忘れ去られた地の底で
騎士の甲冑を思わせる戦闘人形のバイザーに、7.62×39mm強装徹甲弾がめり込んだ。装薬を限界まで充填し、弾丸の素材に劣化ウランを使用した特注の弾薬は、開発陣の、そして前線で戦う兵士の期待通りにバイザーを砕き、その奥で不気味に煌めくセンサー部を砕く。
パキャッ、とガラス管が割れるような音を断末魔に、戦闘タイプの戦闘人形が動かなくなる。眉間を撃ち抜かれた人間の如く崩れ落ち、スパークを発しながら鋼鉄の屍を化した。
これで3体―――その戦果を誇っている余裕は、私には無い。
敵に有効な打撃を与えうる攻撃があるというのは心の支えになるが、一難去ってまた一難とはよく言ったもので、まるで私への嫌がらせの如く次の難関が押し寄せてくる。
戦闘人形では勝負にならない、あるいは勝負できるようになるまでまだまだデータが必要であるという事は向こうも自覚しているようで、それならばと大量の戦闘人形を投入してきたのだ。
「くっ……」
ミサイルサイロの上から、支柱の影から、キャットウォークの上から、そして後方の排煙口の向こうから、次々に押し寄せてくる黒騎士の群れ。それらに7.62mm弾を射かけ、何体か餌食にしながら舌打ちをする。
同志団長が制御室に辿り着き、ローラントの首を討ち取るまでの数分。その間持ちこたえるのが私の役目だ。ここで奴らの手にかかって死ぬのも惜しくはない―――が、すぐにやられるというのも私のプライドが許さない。
私の名はオリヴィエ。製造番号HS/SH-033、個体名”オリヴィエ”。
最強の遺伝子を受け継いで生まれたホムンクルス兵―――その名に恥じぬ戦いを。
大剣で斬りかかってきた戦闘人形の剣戟をひらりと右へ躱し、がら空きになった頭部をPRSストックで殴打。やはり人間と同じように、想定外の方向から加えられた打撃には耐えられないようで、ぐらり、と黒騎士の上半身が揺らぐ。
タックルで吹き飛ばし、体勢を崩した戦闘人形へRPK-203のフルオート射撃。強装徹甲弾が黒い防弾フレームを食い破って蜂の巣に変え、風穴から半透明の紅い人工血液やオイルが噴き上がる。
ギギギ、と苦しそうに軋むような音を残し、その戦闘人形は動かなくなった。
「―――!」
ブンッ、と背後から振り払われたロングソードの切っ先を紙一重で躱しつつ、左手でRPK-203のドラムマガジンを取り外す。尻尾を使ってポーチから予備のドラムマガジンを引っ張り出して装着、その間に突き出されたロングソードの刺突を、頭を左へ傾けて回避する。
ゾッとする。今の回避が遅れていたらどうなっていたか―――眉間に切っ先を突き立てられ、即死していた事だろう。
すぐ脇を掠めていった死の恐怖に屈さず、左手を伸ばしてコッキングレバーを引いて初弾装填、再装填を終える。
眉間を剣で狙ってきた礼儀知らずの黒騎士へ、RPK-203のマズルブレーキを突き入れた。バイザーを砕き、文字通り突き刺さった銃口。その状態でお構いなしに引き金を引く。
ガガガンッ、と重々しい銃声が弾け、戦闘人形の身体が痙攣する。人間でいうところの脳に相当するセンサー部を撃ち抜かれた苦痛なのか―――いや、機械に痛みは分かるまい。
恐怖も、痛みも、そして怒りも、どれも人間が持つものだ。熱い血と鼓動を身の内に宿す人間だけの特権なのだ。鼓動もなく、冷たいオイルを宿す程度の機械に何が分かるものか。分られてたまるものか。
マズルブレーキを強引に引き抜いたところで、じゃらりと鎖が触れ合うような音がした。音の聞こえてきた方向を一瞥すると、柄と筒状の打撃部を鎖で繋いだフレイルを振り回しながら、1体の戦闘人形が迫ってくる。
筒状の打撃部には、棘状のスパイクがびっしりと生えていた。
ああいった武器は、騎士の鎧を粉砕するために生み出されたものだ。銃が普及してからはすっかり姿を消し、今では博物館の中に眠るばかりの代物ではあるが―――騎士の鎧同様、キメラの外殻もこれなら砕けるだろうという考えらしい。
RPK-203での応戦は間に合わない。長大な銃身と、支援の用途故に犠牲にされた取り回しの悪さがここに来て足枷となる。
相手の戦闘データを分析し、それに基づいた対策を講じる―――なるほど、彼らはよく学習している。
だが―――目の前の敵に勝つ事ばかりを考えて、すっかり忘れているのではあるまいか。
―――私たちが手にしているのは、フレイルを戦場から追いやった他ならぬ”銃”である事に。
左手を胸元に伸ばし、その中に納まっているリボルバー拳銃を引き抜く。
中から姿を現したのは、5発入りの弾倉と重厚な銃身を持つ、RSh-12だった。使用弾薬は12.7×55mm―――破壊力は装薬量の関係で重機関銃の銃撃には及ばないが、至近距離での殺傷力は絶大だ。
もちろん装填されている12.7mm弾も通常弾ではない。対戦闘人形用に材質の見直しと装薬量の増量が施された、対戦闘人形の強装徹甲弾。
バウンッ、と50口径の名に恥じぬ重々しい銃声が轟く。頭部のバイザーに飛び込んだそれは、身に纏った質量と運動エネルギーで無慈悲にセンサー部を撃ち抜き、戦闘人形の制御ユニットを粉砕してしまう。
トリガーガードに指をかけて銃をくるりと半回転させ、素早くホルスターに戻す。後ろへとジャンプして投げナイフの投擲を回避しながら、追撃しようと突っ込んでくる戦闘人形の一群に7.62mm弾をばら撒く。
限界がどこかは見当もつかないが―――私はまだ、戦える。
同志団長、貴女の背中は私が……!
戦闘人形は、戦いを経験する度にそのデータを学習し、強くなっていく。
その原形となっているのは力也の戦闘データで、思考パターンも力也のものを参考にして構築されているという。
だからこそ私は憤るのだ。
奴らが私の期待を下回るほどの弱さである度に憤慨する。はらわたが煮えくり返るのだ。どうして奴らはこんなに弱いのか―――元となった男は、私の夫は、あんなにも強かったというのに。
死者を侮辱するな。私の夫に泥を塗るな。
バイザーを7.62×39mm弾で撃ち抜かれ、身体中を痙攣させながらキャットウォークから落ちていく戦闘人形。振り向くまでもなく、後方からは他の個体も追ってくるのが足音で分かった。
手榴弾を引っ張り出し、安全ピンを引き抜く。頭の中で4つ数えてから後方へ投擲、カツン、という人間の兵士にとっては一番聞きたくない音を置き土産に、制御室へと続く階段を駆け上がる。
バオンッ、と手榴弾が炸裂し、戦闘人形たちの足音を飲み込んだ。いったい今の一撃で何体倒したのか見当もつかないが、1体でも多く倒す事が出来ていればそれでいい。
踊り場で足を捻り、方向転換した時にその戦果が把握できた。
幸運の女神は、今回ばかりは私の味方のつもりらしい。今の手榴弾の一撃は腐食していた階段を見事に吹き飛ばし、制御室へと続く階段の一角を大きく吹き飛ばしていた。戦闘人形の跳躍力で辛うじて飛び越えられる程度だが、少なくとも追撃の妨げにはなる筈だ。
隣のキャットウォークから飛び移ろうとしていた戦闘人形の顔面に、マガジン内の7.62×39mm弾を全部叩き込んだ。1ダースほど撃ち込んだところでマガジンの中身が空になり、喧しかった銃声が随分と静かになる。
銃というのは弾薬を与えてやらねば静かになってしまう。そういう武器だ。
ポーチからマガジンを引っ張り出し、古いマガジンをそれで弾いて再装填。コッキングレバーを引き再装填までの一連の動作を終える。
マガジンを前方に傾ける必要がある分、20式小銃やM4系列の小銃と比較すると、AKは癖が強い。その分堅牢で壊れにくい、これでもかというほどの信頼性の高さがついて回るのはありがたいのだが……。
力也もよく使いこなしたものだ、亡き夫の技量に感心しながらも、崩落した床の上を飛び越えて階段を駆け上がる。
やがて、前方に制御室へと続く防爆扉が見えてくる。
左手をマガジンに添え、人差し指をグレネードランチャーの引き金へ。照準器を覗き込まない砲撃だが、この距離なのだから外しようがない。
ポンッ、と腰だめに構えたAKのアンダーバレルから、40mmグレネード弾が躍り出る。防爆扉の突破を阻もうと2体の戦闘人形(戦闘人形)が立ちはだかるが、グレネード弾はその戦闘人形の脇を掠め、防爆扉の中央部を見事に直撃した。
戦闘人形が背後で生じた爆風に煽られ、ぐらりと体勢を崩す。
小銃から手を離す。AKはスリングで繋がっているから、手を離したところで脱落するようなことは無い。
ここまでノンストップで突っ走ってきた勢いを乗せ、戦闘人形に体当たり。ゴシャアッ、と人体との衝突では発しえない重々しい轟音が響き、鋼鉄の兵士があっさりと通路から弾き飛ばされる。
邪魔者が居なくなったところで、右腕を外殻で覆った。黒く、繋ぎ目から紫色の光が漏れる禍々しいキメラの外殻。戦車砲すら防ぐほどの硬さのそれを力いっぱい握りしめ、先ほどグレネード弾が直撃した防爆扉の表面を思い切り殴りつける。
ボコォンッ、と、まるで徹甲弾が戦車の装甲を穿つような音が響き、耳が痛くなった。
最初から殴ってた方が早かったかもしれない―――そんな事を考えつつ、防爆扉を左右にこじ開け強行突入。室内に転がり込むと当時に、サンダー.50BMGを引き抜いた。
銃口の先に居るのは―――こんな状況になってもなお、こちらに背を向け動じる素振りを見せないローラントただ一人。
「王手だ」
「……なるほど、やはりイレギュラーだ」
そっと眼鏡を外しながら、ローラントはやっとこちらを振り向く。
「確実に足止めできる戦力を用意していた……なのに、貴女はそれを掻い潜ってここへ辿り着いた」
「随分と計算が甘くなったな」
「貴女という存在は、悉く計画を狂わせる」
ローラントの瞳―――力也の義眼のように、人間の目に限りなく似せて作られたそれの表面に、一瞬だけではあるが幾何学的な模様が浮かんだのが分かった。生身の人間の瞳には決して浮かばぬ模様。何かにアクセスしている、という事を察した直後、何の前触れもなく制御室の防爆ガラスが弾け飛ぶ。
ガラスの破片から頭を守りつつ、ローラントに向けていたサンダー.50BMGを放った。
ハンドガンというよりは”ハンドキャノン”のような代物だ。拳銃とは思えぬ反動と轟音を撒き散らし、想定されているよりも遥かに短い銃身から12.7mmNATO弾が躍り出る。加速のためのエネルギーを十分に受け取れないため威力は落ちるが、至近距離の標的に叩き込むのであれば問題あるまい。
戦闘人形であれば確実に撃ち抜けるという確信があったが、私の耳に届いたのはそれが弾かれる甲高い音だった。
「……!」
いつの間にか、巨大な”腕”があった。
黒と紅の禍々しいダズル迷彩。分厚い装甲の繋ぎ目からは紅い光が漏れていて、まるであの装甲の下で何かが燃えているかのようにも思えた。神話に出てくる巨人の腕を彷彿とさせたが、それにしては戦車の装甲を思わせる形状をしていて、”指”に当たる部分には57mm機関砲の砲身がある。
―――チェルノボーグ。
予測はしていたが、こんなものまで用意していたか。歓迎パーティーを盛大に開いてもらえるのはありがたいが、これは少々後片付けが面倒になりそうだ。
「計画に支障を及ぼすイレギュラー要素は抹消する……それが私の役割」
巨大な腕がローラントを鷲掴みにした。そのまま、まるで彼を喰らおうとするかのように、開け放たれた頭部のコクピットへ彼の身体を収めてしまう。
咄嗟に武器をAKに持ち替えて撃ったが、弾丸が打ち据えたのは閉まっていくコクピットの装甲だった。倭国に伝わる”ぬらりひょん”とかいう妖怪を思わせる、変わった形状の頭部のハッチが完全に閉じ、大量の火器を満載した巨大機動兵器が目を覚ます。
頭部に埋め込まれた複眼型のセンサーが点灯し、装甲が軋む音とも、獣の咆哮とも思えるかのような音を放つ。
巨人が目を覚ました、か。
しかも随分と寝起きが悪いようだ……。
足を外殻で覆い、先ほどこじ開けてきた防爆扉を思い切り蹴破って外へと飛び出した。その直後、両手の指に搭載された合計10門の57mm機関砲が一斉に火を噴き、制御室の中をあっという間に廃墟に変えてしまう。
57mm機関砲―――口径だけなら第一次世界大戦中の戦車砲と同じだ。装甲車に搭載できる機関砲としては最大クラスのもので、当たり所と使用弾薬によっては戦車にダメージを与える事も期待できる。そんなものを機関砲として連射できるのだから、それだけの破壊力があるかまで語る必要はあるまい。
しかもそれを10門一斉に掃射してくるのだ。はっきり言って、その弾雨の中には居たくない。キメラの外殻という最強の盾があったとしても、だ。
爆風と瓦礫の破片を背中に浴びながら、M203の砲身をスライドさせて薬莢を排出。新しいグレネード弾を薬室の中に押し込んで、砲身を元の位置に戻す。
さて、チェルノボーグが厄介な兵器である理由はいくつもあるが……まず第一に魔力防壁を有している点が挙げられる。
これは高圧魔力を機体外周部に散布する事により、外部からの敵の攻撃を相殺し機体を守るというバリアーのようなものだ。防御力は搭載しているフィオナ機関の魔力出力に依存するが、チェルノボーグのものは高出力タイプ。その気になれば艦艇の動力源としても使用できるグレードのものである。
さらにそれには指向性が付与されている。
簡単に言うと、『内側からの攻撃は通過させ、外からは完全にシャットアウト』という何とも都合のいい代物だ。だからチェルノボーグは敵からの攻撃を一方的に防ぎ、逆に自分は好き放題に撃ちまくれるのである。
まあ、そもそもチェルノボーグの任務が敵拠点への単独降下と、降下地点で固定砲台化し敵拠点を内側から殲滅する事である。熾烈な反撃に晒されることを想定しているからこそ、過剰な防御力が付与されているのだ。
それに加え―――フィオナが手を加えた改良型には、面倒な機能が追加されている。
無駄だと知りつつもグレネードランチャーを放つべく、視線をチェルノボーグに向けたその時、私は南カフリアの戦いで散々煮え湯を飲まされたその”新兵器”が稼働状態に入りつつあることを悟る。
チェルノボーグの分厚い装甲が解放されたかと思いきや、その内側から長方形の板状にカットされたメモリークォーツのプレートが出現し、紅い光を放ちつつあったのである。
「!!」
チェルノボーグの周囲を、無数の瓦礫や戦闘人形の残骸が漂い始める。まるで無重力になったかのような光景だが、違う。あのプレートから放出される何らかの力によるものだろう。魔力とはまた違った系統の力場を形成しているのだ。
次の瞬間、チェルノボーグの周囲に浮かんでいたそれらの物体が、次々に砲弾の如くこっちに向かって飛んできたのである。
サイコキネシスでも使っているのか、と悪態をつきながら、隣のキャットウォークへ飛び移った。
味方も機械だからなのか、射線上に行動可能な戦闘人形が居ようとお構いなしだった。圧倒的な運動エネルギーと瓦礫の質量に引き裂かれ、防弾フレームを砕かれた傀儡たちが次々に粉々になっていく。
ぎょろり、と複眼状のセンサーがこっちを向いた。重そうに腕を持ち上げ、5門の57mm機関砲をこっちに向けてくるローラント。装填されているのは対装甲目標用の徹甲弾ではなく、対人制圧用の炸裂弾。
なるほど、奴はこれがあったからこそあんな余裕を維持できていたらしい。
南カフリアで、私に星剣スターライトという切り札を使わざるを得ない状況にまで追い込んだ機動兵器……確かに脅威だ。
―――昔の私にとっては。
息を吐き、AKを背負った。代わりに背中にずっと背負いっ放しだった、金棒のような形状の棍棒―――”対物破砕槌”を引っ張り出す。
戦闘人形の防弾フレームを叩き壊すための装備だが、これならあの謎の力場を突破できるはずだ。
あの”新兵器”の正体、我々はもう見破っている。
メモリークォーツに隠された、誰も知らぬ特性。それを西側諸国にだけは渡したくなかったからこそ、火山地帯にまでわざわざスペツナズを派遣したのだ。
ローラント、貴様の持っている情報はどれもこれも古すぎる。
更新が追い付かなくなった古い機械はどうなるか知ってるか?
廃棄処分、だ。




