幸福のための戦争
第六章はウラルの過去編となっております。
我らの銃が発する銃声は、世界救済の福音である。
我らの銃が放つ銃弾は、人々を虐げる罪人への鉄槌である。
世界最強の軍隊を作り上げた男は、そう言った。
巨大な爆炎が、哀れな盗賊たちを容赦なく吹き飛ばした。黒焦げになった肉片を、超重戦車の履帯や随伴歩兵たちが容赦なく踏みつけ、別の盗賊を銃弾や砲弾の集中砲火で蹂躙していく。
盗賊たちは剣や槍を装備して応戦してきた。中には魔術や、先進国が正式採用しているスチーム・ライフル―――――――高圧の蒸気で矢を飛ばす単発型の銃だ―――――――で反撃する兵士もいるものの、こちらの兵士たちが装備しているのは大口径の弾丸を連射できるアサルトライフルだし、歩兵たちと共に進撃しているのは、強力な152mm連装滑腔砲を装備したテンプル騎士団仕様のシャール2Cたちである。
テンプル騎士団のホムンクルス兵に剣を振り上げて襲い掛かろうとした盗賊が、他の兵士が持っているAK-15のフルオート射撃を頭に叩き込まれて崩れ落ちる。飛び散った脳味噌の一部を踏みつけながら突撃したホムンクルス兵が、物陰に隠れていた盗賊の喉元にスパイク型銃剣を突き立て、強引に引き抜いてから、味方をスチーム・ライフルで狙撃しようとしていた盗賊の頭を狙撃して、頭を7.62mm弾で木っ端微塵にしてしまう。
中には白旗を振ったり、武器を投げ捨てて降伏しようとした盗賊もいたが、テンプル騎士団の兵士たちはお構いなしに攻撃を続けた。命乞いをする盗賊に弾丸を叩き込んでから、前進する戦車の履帯の前に放り投げたり、隠れ家の中で呻き声をあげている負傷した敵を建物もろとも火炎放射器で焼き払い、皆殺しにしていった。
人々を虐げるクソ野郎は、ウイルスのような存在である。
それゆえに、クソ野郎は全て取り除かなければならない。我らの軍隊は、世界中のウイルスを殺し尽くすためのワクチンのような存在なのだ。
黒い制服に身を包んだ白髪のホムンクルス兵たちは、次々に敵を殺し続けた。
建物の中に立て籠もっている敵を、シャール2Cの152mm連装滑腔砲が建物もろとも吹き飛ばし、見張り台の上からスチーム・ライフルで狙撃しようとする兵士たちを、スーパーハインドの機関砲やロケット弾が木っ端微塵にしていく。
黒焦げになった肉片や死体だらけの大地を踏みつけながら、ホムンクルスと無人型の超重戦車で構成された戦車部隊が進撃していく。
彼女たちによって蹂躙されているのは、その盗賊団だけではなかった。
商人たちの船を襲撃する海賊船たちも、テンプル騎士団海軍が派遣したフリゲートや巡洋艦の攻撃を受け、次々に海の藻屑となっていた。海賊たちの拠点も、ジャック・ド・モレー級戦艦やソビエツキー・ソユーズ級戦艦による艦砲射撃によって壊滅させられた挙句、上陸した海兵隊によって生き残った海賊や負傷者も徹底的に殲滅された。
何の罪もない人々を奴隷として売っていた貴族は、テンプル騎士団が派遣した特殊部隊によって暗殺され、貴族たちによって売られていた奴隷たちは揺り籠に保護された。
世界中に、圧倒的な規模のテンプル騎士団の遠征軍が派遣されていた。虐げられている人々の保護と、クソ野郎たちの殲滅のために、テンプル騎士団は世界中のクソ野郎たちに対して攻勢を開始したのである。
この世界中のクソ野郎たちへの攻撃は――――――『幸福のための戦争』と呼ばれた。
「第340遠征軍、目標地点制圧」
「第507遠征軍、攻撃目標の殲滅を確認」
「第960遠征軍、第852遠征軍と合流を確認。攻撃地点へ移動を開始」
オペレーターたちからの報告を聞きながら、団長の席に腰を下ろしている蒼い髪の美女はゆっくりと瞼を開けた。頭髪の色は青空を彷彿とさせるが、今しがたあらわになった瞳の色は禍々しい鮮血を思わせる。蒼い髪の中からは、2本のダガーにも似た角が伸びており、腰の後ろからは蒼い鱗に覆われたドラゴンのような尻尾が生えているのが分かる。
”彼女”の名前は『タクヤ・ハヤカワ』。このテンプル騎士団の団長であり、世界中に派遣されているホムンクルス兵たちのオリジナルである。
瞼を開けたタクヤは、目の前に右手を突き出した。団長の席のすぐ近くに複数の蒼い魔法陣が姿を現したかと思うと、ぐるぐると回転する魔法陣に、まるでモニターのように戦場の様子が映し出される。
その魔法陣に映っているのは、遠征軍と共に戦場へと派遣した”政治将校”たちから送られてくる映像だった。
政治将校は、タクヤの遺伝子をベースにしたホムンクルスに調整を施した特殊な個体である。タクヤと通信機を使わずにテレパシーで通信を送ったり、見ている光景をこのように彼の所へと伝達する能力を持っているため、通信機などを使わなくても迅速に命令を下す事ができるという。
しかも、その気になればタクヤの意識を政治将校たちに憑依させて操ることもできるらしい。
魔法陣に映っている映像を全て確認したタクヤは、溜息をつきながらティーカップへと手を伸ばした。
「ウラル、貴族共の暗殺はどうだ?」
「順調に進んでいる」
ティーカップをトレイに乗せて運んできたホムンクルスから紅茶を受け取りながら答える。
世界中の盗賊団や麻薬カルテルの撃滅は遠征軍の役割となっており、既に無数のホムンクルスで構成された遠征軍が世界中に派遣されて猛威を振るっている。だが、排除しなければならないクソ野郎共は、人々から金を奪う盗賊団や、麻薬を密売して私腹を肥やす麻薬カルテルのクソ野郎共だけではない。何の罪もない人々を奴隷として売ったり、高額の税金を取り上げている貴族共もこの世界から取り除く必要がある。
そういう連中を排除するために、既に特殊部隊を世界中に派遣し、標的の暗殺を行わせている。
「すでにオルトバルカの標的は40%も暗殺した。あと5日くらいで、オルトバルカ国内の標的は全て排除できるだろう」
「生き延びるのは善良な貴族だけでいい」
「…………はははっ、二度目の大粛清だな」
かつて、タクヤの父親もオルトバルカの議会で貴族のスキャンダルを全て公表し、議会の貴族の大半を国外追放か処刑するという”大粛清”を行ったことがある。だが、こいつが始めた大粛清の規模は父親の比ではない。
世界規模の大粛清。
全てのクソ野郎を世界から取り除き、善良な人々だけに安寧を与える”幸福のための戦争”。
普通の軍隊がそんな事をすれば、先進国はその軍隊を非難するだろう。だが、現時点でテンプル騎士団を非難する国は存在しない。
なぜならば、今のテンプル騎士団は世界最強の軍隊だからだ。
兵士の大半は、タクヤの遺伝子をベースにしたホムンクルスたち――――――数年前の戦闘で鹵獲した『戦時型』と呼ばれるタイプだ―――――――で構成されている。彼女たちの実戦経験は浅いものの、戦闘力が極めて高い上に、タクヤと同じくキメラの能力を使うこともできる。
しかも、そのホムンクルス兵たちに最新型の兵器やボディアーマーを支給しているのだ。他国の兵士たちよりも”高品質”なのは言うまでもないだろう。更に、その高品質の兵士たちをこれでもかというほど大量生産する事ができるため、物量でも他国の軍隊を凌駕しているといえる。
普通の兵士では絶対に倒せないほどの強さを誇るホムンクルス兵を、殲滅しきれないほど用意する事ができるのだ。
それゆえに、他国の軍隊はテンプル騎士団を非難できない。
とはいっても、抹殺する標的はしっかりと選んでいる。俺たちの標的は人々を苦しめるクソ野郎のみであり、作戦を実行する際は民間人や無関係な非戦闘員に被害が出ないように細心の注意を払っている。
「そういえば、息子は元気か?」
「ん?」
魔法陣に映っている戦場の光景を見つめながら、タクヤは尋ねた。
ユウヤはタクヤの子供のうちの1人である。タクヤには5人も妻がいる上に、このタンプル搭の地下にある製造区画で製造されているホムンクルスたちもタクヤの子供たちという事になっているため、こいつの子供の数は非常に多い。
ユウヤは、その子供たちの中で最も年上の子供である。幼い頃までは非常に真面目な子供であり、戦闘訓練や家庭教師の授業でも子供たちの中では最も成績が優秀だった天才だ。だが、10歳の頃に唐突に家出してしまい、オルトバルカの王都にあるスラムの隠れ家で生活するようになってしまったという。
現在では『ワイルドバンチ・ファミリー』というギャングのボスとなっており、オルトバルカ国内での転生者の討伐やギャングの襲撃を行っている。
俺に息子が元気かと尋ねたのは、あいつが幼少の頃から戦い方を教えている俺に懐いているからだろう。今でもよくあいつの隠れ家を訪ねることがあるんだが、スラムの隠れ家を訪れると、よく夕食に誘ってくれるからな。
「ああ、元気だよ。この前は手作りのハンバーガーをご馳走になった」
「そうか」
「お前も会いに行ってやったらどうだ? 息子だろ?」
「ああ…………だが、俺が行っても歓迎してはくれないだろう」
そう言いながら、タクヤは悲しそうな目で自分の右手を見た。
彼女はもう40歳になる。だが、今のタクヤの容姿は20代前半にしか見えないほど若々しい。転生者ハンターのコートの袖から覗く華奢な手は真っ白だし、顔には未だに皺が見当たらない。
だが、年齢が50歳を過ぎれば一気に老い始めるだろう。
キメラの老い方は普通の人間と比べるとかなり特殊である。20歳になると、老いる速度が非常に緩やかになり、40代になっても20代前半の容姿や身体能力を維持し続ける事ができる。自分の全盛期を20年以上も維持する事ができるというわけだ。
しかし、50代を過ぎると急激に老い始め、あっという間に老人になってしまう。キメラたちにとっては、50歳が”定年”なのだ。しかもキメラの寿命は人類の中では最も短くなっており、男女共に平均寿命は60歳と言われている。
だから、タクヤはそろそろ自分の後継者を決めなければならない。
なのに、最も後継者にしたい長男が家出しているのだから、焦っているのだろう。
最悪の場合はホムンクルスに自分の記憶を移植し、そのホムンクルスに指導者を任せるべきではないかと提案したが、タクヤはすぐに首を横に振った。やはり、自分の後継者は子供や孫に任せたいに違いない。
父親失格だ、と自嘲しながらタクヤが言うと、後ろにある扉が開き、幼いホムンクルスを抱いた赤毛の女性が中央指令室へとやってきた。傍から見ればタクヤの子供を抱き抱えた母親に見えるが、身に纏っているのはエプロンや私服ではなく、テンプル騎士団の黒い制服である。
タクヤの妻である『ラウラ・ハヤカワ』だ。彼女はタクヤの腹違いの姉である。
「タクヤ、”戦後型”のホムンクルスがさっき490体も生まれたわ」
「分かった。いつも通りに、育成は他のホムンクルスとイリナに任せてくれ」
ホムンクルスには、”戦時型”と”戦後型”の二種類がある。
戦時型は、テンプル騎士団が数年前の戦いで、ホムンクルスを製造していた『天城輪廻』という少女から大量に鹵獲した白髪のホムンクルスだ。こちらもタクヤの遺伝子がベースになっており、現在のテンプル騎士団の団員の60%は戦時型のホムンクルスによって構成されている。
戦後型のホムンクルスは、その輪廻から接収した技術や製造装置を解析し、テンプル騎士団の技術によって製造されたタイプのホムンクルスである。彼女たちもタクヤの遺伝子がベースになっているが、殆ど調整を行っていないため、容姿はオリジナルに非常に近い。更に、普通の人間と同じく生殖能力があるので、男性と結婚して子供を産むこともできる。
これからは、戦後型のホムンクルスを大量生産し、彼女たちに依存することになるだろう。
「ぱーぱーっ」
ラウラが抱いていたホムンクルスの子供が、魔法陣に映っている映像を凝視しているタクヤに向かって笑いながら手を伸ばす。
タクヤも笑みを浮かべながら手を伸ばすと、ホムンクルスの小さな手をぎゅっと握った。
キメラの寿命は、人間よりも短い。
人類の中で最も寿命が長いのは、ハイエルフか吸血鬼だろう。俺たちが老衰で死ぬまでに、キメラや人間の友人がどんどん老いて死んでいく。友人の子供もあっという間に俺たちよりも老いて、棺の中で眠ることになる。
だから、そういうことがある度に、俺はこの寿命の長さを呪った。
なぜ友人と一緒に死ぬ事ができないのか、と。
人間の中には、寿命の長い種族を羨ましがる者もいるという。どうせ、ただ単に寿命が長い事や、若い姿でいられる期間が長い事を羨ましがっているだけなのだろう。
2つの棺を囲む兵士たちと共に、棺の中で眠っている2人のキメラを見下ろす。
片方の棺で眠っているのは、年老いた赤毛のキメラだった。花がこれでもかというほど収められた棺の中で、幸せそうに眠っている。その隣に置かれている棺の中で眠っているのは、同じく年老いた蒼い髪のキメラだった。
タクヤ・ハヤカワとラウラ・ハヤカワは、信じ難い事に、全く同じ時刻に老衰で亡くなった。
棺の中で眠っている戦友の顔を見下ろしてから、棺の傍らで自分の両親を見つめている赤毛の青年をちらりと見た。華奢な体格の両親と比べると体格は非常にがっしりとしており、身長もタクヤやラウラよりも高い。頬には大きな古傷があり、炎を思わせる短い頭髪からは2本のキメラの角が突き出ている。
彼が、タクヤとラウラの間に生まれた『ユウヤ・ハヤカワ』だ。
ユウヤは父親から受け継いだテンプル騎士団団長のバッジをぎょっと握りしめながら、棺の中で眠っている父親の頬にそっと触れた。
自分の後継者にしようとしていた父親を恨んでいるのだろうか。それとも、家出していたせいであまり親孝行できなかったことを悔いているのだろうか。
ホムンクルスの兵士たちがやってきて、2人が眠っている棺の蓋を静かに閉めた。
この世界では、葬儀は火葬が主流になっている。何故かというと、死体を放置していると死者の怨念や汚染された魔力が死体を侵食し、ゾンビとなってしまう恐れがあるからである。そのため、死体は火葬にしてゾンビになるのを防ぐ事が好ましい。
2人の遺言では、火葬が終わったら2人の遺灰を混ぜ合わせ、同じ墓に埋葬することになっている。
閉じられた棺をまだ見下ろしているユウヤの肩に手をそっと置きながら、俺は思った。
ユウヤも俺よりも先に老人になり、老衰で死んでいくのだろう。
間違いなく、この悲しみを何度も味わう事になる。
なぜ吸血鬼の寿命は長いのだろうかと思いながら、俺は青空を見上げた。
それでは、良いお年を!
来年もよろしくお願いいたします!




