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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第五章 純白の戦場、真紅の殺意
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メリエンベルクの戦い 前編


 ガギュンッ、という金属音が響き渡った途端、戦車部隊の右翼で砲撃準備をしていた6号車のハッチから火柱が噴き出した。車体にあるハッチから姿を現した真紅の火柱は、戦車の周囲で火達磨になりながら悲鳴を発している乗組員たちを無慈悲に飲み込むと、車内の弾薬に引火したことによって急激に成長し、鹵獲した虎の子の戦車を木っ端微塵にしてしまう。


 舞い上がった黒焦げの装甲の一部が、まるで火山の河口から次々に躍り出る火山弾のように、煙や溶けた金属の臭いを纏いながら雪原へと降り注いだ。私は左手で頭にかぶっている略帽を押さえながら戦車の中へと戻り、車長の席に用意されている潜望鏡を覗き込む。


 今の一撃はおそらく敵の攻撃でしょう。でも、敵の戦車部隊はまだ主砲の射程距離外だし、敵の航空機が爆弾を落としていったわけではない。艦砲射撃である可能性もあったけれど、そもそも戦艦の主砲が直撃したのであれば、火柱と化すよりも先に木っ端微塵になっている筈よ。


 つまり、敵がいつの間にか肉薄していた事を意味する。


 潜望鏡を覗き込みながら、撃破された6号車の方を確認した。残骸の周囲には左半身を爆発で抉られた焼死体が転がっていて、雪原の上で未だに燃え続けている。


 真正面に敵が潜んでいる様子はない。この戦車の装甲が最も薄いのは後方だから、後部に攻撃を叩き込めばほぼ確実に破壊できる。けれど、後方には帝国軍の塹壕があるから戦車の後部を真後ろから奇襲できる可能性はかなり低い。


 つまり、次に装甲が薄い側面を狙撃した可能性がある。


「3時方向に注意! 敵の奇襲の恐れあり!!」


「了解!!」


 車体の右側にあるスポンソンから突き出ている重機関銃を旋回させながら、機関銃の射手が返事をする。敵兵を発見したら射撃してもいいわ、と指示を出そうとした直後、ガギュンッ、とまたしても甲高い金属音が響き渡り、潜望鏡の向こうで緋色の火柱が噴き上がった。


「5号車が!!」


 早くも戦車を2両も撃破されるなんて………!


 唇を噛み締めながら雪原の向こうを睨みつける。今しがた火柱を噴き出した5号車のハッチから、火達磨になった戦車兵が飛び出した。その兵士は悲鳴を発しながら雪原の上を転がっていたけれど、身体を焼いている炎が消えるよりも先に黒焦げのミンチと化すことになった。


 強烈な銃声が轟くと同時に、火達磨になっていた兵士の肉体が砕け散ったのだ。


「!!」


 右手で口を押さえつつ、その弾丸が飛来した方向を睨みつける。すぐ近くで戦車が燃え上がっているせいで、黒煙と陽炎が荒れ狂っていたけれど――――――雪原の向こうに、真っ白な制服に身を包み、純白の布で銃を覆った狙撃兵が見えた。


 あの2人の兵士が戦車を撃破したのだと理解すると同時に、私は驚愕する羽目になる。


 その狙撃兵の片割れが持っているライフルが――――――普通のライフルとは比べ物にならないほど、巨大だったのだから。


 な、何よあれは!?


「気を付けて、2時方向に敵兵!」


「どの辺です!?」


「6号車の残骸の近くよ、近付いてくるわ!!」


 機関銃の射手に向かって叫びながら、頭上にあるハッチを開けて車体の上から身を乗り出す。傍らに設置されている機関銃――――――ヴァルツ製の機関銃だ――――――を掴み、折り畳まれていた照準器を展開してから、トリガーを引いた。


 側面へと繋がっているベルトを凄まじい勢いで喰らっていく機関銃(食いしん坊)が、無数の弾丸を敵兵へと向けて放つ。けれども、私が彼らに機関銃を向けた時点で自分たちが発見されたという事を察したのか、その2人の狙撃兵は横へとジャンプして撃破された6号車の残骸の影へと隠れてしまう。


 炎上している6号車の装甲を機関銃の銃弾が直撃している音を聞きながら、舌打ちした。


 2両の戦車を撃破したのは、間違いなくあのでっかいライフルよ。もしあのライフルで狙撃されれば、この戦車も撃破されてしまうに違いない。


 機関銃を連射して隠れた敵兵を牽制しながら、ちらりと腰に下げているレイピアを見下ろす。いっそのこと、私が戦車から飛び降りてあの2人に戦いを挑んだ方がこれ以上鹵獲した戦車に損害を出さなくて済むかもしれない。敵は単なる狙撃兵であるのに対し、私はそれなりにレベルを上げた転生者。ただの兵士がステータスで強化された転生者に勝てるわけがない。


 戦車から飛び降りようと思って身を乗り出した直後、私のすぐ近くを敵兵の放ったライフル弾が掠めた。


「ひっ!!」


「危険です、転生者様! 車内に!!」


「分かってるわよ!!」


 慌てて戦車の中に戻り、潜望鏡で忌々しい狙撃兵を睨みつける。


「戦車を旋回させてあの敵兵を狙いなさい!」


「しかし、前方にはテンプル騎士団の戦車部隊が―――――」


「構わないわ! とっととあの狙撃兵を踏み潰して!」


 このままでは、テンプル騎士団の戦車部隊と交戦する前にあの狙撃兵に戦車を全て破壊されるのは火を見るよりも明らかよ!


 旋回を終えた戦車が、車体の正面に搭載されている砲身を敵兵へと向ける。けれども、砲手が照準を合わせ終えるよりも先に、車体の正面の方で一瞬だけ火花が散った。フィオナ機関がスパークしたのかと思ってぞっとした直後、ガギュンッ、と、味方の戦車が破壊された瞬間に響き渡った忌々しい金属音が車内で荒れ狂う。


 ぎょっとしながら、火花が散った場所を凝視する。


 いつの間にか、戦車の正面の装甲には穴が開いていた。あの狙撃兵が巨大なライフルで狙撃したのだという事を理解しながらエンジンの方を見たけれど、戦車を動かしているオルトバルカ製のフィオナ機関は、未だに圧力計の針を左右に動かしながら、高圧の魔力を戦車へと伝達させ続けている。


 敵の弾丸は戦車の正面装甲を貫通したけれど、幸運なことに操縦手やエンジンを直撃せずに済んだらしい。


 安堵しながら、もう一度ハッチから身を乗り出して機関銃を構える。さすがに旋回を終えた戦車の真正面からもう一度狙撃するのは愚の骨頂だという事を理解していたらしく、その狙撃兵は大きなライフルを肩に担ぎながら6号車の残骸の影から走り出す。


 逃げ出した狙撃兵を撃ち抜くために機関銃を旋回させた途端、私は目を丸くした。


 残骸の影から躍り出た狙撃兵の片割れは、ピンク色の頭髪の巨漢だった。背中には白い布で覆ったライフルを背負っていて、手には潜望鏡らしきものを持っている。


 そのピンク色の頭髪の巨漢と一緒に走り出しているのは――――――あの強制収容所で、牢屋の中に入っていた筈の男だった。


「え…………?」


 妹と一緒にこの世界へとやってきて、勇者様の計画を邪魔しようとした愚かな転生者。たった2m未満の距離にいる妹を助けることすらできず、勇者様に手足を斬り落とされて喚いていた無様な男。


 手足は勇者様が切断したから、五体満足ではない筈だ。そう思いながら彼の手足に注目するけれど、コートやブーツに覆われているせいでよく見えない。けれども、あの少年は間違いなく速河明日花の兄である速河力也だった。


 生きていたのね。


「面白いじゃないの」


 復讐するために蘇ったってわけ?


 だったら、もう一度踏み躙ってあげるわ。


 あなたから全てを奪って、蹂躙してやる。












 ドン、と、敵の戦車が放った榴弾が後方で炸裂する。吸血鬼であるウラルや、キメラであるセシリアであれば被弾したとしても全く問題はないが、俺が被弾すれば普通の兵士と同じように木っ端微塵になってしまう。端末のデータが破損していなければ全く問題はないんだが、データが破損しているせいで、武器や能力を生産して装備できること以外は普通の兵士と変わらないのだ。


 突っ走りながら左手を腰のベルトへと伸ばし、13mm弾をホルダーから引っこ抜く。弾丸を口に咥えながら左手でハンドガードを持ち、右手でボルトハンドルを引いてから、その中に13mm弾を装填する。


 先ほどの射撃は命中したが、おそらくエンジンには命中していない。


「力也、手榴弾をよこせ!」


「どうぞ!」


 突っ走りながら、後ろを走っているウラルに向かって手榴弾を渡す。ホルダーの中に入っていた手榴弾を全部受け取ったウラルは、戦車の機銃掃射を突っ走って回避しながらワイヤーをポーチから取り出し、俺から受け取った手榴弾に括り付け始めた。


 第二次世界大戦では、このように手榴弾をこれでもかというほど括りつけて戦車に向かってぶん投げる『集束手榴弾』という兵器が使用されていたのだ。


「くたばれッ!!」


 紐を引っこ抜き、戦車に向かって集束手榴弾を投擲するウラル。ワイヤーでこれでもかというほどグレネードを巻きつけられた集束手榴弾は、戦車の車体の上に落下するよりも先に雪原へと落下すると、こっちに向かって突進してきた戦車がそれを踏みつけようとした瞬間に起爆した。


 紐を引っこ抜かれた手榴弾が炸裂し、立て続けに他の手榴弾も誘爆する。バギン、とM1菱形突撃戦車の履帯が爆風で断ち切られ、甲高い金属音を雪原に響き渡らせる。


 まるで地雷を踏みつけたかのように、M1菱形突撃戦車がぴたりと停止する。履帯が切れてしまった以上、修理しなければ戦車を動かすことはできない。だが、目の前にいる敵兵が対戦車ライフルを構えている状態で、切れてしまった履帯を修理できるわけがない。


 車体の上のハッチが開いたと同時に、俺はトリガーを引いた。


 先ほどのようにバイポッドを使って伏せた状態でぶっ放したわけではないから、先ほど以上にこいつの反動リコイルは強烈だった。肩にライフル弾が命中したのではないかと思ってしまうほどの衝撃が肩と脳に牙を剥き、ちょっとした頭痛を脳味噌のど真ん中に押し付ける。


 強烈な金属音が響くと同時に、正面装甲で火花が散った。


 正面装甲をあっさりと貫通したライフル弾は、今度こそフィオナ機関を直撃してくれたらしい。車体の上のハッチから脱出しようとしていた兵士が身を乗り出すと同時に、ハッチの内側から炎が噴き出した。車体の上から脱出した女性の兵士は辛うじて火柱の餌食にならずに済んだようだったが、彼女の後に逃げようとした兵士は、車内で荒れ狂う炎によって丸焼きにされる羽目になった。


 高圧の空気が漏れるような音と、戦車の中で焼かれる戦車兵たちの悲鳴が響き渡る。火達磨になった兵士が黒焦げになった右手を辛うじてハッチの外に突き出したけれど、彼の手を掴んで引っ張り出してくれる仲間はいなかった。


 まるで、地獄の炎の中に放り込まれて助けを求める罪人のようだ。復讐を終えたら、俺もあのように焼かれる羽目になるのだろうか。


 正直に言うと、地獄に行くのはかなり怖い。けれども、この報復は必要なのだ。最愛の妹を奪ったクソ野郎共を皆殺しにして、彼女の仇を是が非でも取らなければならないのだから。


 だから、復讐を終えたら堂々と地獄に落ちるつもりである。


 安らかに眠ったり、彼女とあの世で再会できなくてもいい。


 天国にいる明日花が、安堵して安らかに眠ってくれるのであれば。


 呼吸を整えながら、対戦車ライフルを投げ捨てる。先ほど戦車から逃げやがった女性の兵士をしっかりと射殺しなければならない。


 こいつはあくまでも戦車の装甲に風穴を開けるための兵器だから、敵兵に止めを刺すために使うのは効率が悪いのだ。だから、敵兵を殺すのは対人用の兵器が望ましい。


 ホルスターの中からコルトM1911を引き抜き、燃え盛る戦車の後ろへと回り込む。先ほど脱出した兵士はおそらく無傷だろう。戦車の陰で武器を引き抜き、止めを刺すためにやってくる俺を迎え撃つ準備をしている可能性は高い。


 そう予測しながら接近したからこそ――――――唐突にレイピアで頭を串刺しにされずに済んだ。


「!!」


 ぎょっとしながら後ろへとジャンプし、コルトM1911を連射する。照準器――――――ピープサイトに換装してある――――――を覗き込まないで撃ったので命中するとは思っていない。敵が弾丸を回避することを優先し、肉薄して更に追撃することを断念してくれればいい。


 第一、敵はなぜレイピアを持っていた?


 テンプル騎士団では未だに剣が正式採用されているが、それ以外の軍隊で剣やサーベルを持つことがあるのは指揮官くらいである。あの戦車は指揮官が乗っていた車両だったのだろうかと思ったが、仮説が完全に組み上がるよりも先に、正面から響いてきた金属音が、今しがた放った弾丸がレイピアに弾かれたという事を告げた。


 ぎょっとしながら正面を睨みつける。敵が追撃を断念してくれればそのまま蜂の巣にできたのだが、信じ難い事に敵の指揮官はレイピアで弾丸を弾き飛ばしながら、拳銃を持っている敵兵に向かって肉薄してきたのである。


 もちろん、普通のレイピアが大口径の.45ACP弾に耐えられるわけがない。弾丸を弾こうとした瞬間にへし折られるのが関の山である。特殊な素材を使っているか、転生者が武器の強度を強化した状態で生産した代物なのだろう。


 後者の仮説を立てた途端、強烈な殺意が未完成の仮説を呑み込んだ。


 そう、転生者だ。


 帝国軍の転生者の制服は白い。東部戦線に派遣されている敵兵の制服も白かったから、西部戦線の時のように目立ってはいなかった。


 しかも、その白い軍服に身を包んだ女性の兵士は――――――生け捕りにされて拷問された挙句、兵士たちに犯された霧島美緒に瓜二つの少女だったのである。


 ――――――霧島奈緒。


 見つけた。


 明日花を虐げた、霧島姉妹の片割れを。


 彼女は俺が東部戦線にいたことを知っているのか、それとも俺を忘れたのか、そのままレイピアを立て続けに何度も突き出してくる。剣で受け止めたり、回避するのは不可能なのではないかと思ってしまうほどの速度だ。しかし、剣術の技術は未熟としか言いようがない。腰や肩を使わずに、ただ単に手を前に突き出している。


 案の定、奈緒も転生者の能力やステータスに頼った典型的な転生者だった。


 こいつを生け捕りにする難易度は下がったが、期待外れだ。転生者の能力に頼らず、自分の経験と鍛え上げた肉体をフル活用して戦うような転生者と戦ってみたい。


 溜息をつきながら、俺は義手に搭載されている機能を使う事にした。一瞬だけ義手が氷で覆われたかと思うと、その氷がまるで鮮血をそのまま凍らせたかのように紅く染まり、唐突に砕け散る。


 次の瞬間、応戦しようとしていた俺の肉体が”消えていた”。


「!?」


 目の前にいるというのに、奈緒はぎょっとしながら周囲を見渡す。手にしたレイピアを振り回すが、全く俺には当たらない。


「な、何………? 消えた…………!?」


 そう、姿を消したのだ。


 この機能は、フィオナ博士が義手に搭載してくれた『ラウラフィールド』と呼ばれる疑似的な光学迷彩である。


 義手に内蔵された小型フィオナ機関で自分の身体の周囲にある空気中の水分を凍結させ、小さな無数の氷の粒子を生成し、それを自分の身体の周囲に展開することで光を複雑に反射させ、まるでマジックミラーのように使って自分の姿を消すことが可能なのだ。


 この氷を使った光学迷彩は、これを編み出した兵士の名を冠して『ラウラフィールド』と呼ばれている。そう、この光学迷彩を編み出したのは、テンプル騎士団の創設者の1人であるラウラ・ハヤカワなのだ。


 コルトM1911をホルスターに戻し、堂々と奈緒の正面から近付いていく。足元を見れば足跡で俺の位置が分かるというのに、唐突に敵が姿を消したことが怖いのか、奈緒は足元を見れば居場所が分かるという事に全く気付いていない。


「ど、どこよ!? 姿を現しなさい、卑怯者!!」


 義手を握った俺は、ニヤリと笑いながら奈緒の顔を見つめると、狼狽している美少女の顔面に思い切り右のストレートを叩き込むのだった。


 


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