破壊の教え、優しい心
血まみれになっている少年兵の死体を見下ろしながら、拳を握り締める。
俺たちは、弱い人々を救うために敵を殺している筈だ。
貧しい子供たちを家族と一緒に保護し、しっかりした教育をして幸せにするために戦っている筈だ。
人々を虐げているクソ野郎を絶滅させ、苦しんでいた人々に安寧を与えるために戦っている筈だ。
なのに、なぜ子供が俺たちに牙を剥くのだろうか。
なぜ、子供を撃たなければならないのだろうか。
『子供たちよ、テンプル騎士団は我らの神が創り上げた大地を穢す敵である。我らの敵を殲滅し、神が与えてくださった大地を―――――――』
教会の中に置かれている蓄音機からは、自分たちの戦いが正しいのだと主張する中年男性の声が聞こえてくる。おそらく、この地域を占拠していたテロリストの幹部が子供たちを洗脳するために用意した音声だろう。
唇を噛み締めながら、ボレイチームの隊員がそのレコードをサプレッサー付きのAN-94で撃った。くるくると回転していたレコードが割れ、忌々しい男性の声がぴたりと止まる。
あの洗脳をもっと早く止めていれば、子供たちは死なずに済んだだろうか。親の仕事を手伝いながら教育を受け、ちゃんとした大人になる事ができていたのだろうか。
目を見開いたまま倒れている子供の死体へと手を伸ばし、瞼を静かに閉じさせる。
最近は、盗賊団や魔物と戦う事は少なくなってきた。旅をしている人々や商人に襲い掛かる盗賊や魔物が絶滅危惧種と呼ばれつつあるのは非常に喜ばしい事だが、絶滅しつつあるそいつらの穴を埋めようとするかのように、代わりにテロリストが増えてきたのである。
クライアントがテンプル騎士団に依頼する仕事も、テロリストの排除ばかりだ。しかもテロリストの連中は、ただ単に人員不足なのか、それとも交戦した軍隊の兵士を病ませるためなのか、大人の兵士ではなく子供の兵士を何人も戦闘に投入しているのである。
そういう仕事が増えたのは、各国の騎士団や軍隊が自国の兵士たちを恐ろしいPTSDから守るためだろう。こちらの兵士の代わりにPTSDで苦しんで欲しいと言わんばかりに、先進国はテロリストの連中の排除を俺たちに押し付けてくるのだ。
おかげで、既に陸軍と海兵隊ではおよそ6000名の同志たちがPTSDになってしまい、除隊する羽目になってしまっている。
ホムンクルスの兵士であれば、本人が希望すればその戦闘の記憶を錬金術師たちに消去してもらい、再び銃を持って復帰する事ができる。しかし、PTSDになる原因となった記憶を消去して復帰することを望むホムンクルス兵は、たった1割程度らしい。
相手が大人の兵士なのであれば、それほど問題はない。容赦せずに弾丸を頭に叩き込んで、脳味噌を木っ端微塵にしてやれる。けれども、クソ野郎を蜂の巣にするように少年兵も無慈悲に蜂の巣にするのは、不可能と言ってもいいだろう。
特殊部隊のエコーチームの隊員たちが、唇を噛み締めながら奥の部屋から出てきた。彼らも少年兵を射殺する羽目になってしまったらしく、アサルトライフルを背中に背負いながら、虚ろな目でこっちへと歩いてくる。
「エコーチーム、制圧を完了しました」
虚ろな目で俺の目を見ながら、ホムンクルスの隊員が報告した。
「…………ご苦労だった」
「…………大佐、なぜ私たちは子供を殺さなければならないのですか」
「任務なんだ、同志レベッカ。テロリスト共を葬らなければ、何の罪もない人々が奴らに虐げられる」
「でも、敵は子供なんですよ………? 私の息子と同い年くらいの子供たちを、どうして殺さなければならないんですか…………」
レベッカはそう言うと、涙を拭い去ってから教会の外へと歩いて行った。
確か、レベッカにはもう子供が2人もいた筈だ。子育てを経験したことのある兵士たちには、少年兵たちを射殺するのは大きな傷と化すに違いない。
俺も、こっちにクロスボウを放ったり、剣を構えて突っ込んでくる子供たちを撃ち殺すことを躊躇ってしまう。ドットサイトで照準を合わせる度に、イリナの孤児院にいる子供たちの事を思い出してしまうからだ。初めて少年兵を射殺する羽目になった日には、彼女の孤児院の子供たちを全員殺してしまうという悪夢を見てしまった。
床に倒れている子供たちを見つめてから、俺も教会の外に出た。
テロリストに占拠された街は燃えていた。建物を真紅の炎が焼き尽くし、舞い上がる火の粉が上空を通過するスーパーハインドの機体を緋色に照らす。
倒壊した建物の瓦礫を、T-14が踏みつけながら進んでいった。応戦しようとする少年兵や大人の戦闘員を主砲同軸の機銃で蜂の巣にしたり、多目的対戦車榴弾で吹っ飛ばす。爆風で吹っ飛ばされた戦闘員の上半身を履帯で踏みつけながら前進していく戦車を見つめていると、上空からヘリがゆっくりと降りてきた。
特殊部隊の任務は、少年兵に占拠された教会を制圧することと、人質を保護することである。既に人質は保護しているし、教会の中にいた敵勢力も殲滅している。まだ戦闘を継続している部隊はいるものの、戦闘とは言っても建物に立て籠もって抵抗を続けている残存部隊の相当程度だ。
崩れかけている建物の向こうからは、少年兵たちの母語で降伏するように勧告する兵士たちの声が聞こえてくる。けれども、テロリストの連中に洗脳された少年兵たちが、大人しく降伏するとは考えられない。先ほど教会の中で交戦した少年兵たちも降伏せずに戦いを続けていたし、中には体内の魔力を強制的に加圧して自爆した少年兵もいたのだから。
迎えに来てくれたヘリに乗ろうとしたその時だった。
「よお、先生」
いつの間にか、血まみれになったテツヤが近くに立っていた。もしかしたら少年兵の攻撃で負傷したのではないかと思ったが、傷口らしいものは見受けられない。返り血なのだろうか。
すると、テツヤは片手に持っていた人間の頭を俺に差し出した。
かなり無残な殺され方をしたのか、その生首の目は見開かれたままになっていた。大きく開いた口の中に生えている歯や舌は吐き出した鮮血で真っ赤に染まっており、両目、両耳、鼻からも鮮血が流れ出た跡がある。
少年兵を惨殺したのかと思ったが、その生首の顔は教会の中で死んでいる少年兵たちのように幼くはない。
「これは誰の生首だ?」
「テロリストの首謀と思われる転生者だ。少年兵を囮にして隠し通路から逃げようとしてたから、ぶっ殺してやった」
そう言ってから、テツヤはその生首をヘリの外へと放り投げた。放り投げられた転生者の生首は、燃え盛る建物の窓の中へと飛んで行くと、あっという間に炎に包まれてしまった。
「首謀者は転生者だったか…………」
「ああ………蛆虫みたいな連中ですよ、先生」
テンプル騎士団への報復を目論んでいたのだろうか?
「この世界に転生者は不要だ…………一刻も早く根絶やしにしなければ」
降伏を勧告する兵士の声が響く戦場を見渡しながら、テツヤは言った。
俺は彼の隣で無言で街を見つめていたが―――――――この時に反論し、彼を止めていればよかったと後悔することになる。
「今日から宜しくお願いします、ウラル教官」
目の前にやってきたまだ幼い赤毛の少女が、モシンナガンを背中に背負いながら敬礼する。クレイデリア連邦に住む子供たちは、よくテンプル騎士団の兵士たちを目にするので、敬礼をする真似をして遊んでいるのはよく見かけるが、彼女の敬礼は兵士たちの真似をしたような敬礼ではなく、訓練を受けた兵士が上官への敬意を払うために行う、しっかりとした敬礼だった。
もう既に、彼女はある程度戦闘訓練を受けているのだろう。
立派な敬礼だと思いながら、その小柄な少女に向かって微笑む。炎を彷彿とさせる赤い前髪の下から覗くのは、鮮血を思わせる紅い瞳だ。肌の色は白く、赤毛の中からはサラマンダーのキメラの証でもある2本の角が伸びている。
彼女の容姿は、かつて最強の狙撃手と呼ばれたラウラに瓜二つだった。
立派な敬礼をしている愛娘を見下ろしながら、傍らに立っているテツヤが彼女の頭を優しく撫でる。
「もう既に俺が戦い方を教えていますが、やっぱりまだまだ未熟です。娘をよろしくお願いします」
「ああ、任せろ」
赤毛の少女の名は『クロエ・ハヤカワ』。テツヤと、奴隷だったハイエルフの女性との間に生まれた少女だ。肌が白いのはハイエルフである母親の遺伝なのだろう。よく見るとセミロングの赤毛の中からは真っ白な長い耳も突き出ているのが分かる。
基本的に、歴代の団長たちには子供は何人もいる。キメラはまだ個体数が少ない種族であるため、子供を増やして種族の人口を増やす必要があるからだ。だが、テツヤは1人の妻としか結婚していないし、子供も今のところはクロエ1人だけである。
無表情のままなのは、きっと遊び相手がいないからに違いない。イリナの孤児院に連れて行けば同じ年齢の子供がいっぱいいるから、きっと喜んでくれるだろう。
しかし、敬礼したまま発したクロエの言葉が、その仮説が誤っているという事を告げた。
「早く一人前の兵士になって、転生者を絶滅させてみせます」
「…………!」
無表情なのは、テツヤが転生者が悪であるという”教育”をしたからだった。今まで訓練を受けに来た歴代の団長たちは、普通の子供たちとあまり変わらなかった。どのような訓練を受けるのだろうかと緊張したり、何度も会っている俺を見て楽しそうに笑っていたのである。だが、クロエにはもう8歳の少女のような無邪気さはない。まるで戦場で何人も敵兵を殺してきた兵士のように虚ろな目をしている。
「お前は俺から団長の役目を継承するのだ。最強の兵士になってくれ」
「はい、父上」
「…………それにしても、なぜあの老害は俺にデータを継承させない?」
そう言いながら、テツヤは唇を噛み締めた。
テンプル騎士団の団長たちは、自分の子供たちに役名を継承させる時に、タクヤから受け継いできた兵器のデータも継承させる。そうすることで、タクヤたちが生産した最新型の兵器をテンプル騎士団の全ての兵士に支給する事ができるのだ。
その兵器のデータが、もう一つの団長の証と言っても過言ではない。それをまだ継承していないという事は、テツヤはヒロヤに団長として完全には認められていないという事を意味している。
それが悔しいのか、テツヤは拳を握り締めた。
「………あいつは穏健派だからな。それに、お前は少しやり過ぎだ。転生者の中にだって良い奴はいるんだぞ」
「何を言うんです。あの転生者共はこの世界で能力を悪用し、人々を苦しめているではありませんか。クソ野郎の大半は転生者です。ならば、奴らを絶滅させなければなりません。あいつらを根絶やしにしなければ、この世界は間違いなく滅びます」
「良い奴まで殺す必要はないんだ、テツヤ。殺す相手はしっかり選べ。タクヤやユウヤだって良い奴は殺さなかったし、お前らの祖先のリキヤも良い奴は決して戦いには巻き込まなかったんだぞ」
「先生、そもそも転生者は不要なのです。奴らが我らに向けて魔術の詠唱をしている最中に、そいつらを生かすべきか殺すべきか選ぶ余裕があると思うのですか?」
「しかし、無差別に殺せばテンプル騎士団が恐れられるだけだ。我らは人々を救う組織だぞ?」
「それでいいのですよ、先生。武力とは恐れられるべきだ。恐れられれば恐れられるほど抑止力になる。だが、奴らは確実に殺さなければ必ず能力を悪用する。先生、転生者は全員危険分子なのです」
「テツヤ…………」
テツヤは踵を返し、射撃訓練場を後にした。
転生者の中にも、良い奴らは存在する。クランやケーターたちのように、テンプル騎士団に協力してくれる転生者も存在するのだ。彼らのような転生者まで皆殺しにしてしまえば、テンプル騎士団はただ単に人を殺す組織に変わってしまう。
俺たちの武力は、弱い人々を守るためにあるべきなのだ。
テツヤ、そんな事をしたら、祖先が提唱した『クレイドル計画』が頓挫することになるんだぞ………!?
拳を握り締めながら、虚ろな目で俺を見上げるクロエを見下ろした。
元老院の指令室は、テンプル騎士団の中央指令室よりも狭い。中央指令室の半分程度の広さなのだが、配管やケーブルが突き出ている天井や壁に覆われているテンプル騎士団の中央指令室と異なり、真っ白な壁や天井で覆われているせいなのか、スペースが狭いにもかかわらず、中央指令室よりも開放的な部屋に思えてしまう。
元団長の座席の前で魔法陣をタッチするのは、元老院に所属する専属のホムンクルスたちだった。彼女たちは通常のホムンクルスとは異なり、情報処理能力を底上げするための調整を受けているため、髪の色は蒼ではなく銀色に変色している。
そのホムンクルスのオペレーターたちの最後尾にある元団長用の席に腰を下ろしているのは、テンプル騎士団の団長をテツヤに継承させて退役した、ヒロヤ・ハヤカワであった。既にキメラの肉体の老化が始まる50歳を過ぎており、頭髪は真っ白に変色していた。
彼は戦場を監視しているホムンクルスから送られてくる映像を見つめながら、溜息をついていた。相変わらず自分の息子は、敵が少年兵であろうとお構いなしに射殺している。しかも、タンプル搭に転生者用の強制収容所を建設させ、そこに善良な転生者まで収容しているのである。
映像を見ながら、我が子を更迭するべきではないかと考えていると、銀髪のホムンクルスの兵士が側へとやってきた。
「ヒロヤ様、お孫様をお連れしました」
「ありがとう。彼女をこちらへ」
「かしこまりました。さあ、クロエ様」
ホムンクルスの後ろから、赤毛の少女がやってくる。クロエは元老院の施設へとやってきた事がないからなのか、真っ白な壁や天井で覆われている指令室を興味深そうに見渡していた。
「お久しぶりです、おじいさま」
「久しぶりだね」
「何故私を呼んだのですか?」
「ああ…………君に、このデータを託そうと思ってたんです」
皺だらけになった手を突き出し、オレンジ色のメニュー画面を表示する。
転生者には、端末を持つ第一世代型と、端末を持たない第二世代型の二種類がある。第二世代型は端末を紛失することがないため、第一世代型と比べると隙がない。更に、転生者の能力を子供たちに遺伝させたり、データを継承させることもできるのである。
そのメニュー画面を何度かタッチしてから、ヒロヤは孫娘の頭を優しく撫でた。
「テツヤではなく、クロエにこのデータを託します」
「これは………ご先祖様のデータ?」
そう、ヒロヤがクロエに託そうとしているのは、テツヤが継承することを許されなかった兵器のデータであった。
まだ団長を継承する年齢になっていないというのに、データだけを継承させようとする祖父を目を丸くしながら見つめるクロエ。すると、ヒロヤはクロエの手を握りながら言った。
「テツヤは冷徹過ぎる。でも、クロエには優しい心が残っています」
「………」
数日前に、クロエは強制収容所に収容されていた転生者の少女と仲良くなっていた。幼少の頃から転生者は全員抹殺するべきだと教育されていたクロエはその転生者の少女を拒絶しようとしたものの、最終的にはこっそりと彼女に会いに行くほど仲良くなってしまったのである。
「彼女は元気ですか?」
「…………昨日の朝に殺処分されたそうです」
「そうですか…………」
「おじいさま、父上の教えは本当に正しい事なのでしょうか?」
ゆっくりと首を横に振ってから、ヒロヤはクロエの小さな手をぎゅっと握った。
「いいえ、間違っています。テツヤは転生者を信用していない。彼らの中にも、優しい心を持つ善良な転生者は存在するのです。彼の教えは、クロエのお友達のような犠牲者を何人も増やすような破壊の教えです。…………いいですか、クロエ。お爺ちゃんと約束してください。決して優しい心を捨てないと」
ヒロヤの目を見つめながら、クロエは首を縦に振った。彼女がテツヤの教えを拒絶したという事を理解したヒロヤは、メニュー画面の中にある”データの継承”と書かれているメニューをタッチし、彼女のメニュー画面へとデータの送信を開始するのだった。
クロエが父の教えを拒絶し、ヒロヤから兵器のデータを継承したことにより、テンプル騎士団はテツヤを支持する”白軍”と、クロエやウラルを支持する”赤軍”の2つに分裂し、内戦が勃発することになる。
その内戦の勃発が、テンプル騎士団の全盛期の終焉であった。




