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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第一章 産声をあげる復讐者
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復讐者の利用価値


 血の臭いと潮の匂いが、鼻腔の中に流れ込んでくる。


 血の臭いはきっと、俺を背負っているセシリア・ハヤカワが戦闘中に浴びた返り血か、俺の身体に付着した血の臭いだろう。彼女は刀を使って接近戦をしていたし、俺も看守に傷を塞いで貰えたとはいえ、塞いで貰ったのは出血が酷かった両足と右腕の断面だけだった。


 なぜ潮の匂いがするのかと思いつつ、周囲を見渡そうとする。けれども出血し過ぎたせいなのか、首には全く力が入らなかった。瞼を思い切り開けているつもりだというのに、目の前の光景がうっすらとしか見えない。


 かなり衰弱していることを悟っていると、下の方から金属音が聞こえてくる。その金属音に合わせてセシリアの身体が上下に揺れているのを感じ取った俺は、彼女がタラップをゆっくりと登っているのだという事を理解した。


 海の近くなのだろうか。


『お帰りなさいませ、団長』


『フィオナ博士、彼を手当てしてほしい。それと、大至急義手と義足の手配を頼む』


『え? その人生きてるんですか?』


『虫の息だが生きている。帝国に復讐したいのだそうだ』


 死体と勘違いされたことに一瞬だけ腹が立ったけれど、身体中に傷がある上に、右腕と両足がないのだから死体と勘違いされても無理はないだろう。


 自嘲したいところだけど、身体が全く動かない。喋るどころか、自嘲することすらできないほど衰弱しているとはな………。


 おそらく、ここはセシリアが率いるテンプル騎士団の拠点なのだろう。彼女たちの本拠地は海の近くにあるのだろうか。


 天城や妹を苦しめた連中に復讐するために、あの強制収容所で死ぬことではなく、セシリア・ハヤカワと共に復讐することを選んだ。けれども、敵は強力な戦闘力を誇る転生者たちである。それに対し、こっちは端末を失ってしまった事によってただの常人に戻った負傷兵だ。あいつらを憎みながら戦場に行ったとしても、奴らに勝つ事ができないのは火を見るよりも明らかである。


 転生者を倒す手段はあるのだろうか。


 端末を失ってしまった俺を、なぜセシリアは助けてくれたのだろうか。端末を持っていたのであれば強力な戦力として機能するし、あの武器を生み出す能力を使えば、兵士たちに銃を配ることもできる。けれども、俺は左腕以外の手足を失った挙句、転生者の端末を持っていないのだ。戦場で敵を撃滅する切り札や、仲間に武器を支給する武器庫としても機能しない。


 ただ単に帝国を憎んでいる男を、なぜ彼女は拾ってくれたのか。


 第一、なぜ彼女は俺が転生者だという事を知っていたのか。


 頭の中で産声をあげる疑問のために答えを用意しながら、俺は目を閉じた。













 ベッドが揺れている。


 誰かが俺を起こすためにベッドを揺らしているのだろうかと思いつつ、周囲を見渡す。けれどもベッドの周囲には誰もいない。灰色のペンキで塗られた小さい部屋の中に、成人男性が眠るためのベッドと、小さめの机を置いた程度の殺風景な場所だ。


 ベッドの近くには、円形の窓があった。窓の向こうには灰色の曇り空が居座っていて、時折窓の下の方から泡立った水飛沫が顔を出す。気を失う前に潮の匂いがしていた事を思い出した俺は、ここが船の中だという事を理解した。


 部屋の中を見渡してから、毛布の中から健在な左腕を引っ張り出す。気を失っている間に治療してもらえたのか、腕にあった痣や小さな傷口は見当たらなかった。けれども――――――やっぱり、両足と右腕の感覚は全くない。


 勇者に手足を切り落とされた時の光景がフラッシュバックする。


 腕が一本しかない上に、端末を失った転生者が戦力として機能するのだろうか。


 すると、灰色のペンキで塗られている扉がゆっくりと開き始めた。


「うむ、生きていたか」


 扉の向こうにいたのは、太平洋戦争の頃の日本軍の軍服を黒くしたような軍服を身に纏い、その上にフードの付いた漆黒のコートを羽織った黒髪の美少女だった。まるでどこかの軍隊の将校を思わせる服に身を包んだ彼女の頭からは、やっぱりダガーの刀身を思わせる2本の角が伸びている。


 片目を失ったのか、彼女は左目を真っ黒な眼帯で覆っていた。眼帯の縁からは微かに古傷の端が露出しており、もうあの眼帯の下に彼女の左目が存在しないことを告げている。


 自分たちが所有している船の中だというのに、相変わらずセシリアは腰に2本の日本刀を下げていた。しかも、よく見ると腰の後ろにも1本だけ短刀を下げているのが分かる。ナイフの代わりなのだろうか。


 真紅のリボンを解いて髪を下ろしながら部屋の中に入ってきたセシリアは、その真紅のリボンをベッドの近くにある小さなテーブルの上に置くと、微笑みながら俺を見下ろした。


「…………強制収容所で、”化け物”って呼んで悪かった」


「む?」


 牢屋の外にセシリアがやってきた時に、彼女に『殺してくれよ、化け物』と言ったのだ。けれども、彼女は命の恩人である上に、復讐させるために俺をあそこから助け出してくれたのだから、化け物と言ってしまった事はしっかりと詫びなければならない。


 すると、セシリアは腕を組みながらニヤリと笑った。


「ああ、あの時の話か………ふふっ、変な奴だ」


 化け物と言って彼女を怒らせれば、止めを刺してもらえると思っていたから、あの時はセシリアを化け物と呼んでしまったのだ。


「色んな奴らに化け物と言われ続けたから、もう気にしてない」


 そう言いながら、腰の後ろから伸びる自分の尻尾に触れるセシリア。彼女の尻尾は真っ黒な鱗で覆われている。当たり前だが、普通の人間には尻尾は生えていない。


 尻尾をじっと見つめられていることに気付いたのか、セシリアは尻尾をまるで猫じゃらしのように揺らすと、再び後ろへと戻した。強制収容所には尻尾の生えた種族の捕虜は見受けられなかったが、彼女の種族には尻尾があるのだろうか。


「それよりも、貴様は復讐したいのだろう?」


「ああ」


 殺したい。


 妹を犯した挙句、殺した連中を。


 人を殺したことは一度もない。けれども、今ならばきっとこの憎しみで人を殺す躊躇を塗り潰せるはずだ。復讐するというのならば、平和だった前世の世界の常識や甘さは最もいらない要素である。


 こっちの世界では、あの強制収容所のように弱い人々が踏み躙られるのが当たり前なのだ。だから、仲間を守ったり、生き残るためには牙を剥く敵を全て取り除かなければならない。


 前世の世界でも、俺はそういう考え方だった。人間を殺したことはなかったけれど、あのクソ親父が口封じに俺たちを殺そうとした時は、この親父をぶち殺してやろうと思っていた。


「…………素晴らしい憎悪だ」


「それはどうも」


「安心しろ、お前の憎悪には利用価値がある」


 どうやら俺は、ちゃんと戦力として機能するようだ。


 端末を失っていることを言うべきだろうかと思ったけれど、いつの間にかあのボロボロの服ではなく、真っ白な服を身に着けていることに気付いた俺は、溜息をついた。服を着替えさせられているという事は、持ち物も把握されている事だろう。きっとあのボロボロの服をこの白い服と着替えさせた際に、端末を持っていないことに気付いているに違いない。


 けれども、彼女は「利用価値がある」と言った。復讐をさせてもらえるのならば利用されても全く構わないが、どうやって俺を戦力として機能させるというのか。


 勇者のクソ野郎に切り落とされた右腕を見つめていると、ベッドへと手を伸ばしたセシリアが急に左腕を掴んだ。そのまま俺をベッドから引っ張り出すと、まるで幼い子供を背負うかのように背中に背負い、通路へと向かって歩き始める。


「せ、セシリア、どこに連れていくつもりだ?」


「む? 私の名前を知ってるのか?」


「有名人だからな、あんたは」


 弱体化したテンプル騎士団を率いる、黒髪の女傑。


 看守や守備隊の兵士の噂話を立ち聞きしていたのだが、ヴァルツ帝国軍はセシリア・ハヤカワをかなり恐れているようだった。将校や指揮官たちは、所詮は壊滅寸前のレジスタンスだと高を括っていたからなのか、あまり恐れていないようだったが、彼らに命令されて実際に戦場で戦う兵士たちからすれば恐ろしい敵なのだろう。


 壊滅寸前の組織を指揮して、強大なヴァルツ帝国軍に抵抗を続けているのだから。


「転生者、お前の名前は?」


 通路の奥にあるかなり急なタラップ―――――手すりを掴まなければ転がり落ちそうだ――――――を駆け下りながら、セシリアが尋ねてくる。こっちは兵士たちの噂話のおかげでセシリアの名前は知っていたが、彼女からすれば俺はただの転生者である。しかも自己紹介もしていないのだから、名前を知っているわけがない。


 名前を教える事をすっかり忘れていた事に気付きながら、彼女に背負われたまま自己紹介する。


「速河力也だ」


「…………なに?」


 唐突に、ぴたりとセシリアが止まる。


 なぜ立ち止まったのだろうかと思っていると、セシリアが目を見開きながらこっちを振り向いた。


「お前………………私のご先祖様となぜ同じ名前なのだ!?」


「え?」


 ご先祖様?


 彼女のご先祖様も”速河力也”という名前なのか?


 尻尾で俺の身体を支えながら、顔をまじまじと覗き込むセシリア。ゆっくりと顔を離した彼女は、目を細めながら息を吐き、再び通路を進み始める。


「な、なんだ?」


「…………信じられんが、現存する肖像画や写真に写っているご先祖様にそっくりだ」


 写真が残ってるのか?


 ここにその写真はあるのだろうか、と思いながら、ちらりと通路の中を見渡す。通路にはいくつも狭い個室があり、開けっ放しになっているドアの向こうには先ほどまで寝かされていた部屋と同じようにベッドや小さなテーブルが覗いている。


 軍艦にしては、随分と贅沢な部屋だ。乗組員たちの部屋に違いない。


「セシリア、この船は?」


「ああ、我がテンプル騎士団の海上司令部『キャメロット』だ。司令部と言っても、戦艦の武装を取り外して色んな設備を搭載した”準同型艦”だがな」


 軍艦の中か。


 再び手すりに掴まりながら、素早くタラップを駆け下りるセシリア。他の乗組員たちは持ち場についているからなのか、通路で他の乗組員たちとすれ違うことはなかった。


 できる事ならば、早く目的地に到着してほしいものだ。両足がないせいで歩けないとはいえ、ずっと美少女に背負われ続けるのはかなり恥ずかしい。とはいっても、掴める場所が左腕くらいしか残っていないのだから、ちゃんとした”おんぶ”ではなく、まるで荷物のように背負われているだけだが。


 しばらくすると、ドアをノックする音が聞こえてきた。やっと目的地に到着したのだろうか。


 ドアの近くにあるプレートには、見たことのない言語が書かれている。一見すると英語のアルファベットにそっくりな文字だ。強制収容所でも壁やプレートに書き込まれていたのを見たことがあるが、同じ言語なのだろうか。


 いつかこの世界の言語の勉強もしなければと思っている内に、セシリアは俺を背負ったまま、「博士、連れてきたぞ」と言いながら部屋に足を踏み入れた。


 部屋の中は先ほど寝ていた部屋よりもはるかに広い。作戦会議に使えるのではないだろうかと思えるけれど、部屋の中には既に機械や金属製の部品が所狭しと並べられていて、広い部屋が8割ほど台無しになっている。天井や壁に付着している緑色の液体はオイルなのだろうか。それとも何かの薬品なのだろうか。


 そのまま部屋の中にあるテーブルへと歩み寄るセシリア。彼女はそのテーブルの上に俺を寝かせると、テーブルの縁から伸びるゴム製のベルトを伸ばし、左腕と胴体を素早く固定してしまう。


「生きてたんですね。良かったです」


 いきなりベルトで腕と胴体を固定されてぎょっとしていると、部屋の奥にある棚の近くで部品の整理をしていた白髪の女性が、微笑みながらこっちへとやってきた。


 どういうわけなのか、その女性はオレンジ色のツナギの上に白衣を羽織っていた。ツナギだけならば整備員に見えるかもしれないが、オイルの付着した白衣はミスマッチとしか言いようがない。頭から伸びている長い白髪にもオイルや薬品らしき液体が付着していて、いたるところが変色してしまっている。


 よく見ると、その女性にも角と尻尾があった。


 セシリアと同じ種族なのだろうかと思っていると、その女性が微笑みながら言った。


「初めまして。私の名前は『フィオナ・モリガン』と言います。テンプル騎士団の技術班、魔術班、錬金術班を指揮してます」


 み、3つも指揮してるのかよ。


 この人はマッドサイエンティストじゃないよな………?


 微笑みながら工具箱を取り出し、工具の準備を始める博士。すると、彼女も俺の顔を見てぴたりと止まった。


「…………あらあら、リキヤさんにそっくりな人ですね」


「リキヤ………?」


「博士、この転生者の名前も速河力也だ」


「名前も一緒なんですか。………………ふふふっ、懐かしいですねぇ。ネイリンゲンで皆さんと傭兵をやってた頃を思い出しますよ」


 手袋をしてから、博士は棚の上に置かれていた金属製の箱を取り出した。身体をベルトで固定されているせいで中身は見えないが、その箱の中身や工具で何を始めるつもりなのだろうか。


 鼻歌を歌いながら博士が引っ張り出したのは――――――機械と金属で作られた、腕と足だった。そう、勇者に切り落とされた両足と右腕の代わりに取り付ける、金属製の義手と義足だったのである。


 レンチでその義手の点検をする博士を見つめながら、違和感を感じた。


 十中八九あの義手と義足は俺のために作られたものだろう。このキャメロットの部屋の中で着を失っていた時間は分からないが、あの強制収容所から救出されてからそれほど時間は立っていない筈である。この予測が外れていたというのであれば納得できるが、もしそれほど時間が経っていないとしたら、あの博士は俺のための義手と義足を短時間で作り上げたことになる。


 あの博士は何者だ………?


 白衣の腰の後ろから顔を出している真っ白な尻尾を左右に振りながら、ボルトを締めてカバーを固定する博士。義手の指を動かして最終チェックを終えた彼女は、義手と義足を俺のすぐ隣に置きながら顔を覗き込んだ。


「ふふっ。それでは、今からあなたに新しい手足をプレゼントしちゃいます♪」


「博士、しっかり麻酔は使ってくれよ」


「分かってますよ、セシリアさん。………………うふふっ、あなたがどうしてリキヤさんと同じ名前なのか気になりますけど、それは手術の後に質問させてもらいます。だから、頑張って耐えてくださいね☆」


 博士の瞳を見つめながら、首を縦に振る。


 どうやら、あの機械の義手と義足を移植するのはかなり身体に負荷がかかるらしい。だが、その負荷に耐える事ができれば、機械の腕と両足を使って再び戦う事ができるようになるのだ。明日花を殺したクソ野郎共を惨殺するためには、是が非でもこの負荷に耐え抜かなければならない。


 注射器に麻酔薬を入れ、針を近づけてくる博士。息を吐いてから目を瞑った俺は、明日花が隣の牢屋で助けを求めていた事を思い出しながら拳を握り締めた。


 


※セシリアはハヤカワ家の”9代目当主”で、テンプル騎士団”8代目団長”です。テンプル騎士団は2代目当主のタクヤの代に設立されたので、1つずれてます。

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[一言] すげえええええええ!悲しいけど一気に引き込まれました。ここまでされるとは…軍服の魔王かっこいい…
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