革命者
『まもなく、ネイリンゲンに到着いたします』
アナウンスが聞こえてきた直後、窓の向こうに広がっていた雪原の真っ只中に街が出現した。雪まみれになったビルや工場らしき建物がいくつも雪原から屹立しているようにも見える。その巨大な建物のすぐ近くを、荷台に荷物をたっぷりと載せたトラックが走り回っていた。
オルトバルカ連合王国の南部に位置するネイリンゲンは、かつては”傭兵の街”と呼ばれた場所である。無数の傭兵ギルドの事務所がずらりと並んでおり、クライアントからの依頼を引き受けた傭兵たちが、大きな武器を背負って街を出ていくのは日常茶飯事だった。
”モリガン”と呼ばれていた傭兵ギルドも、そのネイリンゲンに本拠地があったギルドの1つである。
10人足らずのメンバーで構成されていた小規模なギルドだったが、転生者である『速河力也』が仲間たちに銃や戦車などの兵器を支給していたことで、モリガンの戦闘力は先進国の騎士団の主力部隊にも匹敵するといわれていたという。しかも、現代兵器とこちらの世界の兵器の差に頼っていたわけではなく、メンバーの一人一人が錬度の高い兵士で構成されていた事で、圧倒的な戦闘力を誇っていたのである。
現在ではモリガンを吸収した”モリガン・カンパニー”が実質的に壊滅したことで、もうこの世界には存在しない。
座席から立ち上がって荷物を取り、列車から降りる準備をする。このまま乗り続けていたらエイナ・ドルレアンまで行ってしまうし、更にそのまま乗っていたら王都ラガヴァンビウスまで行ってしまう。
「ボス、降りよう」
そう言いながら、雪原を睨みつけているセシリアに手を差し出す。
彼女にとって、オルトバルカ連合王国は忌々しい国である。自分の父親に濡れ衣を着せて処刑した挙句、自分たちの一族を実質的に追放した国なのだから。
彼女は顔を上げてから首を縦に振ると、傍らに置いていた灰色のウシャンカを拾い上げた。
当たり前だが、俺とセシリアはいつものテンプル騎士団の軍服ではなく私服姿である。現在はオルトバルカとは同盟関係にあるとはいえ、実質的にこの国とは敵同士と言ってもいい。戦時中の敵国に、自分たちが敵だと言わんばかりにテンプル騎士団の軍服を身に纏って訪れれば、俺たちもセシリアの父親の二の舞になるのは言うまでもない。
やがて、列車がゆっくりとホームに停まった。扉が開くと同時に、強烈な冷たい風が車内へと流れ込んでくる。
セシリアと共にホームに降り、荷物を抱えながら改札口へと向かった。この世界でこのような鉄道が主流になったのは大昔の産業革命からであり、産業革命以前は商人に金を支払って馬車の荷台に乗せてもらうか、労働者の年収に匹敵する金額を支払って飛竜に乗るのが主流だったと言われている。しかも当時は魔物が生息しているのが当たり前だったため、移動中に魔物に喰われて命を落とすのは珍しくなかったという。
魔物ですら追いつけないほどの速度で移動できる鉄道が、人々の生存率を爆発的に向上させたのは想像に難くない。
駅の外に出てネイリンゲンの街並みを見渡した途端、まだこのネイリンゲンが”傭兵の街”と呼ばれていた頃の光景がフラッシュバックした。
所狭しと並ぶ傭兵ギルドの事務所や広告の看板。自分たちが所有する馬に跨り、クライアントからの依頼を引き受けるために出撃していく数多の傭兵たち。かつて、エミリアを連れてラトーニウスから亡命してきた俺たちは、ここで傭兵ギルドを始めようとしたのだ。
ちらりと隣を見ると、紺色の制服と防具に身を包んだ、ラトーニウス王国騎士団に所属していた少女が立っていた。17歳くらいに見えるが、17歳とは思えないほど凛々しい雰囲気を放つポニーテールの少女である。
「エミリア…………」
「力也、どうしたのだ?」
「えっ?」
ぎょっとしながら周囲を見渡す。当たり前だが、このネイリンゲンが傭兵の街と言われていたのは大昔である。現在では壊滅してしまったネイリンゲンに住み着いていた魔物を一掃し、兵器やフィオナ機関を大量生産するための工場がある都市として生まれ変わっているのだ。
また前任者の記憶がフラッシュバックしたらしい。
彼の記憶まで一緒にダウンロードしたおかげで、武器の使い方や戦い方を瞬時に理解する事ができた。短時間でベテランの兵士のように戦えるようになったのは非常に喜ばしい事なのだが、このように彼の記憶がフラッシュバックしたり、幻覚が見えてしまう事があるのである。
博士は何とかしてくれるだろうかと思いつつ、セシリアに「何でもない」と言ってから、彼女と一緒に歩き出す。
ネイリンゲンは、テンプル騎士団の初代団長であるタクヤ・ハヤカワがまだ幼い頃に、転生者たちの襲撃を受けて壊滅してしまっているのだ。モリガンの傭兵たちが奮戦したことによって襲撃者たちは大損害を被り、住民たちは無事にエイナ・ドルレアンまで退避する事ができたものの、襲撃を受けたネイリンゲンにはすぐに魔物が住み着いて人が済める場所ではなくなってしまったため、放棄せざるを得なかったのである。
けれども、積極的な軍拡を行っていたテンプル騎士団が本格的にネイリンゲンの魔物を掃討したことによって、ネイリンゲンは生まれ変わることになった。
駅から離れると、道の向こうに看板が見えてきた。
「待ち合わせ場所のチェックをしておくか?」
「む? 力也、お前にはご先祖様の記憶がある筈だろう?」
「悪いが、一緒にダウンロードしちまった記憶は再開発以前の記憶だ。今のネイリンゲンの道は全く分からん」
もし再開発以前のネイリンゲンだったら、彼女を案内する事ができた事だろう。一度も訪れた事の無い筈の場所を、まるで何度も訪れたことがあるかのように案内するという強烈な違和感を感じながら。
俺たちがネイリンゲンへとやってきた理由は、テンプル騎士団が支援することになっている”ある人物たち”と接触するためである。
その人物たちと接触する場所の位置を確認してから、俺とセシリアは看板の近くを離れた。
歩きながら、ちらりと雪原の向こうを見る。ネイリンゲンの郊外には雪に覆われた丘があり、その丘のすぐ近くには、半壊した状態の屋敷が経っているのが分かる。明らかに現代の建物の建築様式よりもはるかに古い、大昔の建物だ。建物の半分は倒壊して瓦礫の山と化している。
取り壊されてもおかしくない建物だが、その古い建物は未だに残っていた。
――――――モリガンの昔の本部である。
そう、前任者とエミリア・ペンドルトンの2人がラトーニウスから亡命した直後に設立した、モリガンの本部である。元々はフィオナ博士の実家だったらしく、そこを改装して傭兵ギルドの本部として使っていたのだ。
ネイリンゲンが壊滅した際に、モリガンの本部はエイナ・ドルレアンに移されてしまったのだが、旧本部は現在でも半壊したまま残されており、倒壊せずに済んだ部分は改装されてモリガンの博物館となっているらしい。
「後で行ってみるか?」
雪原の中に残っているモリガンの旧本部を見つめながら、セシリアはそう言った。
面白いかもしれないが、正直に言うと遠慮させていただきたい。この記憶がなければ面白いかもしれないが、彼女のご先祖様の記憶が頭の中にダウンロードされちまっている以上、そんな所に行ったらフラッシュバックと幻覚のオンパレードだ。下手したら自分をセシリアのご先祖様と思いこんだり、発狂しちまうかもしれない。
首を横に振ってから、セシリアと一緒に駅のすぐ近くにある喫茶店へと向かう。かぶっていたウシャンカを手に取って店に入った俺たちは、この喫茶店で待っているその人物を探した。
この喫茶店はそれほど大きな店ではないが、テーブルや椅子の数はそれなりに多い。きっと、仕事を終えた労働者や工場の経営者たちがよく立ち寄る店なのだろう。けれども、今はどの工場でも労働者が働いている時間帯だから、席はかなり空いていた。
店の隅にあるテーブルには、既に3人の客が腰を下ろしているのが見える。1人の初老の男性と、2人の少女のようだった。あの2人は孫娘だろうかと思ったが、祖父と孫娘にしては年が近過ぎるような気がするし、顔立ちもあまり似ていない。
大学の教授と教え子なのだろうか。
そう思っている内に、セシリアがその席へと向かった。2人の少女と話をしていた初老の男性が顔を上げ、セシリアに向かって微笑みながら首を縦に振る。
「お久しぶりですね、同志セシリア」
「こちらこそ、同志”レーニン”」
この初老の男性が接触する予定の人物なのだろう。彼と一緒にいる少女たちは彼の護衛なのだろうか。
そう思っている内に、セシリアは初老の男性の向かいの席に腰を下ろした。彼女が座ったのを確認してから、俺は周囲を見渡して誰もいないのを確認しつつ、ちらりと内ポケットの中を確認する。もし連合王国軍の連中がこの話を盗み聞きしていたり、セシリアを暗殺しようといしたら、内ポケットの中に入っているナガンM1895を引き抜いて応戦することになるだろう。
俺の役目は彼女たちの護衛なのだ。
誰もいないことを確認してから、セシリアに向かって首を縦に振る。
「…………先ほどのナバウレアの戦いは、テンプル騎士団の圧勝だったそうですね」
あのナバウレアの戦いは、忌々しい事にオルトバルカ国内では”オルトバルカ軍の圧勝”と報道されているらしい。自分たちは虎の子の戦車を鹵獲されて惨敗したというのに、圧勝に貢献したテンプル騎士団の事は一切報道されていないらしい。
テンプル騎士団のおかげで勝利できたという事を知っているからこそ、レーニンは”テンプル騎士団の”圧勝と言ったのだ。
「ああ。しかし、連合王国の連中は我々もろとも砲撃した。我が軍にもその砲撃で被害が出ている。組織内でのオルトバルカへの敵意もかなり高まっている状態だ」
「では、義勇軍の派遣は簡単そうですね」
「その通りだ。――――――あなた方が革命を引き起こした暁には、我がテンプル騎士団は革命軍への義勇軍の派遣を約束する」
そう、彼らはオルトバルカ王国で革命を起こそうとしている”共産主義者”たちである。
現在のオルトバルカは、大量の物資や食料が戦場に送られているせいで、貴族以外の国民はあまり食べ物を購入する事ができなくなっている上に、非常に多くの兵士が犠牲になっているにもかかわらず、王国は徴兵を続けているという。
そのせいで、今のオルトバルカ軍の兵士は若者が非常に多いらしい。
既に農民や労働者が何度か暴動を引き起こしており、王室や連合王国軍への敵意は非常に高められている状態である。このまま戦争が続けば、間違いなくオルトバルカ国内で革命が勃発することになるだろう。
だからこそ、連合王国軍は自国の国民たちに”この戦争には勝てる”ということをアピールするために、新兵器である戦車を大量に投入したナバウレア攻勢を是が非でも成功させる必要があったのである。新聞で『テンプル騎士団のおかげで勝てた』と報道しなかったのも、王室や軍の面子だけでなく、こうして圧勝したという事をアピールして敵意を少しでも緩和させようとしたに違いない。
テンプル騎士団がこの共産主義者たちに協力する理由は、オルトバルカ連合王国への報復のためだ。
共産主義者たちにとって、王室や連合王国軍はオルトバルカを社会主義国家にするためには邪魔な存在だし、セシリアにとって王室は自分の父親を殺した怨敵である。だが、革命軍の兵士の大半は錬度の低い民兵である上に装備も旧式の武装ばかりであり、中には未だに剣で武装している部隊もあるという。
そこで、同じく王室を憎んでいるテンプル騎士団と協力して革命を起こすことになったのである。
「へえ、こいつがあなたの護衛?」
席の近くで立ったまま見張りをしていると、レーニンと一緒にいた金髪の少女がこっちを見上げながら言った。彼の護衛かと思ったが、戦闘訓練を受けているにしては体格が華奢だ。護衛と言うよりは彼の参謀なのだろう。
金色の頭髪からは、微かに長い耳が突き出ているのが分かる。彼女はエルフなのだろうか。
「結構強そうじゃない。気に入ったかも」
「無礼ですよ、”スターリン”。我々に協力してくれる同士なのですから」
「はいはい」
レーニンに咎められたスターリンは、返事をしながらティーカップへと手を伸ばした。
「ところで、こちらが革命を起こした場合はどれほどの戦力を派遣してくださるのでしょう?」
戦争で大損害を被っているとはいえ、オルトバルカ国内には戦場に派遣されている部隊と同等の物量を誇る部隊が駐留している。革命が勃発し、テンプル騎士団がオルトバルカに反旗を翻せば、その全部隊が革命軍とテンプル騎士団に牙を剥く事となるだろう。
いくらテンプル騎士団が援助しているとはいえ、圧倒的な物量の部隊が派遣されれば革命はすぐに鎮圧されてしまう筈である。
すると、セシリアはポケットの中から扇子を取り出し、微笑みながらそれを広げた。
「――――――――全軍だ」
スターリンがまさかの女(エルフ)に……………(粛清)




