陽動と本命
任務がアップデートされた、という知らせは全員に行き渡った。
同志団長がローラントと接触、郊外付近の放棄された地下鉄の駅構内にて交戦開始。俺たちスペツナズの任務はこれの支援……ではあるが、現場に駆け付け弾幕を張って支援射撃をせよ、という意味ではない。
スペツナズは対転生者戦闘に特化した特殊部隊。だが、その隊員たちは選抜された優秀な兵士であって、決して超人ではないのだ。あくまでも人間の範疇で強い、というだけに過ぎない。そんな兵士の集団が応援に駆け付けたところで、同志団長の足手まといになるか戦闘の巻き添えになって死ぬのが関の山だ。
だから俺たちが行う支援はそういう直接的なものではなく、陽動となる。
そう、囮だ。
程々で済ませていた西側のスパイ狩りを本格化させ、西側諸国及びヴァルツ憲兵隊、そして海神の監視の目をこちらに引き付ける事。組織としてはフィオナの一件を可能な限り極秘裏に処理したい、というわけだ。最悪の場合はその限りではない、というプランBも用意してあるようだが。
というわけで、私服―――派手なものではなく、戦闘にも投入可能なものだが―――の上にチェストリグを装着し、デザートカラーのベースボールキャップをかぶった特殊部隊の兵士を引き連れて、廃工場が連なる旧工業地帯へとSUVを走らせていた。
22時以降は外出が厳しく制限され、憲兵隊が巡回するようになる夜のベルリッヒ。だが、シュタージの協力者や工作員はヴァルツ軍内部にもそれなりに存在しており、憲兵隊もその限りではない。
協力者のおかげで巡回ルートや編成、巡回時間などの情報も手に入っているから、武装した兵士を乗せた装甲車や検問所を通過するのは難しい事ではなかった。
そりゃあテンプル騎士団の影響が及ばない部分もあるが、そこは同志団長の”手品”で何とかしてもらっている。詳細は良く分からんが、そこにホムンクルスが居れば距離や場所に関係なく五感をリンクさせ、その気になれば肉体を一時的に”借りる”事すら可能、というものらしい。
プライバシーもクソもないが、便利な”能力”ではある。
廃工場の外れ、スクラップの山が積み上げられた場所の近くにSUVを停車させ、サプレッサー付きのAK-12を抱えて助手席から降りた。運転していたノウマンもドラムマガジン付きのPPK-20を抱え、息を大きく吸い込みながら廃工場を見渡す。
よく見ると、彼の瞳の表面に幾何学的な模様が浮かび上がり、蒼く点滅しているのが分かった。視界に投影される立体映像を上空の空中空母フォボス、あるいはそれから出撃したUAVにリンクさせ、空からの映像をチェックしているのだろう。
空気の中に異質なものが混ざったような気がして、反射的に右手の中指をセレクターレバーへ伸ばしていた。グリップを握ったまま操作できるよう大型化したそれを、ぴんと伸ばした中指で弾く。上段のセーフティから下段のセミオートへ。
それは部下たちへの警鐘でもあった。
音を聴いた隊員たちも一斉に安全装置を解除。戦闘態勢へ突入する。
視界に映るミニマップやら武器の残弾表示が邪魔だと思ったので、ちょっとだけラウラミニをオフにした。視界にぎっしりと詰め込まれた情報の山が消え失せ、ハイテクなそれらの代わりに、見慣れた視界が―――生きているという実感の湧いてくるリアルな世界が戻ってくる。
最新技術というのは素晴らしい。まるでそれは魔法のようで、当たり前のように従来の困難を解消してくれる。
が、最近の若い兵士は最新技術に頼り過ぎだ。
時にはそういうものを一切かなぐり捨て、己の培った感覚で探らねばならない事もある。
少なくとも今がその時だった。
静かな風の音。風上から流れてくるそれの中に、ほんの微かにだが甘い香りが混ざる。ビスケットもバターの香り……それもごく普通の、子供たちが3時のおやつに食べるようなものではない。カロリー消費の激しい兵士が食べる事を前提に調整を加えられた、高カロリータイプのビスケット、すなわち軍用食である。
さーて、ベルリッヒでそんなものを口にする人間が一体何人居るのか、可能であれば調査でもしてみたいところだが、そんな悠長な事をしている暇はない。
夜の闇、その静寂の中に潜航していた殺気が、微かにだが顔を覗かせ始めたからだ。
「……カリーナ」
「はい」
魔力通信ではなく、自分の声で彼女を呼ぶ。カリーナはまだ気付いていないようで、PPK-20のドットサイトを覗き込んだまま、サプレッサー付きの銃口を廃工場へと向けている。
「……3つ数えたら頭を下げろ」
「え?」
「1つ……2つ……」
間違いない。
冷たく、鋭利で、ずっしりとした威圧感。相手を威圧するだけでなく、そこから踏み込んで”鋭さ”を得たそれを、俺たちは殺気と呼んでいる。
その矛先は確かに、カリーナを向いていた。
「―――3つ」
言ったとおりに、カリーナは頭を下げた。
ボゥッ、と風を引き千切るかの如き荒い音を響かせて、一発の弾丸が彼女の頭上を通過していった。
『コンタクト、散開しろ』
シパッ、シパッ、シパッ、と弾丸の飛来した方角へ5.45mm弾で反撃しつつ、部下に散開を命令。敵との距離も分からないし正確な位置も不明だが、今の一撃で大体の位置は絞り込めた。後は敵がどういうリアクションを返すか……定石どおりに移動するか、それとも仲間に支援を要請するか。
ん? さっき何で弾丸が飛来するタイミングが分かったかって?
直感だよ、直感。”俺ならどうするか”って考えた結果が的中した、それだけだ。
パシパシッ、と5.45mm弾を撃ち返す。普段使っている7.62×39mm弾と比較すると近距離での威力に劣るが、弾丸が軽い分弾道は平坦で、弾速も早く貫通力に優れる。素直で使いやすい代物だった。
さて、今回は爆発物は持ってきていない。手榴弾すらも、だ。廃工場群とはいえ、ここはベルリッヒ。派手にやれば憲兵隊が集まってきて面倒な事になる。中立国の首都で東西の特殊部隊がこっそり戦争してました、なんて明るみに出ればスキャンダルどころの話ではない。
というわけで、今回は静かにやる。寝ているヴァルツ人を起こさぬよう、静かに。
それに―――。
相手の手際の良さから考えて、間違いない。交戦している相手は火山で戦った連中……”ユニットX”だろう。
相手にとってはリベンジマッチ、というわけだ。
面白い。どこまで成長したか見せて貰おうじゃないか。
鉄柱がへし折れ、壁の破片と共に宙を舞った。
まるで巨大な鉄球で殴打されたかのようにも見えるが、多くの人間は信じないであろう。その破壊が鉄球などではなく―――細身の、しかし戦闘経験を積んだ1人の女によってもたらされたという事を。
自身の肉体を押し潰すべく迫る鉄柱を間一髪で躱し、ローラントは目を細めた。ついつい左手を額へと伸ばし、冷や汗を拭い去る真似をしてしまう。
シリコン製の人工皮膚に機械の骨格、人工血液に人工筋肉。生まれつき持ち合わせていたものはもう、自我意外に何もない。それ以外は全て作り物である。にもかかわらず、まだローラントという人間の魂が生身の肉体であった頃の癖、というより感覚は抜けていない。機械の身体になって久しい今になっても、だ。
濛々と立ち昇る土煙を、華奢な人影が突き破る。男物のジーンズにパーカー、そしてベースボールキャップ。闇のように黒い前髪から覗く隻眼は、紅い残像を曳きながら不気味に煌めいている。
一歩後ろに下がりつつ、身体を後方へ大きく倒した。ブォンッ、とまるで大剣の一撃のような回し蹴りがローラントの目の前を掠め、強烈な風圧だけを残していく。
あんなものをまともに喰らえば、常人ならば首から上が捥がれてしまう。戦闘人形である彼であっても、良くて回路の断絶、最悪の場合はフレームの破損に至るであろう。
最強の転生者、リキヤ・ハヤカワの血を色濃く受け継いだ九代目の当主であり、第二世代型転生者でもあるセシリア・ハヤカワ。しかもその種族は人間ではなく、寿命が短い代わりに戦闘に適したキメラときている。
まさに戦うためだけに生まれた存在、と言っても過言ではない。
45口径の拳銃1丁と大きなカランビットナイフのみという軽装でありながら、勝てる気が全くしない。もし仮にローラントの傍らに、重装備の兵士たちが50人、いや、100人控えていたとしてもその感覚が覆る事はあるまい。
渾身の蹴りが空振りしたと見るや、セシリアは振り払った足を地面に叩きつけた。ドムンッ、と床が弾け、いくつかの鋭利な破片がローラントの人工皮膚に突き刺さる。
その足を軸足とし、身体を大きく沈み込ませるセシリア。後ろに逃げたのは失策だったとローラントが悟る事には、彼女の体重と全身の筋力を乗せた渾身の蹴りが、ローラントの鳩尾へ深々とめり込んでいた。
「―――」
視界にノイズが走り、身体中から”損傷報告”が上がってくる。人工筋肉断裂、魔力モーター破損、フレーム損傷……機械の身体となった彼に痛みはないし、恐怖も無い。オリジナルはとっくに滅んでいて、今ここに居る自分は自我を機械に定着させただけの作り物。いつ滅んでもおかしくない、過去の人間だ。
しかし―――絶望だけは、生々しくその自我の中に残されていた。
仮に全力で戦ったとしても力の及ぶ事の無い、圧倒的強者との戦い。絶対に勝てないという確信は、元々の彼は軍師であったからこそ早い段階で持てた。
そう、ローラントはあくまでも参謀。前線で戦う男ではなく、後方で兵士たちを指揮し全軍を勝利に導く智将タイプの人間だ。
だからこそ―――セシリアと真っ向から戦おう、などと最初から考えていない。
一方のセシリアもそれは察していた。ローラントは知略を張り巡らせて配下の兵士を戦わせる、サクヤのようなタイプの人間。それがいくら力也の戦闘データを元にした戦闘人形として生まれ変わったとて、セシリアと正面から戦って勝てるわけがない。
そんな事ならば最初からここへ彼女を呼び出すことも無いだろう。こんな逃げ場もなく足場も悪い、ましてやいつ崩落するかもわからぬ廃駅へセシリアをおびき出したところで、窮地に立たされるのは彼女ではなくローラントの方である。
ならば何か罠か伏兵の類を用意している筈―――戦場で研ぎ澄まされたセシリアの直感は、見事に的中する事となる。
「―――!」
起き上がろうとするローラントを追撃するべく飛び上がったセシリア。そのまま身体を捻って天井を蹴り、ローラント目掛けて急降下しようとする彼女の顔面を、側面から伸びた黒い腕が思い切り殴打する。
頬が裂け、歯が砕け、顔の骨も歪んでしまうほどの強烈な一撃。セシリアの華奢な身体はあっさりと床に叩きつけられ、そのまま壁際まで弾き飛ばされていく。
「……ふ、ふふふ」
ぽたぽたと埃まみれの床に滴り落ちる自分自身の血を見ながら、セシリアは笑う。
ああ、血を流すなんていつぶりだろうか。ここ最近、血を流させるほど強い相手との戦いは無かった。勝負にすらならない、部下に戦いを任せても良いような相手ばかりだった。
そう思う一方で憤りもあった。この相手が機械ではなく人間であればどれほど良かったことか。セシリアを討つべく、技を磨き肉体を鍛え、選び抜かれた精鋭の兵士であればどれだけ彼女の心を満たしただろうか。
それが、よりにもよって魂すらない機械の傀儡だなどと……傀儡の分際で血を流させるなどと。
体内に吸収した他者の魂を消費し、先ほどのパンチで粉砕された骨や裂けた頬を修復していくセシリア。骨格が元通りになり、肉がもぞもぞと蠢き、皮膚が繋ぎ合わされて元通りになる。
それはまるで、彼女の祖先たるリキヤが相討ちになったレリエルたち吸血鬼の再生能力にも似ていた。
口元に残った血を舐め取り、冷静に敵の数を分析する。
ローラントを守るように展開するのは4体の戦闘人形。いずれも騎士の甲冑を黒くしたような形状をしており、その繋ぎ目やバイザーの中からは血のように紅い光が漏れている。
得物は銃……ではない。閉鎖空間での白兵戦を前提としているのか、その得物はどれも中世に隆盛を迎え、やがて飛び道具の発達と共に姿を消していったものばかりだった。ロングソード、鉤爪、フレイル、ハルバード。まるで大昔の戦場に散っていった英霊たちが蘇ったようにも見えるが、機械のそれを英霊に例えるのは、偉大な先人たちに些か失礼なのではあるまいか。
ふとそんな事を考えながら、セシリアはハードボーラーの銃口を戦闘人形へと向けた。
相手が何だろうと関係ない―――立ち塞がるのならば打ち倒し、蹂躙し、踏み潰して突き進むのみ。
ハヤカワ家の、キメラの一族の栄達の過程には必ず戦いがあった。一族は常に戦いと共にあり、その中で栄光を手にしてきたのだ。
だからその末裔たる彼女もそれに倣い、戦いで勝利を掴み取る。
「私を止められると? 面白い……やってみろ、木偶人形」




