元凶を討て
ファルリュー島。
オルトバルカの南方に位置する小国、ラトーニウスに面する”南ラトーニウス海”に浮かぶ孤島の一つ。オルトバルカが雪国たる原因とされている、極寒のシベリスブルク山脈から適度に距離を置いているからなのか、気候は比較的温暖で過ごしやすい場所とされている。
水源の確保が困難である事から住民はおらず、かつてのラトーニウス王家が稀にバカンスに訪れる程度だったその島が、およそ100年前に勃発した大規模な転生者同士の殺し合い―――”第一次転生者戦争”の舞台となった。
ネイリンゲンに核を落とし、大勢の人々を虐殺した勇者の軍勢と、その復讐に燃える我らの祖先らの殺し合いは、最終的に勇者の封印という形で決着がついた。死闘の末に祖先が勇者を異次元空間に封印した事で勇者の計画は頓挫し、残された部下たちは皆殺しという結末に至ったのである。
そしてそれが、我々ハヤカワ家と勇者の因縁の始まりでもあった。
モリガンの傭兵として各地で戦い、英雄となったリキヤ・ハヤカワ。最強の転生者の一角とされ、キメラの起源でもあった彼が後世に遺してしまった唯一にして最大の負の遺産、それがあの勇者だった。
結局、あの不死の勇者は祖先でも殺し切ることができなかったのだ。だから彼は”封印”という手段で妥協した。
それがまさか100年後、子孫の世代に大きな絶望を刻む事になるとは夢にも思わなかった事だろう。
フィオナが―――彼女の傀儡たちが己の死地に選んだのは、我々にとって因縁のあるそのファルリュー島だった。
「作戦を説明する」
タンプル搭の会議室にある円卓に、私の声と共にテンプル騎士団のロゴマークが立体映像で投影された。赤い背景に5つの黄色い星と、金槌と鎌を交差させたエンブレムのアニメーションが再生され、立体映像投影装置が立ち上がる。
蒼い結晶状の立体映像が再現したのは、南ラトーニウス海の一角だった。中央にはファルリュー島と思われる島がある。
「解析の結果、撃破された戦闘人形のデータが送信されているのはファルリュー島である事が確定した。これより我々はファルリュー島へと向かい、これを全て撃破、フィオナの遺産の根絶を試みる」
作戦そのものは簡単だった。作戦展開地域に向かい、敵対勢力を全て撃破する。この上なく分かりやすくてシンプルなブリーフィング。面倒なのは敵戦力の規模が全く不明な事と、作戦展開地域がラトーニウスの主権が及ぶ領海内であるという事だ。
特に後者は面倒だった。昔であれば勝手に踏み込んで作戦を展開しても許されたらしいが、今はよりにもよって冷戦中。ちょっとした軍事行動が挑発行為と受け取られかねない。しかもラトーニウスは反オルトバルカ、反永久安寧保証機構を掲げる国家であり、オルトバルカからの独立からすぐにNATOに加盟申請をしているほどだという。
さて、そんな国家が我々テンプル騎士団を歓迎するだろうか?
「問題は作戦展開地域がラトーニウスの領海内という事よ」
姉さんもその点を問題視していたようで、立体映像を操作しながら説明を始めた。映像にラトーニウスの領海の範囲が黄色く上書きされ、視覚化される。ファルリュー島は見事にラトーニウスの領海内にすっぽりと収まってしまった。
「知っての通り、ラトーニウスは西側に近い立場を取っている。1世紀もオルトバルカに支配され続けていればそうもなるでしょうね……」
オルトバルカ共産党の過酷な政策も、その敵対意識に拍車をかけた。
元々、ラトーニウスは肥沃で広大な土地を持ち、大昔から農業が盛んな地域だった。豊富な農作物に恵まれ、周辺諸国が飢餓で苦しんでいる最中も国民はその恩恵を受けて腹を満たし、余裕のある食料は友好国へ輸出できる余裕すらあったほどだ。
この事から、ラトーニウスは”中央大陸の食糧庫”とまで呼ばれるようになる。
オルトバルカとの戦争による敗北と、それによる併合―――とはいってもラトーニウスが戦争を仕掛け返り討ちにあった結果なので自業自得であるが―――を受けた後も、ラトーニウスの食料生産能力は変わらなかった。
ラトーニウスは食料をオルトバルカに供給し、オルトバルカはその見返りとして高度に発達した魔術をラトーニウスに齎す……王政時代はそうやって、何とか戦争まで至った劣悪な関係を改善しようと双方努力していたようだ。
それをスターリンが見事に吹き飛ばした。彼女の強引な工業重視の政策により、農業は疎かになり食料生産能力は低下。それに追い打ちをかけるように農作物の不作が重なり、オルトバルカ連邦内部で大規模な飢饉が発生。共産党は”食料を人民に平等に分配する”という名目でラトーニウスから農作物を徴収したが、果たして本当にそれが人民の胃袋へ収まったかどうかは定かではない。
崩壊する農業、飢饉、そして共産党の容赦ない食料の徴収により、ラトーニウス国内は酷い有様だったという。その辺の雑草やら虫やら、とにかく食べられそうなものを口に放り込んで飢えを凌いだという話であればまだ良い方で、酷い場合などは人間の肉を食って生き延びたケースもあったという。
そんな過酷な過去があったからこそ、ラトーニウス人のオルトバルカに対する憎悪は計り知れない。
まあ、我々テンプル騎士団が目の敵にされている理由はそれだけではないのだが。
「大使館を通じて今回の作戦をラトーニウス側に通知するわけにもいかないため、この作戦は極秘で行う。向こうに通知したところで承認される可能性はゼロに等しく、むしろ妨害を受ける恐れがあるからだ」
妨害に現れたラトーニウス軍を粉砕しファルリュー島へ向かうという選択肢も考えたが……下手にここで戦端を開き、西側諸国を刺激するようなことは避けたい。
仮に第三次世界大戦が勃発したとなれば、それは確実に核兵器の応酬になる。そして終末時計の針は進み、世界は核の炎と放射能の雲に覆われ、第四次世界大戦で人類は石と棍棒で戦う事になるだろう。
人類文明の崩壊、その発端になるという最大の汚名を受ける事だけは避けたい。子供たちの世代のためにも。
だからラトーニウスとは戦わず、こちらも作戦目標を達成するにはこれしかないのだ。
「作戦は私と親衛隊だけで行う。もしラトーニウス側、あるいは西側諸国に作戦が露見した場合は、組織としては知らぬ存ぜぬを決め込んでもらって結構」
そう言い放つと、説明を聞いていた親衛隊の兵士たちがざわついたのが分かった。
今回の戦いはあくまでも親衛隊のみで行う―――親衛隊はテンプル騎士団の指揮系統から独立した、私の私兵部隊でもある。組織を動かすとなれば色々と手続きが必要になるし、万一計画が露見した場合に言い逃れが出来なくなる。
が、そもそも指揮系統が異なる親衛隊であれば話は別だ。万が一の事があっても”所属不明の部隊”と切り捨てる事は容易であろう。
こういう風にしたのは保険の意味合いが強い。
万が一、敵戦力がこちらの予想以上のものであり、撤退を強いられてしまった場合、組織の戦力を温存していればすぐに第二の策を講じる事が出来る。第一、確実な勝利が見込めるほどの戦力を投入できる状況ではないのだから、可能な限り最大の戦力を投入しつつ万が一に備えるというのが最善の策であろう。
まったく、政治というものは本当に面倒だ。姉さんは”駆け引きが面白い”と言っていたが、私にはそれがいまいちわからん……。
「島への上陸は私とオリヴィエの2人で行う。現地まではタイフーン級原子力潜水艦”ユニコーン”で移動、上陸後は沖合で待機しサポートを頼む。何か質問は?」
簡潔な説明だったが、親衛隊の同志たちからの質問はなかった。
「では説明は以上となる。解散」
我々どころか、祖先の代まで利用していたフィオナ。彼女の遺した負の遺産は、ここで葬らなければ。
子供たちの世代には、何も因縁を残さぬように。
タイフーン級原子力潜水艦”ユニコーン”。
世界中で核抑止任務に就いているタイフーン級原子力潜水艦、そのうちの1隻を改造した特殊作戦用の艦艇である。
核ミサイルを全て撤去した事により核抑止任務には対応できなくなったが、その代わりに潜水艇の格納庫や工作員が出撃するためのハッチ、無人機発進のための格納式カタパルトを搭載しており、組織内では”工作潜水艦”とも呼ばれる。
余談だが、このユニコーンのような機能は”特殊作戦モジュール”としてまとめられており、虎の子のノーチラス級原子力潜水艦に装備可能なモジュールの一つとして用意されている。
特異な艦だが、後続の艦に搭載するモジュールのデータ収集にも大きく貢献した艦と言えるだろう。
「なぜ私を選んだのです?」
艦内の武器庫でRPK-203のドラムマガジンに弾薬を装填しながら、オリヴィエが生真面目な声で問いかける。出撃前のブリーフィングで、私以外の親衛隊の隊員として唯一同行を認められた事が不思議でならないらしい。
手榴弾をポーチに詰め込みながら、私は答えた。
「お前は強いからだ」
何度も言うが、力こそが全てだ。
力が無ければ何もできない。対話で平和を掴むべきという意見も耳にするが、その対話とは武力を背景にした抑止力あってこそのもの。何の力もない者の言葉に耳を傾ける相手など存在しない。
力こそ絶対。
この教えは、未来永劫変わることは無いだろう。
「親衛隊……いや、”親衛スペツナズ”の中で最も優秀な兵士だ。いざとなればシルヴィアのように私の代役も任せられる。だからだ」
「しかし、私などまだまだ……」
「謙遜するな。お前はもう立派な兵士だ」
親衛隊内部にも特殊部隊は存在する。スペツナズ同様、親衛隊の中から特に優秀な兵士だけを選抜して編成された部隊であり、親衛隊の中でも特に精強な同志たちである。
構成員は偶然にも、全て私のホムンクルスたち。その筆頭がオリヴィエだった。
彼女たちには期待しているのだ。息子が団長の役職を受け継ぐ前に私に何かあったら、その時はシルヴィアやオリヴィエたちに代役を任せなければならなくなる。
弾薬箱から7.62×39mm弾のクリップを引っ張り出し、それをAK-15のマガジンへ装填していく。
今回の作戦ではフィオナの遺産たる戦闘人形が相手になるだろう。となると、通常の対人用の武装では威力不足となる恐れがある。
通常の武装で倒せない、というわけでは無い。ヴァルツの廃駅で交戦した時のように、至近距離で頭部のバイザーに弾丸を叩き込んでセンサー部を無力化するか、装甲の繋ぎ目に正確に撃ち込む技術があれば撃破は期待できる。
問題はそれで倒せる相手が、猛獣みたいなスピードで突っ込んでくる化け物であるという点だ。だからどこに当たっても一定のダメージが見込めるよう、大口径のライフルを用意した。
使用する弾薬は対戦闘人形用に調整を行った7.62×39mm強装徹甲弾。装薬を限界まで充填し、更に弾丸は素材に劣化ウランを使用した特注の徹甲弾だ。試射では7.62×54R弾に匹敵する威力を叩き出している。
AK-15にはM203も装備している。それと弾速及び命中精度の向上を期待して、銃身をロングバレルに換装。ストックもPRSストックに変更し、ハンドガード側面には暗所での行動を想定しシュアファイアM600AAを装備した。
レシーバー上部にはドットサイトのPK-120とブースターがある。
かつての力也が愛用していたAK-15と似たような構成になった。
サイドアームは一撃の破壊力のみを重視し、『サンダー.50BMG』を選択した。重機関銃や対物ライフルの弾薬に使用される12.7mmNATO弾を使用するシングルショット式ピストルである。単発式のため装填に手間がかかるが、至近距離での破壊力でこれに並ぶ物は無いだろう。堅牢な戦闘人形の防弾フレームを確実に射抜いてくれるはずだ。
あとは近接武器として刀と、対戦闘人形用の対物破砕槌を装備。ずいぶんと火力を重視した装備になった。
《間もなく作戦海域に到達。各員は持ち場につけ》
「いくぞ」
「はい」
RPK-203を抱えたオリヴィエを連れ、ユニコーン艦内の格納庫へと向かう。狭い隔壁を潜り、タラップを駆け下りて、核弾頭を搭載していたスペースを利用して搭載された格納庫へ。
扉を開けて格納庫へ向かうと、格納庫内部には既にファルリュー島へ上陸するための潜水艇が用意されていた。いや、潜水艇というよりは水中バイクのような外見なのだが……。
533mm魚雷を改造して製作された『マイアーレⅡ』と呼ばれる代物だった。特戦軍の海軍スペツナズでも使用されている潜水艇で、母艦から出撃した工作員の移動に使用される。あくまでも移動を目的としたものであるため武装は無く、防御も皆無に等しい。
魚雷のような潜水艇に跨り、ハンドルを握った。両足をフットペダルの上に乗せ、その感触を確認。動作に問題が無い事を確認してから、天井の防水カメラに向かって親指を立てる。
《格納庫内、注水開始》
アナウンスと共に、格納庫が海水で満たされ始める。水位が胸の高さまで来たところで、私とオリヴィエは大きく息を吸い込んだ。
キメラの肺活量は人間のそれを大きく上回る。1時間程度であれば、呼吸を止めて活動することなど容易い。
《ハッチ開放します。ご武運を》
マイアーレⅡを鷲掴みにしていたアームが外れ、格納庫の床が大きく開く。タイフーン級の腹から投下されつつ、アクセルを捻ってマイアーレⅡを前進させた。
後部に搭載されたスクリューが音もなく回転し、魚雷を思わせる潜水艇をゆっくりと加速させ始める。オリヴィエもちゃんとついて来ているようだ。
さて……。
ハンドルを握ったまま、冷たく暗い海の向こうを睨む。
この先に―――全ての元凶が居る。
ここで終わらせよう、全てを。




