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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第五章 純白の戦場、真紅の殺意
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少数精鋭の対抗手段


「久しぶりだな、奈緒」


 薄暗い部屋の中に用意された椅子に腰を下ろしながら、テンプル騎士団の制服に身を包んだ東洋人の少年はそう言った。傍から見ればごく普通の黒髪の少年だけど、17歳の少年にしては目つきが虚ろだし、制服の袖から覗く義手のせいで、”普通の少年”と呼ぶことはできない。


 歯を食いしばりながら、両腕に力を込める。両腕に絡みついている忌々しい鎖を引き千切って、目の前に座りながらニヤニヤ笑う男の顔面にレイピアを突き立ててやりたいけれど、両手は全く動かなかった。


「生きてたのね、力也………あの強制収容所で死んだと思ってたわ」


「それは良かった。手足は失ったが、俺は無事さ。…………悪いが、大切な端末は没収させてもらった。今のお前の身体能力は”生前”と変わらない」


「え…………?」


「転生者は端末を手放すと弱体化するんだ。知らなかったか?」


 そう言いながら、力也は私から没収した端末をポケットから取り出す。


 転生者が端末を手放すと、身体能力が弱体化するという弱点は勇者様から教えられた。当たり前だけど、生け捕りにした捕虜から装備品を没収しないわけがない。


 窓すらない部屋の中を見渡しながら、私はぞっとする。


 テンプル騎士団が捕虜を受け入れるという事は、絶対にありえないからだ。


 列強国は捕虜を受け入れることがあるけれど、テンプル騎士団は敵を皆殺しにするのが当たり前だ。仮に受け入れたとしても、拷問で情報を全て吐かせてから処刑するという。


 こんな野蛮な連中の捕虜になったのだ。


「今のお前はただの女だ」


「くっ………私を拷問する気………!?」


 拷問されるのは怖いけれど、強がるしかない。命乞いをしたり、泣き叫ぶわけにはいかないわ。第一、情報を全て吐いたとしても、こいつらが私を無事に釈放するわけがない。もし帝国軍が私を救出するために捕虜の開放を要求したとしても、テンプル騎士団(蛮族共)は絶対に応じない。


 帝国軍が救出部隊を派遣するのを待つか、それとも私が自力で逃げるしかないのだ。


 歯を食いしばったまま、部屋の中を見渡す。天井には通気口があるけれど、頑丈そうな金網で塞がれている。分厚そうな扉と比べればまだ脱出できる可能性は高いかもしれないけれど、思い切りジャンプしてもあの金網には絶対に届かない。


 天井の通気口に届かない以上、脱出できるのはあの出入口のみ。でも、身体能力が常人に戻っている以上は、脱出できたとしても警備兵に取り押さえられるか射殺されるのが関の山よ。


 待つしかなさそうね。


 脱出できるチャンスを。


 それまで、拷問に耐えなければならない。


 それに、こいつらに美緒が生け捕りにされているというのであれば、脱出するだけではなく彼女も助けなくては。


 私の大切な双子の妹を。


「――――――美緒に会いたいか?」


「え――――――」


 何の前触れもなく、目の前の椅子に座っている男がそう言った。目を丸くしている私を見てから、彼は移植された義手をちらりと見下ろす。漆黒の義手の手の甲にはこれ見よがしにテンプル騎士団のエンブレムが描かれていた。


 忌々しい蛮族共のエンブレムを睨みつけながら、美緒が拷問を受けていませんようにと祈る。もし拷問を受けていたのなら、この男から義手と義足だけでなく、左腕も捥ぎ取ってやる。


「彼女は無事なの………? 私の妹に拷問はしていないでしょうね!?」


「安心しろ、彼女には何もしていない。ちゃんと食事も与えているし、お前に再会させる用意もしている。………俺の質問に答えてくれたら、会わせてやってもいい」


「何ですって………?」


 信用できない。


 力也を睨みつけながら、唇を噛み締める。この男は前世の世界で生きていた頃から恐ろしい男だった。妹の明日花を虐げている相手が女や年下だろうと、お構いなしに痛めつけて病院送りにしていたのだから。


 もし相手を痛めつける事ができない場合は、こうやって肉親や大切な人を人質に取り、その弱みに付け込むような狡猾な男よ。しかも、要求通りにしたとしても、彼は当たり前のように私たちの要求を反故にする。


 けれども、この男が提示する希望には縋らざるを得なくなる。選択肢に見せかけた決定事項なのだ。


 だから、彼の質問――――――九分九厘帝国軍についての質問よ――――――に答えたとしても、美緒に会えるという保証はない。もしかすると、美緒はとっくに殺されているかもしれないのだから。


「……………信用できないわ」


「あら、それは残念だ。奈緒とは”お友達”になれたと思ったんだが」


「お友達? ………ふふっ、笑わせないでよ、クズ野郎。年下の女を人質に取らなきゃ相手を屈服させられないような卑怯者の友達になるなんて、反吐が出るわ」


「そうか…………なら、仲良くなれるまで”何もせずに”待つとしよう」


 そう言いながら肩をすくめた力也は、ドアの近くで銃を持っている警備兵に合図をしながら立ち上がった。ポケットから手袋を取り出し、これ見よがしにテンプル騎士団のエンブレムが描かれた義手を白い手袋で覆う。椅子の近くに置いていたウシャンカを拾い上げてから、彼はドアの方へと歩き始めた。


「同志、この捕虜には何もするな」


「尋問はしないのか?」


「ああ、まだ何もしない。…………………だから、食事は一切与えなくていいぞ」


「え?」


 ぎょっとしながら、部屋を後にしようとする男を見つめた。


 拷問をしない代わりに、食事すら与えない。


 扉と通気口以外には何も存在しない薄暗い部屋の中に、手足を鎖で縛られている状態の私を放置するのだ。兵士が私に拷問をするのではなく、あらゆる世界に存在する”時間”そのものが牙を剥くのである。


「水くらいは与えてやる。俺は優しい男だからな」


 手足を縛られている私の方を振り向いてそう言ってから、力也は部屋を出ていった。












「よくやった、速河”軍曹”」


 嬉しそうにそう言いながら、セシリアは机の上に置かれていた黒い扇子を広げた。


 微笑みながら、ちらりと左肩を見下ろす。左肩にある階級章は既に二等兵から軍曹へと変わっていた。ウェーダンの戦いで敵の司令部を殲滅したことと、今回のナバウレア攻勢で2人の転生者を生け捕りにし、鹵獲されたオルトバルカの戦車を撃破した戦果で階級が上がったのである。


 とはいっても、本来ならばウェーダンの戦いが終わった時点で階級を伍長へと上げ、勲章を渡すつもりだったらしいが、手続きが遅れてしまったという。なので、二等兵から一気に軍曹になってしまった。


 いつの間にか階級が軍曹になっていることに気付いた仲間たちはさぞ驚く事だろう、と思いつつ、キャメロットの艦内に用意されているセシリアの執務室を見渡す。机や本棚以外に置かれている物は殆どないシンプルな部屋だ。室内に用意した装飾や鑑賞用の刀を眺めて休憩する暇もないほど忙しいのか、それとも彼女がそういった”楽しみ方”を知らないだけなのだろう。


 本棚の中や机の上もしっかりと整理されているように見えるが、よく見ると書類や教本の分類がかなり大雑把だ。料理人たちからの食材の購入費用の報告書のすぐ隣に、この前俺が拷問した美緒が吐いた情報の報告書が置かれている。


 傍から見れば物騒なジョークだが、俺からすれば美緒(クソ女)はそれ以下の価値だ。食材どころか、畑の中に居座る害虫よりも価値は低い。部屋の中にある埃よりも軽い命だ。


 多分、一気に階級が軍曹に上がったのは、美緒からその情報を吐かせたという”戦果”も含まれているからなのだろう。


「で、姉の方はどうなってる?」


「妹と同じく気が強い。だが、少し時間はかかるが必ず心は折る」


 もし短時間で情報を吐かせろと注文されたらとっくに拷問を開始しているが、今は何もしていない。彼女に牙を剥く飢餓と、何もない部屋に長時間も監禁される苦痛が彼女の心を侵食して崩すまで、俺たちは待つだけでいいのだ。


 最も効率よく人間の心を折るのは、相手の弱みに付け込むことだ。相手を絶望させ、少しばかり希望を提示する。まるで釣り餌を食おうとする魚のように、ちらつかせたその希望に縋りついてきたのならば、それを反故にしてやればいい。


 セシリアは扇子を閉じて机の上に置くと、腕を組んだ。あの扇子は俺がテンプル騎士団に入団する前に倭国の商人から購入したものらしく、購入してからは気に入っているらしい。


 どういうわけか、セシリアは倭国――――――前世の世界で言うと日本である――――――のものを好むらしい。いつも日本刀を腰に下げているし、好物は基本的に和食だ。しかも、兵士を突撃させる際に吹くのはラッパやホイッスルではなく、なぜか迷彩模様に塗装された法螺貝である。


 正確には、法螺貝はテンプル騎士団創設時に『イリナ・ブリスカヴィカ』という吸血鬼の少女が戦闘で使い始めたせいで流行ったらしいが。


 でも、セシリアの顔つきは東洋人に近いから、法螺貝や日本刀を持っていても違和感はない。着物も似合うんじゃないだろうかと思いながら彼女を見つめていると、後ろからドアをノックする音が聞こえてきた。


「失礼する」


「ああ、教官」


 執務室の中に入ってきたのは、寒冷地用の白い制服に身を包んだウラルだった。戦闘後に髭を剃ったらしく、口元を覆っていた桜色の髭は見当たらない。


 ウラルは執務室にいた俺を見てから、肩にある階級章を覗き込んだ。二等兵から軍曹に変わっていることに気付いたウラルはニヤリと笑ってから俺の肩を軽く叩くと、セシリアの隣に立ってからこっちをじっと見つめる。


「お前の戦いぶり、見させてもらった」


 ウラルの顔を見つめながら、キャメロットの艦内で『やり過ぎるな』と咎められた事を思い出す。どうせ、戦い方が残虐過ぎると咎めるつもりなのだろう。


 そう思いながら彼を見つめていると、どういうわけかウラルは嬉しそうに微笑んだ。


「……………随分荒いが、お前の戦い方は昔の戦友(タクヤ)に似ている」


「え?」


「あのバカを思い出したよ。あいつも無茶な戦い方をする男だった」


 前世の世界で生活していた頃、明日花も俺の傷口の手当てをしながら『無茶をしないでください』と言っていた事を思い出す。彼女を虐げるクソ野郎を病院送りにした時に負った傷だから、はっきり言うと俺はそれほど気にしていなかった。


 けれども、守ろうとしていた彼女を心配させてしまうだけだった。傷口に包帯を巻いている時の彼女の顔は、上級生や同級生たちに虐められている時よりも辛そうだったのだから。


 無茶をして仲間を心配させる悪癖まで一緒か。


 自嘲していると、ウラルはセシリアに目配せをしてから、机の引き出しの中から一枚の紙を取り出した。その紙に書かれている文字をちらりと見てから、机の反対側にいる俺にそれを渡す。


特殊部隊スペツナズの再編成について》


 特殊部隊スペツナズ…………?


 セシリアから聞いた話だが、副団長を務めているウラルは、昔はテンプル騎士団の特殊部隊スペツナズを率いる指揮官だったという。陸軍や海兵隊から選抜された兵士のみで構成された特殊部隊を引き連れ、世界中で要人の暗殺や転生者の抹殺を行っていたらしい。


 ウラル・ブリスカヴィカは、組織が弱体化したことによって解体されてしまった特殊部隊スペツナズをもう一度設立しようとしているとでもいうのか?


 なぜこれを俺に渡したのかと思いつつ、受け取った紙を凝視する。


捕虜(美緒)の情報が本当だとしたら、転生者と帝国軍の戦術(浸透戦術)の組み合わせはとてつもない脅威になる。だが、今のテンプル騎士団には帝国軍の転生者部隊に対抗できる戦力はない」


「そこで、特殊部隊スペツナズを設立して対抗することになったのだ」


 美緒が吐いた情報によると、帝国軍は転生者を使った新しい作戦の準備をしているという。もし、フェルデーニャ軍に大打撃を与えた浸透戦術の突撃歩兵たちの役目を、圧倒的な戦闘力を誇る転生者たちにやらせたとしたら、敵に与えられる損害は爆発的に増えるだろう。


 今のテンプル騎士団はかなり弱体化している。本拠地を失っている上に、なけなしの志願兵以外は製造されたホムンクルスで辛うじて補っている状態だ。武器や兵器の性能では辛うじて帝国軍を圧倒しているが、物量が不足し過ぎている。


 だからこそ、少数精鋭の兵士たちで迎え撃つしかないのだ。


 これからは単独ではなく、選抜された優秀な兵士たちと共に敵陣へと潜入し、要人や転生者の暗殺を行う事になる。


 顔を上げた俺を腕を組んだまま見つめたセシリアは、ニヤリと笑いながら言った。


「――――――速河力也、特殊部隊スペツナズの新たな隊長はお前に任せたい」


 


 


放置プレイry(粛清)

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