戦車VS弾丸
ナバウレア攻勢は、テンプル騎士団の圧勝であった。
オルトバルカ軍が露払いと囮を任せた筈のテンプル騎士団の攻勢により、全ての防衛ラインの左翼を突破されたヴァルツ帝国軍は、本国に増援部隊を要請しつつ、ナバウレアからメリエンベルク平原まで後退し、新しい防衛ラインを構築して防衛戦の準備を始めた。
突破されたのはあくまでも左翼のみであり、中央と右翼の守備隊は無傷であったが、前方には圧倒的な兵力のオルトバルカ軍が待機していた事と、左翼を突破したテンプル騎士団が後方へと浸透することにより、最前線の部隊と司令部が分断されることを懸念し、後方へと撤退せざるを得なかったのである。
テンプル騎士団が単独で帝国軍を撃破してしまった事に焦ったオルトバルカ軍は、テンプル騎士団を強引に後方へと後退させる。猛攻で兵士たちが消耗していたテンプル騎士団は、その命令を受諾して後方へと後退し、各部隊への補給や兵士たちに休息を取らせつつ、自分たちを後方へと撤退させたオルトバルカ軍の戦いを傍観していた。
帝国軍は増援部隊が到着したばかりであるのに対し、オルトバルカ軍は虎の子のM1菱形突撃戦車を300両も投入した攻勢を開始した。
傍から見れば、守備隊の再編成すら済んでいないヴァルツ帝国軍が惨敗するのは火を見るよりも明らかであったことだろう。
しかし――――――焦ったオルトバルカ軍が始めた攻勢は、セシリア・ハヤカワやウラル・ブリスカヴィカの予想通りの結果となった。
オルトバルカ軍が攻勢を始めたのは、雪が降り積もっていた広大な麦畑の跡地であった。遮蔽物が殆どない上に、虎の子の戦車のエンジンの信頼性が低いという欠点があったM1菱形突撃戦車たちは、帝国軍の増援部隊が運んできた野砲の砲撃と、降り積もった雪によって行動不能にされ、風前の灯火だと見下していた筈の帝国軍によって壊滅させられることになってしまったのである。
手負いの敵軍に惨敗した挙句、虎の子の戦車の大半を喪失する羽目になったオルトバルカ軍は、自分たちが戦果を独占するために後退させたテンプル騎士団へと攻勢を要請するという醜態を晒すことになった。
要請を受けたテンプル騎士団は、連合王国軍に戦車の情報の開示を要求し、要請を受諾して攻勢の準備を始めた。
こうして、ナバウレア攻勢の最終局面となる『メリエンベルクの戦い』が幕を開けたのだった。
夜空が蒼く染まっていくにつれて、星たちが段々と消え始めた。
雪に覆われた麦畑の向こうから、強烈な光が産声をあげる。目を細めながら義手を伸ばし、傍らに置いておいたマウザーM1918を引っ張り出す。雪まみれになっていたハンドガードやストックから雪を払い落としつつ、ボルトハンドルが凍結していないかをチェックしてから、傍らで潜望鏡を覗いているウラルをちらりと見る。
攻勢が始まるのは日が昇ってからだという。おそらく、既にセシリアたちは戦車部隊の生き残りと随伴歩兵を引き連れてメリエンベルクへと進撃を開始している頃だろう。
攻勢の作戦はナバウレア攻勢と同じである。メリエンベルク平原は内陸に近い場所だが、辛うじてジャック・ド・モレー級の主砲の射程距離内だ。そこで、まず最初にジャック・ド・モレー級戦艦3隻とソビエツキー・ソユーズ級戦艦4隻の艦砲射撃で敵の防衛ラインを砲撃し、航空隊の空爆で損害を与えてから戦車部隊を投入する作戦である。
ナバウレア攻勢の時は、俺は単独で側面から敵を攪乱するのが任務だったが、今度はより攻撃的な任務だ。攻勢を仕掛けるテンプル騎士団を迎え撃とうとする敵の戦車を、この対戦車ライフルで狙撃するのである。
それに、情報では残存部隊の指揮官は美緒の姉である霧島奈緒だという。もし彼女を発見したら、生け捕りにして大切な妹と”再会”させてやるとしよう。戦場で銃声や絶叫を耳にするよりも、牢獄の中で姉妹と再会する方が幸せだろうからな。
「テンプル騎士団が衰退を始めたのは、ハヤカワ家の5代目当主が原因だった」
対戦車ライフルに巨大な杭みたいな13mm弾を装填していると、隣で潜望鏡を覗き込んでいたウラルが唐突に話を始めた。
「転生者を徹底的に排除しようとしていた男だ。俺の教え子だったんだ」
「止められなかったのですか?」
問いかけると、ウラルは首を横に振った。
「……………何の罪もない転生者まで弾圧し、徹底的に排斥しようとした。そのバカのせいで、テンプル騎士団は転生者排斥派の”白軍”と、転生者共存派の”赤軍”に分かれて内戦が始まっちまった」
まるでロシア革命である。
タクヤ・ハヤカワによって創設されたテンプル紀伊弾は、各地の技術や発掘した古代技術を解析し、大量生産したホムンクルスを現代兵器によって武装させることで、どのような大国ですら不可能なほどの速度で軍拡を進めていった。全盛期の規模はかつてのソ連軍の3倍らしく、その気になれば前世の世界の先進国全てと全面戦争を始めたとしても、たった5個大隊だけで圧勝できるほどの強さだったという。
けれども、全力を出さずに先進国に圧勝できるほどの力を手に入れた超巨大な武装組織が一枚岩を維持するのは不可能である。
案の定、テンプル騎士団では一度だけ内戦が勃発していた。ウラルが話をしているのは、その内戦の話なんだろう。
「そいつは、自分の愛娘に頭を撃ち抜かれる直前にこう言っていた………。『先生、俺が間違っていたのですか』ってな…………」
「…………」
ライフルの準備をしている俺の肩を、ウラルが掴んだ。
「…………お前を見ていると、教え子を思い出す。だから一線だけは絶対に超えるな」
「保証はできません」
俺はそのバカじゃない。
この復讐の最中に九分九厘一線は超えるだろう。というか、復讐するための手段を選ぶつもりはない。悪魔と言われても構わないし、復讐を全て果たした後に地獄に落ちても構わない。目的は明日花を殺した連中を1人残らず地獄に送る事なのだから。
だが、組織を滅ぼすような真似をするつもりはない。
だから、そのバカと一緒にするな。
滅ぼすのは敵だけだ。
ウラルに向かって首を横に振ってから、照準器を覗き込む。ここから敵の防衛ラインまでの距離はおよそ100m。敵が戦車を隠すのに使っている廃墟までの距離は80mくらいだろう。
唐突に、敵の防衛ラインのど真ん中に火柱が姿を現した。ドン、と強烈な爆音を雪原に響かせた火柱が、周囲にいた哀れな敵の守備隊と野砲を吹っ飛ばす。千切れ飛んだ砲身と血飛沫が一緒に天空へと舞い、すぐに雪原の中へと落下した。
戦車の砲撃ではない。空爆であれば、爆音が轟くよりも先にうっすらとエンジンの音が聞こえてくる筈だ。けれども、蒼い空には爆弾をぶら下げた航空機は見当たらないし、雪原の向こうに戦車は見当たらない。
艦砲射撃だ。
ジャック・ド・モレー級とソビエツキー・ソユーズ級が、主砲の射程距離ギリギリの敵を榴弾で砲撃しているのだ。
今しがた敵の野砲を吹っ飛ばしたのはどの艦の砲撃だろうか。乗組員の錬度が最も高いジャック・ド・モレーの砲撃だろうか。
立て続けに榴弾が雪原に着弾する。中にはしっかりと塹壕の中を直撃してくれた砲弾もあったが、殆どの砲弾は塹壕から離れた場所や、何の変哲もない雪原を直撃していた。雪原のど真ん中を真紅の火柱が蹂躙し、爆音が轟く度にズタズタにしていく。
すると、爆音の残響が段々と変異を起こし始めた。爆発の音ではなく、エンジンの音を思わせる甲高い音である。
一週間前の攻勢の時とは違って蒼い空に、20機ほどの飛行機が見えた。先端部にプロペラを搭載し、その近くにコクピットと2枚の羽を搭載した、テンプル騎士団の保有する複葉機の編隊である。
そう、空母ナタリア・ブラスベルグから出撃した攻撃隊だった。攻撃目標までの距離がジャック・ド・モレーの主砲の射程距離ギリギリなのだから、航空隊も航空支援を続ける余裕はないに違いない。ぶら下げた爆弾を投下し、機関銃で敵兵を掃射してから一刻も早く引き返さなくては、燃料切れになってしまう恐れがある。
ナタリア・ブラスベルグはテンプル騎士団唯一の空母である。それゆえに、ナタリア・ブラスベルグの乗組員や艦載機のパイロットたちの錬度は極めて高いと言えるだろう。唯一の空母であるため、世界中の戦場へと何度も派遣され、空爆やドッグファイトを何度も経験しているのである。
先陣を切ったソッピース・キャメルたちが、ぶら下げた爆弾やランケン・ダートを投下する。塹壕の中に落下した爆弾が砲手もろとも野砲を吹き飛ばし、上空へと機関銃やライフルを向けた兵士たちを木っ端微塵にしていった。
火達磨になりながら塹壕から這い出た敵兵たちを、後続のソッピース・キャメルたちが機銃掃射で止めを刺す。爆弾を投下したソッピース・キャメルたちも旋回を終えると、高度を落としながら塹壕の中へと狙いを定め、無慈悲に7.62mm弾をぶちかましていった。
「!」
その時、塹壕の向こうにあった木造の倉庫らしき建物が吹き飛んだ。既に半壊していた雪だらけの壁が吹き飛んだかと思うと、その中から金属音を発する履帯と共に、巨大な砲身が姿を現す。車体の両脇には巨大な履帯と重機関銃を搭載したスポンソンが突き出ており、車体の正面には重機関銃よりも太い主砲が突き出ているのが分かる。塗装は白と灰色の迷彩模様になっているが、主砲の下と車体の両脇にあるスポンソンには、これ見よがしにヴァルツ帝国軍のエンブレムが描かれている。
漆黒の盾と白い十字架だ。
「出てきたか」
ニヤリと笑いながら、銃口を敵の戦車へと向ける。
オルトバルカ軍によると、敵に鹵獲された戦車は10両前後だという。他の廃墟の影や塹壕の中からも次々に戦車が姿を現しているが、まだ6両程度だ。
残りの4両はどうなったのだろうかと思ったが、車体の正面に搭載されているドーザーブレードのような物体を見た俺は、その4両がどうなったのかを理解した。
おそらく、修復が不可能だったため、他の車両を修復するための材料にされたのだろう。辛うじて無事だったパーツを引っ張り出し、再利用できそうな装甲を引き剥がしてドーザーブレードの代わりに搭載し、他の6両を投入したに違いない。
くそったれ、正面からの攻撃は少々難易度が上がったか。
「手前の奴から狙え。10時方向、距離70m」
指示通りに、今しがた塹壕を越えたばかりの戦車へと銃口を向ける。がっちりした履帯が雪原を踏みつけ、再利用した装甲で作られたドーザーブレードが雪原を容赦なく抉っていく。
呼吸を整えつつ、右側面へと狙いを定める。
敵の戦車は、俺たちから見て左から右へと進撃している。塹壕の前で待機し、空爆の後に突っ込んでくるテンプル騎士団の戦車部隊を迎え撃つつもりなのだろう。
M1菱形突撃戦車の装甲は、正面装甲がおよそ11mmで、側面の装甲はおよそ9mmだ。こいつが命中すれば確実に銃弾は貫通するが、できるならば装甲の薄い側面を可能な限り至近距離から射撃するのが望ましい。
アイアンサイトをスポンソンの付け根に合わせる。そこを貫通できれば、その内側にエンジンがある。装甲を貫通した弾丸がそのままエンジンを直撃して、戦車の機能を停止させてくれる筈だ。
「風はそれほどでもない、そのまま狙え」
「了解」
隣にいるウラルの的確な指示を聞きながら、呼吸を整えて敵の戦車を睨みつける。
敵の武装はバーンズ・ファイアーアームズ社製の8.2mm対人機関銃と48mm砲の2種類だ。8.2mm機銃は問題ないが、主砲の48mm砲はルノーFT-17に叩き込まれたら確実に装甲を貫通する。こちらの戦車部隊が到着する前に鹵獲された戦車を撃滅するべきだ。
姿を現した敵の戦車部隊がぴたりと止まり、車体の正面に搭載された戦車砲の仰角を調整し始める。ちらりと砲口を向けられている方向を見ると、雪原の向こうから進軍してくるテンプル騎士団の戦車部隊がうっすらと見えた。2両のシャール2Cと無数のルノーFT-17で構成された戦車部隊である。
「質問があるんだが」
「何です?」
「同志、花火は好きか?」
「ええ、大好きです」
照準器を覗き込んだまま答えると、ウラルは楽しそうに言った。
「なら、今日は最高の花火が見れるな」
彼がそう言った途端、マウザーM1918のトリガーを引いた。
マズルブレーキを装備した上に、銃床にゴムを張り付けて少しでも反動を小さくしようとしたはずなのに、正気の沙汰とは思えないほど強烈な反動が右肩に牙を剥く。銃口でマズルフラッシュが荒れ狂うよりも先に飛び出した13mm弾が、雪原の向こうの戦車に向かって飛んでいった。
普通のライフルよりもはるかにデカい対戦車ライフルから発射された弾丸が側面の装甲を直撃したらしく、ガギュンッ、と甲高い音と金属音を混ぜたような大きな音が聞こえた。仰角の調整を続けていた主砲がぴたりと止まったかと思うと、車体側面や上部のハッチの隙間からうっすらと黒煙が漏れ出す。
しばらくすると、そのハッチがいきなり開いた。中からオリーブグリーンの制服を身に纏った戦車兵たちが悲鳴を上げながら飛び出す。中には軍服に火がついたせいで火達磨になっている戦車兵もいる。
スポンソンの付け根を直撃した弾丸が、正確にエンジンを撃ち抜いてくれたらしい。
エンジンとは言っても、燃料を使ったエンジンではなく、高圧の魔力を使ったフィオナ機関である。加圧された魔力の暴発は爆発に等しいため、フィオナ機関が破損すれば、爆風に等しい魔力が車内で荒れ狂う事になる。
要するに、フィオナ機関は普通のエンジンよりも危険だという事だ。
次の瞬間、被弾したM1菱形突撃戦車が爆発した。既に開いていたハッチから火柱が噴き出し、装甲が次々に千切れ飛ぶ。主砲の砲身も千切れ飛んだかと思うと、搭載されていた弾薬が一気に誘爆したらしく、火柱を噴き上げていた戦車が木っ端微塵になった。
「ああいう花火が好きだろ?」
「ええ、一番好きッス」
次の弾丸を装填しながらそう答えた俺は、ウラルの顔を見ながらニヤリと笑った。
※バーンズ・ファイアーアームズはオルトバルカの企業です。




