テンプル騎士団の内戦
テツヤ・ハヤカワ率いるテンプル騎士団白軍と、クロエ・ハヤカワとウラル・ブリスカヴィカ率いるテンプル騎士団赤軍が一番最初に戦闘を繰り広げた場所は、クレイデリア連邦の大都市『ユートピウス』郊外に広がる平原であった。
ユートピウスには古代文明の研究所があるため、ユートピウスを陥落させれば、下手をすれば銃や戦車よりもはるかに強力な古代文明の兵器で蹂躙される可能性が低くなるためである。そのような古代文明の技術を解析するための研究設備はタンプル搭にも存在するものの、ユートピウスではテンプル騎士団へと送られる古代文明の兵器や技術の4割が保管されているため、ユートピウスを赤軍によって攻め落とされれば、白軍の戦力は大きく削ぎ落とされることになるのである。
兵士の錬度は、ベテランの兵士が多い白軍の方が上であった。白軍に所属する兵士の半分以上は、タクヤやユウヤが団長だった頃から所属しているベテランの兵士たちばかりである。それに対し、反旗を翻した赤軍は兵士たちの8割が白軍に反旗を翻したため、白軍に兵力が大きく勝っている上に、総大将であるクロエが兵器のデータを継承したことによって全ての兵士に最新型の兵器を支給する事ができていたものの、兵士の大半は実戦経験が少ない新兵や、まだ経験の浅い若い兵士たちばかりであった。
ユートピウスへと赤軍の戦車部隊が侵攻したものの、対戦車地雷をこれでもかというほど設置し、対戦車ミサイルも用意していた白軍の攻撃によって、戦車部隊は大損害を被る羽目になってしまう。
しかし、ウラル・ブリスカヴィカ率いる赤軍の騎兵隊が白軍の側面から攻撃を仕掛け、守備隊の分断に成功したことで、今度は白軍が赤軍の猛攻で大損害を被ることになった。
最終的に白軍の指揮官は守備隊に武装解除を命じ、ユートピウスは陥落することとなったのである。
古代文明の研究設備を制圧し、白軍の戦力を大きく削ぎ落とすことに成功したものの、白軍が未だにタンプル搭内部のホムンクルス製造装置を保有している以上、時間が経てば経つほど白軍がより大規模な物量を手に入れ、反撃を開始することになるのは火を見るよりも明らかであった。それゆえに、赤軍は他の重要拠点を立て続けに攻め落とし、内戦を短期間で終わらせる必要があったのである。
ユートピウスの次に油田や賢者の石の採掘場を占拠した赤軍は、白軍がホムンクルスの大量生産を開始し、内戦が泥沼化する前に集結させるべく、テンプル騎士団本部のタンプル搭及び、クレイデリア連邦首都『アルカディウス』への攻勢を開始する。
資源や古代文明の兵器を失った白軍は、自我を剥奪し、自爆能力を持つ”戦時型”のホムンクルスを再生産し、製造が完了した個体を次々に戦闘に投入して抵抗したものの、立て続けに戦闘に敗北した上に家族たちの説得によって士気が一気に低下した兵士たちが次々に武装解除したことによって首都アルカディウスは二週間で陥落した。
だが、タンプル搭は健在だったうえに、クレイデリア沖にはジャック・ド・モレー級戦艦の15番艦『ギヨーム・ド・シャルトル』を旗艦とする白軍主力艦隊が展開していたため、タンプル搭を攻撃した部隊は要塞砲と戦艦の主砲による強烈な砲撃を叩き込まれることになり、最初の攻勢は失敗することとなった。
そこで、副団長のウラルは首都を攻撃した部隊と合流させて再編成を行っている内に、ジャック・ド・モレー、ユーグ・ド・パイヤン、ジルベール・オラルの3隻が率いる赤軍の主力打撃艦隊をクレイデリア沖へと突撃させて白軍の艦隊を排除し、海兵隊をタンプル搭の軍港側から上陸させ、陸軍と海兵隊でタンプル搭守備隊を挟撃するという作戦を立案する。
第一次タンプル搭攻撃作戦の失敗から三日後に、3隻のジャック・ド・モレー級戦艦と複数のスターリングラード級重巡洋艦で編成された主力打撃艦隊がクレイデリア沖へと突撃したことによって、ジャック・ド・モレー級戦艦同士の砲撃戦が行われた。
白軍の主力打撃艦隊を撃滅することに成功した赤軍は、海兵隊を軍港側から上陸させ、陸軍と挟撃することに成功する。
第二次タンプル搭攻撃作戦は、第一次タンプル搭攻撃作戦よりも熾烈な戦いとなった。突入した兵士たちと守備隊の兵士たちが地下の通路や室内で銃撃戦を繰り広げたことにより、あらゆる通路は血痕と弾痕で満たされた。組織が分裂する前は一緒に戦った戦友たちが、血まみれになりながら敵兵の肉体をナイフや銃剣で貫き、棍棒で殴打する死闘が繰り広げられたのである。
テツヤ・ハヤカワは兵士たちと共に抵抗を継続したものの、最終的に自分の愛娘であるクロエに射殺されたことにより、白軍は武装解除することとなった。
テンプル騎士団が弱体化する原因となった内戦は、娘が実の父親を狙撃して殺害することによって幕を閉じたのである。
無数の7.62mm弾が、炎上している白軍のT-14の装甲の表面を直撃しているらしく、反対側から弾丸が跳弾している甲高い金属音が何度も響いてくる。車体の陰からちらりと敵兵のいる方向を確認するが、俺が顔を出したことに気付いた兵士がすぐにこっちを撃ってきたせいで、土嚢袋の後ろにいる敵兵の人数や装備をちゃんと確認する事ができなかった。
敵の装備はおそらくAK-15やPKPペチェネグだろう。残っている兵士は8名ほどだ。
『白軍の全ての兵士に通達します。赤軍は、既に中央指令室を占拠しました。直ちに武装を解除し、投降してください。もう同志たちと戦いたくはありません。…………お願いです、銃を捨てて戦闘をやめてください』
上空を旋回しているヘリや、地上に設置されているスピーカーから女性の団員の声が聞こえてくる。岩山の上にいる要塞砲の砲手たちや、格納庫に立て籠もっていた白軍の兵士たちは投稿しているようだが、中にはまだ戦闘を継続している部隊もいるらしい。
「お願いです、同志! もう戦闘はやめてください!」
一緒に戦車の影に隠れていたホムンクルスの兵士が、まだ弾幕を張っている兵士たちに向かって叫んだ。しかし、相変わらず戦車の反対側からは7.62mm弾が直撃する甲高い金属音が響いてくる。弾切れになったとしても、あいつらは銃に銃剣を装着したり、腰に下げている剣を引き抜いて抵抗を続けるつもりなのかもしれない。
次の瞬間、白軍の兵士たちに向かって呼びかけていたホムンクルスの兵士が、急に頭を大きく揺らした。頭を突き飛ばされたかのように大きく後ろへと振ったかと思うと、後頭部から頭皮の一部や鮮血が飛び出し、灰色の砂で覆われた地面の上に飛び散る。
後ろへと崩れ落ちたホムンクルスの兵士の頭には、風穴が開いていた。戦いをやめろと呼びかけていた兵士の頭を、あいつらは無慈悲に撃ち抜いたのだ。
無慈悲に撃ち抜くべきなのは、同志ではなくクソ野郎共だろうが…………!
歯を食いしばりながら手榴弾を取り出し、安全ピンを引っこ抜く。戦車の影に隠れていた若い兵士が、彼らを本当に殺すんですかと言わんばかりに俺を見上げてきた。首を縦に振り、敵兵が隠れている土嚢袋の後方へと向けて手榴弾を投擲する。
カツン、と岩に手榴弾が落下する音が聞こえた直後、爆音と男性の悲鳴が同時に響き渡った。戦車の装甲を直撃していた銃弾たちの跳弾する音がぴたりと止まる。敵の射撃が終わったという事を理解しつつ戦車の陰から飛び出した俺は、銃を構えたまま土嚢袋の反対側を覗き込んだ。
土嚢袋の反対側には、砂まみれになった死体が転がっていた。今しがた投擲した手榴弾の爆風で、敵のライフルマンや機関銃の射手はバラバラになってしまったらしい。
「ゴホッ………」
「テツヤ…………!」
血まみれになったテツヤが、瞼を開けながら血を吐いた。肩や脇腹には手榴弾の破片が突き刺さっており、身体中が血まみれになっている。今の手榴弾で教え子まで殺す羽目になってしまったと思ったが、彼は辛うじて生き残ったらしい。
安堵しながら彼を助け起こすために手を伸ばす。生け捕りにすれば最終的にはテツヤを裁くことになってしまうが、こいつは転生者を討伐して人々を守ろうとしていたのだ。何人も善良な転生者を殺してしまったクソ野郎だが、出来るのであれば殺したくはない。
そう思いながら助け起こそうとしたが、彼の足を見た途端に目を見開く羽目になった。
テツヤは辛うじて生きていたが――――――身体を外殻で覆う前に手榴弾が炸裂したらしく、彼の右足は膝から下が千切れ飛んでいた。太腿には破片が突き刺さっており、断面は少しばかり焦げているのが分かる。
キメラの外殻は非常に硬いため、ライフル弾ですら容易く弾いてしまう。外殻もろともキメラを吹き飛ばすには対戦車ミサイルや無反動砲の対戦車榴弾を直撃させなければならないため、キメラは”人間サイズの戦車”と呼ばれる。
だが、外殻を生成していない状態であれば普通の人間と同じなのだ。
すると、口から血を吐いていたテツヤが、助け起こそうとしている俺にトカレフTT-33を突き付けた。
「テツヤ…………」
「先生…………教えてください…………。俺が間違ってたんですか…………?」
「同志テツヤ、すぐに銃を捨ててください!」
AK-15を彼に向けながら、数名の兵士たちが駆け寄ってくる。彼らを睨みつけたテツヤは痙攣している右手でトカレフTT-33のグリップをぎゅっと握りながら、彼らに向かって何発か弾丸を放った。けれども、痙攣している腕で正確に標的を撃ち抜けるわけがない。弾丸は駆け寄ってきた兵士たちに牙を剥くことはなかった。
「この世界のために…………祖先たちの………計画を成功…………させる……ために………殺し続けた…………。毎晩、夢に屍たちが出てくるんです…………両目から血の涙を流しながら、俺に縋りついてくるんです…………。でも、計画のためには敵を殺さなければならない…………”敵”がいない世界こそ…………………祖先たちが思い描いた理想郷………なんですから…………」
「違う…………お前は殺し過ぎたんだ、テツヤ」
タクヤやユウヤは、標的を殺すべきクソ野郎か否かをしっかりと判断していた。世界から消すべき敵を選んで殺していたんだ。でも、お前は何の罪もない転生者まで殺した。自分が生まれた世界とは違う世界に連れて来られるという絶望に耐え、この世界で生きようとしていた異世界人まで無慈悲に殺したんだ。
善意を抱く人々がいない以上、そこは理想郷とは言えない。
お前が作り出そうとしていたのは、死体と怨嗟で埋め尽くされた地獄でしかないのだ。
再びトカレフTT-33を俺に突き付けるテツヤ。首を横に振ったテツヤは、こっちを見上げて「世界のためです」と言いながら、引き金を引こうとする。
次の瞬間、テツヤの頭に風穴が開いた。一発のライフル弾がテツヤの眉間を直撃し、砂で覆われた地面や周囲から突き出ている岩を真紅の飛沫で禍々しい模様に変貌させる。
『…………標的を排除しました』
「クロエ、お前…………」
ヘッドセットから聞こえてきたのは、まだ幼い少女の冷たい声だ。ぎょっとしながら弾丸が飛来する方向を見上げると、岩山の上に設置された巨大な要塞砲の近くに、やけに小柄な狙撃手が立っているのが見える。銃剣だけを搭載したモシンナガンをゆっくりと下ろしたクロエは、頭に風穴を開けられた実の父親の屍を見下ろしながら、涙声で呟いた。
『……………………さようなら、お父さん』
「…………」
クロエにとって、テツヤは実の父親だ。
では、テツヤにとってクロエは実の娘だったのだろうか? それとも、自分の力と地位を受け継ぐ継承者でしかなかったのだろうか?
そう思いながら、テツヤの目をそっと閉じさせる。
このバカは、あの世に行ったら間違いなくタクヤやユウヤに叱られることだろう。下手をしたら、あの世で粛清される羽目になるかもな。
「…………大馬鹿野郎」
眉間を撃ち抜かれた教え子の亡骸を見下ろしながら、俺は涙を拭い去った。
「フィオナ博士の話では、あと2ヶ月くらいで生まれるそうです」
真っ白なベッドに横になった赤毛の女性が、大きく膨らんだお腹を幸せそうに微笑みながらそっと撫でる。お腹の中にいるのは、きっと彼女と同じくドラゴンのような尻尾とキメラの角が生えた、人間とドラゴンの遺伝子を併せ持つ赤子だろう。
昔はテツヤの教育や内戦のせいで虚ろな目をしていたが、成長して男性と付き合い始めてからは、彼女は感情豊かになったような気がする。母親になって幸せになりますようにと祈っていると、ベッドの近くにある椅子にイリナが腰を下ろした。
「赤ちゃんの名前は決めてるの?」
「ええと、『シュンヤ』っていう名前にしようかなって」
「へえ、シュンヤかぁ…………」
「そういえば、イリナさんの娘さんたちは元気ですか?」
「うん、みんな元気だよ。孫がオルトバルカの大学で彼氏作っちゃったんだって♪」
「孫ですか………ふふっ、吸血鬼の人って羨ましいですよね。ずっと若いままなんですから」
吸血鬼の寿命は非常に長いため、自分の子供や孫どころか、子孫と一緒に暮らすのは珍しい事ではない。寿命が短いキメラや人間では考えられない事らしいが、吸血鬼にとっては成長して大人になった子供や子孫たちと、まるで友達同士のように過ごすのは当たり前である。
ちなみに、イリナの孫は彼女に滅茶苦茶そっくりなのでよく見間違えてしまう。
「そういえば、ウラル先生は結婚しないんですか?」
「んー………任務で忙しいからなぁ」
正直に言うと、任務で忙しいというのは嘘である。
本当は、妻や子供たちが俺よりも先に年老いて死んでいくのを見るのが辛いから、結婚するのを避けていたのだ。既にイリナがタクヤと結婚しているから、ブリスカヴィカ家の子孫を残すことはあまり考えなくていい。
もし結婚するなら、ハイエルフや吸血鬼のように寿命の長い種族と結婚するべきだろう。
「僕が女の人を紹介する?」
「い、いや………妻は自分で探すよ」
苦笑いしながらそう言った俺は、近くに置いてある赤いベレー帽をかぶり、クロエの自室を後にした。
あの内戦の影響でテンプル騎士団は弱体化してしまっているし、世界中の善良な転生者たちにテンプル騎士団は転生者を虐殺する恐ろしい組織だと思い込まれている。戦力の再編成と名誉回復をしなければならない。
妻を探すのはその後だ。
※クロエはキメラとハイエルフのハーフなので耳が長くなってます。ただ、寿命はキメラと同じです。




