戦友の夢
青空の真っ只中を、1機の鋼鉄の鳥が飛翔していく。
翼の下に6基もエンジンをぶら下げた巨大な鋼鉄の鳥の機内に乗っているのは、テンプル騎士団の黒い制服に身を包み、顔をバラクラバ帽で覆った特殊部隊の兵士たちだ。2点バースト射撃ができるAN-94を持っている兵士が大半だが、中にはフード付きの制服を身に纏い、サプレッサーを到着したドラグノフを装備する狙撃兵も見受けられる。
俺たちは先ほどまで、フランセン共和国で標的の暗殺を行っていた。標的となったのは軍拡を進めるテンプル騎士団を非難した挙句、何の罪もない人々にテンプル騎士団を支持したという濡れ衣を着せて処刑したある政治家だった。ただ単に我々が非難される程度であれば意に介さないが、テンプル騎士団を敵視すべきという意見を国民に押し付けた挙句、それを利用して何の罪もない人々を苦しめれば、我らが仕留めるべきクソ野郎となる。
海兵隊や陸軍の兵士たちであれば、輸送機で拠点に帰還する時は雑談をしている事だろう。だが、特殊部隊の兵士たちは、これから本拠地に帰還するというのに全く雑談をしない。それどころか、武器庫に装備を戻す前に可能な限り装備の点検を行い、輸送機がタンプル搭の飛行場へと降り立つのを静かに待っている。
他の部隊よりも非常に静かであり、基本的にバラクラバ帽を身に着けていることが多いので、特殊部隊の兵士たちは他の部隊の兵士たちに気味悪がられることも多い。
今回の作戦で使ったサプレッサー付きのAN-94のチェックを終えた俺は、苦笑いしながら窓の外を見下ろした。俺たちを乗せているテンプル騎士団の『An-225ムリーヤ』はゆっくりと高度を下げながら旋回し、タンプル搭へと着陸する準備を始めているところだった。
テンプル騎士団の本拠地であるタンプル搭は、カルガニスタンの砂漠のど真ん中に存在する。砂漠の中にある巨大な岩山の中心部に建造されており、遠距離の敵を砲撃するための巨大な要塞砲がこれでもかというほど配備されているのだ。要塞砲は砲口を天空へと向けた状態で待機しているため、”搭”が一つも存在しないにもかかわらず、兵士や住民たちからはタンプル”搭”と呼ばれているのである。
だが、その巨大な要塞砲の群れはまだ見当たらない。窓の向こうには、純白の雲が台風の雲のように巨大な渦を形成しながら居座っている。
俺たちを乗せた輸送機は、その巨大な雲の中へと降り立とうとしているかのように、どんどん高度を下げていく。
『機長より各員へ、タンプル搭より着陸許可が出た。これより着陸の準備に入るため、飛行場に降り立つまでは席から立ち上がらないように』
機長が無線で俺たちにそう告げた途端、窓の向こうで荒れ狂っていた巨大な雲の渦の一部に、まるで巨大なガラスの配管で遮られているかのように穴が開いた。
正確に言うと、あの巨大な雲の渦は”雲”ではない。地上に設置された強力な結界の発生装置によって形成された、超高圧魔力の塊だ。通常の圧力は熟練の魔術師でなければ見ることはできないが、魔力は加圧していくにつれて、蒸気のように段々と白濁していくのである。
このままあの雲へと突っ込んでいけば、このAn-225ムリーヤは高圧の魔力の塊に押し潰され、あっという間に空中分解することになってしまうだろう。そのため、タンプル搭へと降り立つには必ず中央指令室から出撃や着陸の許可を貰い、結界の制御を行っている基地に連絡して結界の一部を解除してもらう必要があるのだ。
要するに、あれは超高圧の魔力で形成された巨大な防壁なのである。戦闘機で突っ込もうとしても瞬く間に押し潰されてしまうし、ミサイルを撃ち込もうとしても、ミサイルは着弾する前に空中分解してしまう。
あの結界は、各地に派遣された部隊が古代遺跡から発掘してきた古代文明の技術である。それをナタリアやステラが解析し、揺り籠を守るための防壁にしたのだ。
巨大な雲の渦に穿たれた穴の中へと、An-225ムリーヤが降りていく。こちらが結界を通過したことを察知したのか、渦の中に穿たれていた巨大な穴がすぐに塞がり、再び巨大な防壁を形成した。
やがて、灰色の砂で覆われた砂漠と、その砂漠のど真ん中に屹立する漆黒の岩山があらわになった。岩山とは言っても、中央部には巨大な穴が穿たれており、その中心部の穴からは3つの巨大な亀裂が岩山の外へと繋がっているのが分かる。亀裂と言っても、大型の戦車が何両も並走できるほどの幅だ。戦車たちの通り道と化した巨大な亀裂には2ヵ所ずつ検問所が用意されており、分厚いゲートが鎮座している。
岩山の中心部にある穴も、まるで大型の隕石が落下したのではないかと思ってしまうほどの大穴だった。その大穴の中から天空へと伸びているのは、戦艦の主砲を思わせる巨大な要塞砲の群れである。6門の36cm砲がずらりと並んでおり、中心部にはその要塞砲とは比べ物にならないほど巨大な砲身が屹立している。砲身の表面には無数のケーブルや薬室が搭載されていて、5つの支柱やワイヤーも用意されているのが分かる。
あの巨大な要塞砲が、テンプル騎士団の切り札だ。
地上を見下ろしていると、その岩山の外にある地面がゆっくりと開き始めたのが見えた。
タンプル搭にも飛行場は用意されているが、強力な要塞砲が地上に配備されているため、飛行場やヘリポートを地上に用意してしまうと、砲撃の際の衝撃波で滑走路や機体を破壊してしまう恐れがある。そのため、タンプル搭は他の拠点や要塞とは異なり、地上ではなく地下に格納庫や飛行場を用意しているのだ。
そのため、戦闘機のパイロットたちは地下に用意された飛行場から出撃しなければならない。
地下の飛行場の滑走路は、戦闘機用の小さな滑走路と、輸送機や爆撃機用の大型滑走路が用意されている。滑走路の端はアドミラル・クズネツォフ級空母のスキージャンプ甲板のように上へと大きく曲がっているのだ。
タンプル搭への着陸は非常に難易度が高いため、パイロットの中には他の拠点への異動を希望する者もいるという。
An-225ムリーヤがゆっくりと大型の滑走路へと降り立つ。窓の向こうで次々に置き去りにされていく照明を見つめている内に、滑走路へと着陸した機体が減速していった。
『機長より同志諸君へ、ご苦労だった。無事にタンプル搭へと到着した。部屋に戻ってゆっくりと休むように』
特殊部隊の兵士たちが、シートベルトを外し、ライフルを抱えながら機体の外へと歩いていく。部下たちが忘れ物をしていないかチェックしてから、俺もサプレッサー付きのAN-94を抱えてハッチへと向かった。
タラップの向こうには、黒い制服と黄色い腕章を身に着け、腰にロングソードを下げた憲兵隊の兵士たちが待っていた。彼らに敬礼しながらタラップを降り、先に降りていた隊員たちと合流する。
「お疲れ様、ウラルの兄貴」
「おお、ユウヤか」
隊員たちに武器を武器庫に返却するように指示を出そうとしていると、格納庫へと繋がっている通路の方から、フードの付いた黒いコートを身に纏った赤毛の男性がやってきた。炎を彷彿とさせる赤毛の中からは2本のダガーのような角が伸びており、腰の後ろからは赤い外殻で覆われたドラゴンのような尻尾が伸びている。
彼はテンプル騎士団の二代目団長となった『ユウヤ・ハヤカワ』。タクヤとラウラの間に生まれた、純血のキメラである。
以前まではワイルドバンチ・ファミリーというギャングのボスをしていたのだが、タクヤとラウラが亡くなってからはギャングのボスを辞め、テンプル騎士団の団長を父親から受け継いだのである。ちなみに、ワイルドバンチ・ファミリーはユウヤの右腕だった男がボスを受け継いでおり、テンプル騎士団のオルトバルカ支部として機能しているらしい。
赤毛は母であるラウラの遺伝だと思うが、顔つきは祖父の”リキヤ・ハヤカワ”の遺伝なのだろう。彼の両親とは比べ物にならないほど、ユウヤの肉体はがっちりとした筋肉で覆われている。
彼が差し出してきた右手の指にある銀色の指輪をちらりと見てから、俺はニヤリと笑った。
「”奥さん”とは上手くやってるか?」
「えっ? ………ああ、上手くいってるよ。来月辺りに2人目の子供が生まれるんだ」
「ははははっ、そうか。安心したよ」
タクヤが生きていた頃はあいつをよく困らせてたからな、こいつは。でも、テンプル騎士団の団長に就任してからは優しい性格になった。もちろん、人々を虐げるクソ野郎には全く容赦をしない男だが。
ちなみに、ユウヤが結婚したのは、信じられないことにオルトバルカ北部の”マクファーレン領”を治めている領主の娘らしい。学校で出会ってすぐに喧嘩したらしいが、その後に仲直りしてプロポーズしたという。
学校の問題児と領主の娘が結婚するのは、誰も予想しなかったに違いない。ハヤカワ家の身内となった俺としては喜ばしい事だが、向こうの両親はなぜ娘がギャングのボスと結婚することを許したんだろうか。
まさか銃で脅したわけじゃねえだろうな。
「ところで、ホムンクルスたちの調子はどうだ?」
「ああ、製造装置を改良したおかげで生産数が一気に増えた。イリナ姉さんも大変だって言ってたよ」
製造装置で生産されたホムンクルスたちは、普通の人間と同じように赤ん坊の状態から育てることになる。成人になるまで製造装置で育てることはできるが、彼女たちに言語や読み書きまで習得させるのは不可能だからだ。
そのため、赤ん坊の状態で製造装置での育成を中止し、普通の人間と同じように育てるのである。
彼女たちの育成を担当するのは、戦闘から退役したホムンクルスたちや、孤児院を経営している俺の妹の『イリナ・ブリスカヴィカ』だ。
部屋で休む前に、イリナの孤児院でも尋ねてみるか。
そう思いながら、俺は部下たちに武器を返却するように命令を下すのだった。
部屋の中で楽しそうに走り回っているのは、様々な種族の子供たちだった。人間の子供だけでなく、エルフやハーフエルフの子供もいる。部屋の隅で絵本を読んでいるのはハイエルフやダークエルフの子供たちだろう。その近くで、おもちゃの剣を持って”転生者ハンターごっこ”――――――随分と物騒な遊びである――――――をしているのは、オークやドワーフの子供たちだ。
けれども、この孤児院にいる子供の中で最も多いのは、蒼い髪のホムンクルスたちだろう。
そう、地下にある製造区画の中で生まれたホムンクルスの子供たちである。
「ほら、レイチェル。本はちゃんと本棚に戻しなさい」
「はーい」
「イリナおねーちゃん、おままごとしよっ!」
「あ、ちょっと待っててね。カエデ、こっちにおいで。イリナお姉ちゃんと一緒に遊びましょう?」
「うんっ!」
子供たちの面倒を見ているのは、桜色の髪の女性だった。後ろ髪を三つ編みにしており、前髪の下からは鮮血を思わせる真紅の瞳が覗いている。彼女が微笑む度に紅い唇からあらわになるのは、人間よりも遥かに発達した鋭い犬歯だ。
彼女が俺の妹の『イリナ・ブリスカヴィカ』である。
吸血鬼の寿命は他の種族よりも非常に長いため、彼女の容姿もタクヤたちと出会った時と比べると全く変わらない。ナタリアやカノンたちには、よく若い姿のままでいられる吸血鬼が羨ましいと言われるという。
「あ、兄さん。お帰りなさい」
「ただいま」
「あー、ウラルにーちゃんだー」
何人かの子供たちは俺に懐いているんだが、殆どの子供たちは俺の事を怖がっているらしく、部屋に入った途端にイリナの影に隠れたり、部屋の隅へと移動してしまう。
懐いている子供たちは以前にここでイリナの手伝いをした際に一緒に遊んだ子供だ。俺の事を怖がっている子供は、多分訓練中に兵士たちを怒鳴りつけている俺を見てしまった子供たちだろう。
駆け寄ってきたホムンクルスの子供を抱き上げながらイリナの近くに向かう。
「ホムンクルスの数が増えたな」
「うん。製造装置を改良したらしいよ。しかも、新しい培養液の調合にも成功したみたい」
「新しい培養液?」
「そう。少しだけ、液体の内部の時間を加速させられるんだって。ふふふっ、ユウヤに頼んで孤児院を拡張してもらわないとね」
確かに、これからホムンクルスの製造の速度が更に向上する以上は、もっと孤児院を広くする必要がありそうだ。子供たちの柄が張り付けられた可愛らしい壁を見渡しながら、俺はそう思う。それと、彼女以外にも子供たちの面倒を見る人が必要になるだろう。退役したホムンクルスたちに依頼すれば手伝ってくれるだろうか。
ここで子供たちに面倒を見るのはかなり忙しそうだが、イリナは子供たちの頭を撫でながら幸せそうに微笑んでいた。
彼女の夢は、孤児院を作って子供たちを救う事だったからだ。
元々は、孤児院を作って孤児たちを救うという夢は、カルガニスタンをフランセン共和国から解放するために戦っていた”ジナイーダ”という仲間の夢だった。イリナは、戦死してしまったジナイーダからその夢を受け継ぎ、その夢を実現させたのである。
「じゃあ、拡張の件はユウヤと話してみる。それと、子供たちの面倒を見るために、退役したホムンクルスたちにも声をかけてみるよ」
「助かるよ、兄さん。ありがとう」
「ウラルにーちゃん、てんせいしゃハンターごっこしようよ」
「ん? おう、いいぞ」
イリナと話をしている内に、制服のズボンを何人かの子供が引っ張っていた。先ほどまで転生者ハンターごっこをしていた子供たちだ。
「ガッハッハッハッハー! 今から俺がお前たちの支配者だー!!」
「きゃー!」
前回も悪い転生者の役をやらされたことを思い出しながら、俺は子供たちと遊んでいく事にした。
※ユウヤの奥さんは、以前に前後編のみで書いた『異世界で魔王の孫が現代兵器を使うとこうなる The scarface』で彼が戦ったアリシアさんです。




