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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第五章 純白の戦場、真紅の殺意
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少女の絶望、悪魔の希望


 少女の絶叫を聞きながら、俺は嗤っていた。


 滑稽としか言いようがない。自分が助けようとしていた妹は、彼女が生け捕りにされた頃にはとっくにバラバラにされていたというのに、その妹に会わせろと言っていたのだから。


 だから、約束通りに会わせてやった。ただ単にバラバラになった美緒の死体を運んできてやってくるだけではシンプル過ぎるので、彼女に与える食事も兼ねて”調理”しておいたがな。


「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! こんなのやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 皿の上に残っていたシチューまみれの骨をぎゅっと掴みながら、奈緒は自分の頭を床に思い切り叩きつけた。


 妹に会わせろと言いながら、会いたがっている妹の肉を使った料理を食っている奈緒はこれ以上ないほど滑稽だった。本当なら一番最初のスープを飲んでいる時に教えてやりたかった。そのスープに入っている肉は、お前の妹の太腿の肉だよ、と。


 けれども我慢し続けた。一番最初に教えてしまったら奈緒があっさりと壊れてしまうし、彼女に与えられる絶望も小さくなってしまう。だから、彼女が肉をもっと食べるのをずっと待っていたのである。


 冷蔵庫の中にはバラバラになった美緒の肉がまだ残っているが、残った肉は魔物や肉食獣の餌にでも使わせてもらうとしよう。キャメロットにはまだまだ食料が残っているし、兵士たちにもちゃんとした食事が支給されているからあんなクソ野郎の肉を食う必要はない。


 すると、泣き叫んでいた奈緒が俺の足を掴んだ。


「お?」


「うそ………つかないで…………!」


 先ほど床に頭を思い切り叩きつけたせいで、奈緒の眉間は真っ赤になっていた。鼻からは鼻水と鼻血が混じった液体が流れ落ちており、目つきは虚ろになっている。最愛の妹の肉を使った料理を食べている時は目を輝かせていたくせに、肉の正体を知った程度で虚ろになってしまう安っぽい目を見下しながら、足を振り払う。


 端末のデータが破損しているせいで初期ステータスになっているとはいえ、こっちはテンプル騎士団に入団して訓練を受け、肉体を鍛え上げた軍人だ。それに対し、奈緒は能力に頼り切った典型的な転生者である上に、一度は手足が細くなるほど衰弱していたのである。食事を与えられてある程度は回復したとはいえ、相手の足にしがみつき続けられるほどの力と体力が残っているわけがない。


 足を振り払うと、奈緒はあっさりと再び床に叩きつけられる羽目になった。


「あれは美緒の肉じゃない………冗談よね…………?」


 認められないというのか。


 数日前から喰っていた肉が、自分の妹の肉だったという事が。


 助け出そうとしていた最愛の妹が、とっくに死んでいたという事が。


 だったら教えてやる。


 首を横に振ってから、扉の覗き窓を覗き込みながら待機している警備兵に目配せする。警備兵は扉の鍵を開けると、一番最初に奈緒に用意したスープを入れていた鍋と同じデザインの鍋を持って部屋の中へとやってきた。


 また自分の妹の肉を使った料理を食わされると思ったらしく、床から起き上がろうとしていた奈緒がびくりと震える。両手で頭を抱えながら目を見開いている奈緒の目の前で警備兵は無慈悲に蓋を開けたが―――――中から溢れ出したのは、美味しそうなスープの香りなどではなかった。


 戦場で当たり前のように嗅ぐ羽目になる臭い。


 弾丸で穿たれ、砲弾で引き千切られた死体たちが発する臭い。


 その鍋の中に手を突っ込み、中にある物体を左手で掴み取る。もし前世の世界で生活していた頃であれば、この物体を目にしただけで怯えてしまったに違いない。けれども、今は妹を殺された憎しみのせいなのか、それを目の当たりにした程度では何も思わなかった。


 むしろ、もっと見てみたい。


 こんな風に無残な姿になったクソ野郎の姿を。


 無残に殺された仲間の死体を目の当たりにして怯えるクソ野郎共を。


「え…………」


「これなら信じるか?」


 鍋の中から掴み取ったのは――――――人間の頭だった。


 切断してからそれなりに時間が経過しているので、断面からはもう血が滴ることはない。目つきは虚ろになっており、肌も真っ白に変色してしまっている。あのまま鍋の中で放置していれば瞬く間に腐敗し、強烈な腐臭を周囲に撒き散らすことになるだろう。


 だから、”再会”させるには今日は絶好のタイミングと言えた。


 絶望して死んだ妹と、絶望して死んでいこうとしている姉を再会させるには。


「会いたかったんだろ?」


「嘘…………」


 奈緒は鍋の中から取り出した人間の頭を見つめながら、ぶるぶると震え始めた。


 自分の顔と瓜二つの顔。


 そう、彼女が助け出そうとしていた――――――――美緒の首だった。


 絶望する彼女を嗤いながら、妹の首を彼女に差し出す。持っていた骨をぎゅっと握ったまま、とっくに死んでいた美緒の首を受け取った奈緒は、身体を痙攣させながら最愛の妹の首を抱きしめる。


「美緒………どうしてなの…………!?」


「約束は守ったぞ、奈緒」


「どうして…………」


 妹の首を抱きしめている奈緒を見つめながら、明日花の死体を見てしまった時の絶望感を思い出す。


 いつか彼女と一緒にあの強制収容所を出て、この異世界で平穏に暮らすという目的があったからこそ、俺は苛酷な強制労働に耐え続ける事ができた。色んな国から連れて来られた、言葉が全く通じない他の捕虜たちと協力して、帝国軍が要求する期間内に無茶な仕事をやり遂げてきた。


 だが、お前らは明日花を奪った。


 俺の最後の家族を奪った。


 彼女の死は、俺自身の死にも等しい。


 奈緒と美緒は明日花の殺害には関わっていないのかもしれないが、お前たちも彼女を虐げていたのだから同罪だろう。もしこちらの世界では懲りて止めてくれたのならば見逃してやるという選択肢もあったが――――――お前たちは明日花を虐げ続けた。


 これで分かったか、奈緒。


 家族を奪われる苦しみを。


 希望を踏み躙られる痛みを。


 あの時、お前たちは明日花だけでなく、俺も殺したのだ。


「どうしてこんなことができるのよ…………!?」


「お前らが憎いからだ」


 今すぐにぶち殺したくてたまらないからだ。


 できるならば、今すぐマガジンの中の弾丸が空になるまで弾丸をぶち込んでミンチにしてやりたい。けれども、それでは彼女たちに与える苦痛がたった弾丸数発分の苦痛だけで終わってしまう。


 だから、最高の苦痛を与える。


 人間でなくなってしまっても構わない。悪魔になってしまっても構わない。


 この報復とお前たちの無残な死だけが、あの世にいる明日花を救済するのだ。


 だから苦しんでくれ。


 最高の苦痛で壊れてから、地獄に落ちてくれ。


 妹の首を抱きしめている奈緒の頭の上にそっと手を置いてから、俺は微笑んだ。


 まだ、こいつの心は壊す事ができる。彼女に提示した希望よりも更に大きな希望をちらつかせてやれば、彼女は間違いなくそれを受け入れる。


「安心しろ、テンプル騎士団の技術を使えば――――――”美緒は生き返る”」


「え…………!?」


 目を見開きながら、奈緒はこっちを見上げた。


 大切な人を失った人間は、死者を蘇らせるという誘惑に一気に脆くなる。その希望もろとも踏み躙られるというのに、こちらが提示する希望に縋るのだ。


 だから、もう一度壊してやる。


 










 ホムンクルスを生み出すための技術は、元々は『ヴィクター・フランケンシュタイン』という伝説の錬金術師が、病死した『リディア』という愛娘を蘇らせるために生み出した技術だといわれている。テンプル騎士団に所属しているホムンクルス兵たちは、テンプル騎士団の創設者の1人である『ナタリア・ブラスベルグ』が復元させたその技術に生み出されたのだ。


 そう、元々は”人間を蘇らせる”ための技術だった。


 けれども、死んでしまった人間を生き返らせる事などできるわけがない。薬や魔術でも治す事ができなかった病によって倒れた少女を生き返らせる事ができないからこそ、ヴィクター・フランケンシュタインは愛娘を”生き返らせる”のではなく”造り直す”ことにしたのだろう。


 蒼い培養液で満たされた巨大なガラスの柱の中で、へその緒の代わりに黒いケーブルで接続された状態で眠っている赤子たちを見渡しながら、キャットウォークの上を進んでいく。向こうでは培養液が排出されたガラスの柱のハッチが開いており、真っ白な制服に身を包んだ金髪の女性たちが、泣き声を上げる蒼い髪の赤子を抱き上げているところだった。


 ここは、キャメロットの艦内にあるホムンクルスの製造区画である。


 ホムンクルスたちにも生殖機能があるので、普通の人間と同じように結婚し、子供を産むこともできる。しかし、伴侶との間に生まれた子供は相手の遺伝子が混じるために能力が不安定になるという大きな欠点がある。そのため、テンプル騎士団はこの製造区画の中でタクヤ・ハヤカワの細胞を使ってホムンクルスを大量生産し、少しでも戦力の底上げを図ろうとしているのである。


 赤子を抱いた金髪の女性が、赤子のへそに繋がっている黒いケーブルをそっと外してから、その赤子を抱いてこっちへとやってくる。彼女に敬礼すると、赤子を抱いていた女性はまだ泣き続ける赤子を見下ろして微笑んでから、こっちに敬礼をして立ち去った。


 この製造区画で働いている女性たちも、ホムンクルスである。


 とはいっても、タクヤ・ハヤカワの遺伝子をベースにしたホムンクルスではなく、テンプル騎士団で最も優秀な錬金術師だったナタリア・ブラスベルグの遺伝子をベースにしたホムンクルスたちだ。彼女たちの役目は、タクヤのホムンクルスのように最前線で戦う事ではなく、ここで数多の赤子たちを生産して育て上げることである。


 そう、ホムンクルスがホムンクルスの大量生産を行っているのだ。


 なぜホムンクルスに製造を一任しているかと言うと、万が一テンプル騎士団が全滅してしまったとしても、ホムンクルスたちが自力で同胞の大量生産を継続することで、敵勢力との戦闘を続行する事ができるからである。


 人間を生き返らせる技術が、人間を殺すための戦争に使われる。


 命を救うどころか、奪うために使われる。


 だから人間は嫌いだ。


 新しい技術を知ったら、真っ先に「それは人殺しに使えるか」と考えてしまうサイコパス共が大嫌いだ。


 ちらりと後ろを振り向くと、ボロボロの服に身を包んでいる奈緒が、目を見開きながらキャットウォークの左右にずらりと並んでいるガラスの柱を見渡していた。帝国軍は強力な軍隊だが、テンプル騎士団のように錬金術に力を入れていないため、ホムンクルス兵を製造する事ができないといわれている。だから、このようなホムンクルスの製造区画を目にするのは初めてなのだろう。


 この区画の中に響き渡るのは、淡々と赤子が生まれることを報告する機械のアナウンスと、培養液の中から解き放たれる赤子たちの泣き声だけだ。


 もちろん、奈緒の後ろには配備されたばかりのフェドロフM1916を構えた2人のスペツナズの兵士がいる。いくら奈緒が丸腰である上に端末を持っていないとはいえ、俺と2人きりで製造区画へと連れて行くのは危険だと判断されたのだろう。


 歩きながら、”00057”と書かれている製造装置を見つめる。


 あそこはジェイコブが生まれた装置だという。現在は別の赤子がその装置の中に入っていて、蒼い培養液の中で眠っていた。


 あの蒼い培養液には、液体に触れた物体の時間を少しだけ加速させる効果があるらしい。つまり、あの培養液の中でホムンクルスを使えば、小さな肉片だったホムンクルスたちが細胞分裂を加速させてあっという間に赤子にまで成長するというわけである。


 なぜ大人になるまで成長させないかというと、しっかりと言語や思想を学習させるためである。


 ベースになっているタクヤ・ハヤカワは、”魔王”と呼ばれていたリキヤ・ハヤカワ―――――もちろん俺ではない――――――を打ち破った”テンプル騎士団最強の兵士”である。それゆえに、基本的にホムンクルスたちの身体能力はベテランの兵士たちにも匹敵するほど高い。


 だが、言語や知識まで培養液の中で学習させることはできないのだ。仮に成人になるまであの培養液の中で育てても、完成するのは”大人の姿をした赤子”というわけである。


 そこで、わざわざ赤子の状態で育成を中断し、普通の人間と同じように育てるのだ。


 とはいっても、ホムンクルスたちはあのような製造装置から生まれ、赤の他人に育てられるのだから、彼女たちに”親”という概念は存在しない。それゆえに、ホムンクルスたちは母親のお腹から生まれてくる普通の人間を羨ましがるという。


 塹壕の中でジェイコブが『なあ、母親ってどんな存在なんだ?』と興味深そうに質問してきた時の事を思い出しながら、空いている製造装置の前で立ち止まった。


「これが…………ホムンクルスたちの製造装置…………」


「この装置を使えば、美緒は生き返る」


 そう言ってから、美緒の骨を近くで待機していたナタリアのホムンクルスに渡した。白い制服に身を包んだ彼女は、首を縦に振ってから骨を製造装置の中に入れ、ハッチを閉める。ハッチのすぐ近くに浮遊している魔法陣をタッチしてから近くにあるバルブを捻ると、どろりとした蒼い培養液がガラスの柱の中へと流れ込み、美緒の骨を包み込んだ。


 培養液に包まれた骨が、まるで消化液の中に放り込まれた肉のように溶けていく。


「…………装置に登録されていないホムンクルスの製造となりますので、手順が通常とは異なります」


「どのような手順になる?」


「このまま育成すると装置にエラーが発生する恐れがありますので、赤子となる前の段階で育成を中断し、人間からホムンクルスを生むことになります」


 要するに、赤子になる前に育成を中断して、そのホムンクルスを母体へと移植し、その母体に出産してもらう事になるというわけだ。


 説明を聞いてから、くるりと奈緒の方を振り向いた。


「…………美緒を蘇らせるためには、母体が必要らしい」


「ぼ、母体?」


「そうだ。美緒を生む母親が必要になる」


 お前なら引き受けるだろう。


 この希望に縋ったのだから。


「…………じゃあ、私が美緒を産めばいいのね?」


「その通り」


 培養液が注入されている製造装置を見上げている奈緒を見つめながら、俺はニヤリと笑った。


 悪魔になってしまっても構わない。


 地獄に落ちても構わない。


 この報復を、果たす事ができるのならば。






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