けばそれらは民意が反映された結果として行きついた結末だ。大昔、それこそ人類と神々が共に暮らしていた神話の時代ならばまだしも、今の時代に神々が介入できる余地があるとは思えない。


『人間には自由意志がある。自由は尊重されてしかるべきですが、自由を行使すれば結果はあらぬ方向へ行きつく事もある……運悪く破滅に行きつく事さえ、あるかもしれない。そうなった時に備え、神々は”安全装置セーフティ”を用意していたのです』


安全装置セーフティだと?」


『その通り。人類が自由意志を行使じ、発展させた文明がもし世界を破滅に導く危険なものであった場合……その出現の合図として紅い月を夜空に掲げ、文明を摘み取る”滅びの使徒”を呼び寄せる。それが100年周期で訪れていた大災厄、”災禍の紅月”の正体』


 災禍の紅月。


 人類を滅亡に導く大災厄。大地に溜まった穢れが噴出し、魔物の大量発生や災害といった形で人類に牙を剥く。この世界では、大昔まで100年周期でそんな災厄が訪れていた。


 その時に必ず紅い月が昇り、明けぬ夜が続く事から”災禍の紅月”と呼ばれていたという。


「リキヤは勇者ではないのか?」




『違います。あれは救うための力ではなく、壊すための力。世界を破壊せんとする悪しき文明、それを痕跡もろとも消し去る【対文明兵器】―――それがリキヤの正体です』




 対文明兵器。


 世界を滅ぼしかねない危険な勢力を、その文明諸共摘み取る滅びの使徒。


 それがリキヤの―――私の祖先の正体。


 思い当たる節はいくつもある。祖先たるリキヤ・ハヤカワはレリエル・クロフォードと相討ちとなり、世界の掌握を目論んでいた過激派吸血鬼たちを壊滅に追いやった。タクヤ・ハヤカワは天城輪廻を打ち破り、世界を救った。世界を滅ぼそうとした彼女の痕跡を根こそぎ消し去って、だ。


 そして私の夫は、勇者を殺しナチスに引導を渡した。


 皆、壊している。


 文明とまでいかなくとも、国家や勢力を。


「―――だが、考えられん。いくら強大な力を持っているとはいえ、個人が1つの文明を滅ぼすなど無理があろう」


『そう、いくらリキヤが強くても無理がある。圧倒的な力を見せつけるだけでは人々に崇拝され、時が経てば利用されるだけ。人類の成長を促すためにも力そのものは控えめで、人類を扇動できるような存在が好ましかった。だから神々は考えたのです。”人類を一つにできる感情、それをコントロールできれば良い”と』


「人類を一つに?」


 馬鹿馬鹿しい。


 有史以来、人類が1つになった事などあるものか。


『あら、そうですか? セシリアさんなら思い当たる節があると思いましたが?』


「……まさか」


 衰退しつつあったテンプル騎士団―――寄せ集めの軍隊だったそれを、私は何で束ねたか。


 問いに対する答えが出たのは、すぐだった。


 ―――復讐心。


 特定の相手に対する憎しみ、怒り、絶望―――それを利用し、私は同志たちを扇動した。自分たちから家族を、恋人を、家を、財産を、そして栄光を、全て奪っていった忌むべき国家ヴァルツ。奴らへの復讐心で、私は同志たちを1つにまとめ上げた。


『そう、復讐心や怒り、憎しみと言った負の感情です。モリガンのリキヤさんもそうでした。ネイリンゲンで殺された仲間の無念を力に変え、その怒りで仲間を扇動した。その結果寄せ集めの軍隊は1つにまとまり、勇者を封印へ追いやった』


 にやり、と笑いながら、フィオナはこっちを振り向く。


『リキヤはそれを利用できるのです。世界を滅亡へ導く文明、それへの復讐心を糧に、人々を1つに団結させる。仮に周囲にそのつもりが無かったとしても関係が無いのです』


「どういうことだ」


『リキヤは周囲の人間の精神を汚染し、攻撃的な思想へと変化させていく能力がある……ああ、今のテンプル騎士団が一番わかりやすい例ですね』


 心臓が締め付けられるような錯覚を覚えた。


 心当たりのある話だ。


 発足当初のテンプル騎士団は、敵勢力の降伏した捕虜を受け入れる慈悲深さがあった。捕虜を人道的に扱い、決して皆殺しにするような戦いはしなかった。


 それがいつからか、敵は皆殺しにするという攻撃的な思想に染まっていった―――歴代団長が世代を重ねる毎に、それは強くなっている。


 まさか、これもそれが原因だと……?


『そして何より、その能力は遺伝するのです……分かりますか、セシリアさん? 分かりますよね、セシリアさん?』


 テンプル騎士団を今の形にしたのは。


 平和な世界にいまいち馴染めなかったのは。


 その遺伝が原因だった……?


 自らの出生の真相―――それはあまりにも禍々しく、血塗られたものだった。





 世界滅亡の原因となりかねない文明を滅ぼす滅びの使徒(対文明兵器)





 私は、そして姉さんは、その末裔だったのだ。





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