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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第五章 純白の戦場、真紅の殺意
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悪魔と転生者

※後半がグロくなっています。ご注意ください。


 もしこの部屋に窓があれば、ここに何日監禁されているのかを予測する事ができたに違いない。


 けれども、この部屋には窓すらない。常に天井からぶら下がっている照明が狭い部屋の中を中途半端に照らしているだけだ。この壁や天井の向こうに広がっているのは、青空なのか、星空なのかすら把握できないせいで、時間は単なる苦痛へと変貌している。


 手足を鎖で縛りつけられたまま、私は延々とこの部屋に監禁されている。何もされない代わりに、食事すら与えられない。一日に一度だけ警備兵が水を持って来て私に強引に飲ませていくけれど、人間が水だけで生きていけるわけがない。


 水しか与えられていないせいで、案の定、私の手足はかなり痩せ細ってしまった。


 最初の頃は、この拷問に耐え抜いてやるという決意が心の中に居座っていた。けれども、延々と薄暗い部屋の中で拘束され続けている上に、食事を全く与えられていないせいで、心の中を満たしていた決意にはじわじわと亀裂が生まれて崩壊していき、食べ物が食べたい、という食欲があらわになっていた。


 もし、力也(あの悪魔)が私を侮辱しながら食べ物を差し出したとしたら、きっと躊躇せずに屈してしまうだろう。この忌々しい食欲を黙らせるために、決意とプライドを自分自身で破壊することになるのだ。


 扉の向こうから足音が聞こえてくる。警備兵が私に与えるための水を持ってきたのだろうかと思いつつ、ちらりと扉の方を見上げた。手足と同じように細くなってしまった首を動かすと、分厚い扉が開き、大きな刀を背負った男が部屋の中へと入ってくる。


 軍服と赤いベレー帽を身に纏った悪魔だった。


「気分はどうだ?」


 長い間食事を与えられていない上に、手足を鎖で縛りつけられ続けていたのだから、気分がいいと答えられるわけがない。尋ねてきたこの悪魔に「最高の気分だ」と答えられるのは、間違いなくドMだけよ。


 悪魔を睨みつけていると、彼は嬉しそうに微笑みながら私の頭に手を置いた。


 もしあの端末があったなら、すぐにこの忌々しい手を切り落としてやりたい。美緒が悪ふざけで私の頭を撫でるのならば許してあげるけれど、明日花(あの忌々しい女)の兄に頭を撫でられるのは虫唾が走る。


 けれども、部屋の中にやってきた悪魔は抵抗しようとする私を嘲笑いながら――――――プライドと決意を捨てさせるものをちらつかせた。


 唐突に、美味しそうな香りが鼻孔へと無慈悲に流れ込んできたのだ。


 更に嘲笑われることになるだろうと思いながら彼の後ろを覗き込むと、部屋の入口の近くには鍋を抱えたホムンクルスの警備兵が立っていて、その鍋の中からはたっぷりと肉や野菜の入ったスープらしき匂いが漏れ出ている。


「………腹が空いてるだろう?」


「え…………」


「同志、彼女に食事を」


「はい、軍曹」


 悪魔はホムンクルスの兵士に命令すると、頭を撫でていた手をそっと退けてから微笑んだ。


 私に拷問を一切しなかった代わりに、食事を一切与えなかった。そうやって私を飢えさせて苦しめるつもりだったに違いない。空腹感と時間が私を苛むことになっていた筈だ。


 なのに、なぜこの悪魔は私のために食事を用意してしまったのだろう。


 痩せ細った私を見て可哀想になったのは絶対にありえない。速河力也(この悪魔)は、自分の肉親を虐げている相手が年下の女だろうと、お構いなしに病院送りにしたり、苦痛を与えようとする男である。前世の世界でも彼に顔面をぶん殴られたり、腕の骨を折られてしまった女子生徒もいた。


 容赦のない男が、復讐しようとしている相手が痩せ細って衰弱しているのを目の当たりにした程度で情けをかけるとは思えない。むしろ、衰弱した姿を見て大喜びする筈だ。


 なぜ、相手に与えている苦痛を希釈するような真似をするのだろう。


 食事に毒でも入れているのだろうか。それとも、食事を与える代わりに情報を吐かせようとしているのだろうか。


 ホムンクルスの兵士が鍋の中のスープを皿に注いでいるのを確認した悪魔は、ポケットの中から鍵を取り出した。小さな銀色の鍵を掴んだまま鎖に手を伸ばした悪魔は、私の両腕をずっと縛り付けていた鎖をその鍵で外すと、鎖で縛りつけられていた痕が刻み付けられてしまった細い手にスープの入った皿とスプーンを渡し、もう一度頭を撫でる。


「ほら、食べるといい。お前のために用意した」


「…………」


 空腹でなかったのならば、食べるわけがないでしょ、と怒鳴りながらスープを床にぶちまけていたに違いない。けれども、心と胃袋の中に居座る空腹がプライドに亀裂を刻み付けて崩壊させてしまったせいで、私は右手に持ったスプーンでスープを掬い、自分の口へと運んでいた。


 自分の手で、悪魔が用意したスープを口にしてしまった。


 スープを口にした直後、胃の中に居座っていた食欲が奔流と化した。食欲と空腹感が私の脳味噌や神経を奪い取ってしまったかのように、痩せ細った右手でスプーンを握りながらスープを掬い、次々に口へと運んでしまう。


 帝国軍の食堂で注文する事ができた料理と比べると美味しくはなかったけれど、胃袋の中で暴れ回っていた空腹感を希釈することはできた。


 あまりにも無様過ぎる。


 空腹感が消えた代わりに、まるで無数の人々の目の前で大恥をかかされたような屈辱感が、食欲と空腹感によって破壊されたプライドの残骸を飲み込んでいく。


「美味かったか?」


「…………」


 答えたくない。


 もしあのスープを口にしていなければ、この部屋の中で餓死する羽目になっていたのは想像に難くない。端末を取り戻して帝国軍と合流するどころか、生け捕りにされている美緒を助け出すこともできなくなってしまう。


 でも、この悪魔が用意した食事を口にした事で、私はこいつに負けた。


「安心しろ、これからはちゃんと食事を与えてやる。それに、もう少ししたら妹にも会わせてやるさ」


「…………美緒は無事なの?」


 微笑んでいる悪魔を睨みつけながら問いかける。


 テンプル騎士団は先進国が批准している条約にはほとんど批准していない。だから、捕虜を人体実験に使ったり、惨殺してしまっても合法なのだ。だから、もちろん先進国はそれを批判しているけれど、水面下では拷問で情報を吐かせようとするクライアントたちが極秘裏にテンプル騎士団に拷問を依頼することも珍しくないという。


 当たり前のように拷問や人体実験をするような組織に生け捕りにされてしまった美緒は、本当に無事なのか。


 すると、力也(悪魔)は微笑みながら首を縦に振った。


「ああ、元気だ。お前と会いたがってるよ」


「なら会わせて。あの子が本当に元気なのか確認したいの」


「それは無理だ。食事は用意するが、その代わりに”対価”をよこせ」


「対価………?」


「――――――帝国軍の情報だ」


 美緒に会うためには、仲間を売らなければならない。


 やっぱり、この男は悪魔だ。


 弱みに付け込んで絶望させ、縋らざるを得ない小さな希望を目の前にちらつかせる。そしてそれに手を伸ばして相手を縋らせてから、その希望もろとも相手を踏み躙るのである。


 美緒を救うために仲間を売るか、最愛の妹を見殺しにして仲間の情報を守るか。


 仲間を売って美緒と会う事を選んだとしても、この悪魔が約束を反故にする可能性がある以上、美緒と会う事ができる可能性は低い。それどころか、美緒はとっくに死亡している可能性もある。


 情報を吐かずに美緒を見殺しにすれば、帝国軍や勇者様に粛清される可能性がなくなる代わりに、確実に美緒が死ぬことになる。


 まだ彼女が生きている可能性があるのだから、前者を選ぶべきかもしれない。でも、仮に美緒を救い出してテンプル騎士団から逃げ出したとしても、端末を没収されているせいで戦う事ができなくなってしまったし、情報を売った帝国軍まで敵に回すことになる。だからと言って後者を選べば、美緒を救う事ができなくなってしまう。


「制限時間はないから、好きに選ぶといい」


「…………」


 悪魔はそう言うと、踵を返して部屋を出ていった。鍋を持っていた警備兵も彼と一緒に部屋を後にして、分厚い扉を閉めてから鍵をかける。


 スープの香りが未だに漂い続けている部屋の中で、私は唇を噛み締めた。


「…………悪魔め」












 明日花が好きだった子守唄を歌いながら、肉に向かって包丁を振り下ろす。まだ母さんが生きていた頃に、幼かった俺と明日花によく歌ってくれた子守唄だ。俺も気に入っていたので、よく料理している時や風呂に入っている時に口ずさんでいた。


 この子守唄を口ずさむと、近くで料理の手伝いをしてくれる明日花も一緒に口ずさむ。


 けれども、子守唄を口ずさんでいるのは(独り)だけだ。


 包丁で切断した肉をフライパンの上に乗せる。肉が焼ける音と共に油が跳ね、エプロンの表面を直撃する。


 最愛の妹と一緒に料理をしていた時の事を思い出しながら、焼けた肉を皿の上に乗せた。


 明日花の事を思い出す度に、復讐心がどす黒くなっていった。












 

「ほら、食事だ」


 悪魔はそう言いながら、私の目の前に大きな肉の入ったシチューの皿を置いた。


 ちゃんと食事が与えられるようになったおかげで、痩せ細っていた手足も元に戻りつつある。けれども、私は帝国軍の兵士たちのような訓練を受けたわけではないから、あの転生者の端末がなければここから強引に脱出するのは不可能なの。


 悪魔が用意したシチューの中の肉を口へと運んでから、ちょっとだけ硬い肉を噛んでから飲み込む。


 前に食事を用意してもらった時に、私は仲間の情報を売ってしまった。東部戦線へと物資を運ぶために使っているルートや、他の拠点に駐留している守備隊の規模をテンプル騎士団に話してしまったのである。


 そう、私は仲間を売って美緒を救う事を選んだ。


 美緒を助け出して脱出したとしても、テンプル騎士団だけでなく、彼らに情報を売ったことで大損害を被ることになった帝国軍にも命を狙われることになるかもしれない。けれども、私は勇者の計画のために戦うよりも、また双子の妹と暮らしたかった。


「それが正しい。下らない計画のために肉親を見殺しにするなんて正気の沙汰じゃない」


 シチューを次々に口へと運ぶ私を見下ろしながら、悪魔が言った。


 この悪魔も、肉親をあの強制収容所で失っている。もし悪魔が同じ選択肢を与えられたのならば、この男は間違いなくテンプル騎士団を売って明日花を助けることを選ぶに違いない。


「それで、明日花を殺した奴を知ってるか?」


「知らないわ」


 シチューに入っていたジャガイモを口へと運びながら答えた。


 明日花を殺したのは私たちじゃない。私たちは彼女を殴りつけたり、無理矢理彼女の髪をナイフで斬り落としたけれど、力也(この悪魔)の妹の命を奪ったのは私と美緒ではない。


 もう既に帝国軍の情報を売ることに慣れてしまったのか、私は淡々と彼に情報を教えていた。


「来栖は明日花の事を気に入っていたみたいだから、殺すのは考えられないわね」


「お前らは違うのか?」


「明日花が死んだっていう話を知ったのは東部戦線に来てからだもの」


「そうか…………」


 三原か勇者様じゃないかしら。


 そう思っている内に、私はシチューを完食していた。皿の上に残っているのは、大きな肉についていた太い骨とスプーンだけである。


 溜息をつきながら、部屋の天井にぶら下がっている照明を見上げた。それほど広くない部屋だというのに、あの照明が部屋の中を中途半端に照らし出しているせいで薄暗い。


「ねえ、そろそろ美緒に会わせて」


 皿の上に残っている骨を見下ろしていた悪魔に向かって言った。私はもうとっくに対価を払った。帝国軍の情報をテンプル騎士団に売ったのだから、約束通りに妹と再会させるべきではないのか。その約束を反故にするつもりなのかと思いながら悪魔を睨みつける。


 皿を見下ろしているせいで、薄暗い部屋の中にいる悪魔の顔ははっきりと見えない。真面目な顔をしているのだろうか。それとも、仲間を売った私を嘲笑っているのか。


 大きな波が艦に当たったせいなのか、部屋の中が一度だけ揺れた。天井にぶら下がっていた照明も一緒に大きく揺れ、部屋の中の明るさが一時的に偏る。


 揺れた照明が、一瞬だけ悪魔の顔を照らし出す。


 悪魔は――――――嗤っていた。


 まるで、最も憎んでいる怨敵を地獄に落としたかのように。


 いや、これから地獄に落とすからこそ嗤っているのだ。


 憎たらしい敵が地獄で苦しむ姿を想像しているからこそ、嗤っているのだ。


 嗤っている理由を悟ると同時に、悪魔はゆっくりと皿の上に残っている骨を指差した。


「え?」


「―――――――それだ」


 どういう事………?


 身体中が凍り付き、冷や汗が床へと落ちていく。


 理解できない。


 なぜ、彼はあの骨を指差しているのか?


 あれは肉の骨でしょう? シチューの具のうちの1つでしょう?


 なのに、どうして「妹と会わせろ」と言われてシチューの具を指差すのか。


「お前はもう会ってたんだよ」


 嘘だ。


「俺が最初にスープを与えた時から」


 嫌だ。


「次の日はステーキだったよなぁ?」


 やめて。


「いつも美味そうに食ってたお前の姿は最高に面白かった」


 お願い。


「真相を知って壊れる瞬間が楽しみだった」


 聞きたくない。


「味はどうだった?」


 認めたくない。








「――――――――美緒()の肉は美味かったか?」









「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 そう、食べてしまった。


 肉を。


 美緒(私の妹)を。


 悪魔がそう言った直後、私は壊れた。

 



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