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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第五章 純白の戦場、真紅の殺意
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明日花のための報復


 人間の赤子は、母親から生まれてくる。


 ホムンクルスの赤子は、製造装置の中から生まれてくる。


 だから、ホムンクルスたちには”親”という概念が存在しない。遺伝子がベースになっている人物を親という事もできるかもしれないが、普通の人間と比べると年齢の差が更にバラバラで、場合によってはそのオリジナルがとっくに死亡していることも珍しくはない。


 元々は、”死んだ人間を造り直す”ための技術なのだから。


 ジェイコブが親のいる人間を羨ましがっていた事を思い出してから、前世の世界で経験した事を思い出す。


 俺たちの母親は、父親に殺された。


 原因が何だったのかは分からないが、俺たちが夕食を済ませて部屋へと戻った後に、2人で言い合いをしていたのは覚えている。不安になって部屋を出てから、リビングへと繋がる階段を下りて行こうとした時に、俺と明日花は見てしまった。


 リビングの壁に飛び散る血飛沫。


 血を噴き上げながら崩れ落ちていく母。


 悲鳴を上げる母に向かって、立て続けに包丁を振り落とす父。


 なぜ父親が母親を殺したのか、という疑問と恐怖が生まれるよりも先に、まだ幼かった頃の俺はこう思った。


 これが人間の親なのか、と。


 だから俺は、親がいる人間を羨ましいとは思わない。


 そう思ったからこそ、台所から別の包丁を取り出し、口封じに俺たちを殺そうとしていた父親の片目を躊躇せずに切りつける事ができたに違いない。


 ナタリアのホムンクルスがバルブを捻り、目の前に浮かんでいる魔法陣をタッチする。魔法陣に表示されているのは、この世界の公用語となっているオルトバルカ語ではなく、ハングル文字を彷彿とさせる古代文字だった。古代文字は文法が現代の言語よりもはるかに複雑であるため、ベテランの考古学者たちですら古文書の1ページ分の翻訳に1年以上も時間をかけるのは珍しくないという。


 なぜ古代文字を採用したかというと、万が一キャメロットが敵艦に鹵獲された場合に、この製造装置や技術が敵に渡ったとしても敵が理解できないようにするためである。そうなればこちらの技術者たちも装置に投影される古代文字を解読できなくなる筈であるが、この装置を操作するのは調整を施すことが可能なホムンクルスたちであるため、生まれる前の段階で母語をオルトバルカ語ではなく古代語に設定しておけば、最初から古代語を理解した状態で生まれてくる。


 あとは公用語となるオルトバルカ語を教育し、ホムンクルスの製造方法を教えれば、ホムンクルスの製造を担当する技術者となるわけだ。


 ガラスの柱の中を満たしていた蒼い培養液が赤く変色したかと思うと、ガラスの柱の側面へと伸びている配管の中へと吸い込まれていく。配管の先にはコップを思わせる金属製の小型タンクが設置されており、赤く変色した培養液はそのタンクの中へと充填されていった。


 タンクの中に赤い培養液が入ったのを確認したホムンクルスが、警報を止めてからバルブを捻る。近くで警報を発していた赤い魔法陣が蒼く変色したのを確認した彼女は、タンクのロックを解除して小型タンクを取り外し、それを俺に差し出した。


 この赤い培養液は、先ほど美緒の骨を溶かした培養液である。普通のホムンクルスを製造する場合は、このまま培養液へと魔力を注入することで、この赤い培養液が再び蒼く変色していき、中に小さな1つの肉片が姿を現す。その肉片を成長させることで胎児になるのである。


 タンクの蓋を外し、内ポケットから取り出した容器の中から蒼い粉を取り出す。その粉をこっそりと培養液の中へと混ぜてから蓋を閉め、後ろで製造装置を見上げていた奈緒に渡した。


「奈緒、これを飲め」


 赤い培養液の入った小型タンクを美緒に渡すと、彼女はまじまじと赤い培養液を見つめた。


「これを?」


「そうだ。これを飲めば、いずれ美緒がお前から生まれる」


 小型タンクの蓋を開け、ちらりとこっちを見る奈緒。彼女はもう一度タンクの中の赤い培養液を見下ろしてから、容器を口へと運んだ。


 どろりとした赤い培養液を飲み干してから、彼女は空になった小型タンクを投げ捨てる。キャットウォークの上に落下した小型タンクを拾い上げ、ナタリアのホムンクルスに手渡してから、呼吸を整えている奈緒に言った。


「それと、お前は帝国軍に引き渡す」


「え…………!?」


 奈緒はぎょっとしながら俺の顔を見つめた。


 彼女は帝国軍の情報をテンプル騎士団に吐いてしまっている。既に、その尋問によって東部戦線の帝国軍の兵力や補給部隊が使っているルートなども判明しているため、また攻勢を実施して補給ルートを撃滅すれば、東部戦線の帝国軍は壊滅的な大打撃を被ることになるだろう。


 自分たちの軍隊が大損害を被るほどの大きな情報を吐いてしまった以上、帝国軍に引き渡したとしても、九分九厘帝国軍に粛清されるのが関の山である。


「安心しろ、帝国軍にはお前が情報を吐いたという事は言わないでおいてやる。それに、お前はもう転生者の端末を失った。帝国軍から見れば、もう利用価値はない」


 そう、奈緒はもう端末を持っていない普通の人間である。


 テンプル騎士団に生け捕りにされたことによってPTSDになったという事にしておけば、帝国軍は彼女の除隊を許可することだろう。頼っていた端末もなくなった上に、帝国軍にもし情報を売ったという事がバレれば粛清される羽目になるのだから、『俺に復讐するために帝国軍に戻る』という選択肢はなくなる。


 一般的な市民として生きていくのだ。


「だから、帝国軍に戻ったら除隊しろ。そして、普通の人間として生きるんだ」


「…………分かった」


「お前を引き渡す手続きは済んでるし、団長セシリアの許可も貰っている。明日には帝国軍の東部戦線遠征軍が引き取ってくれる筈だ」


「…………美緒はいつ生まれるの?」


「多分、明日じゃないか?」


「そう…………分かったわ」


「連れて行け」


「はっ」


 そう命令すると、彼女にフェドロフM1916を向けていたスペツナズの兵士が銃を背中に背負い、奈緒の肩を掴んで彼女を牢屋へと連れて行った。


 溜息をついてから後ろを振り向き、培養液を抜き取られてしまったガラスの柱を見上げる。ナタリアのホムンクルスたちが再び魔法陣をタッチしてバルブを捻ったことにより、早くも蒼い培養液が装置の中に注入されつつあった。


 培養液が赤く変色したかと思うと、再び蒼く変色していき、培養液の中に小さな肉片が姿を現す。その肉片を培養液の中で成長させることによって、胎児になるのである。


 肉片が胎児に成長すると、今度は装置の上の方から伸びてきた黒いケーブルが、胎児のへそへと接続された。あのケーブルがへその緒の代わりなのだ。


 培養液の中で急激に成長していくホムンクルスの胎児を見上げていると、後ろからフィオナ博士がやってきた。


「あら、珍しいですね。ホムンクルスの製造に興味があるんですか?」


「まあ、面白そうだなとは思うが錬金術を覚えるのは大変そうだ。遠慮しておく」


「あらあら、残念です。あれってかなり奥が深いんですよ?」


「奥が深いならなおさら遠慮する。深すぎて引き返せなくなりそうだ」


 そう言いながら、先ほど奈緒に飲ませた培養液にこっそりと混ぜた粉が入っていた容器を内ポケットから取り出す。博士はその容器が空になっていることに気付くと、ニヤリと笑いながらそれを受け取った。


「それを使ってくださったんですね」


「とんでもない物を作るんだな、博士。正気の沙汰とは思えん」


「あらあら、双子の姉に妹の肉を食べさせるあなたも人の事は言えない筈では?


 ああ、確かに。


 俺も人の事は言えないな。確かに、姉に双子の妹の肉を食わせて心を壊すのは正気の沙汰とは思えない。


 けれども、平然とそんな事をしてしまった。手足を縛られた状態で涙を流し、命乞いをする少女を無表情でバラバラにして、その肉を使って料理を作り上げてしまった。


 けれども、”楽しかった”。


 憎たらしい相手を壊すのが、楽しかった。


 きっと俺は、悪魔に違いない。


 製造装置の中に浮かんでいた赤子のへそから、へその緒の代わりに接続されていたケーブルが取り外される。ナタリアのホムンクルスたちが魔法陣をタッチしてからバルブを開け、内部の培養液を抜き取っていく。


 水位が下がっていくのを見上げながら、フィオナ博士は言った。


「本当に悪魔ですよね、あなたって」












 テンプル騎士団は先進国が批准している条約の大半に批准していないため、白旗を振っている敵兵や負傷兵も当たり前のように皆殺しにする。仮に捕虜として受け入れたとしても、大半は人体実験に利用されるか処刑されることになっているため、彼らに生け捕りにされて生還した捕虜は殆どいない。


 それゆえに、生還した霧島奈緒は帝国軍の将校たちに歓迎された。


 彼女を引き取りにやってきた東部戦線遠征軍の兵士たちによって回収された奈緒は、転生者に支給される端末を失ってしまったものの、テンプル騎士団から生還した勇敢な兵士として、帝国軍の士気の向上に利用されることになったのである。


 再び支給された白い制服に身を包んだ奈緒は、自分にカメラを向けながら写真を撮影するカメラマンや、彼らの後方で微笑んでいる将校を見渡して作り笑いを浮かべながら、唇を噛み締めた。


(あの悪魔め…………!)


 約束通りに、速河力也は帝国軍の情報を吐いたという事を帝国軍へと一切伝えずに、奈緒を開放した。帝国軍の情報を売ったという事を聞かされていなかったからこそ、帝国軍の将校たちはテンプル騎士団から生還した彼女を歓迎したのだろう。


 できることならば、再び端末を支給してもらい、速河力也に復讐したかった。だが、転生者に端末を再び支給することは不可能である上に、奈緒は力也に『帝国軍の情報を吐いた』という弱みを握られている。もしそれを公表されれば、奈緒はテンプル騎士団から生還した英雄から仲間を売った叛逆者と化すことになるだろう。


 敢えてその情報を帝国軍に公表しなかったのは、奈緒が再びテンプル騎士団に牙を剥かないようにするために違いない。


 カメラマンたちが撮影を止めたのを確認した奈緒は、そっと自分のお腹に触れた。


 ホムンクルスの培養液を飲めば、すぐに美緒が生まれるという。もちろん、死亡した美緒本人ではない。あくまでも彼女の遺伝子をベースにして”造り直した”美緒だ。


 だが、まだホムンクルスが生まれる気配はない。いつ生まれるのだろうかと思いながら溜息をついたその時、先ほどまで写真を撮影していたカメラマンの1人が、目を見開きながら彼女を指差して凍り付いていることに気付いた。


「あ………あぁ…………!」


「え?」


 お腹に触れていた右手が、いつの間にかどろりとした液体のようなものに覆われている。


 ぎょっとしながら自分のお腹を見下ろした奈緒も、目を見開く羽目になった。


 いつの間にか――――――どろりとした赤い液体が、自分の腹と右手を包み込んでいたのである。


(こ、これは………!)


 キャメロット艦内のホムンクルスの製造区画で、力也に飲ませられた赤い培養液を思い出す。コップ程度の大きさの小型タンクの中に入っていたのは、どろりとした赤い培養液であった。


 しかも、その培養液はただ単に彼女の腹を覆っていたわけではない。


 じわじわと培養液の中へと流れ込んでいく紅い液体に気付くと同時に、まるで腹を何かが”突き破った”かのような激痛が彼女に牙を剥く。歯を食いしばりながら右手でその激痛の発生源を押さえようとしたが、手のひらが腹の皮膚ではなく、硬い物体に触れたことに気付いた彼女は、ぎょっとしながら自分の腹を覗き込んだ。


「――――――!!」


 手のひらが触れたのは、自分の腹ではなく―――――――あらわになった肋骨の先端部だったのである。


 そう、彼女の腹はキャメロットの艦内で飲まされた赤い培養液によって”突き破られていた”のだ。腹を突き破った赤い培養液は、奈緒の内臓や皮膚を溶かしながら急激に肥大化して腹を突き破ったのである。


 激痛の発生源を押さえるために、培養液の中へと突っ込んでいた右手が急激に溶けていく。表面の皮膚が消失して筋肉や骨があらわになったかと思うと、その筋肉や骨から真っ白な泡が漏れ出し、少しずつ溶けていく。


 産声をあげたのは、最愛の妹などではなかった。


 彼女に培養液を飲ませる直前に力也が仕込んだ、”人工スライム”だったのである。


「な、何だよあれ!?」


「スライムだ!」


「バカな!? 何で人間の腹の中にスライムがいるんだよ!? とっくに絶滅した筈だろ!?」


「警備兵を呼べ、早く!!」


 奈緒の肉や骨を消化しながら、人工スライムは急激に成長していった。太腿や胸元まで溶かし始めたスライムを見下ろした奈緒は、虚ろな目つきでそのスライムを見下ろしながら、残っている左手でスライムをそっと抱きしめる。


「駄目じゃないの、美緒………………うふふふふっ」


 次の瞬間、逃げようとしているカメラマンや将校へと粘液の触手を伸ばそうとしていた人工スライムが、腹を突き破った粘液の塊を自分の妹だと思い込んでいる哀れな少女を呑み込んだ。












 絶滅した筈の魔物を攻撃に利用したのは、前代未聞としか言いようがなかった。


 最終的に、数名のカメラマンや将校がテンプル騎士団の送り込んだ人工スライムの犠牲となったものの、慌てて駆け付けた警備兵たちの火炎放射器による攻撃によってスライムは蒸発し、損害は食い止められた。


 テンプル騎士団によって生け捕りにされ、双子の妹を失った哀れな転生者の少女は、除隊して平穏に暮らす事を力也によって勧められていたにも関わらず、力也(悪魔)によって人工スライムの苗床にされて死亡するという無残な死を遂げたのである。













 枕元に置いてある真っ白なヘアピンに手を伸ばしてから、羽を模したヘアピンを見下ろす。


 仇をとったよ、明日花。


 お前の事を毎日虐めていた忌々しい双子も死んだし、お前を犯したデブも死んだ。あの双子は、こっちの兵士たちにこれでもかというほど犯されてから死んだし、姉の方はその妹の肉を食わされた挙句、スライムを生んで死んだんだ。


 最高じゃないか?


 お前に酷い事をした連中なんだから、これくらい無残に殺してやらないとお前も物足りないだろう?


『兄さん』


「明日花………?」


 ぎょっとしながら顔を上げると、いつの間にか自室の入り口に高校の制服姿の少女が立っていた。優しそうな顔つきだけれど、凛とした雰囲気を纏っている茶髪の少女である。


 でも、彼女はあの強制収容所で死んだ筈だ。そう思いながら目を丸くしている間に、彼女はゆっくりと俺の目の前へと歩いてきた。


「明日花なのか………?」


『………』


「俺に………会いに来てくれたのか………? はははっ、聞いてくれ、明日花。お前を虐めてたあの双子もぶっ殺してやった。お前の仇をとったんだぞ」


 お前を苦しめていた連中を消してやったんだから、明日花もきっと喜んでくれるに違いない。勇者のクソ野郎と三原もあの世に送れば、もっと喜んでくれる筈だ。


 そう思いながら彼女に報告したんだが――――――明日花は、まるで前世の世界で俺の怪我を手当てしていた時のような悲しそうな顔をしながら告げた。


『兄さん、もうやめてください…………』


「え…………」


『お願いです………兄さん、もう人殺しはやめて、優しい兄さんに戻ってください。私の知ってる兄さんは、あんな残酷な兄さんじゃない…………!』


 そう言うと、明日花は俺の頬に触れてから消えてしまった。


「明日花………」


 あの世にいる彼女は、復讐を望んでいない…………?


 殺すのを止めろ………?


 なぜ?


 理解できない。お前にあんなにひどい事をした連中に報復するのを止めろというのか? この復讐が間違いだとでもいうのか?


 そんなわけがない。


 この報復はするべきだ。お前を虐めたクソ野郎共を全員惨殺して、地獄に送るべきだ。


 これはお前のための復讐なんだ、明日花。


 頭を抱えながら、俺は呟いた。


 お前のための復讐なんだよ、と。



 


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