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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第五章 純白の戦場、真紅の殺意
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報復と小さな希望


 最終的に、美緒の心は一週間でぶっ壊れた。


 戦争で何度も絶望を経験している人間や、訓練を受けている兵士であればもっと耐える事ができた筈だ。ここで味わう事になる絶望に匹敵する絶望を何度か経験すれば慣れることはできる。けれども、美緒たちは世界大戦が勃発したこの世界の人間ではなく、とっくの昔に戦争が終わった平和な世界の人間である。故郷が戦場になったり、家族や友人が死んだという知らせが当たり前のように届く世界の人間ではないのだから、この世界の人々が感じている絶望に耐えられるわけがない。


 虚ろな目で俯いている少女を見つめながら、血が付着している美緒の頭の上にそっと左手を置く。


 感覚を感じる事ができなくなった機械の右手(冷たい右手)ではなく、残っている左手(人間の左手)で彼女の頭を撫でた。最愛の妹を何度も痛めつけたり、彼女の髪を切り落としたクソ女の頭を撫でるのは、正直に言うとかなりの苦痛だった。今すぐに手を離し、代わりに義手で頭蓋骨が潰れるまで何度もぶん殴ってやりたかったが、心が壊れたことによって虚ろな目になった彼女を殴りつけても面白くない。血を吐きながら絶叫し、命乞いをする姿は絶対に拝めない。


 だから、まだ我慢した。


 彼女に止めを刺すために。


 最高の絶望のために。


「安心しろ、美緒。先ほど帝国軍が捕虜の交換に応じた」


「…………」


 虚ろな目で血まみれの床を見つめていた美緒が、ゆっくりと顔を上げた。


 顔の痣が以前よりも増えている。歯も何本か抜けており、唇は血まみれになっていた。彼女の”遊び相手”たちが頭髪をナイフで斬り取ったらしく、ここに収容した時よりもはるかに髪が短くなっている。


 けれども、全然足りない。


 この程度では、復讐心は満たされない。


「お前を引き取りに来てるのは、ヴァルツ帝国東部戦線遠征軍第3大隊。奈緒の所属している部隊だ」


「……………おねえ………ちゃ…………ん…………?」


「ああ、もう外にいる。お前は釈放だ」


 そう言うと、扉の外で待機していた警備兵たちが部屋の中へとやってきた。ポケットの中から取り出した鍵で彼女を拘束していた鎖と足枷を外し、よろめいた美緒の華奢な身体をホムンクルスの警備兵が支える。


「おねえちゃん………わたしのこと、むかえにきた………?」


「ああ。案内しよう」


 ニッコリと微笑みながら、彼女を通路の向こうへと案内する。


 当たり前だが――――――俺が今浮かべている笑みは、姉妹が再開できる事を喜んでいるわけではない。第一、彼女を拷問したり、兵士たちに彼女を犯すように指示したのは俺だし、美緒は報復しなければならないクソ野郎の内の1人である。むしろ、そういう奴が自由になる瞬間は一番見たくない。


 だから俺は、彼女を導く。


 用意しておいた最高の絶望へ。


 正真正銘の地獄へ。


 それを希望だと勘違いしながら歩く彼女は、滑稽でしかない。転生者や帝国軍の兵士ではなく、コメディアンの方が向いているのではないかと思ってしまうほど滑稽だ。


 だから俺は嗤っている。


 それがこの笑みの意味だ。


 狭い通路をゆっくりと進みながら、奥にある部屋のドアの前で立ち止まる。灰色に塗装された金属製の扉には”応接室”と書かれており、扉の左右には剣を腰に下げた2人の憲兵が待機している。テンプル騎士団に加勢を要請する他国の将校との話し合いや、敵軍の将校との交渉の際に使う事を想定して用意された部屋らしいが、まだ同盟国の将校との交渉でしか使ったことはないという。


 ここだ、と言うと、美緒に手を貸していた警備兵が彼女から手を離した。何度かふらついた美緒はオルトバルカ語で”応接室”と書かれている扉を見つめながら、涙を流し始めた。


 やっと仲間の所へと戻れるのだ。


 端末を失ったことで転生者の能力を使うことはできなくなってしまったけれど、最愛の双子の姉と再会できる。それに、もうテンプル騎士団の兵士たちから暴行を受けたり、犯されずに済むのだから。


 扉の向こうに待っているのは、安寧。


 痙攣している腕を伸ばし、ドアノブを掴む美緒。華奢な手に力を込めながら、彼女はドアノブをゆっくりと捻り始める。


 ―――――――彼女は、俺が提示した小さな希望へ縋ったのだ。


 応接室の扉が開いた途端、ボロボロの服を身に纏っていた美緒は応接室の中へと倒れ込んだ。けれども痣だらけの両手ですぐに起き上がり、微笑みながら顔を上げる。きっと応接室の中で待っている姉が、自分と再会できたことを喜んでくれるに違いないと思っているのだろう。


 けれども―――――――応接室の中で待っていたのは、帝国軍の兵士たちではなかった。


 寒冷地用の白い制服に身を包んだ、ハーフエルフやオークの巨漢たちである。彼らの制服の肩の部分には帝国軍のエンブレムではなく、テンプル騎士団のエンブレムが描かれたワッペンがこれ見よがしに取り付けられていたのだ。


 彼女を引き取りに来た帝国軍の兵士などいない。


 なぜならば――――――捕虜の交換の交渉など、実際に行っていないのだから。


 そう、美緒に縋らせるための小さな希望でしかなかったのである。


 応接室の中で待ち受けていたテンプル騎士団の兵士たちを見渡してから、美緒はここまで案内してきた俺を目を見開きながら振り向く。


「…………おう、新入り。今日が最後なんだろ?」


「残念ながらな。こいつはそろそろ”処分”するから、最後に楽しんでくれ」


 応接室の中で待機していた兵士たちを見渡してそう言ってから、右手を腰のホルスターの中へと突っ込む。中に収まっていたコルトM1911のグリップを握った俺は、素早く美緒の左足のアキレス腱に照準を合わせると、混乱している彼女を無慈悲に撃ち抜いた。


 .45ACP弾は、一般的なハンドガン用の弾薬の中では大口径の弾丸である。圧倒的なストッピングパワーを持つ弾丸であり、そのストッピングパワーは現代の戦闘でも猛威を振るい続けているのだ。


 大口径の弾丸が、彼女のアキレス腱を断ち切る。華奢な足にあっさりと風穴が開き、鮮血と千切れたアキレス腱の一部が風穴から躍り出た。がくん、と体勢を崩してから倒れた美緒が絶叫し、銃声の残響をすぐに消し去ってしまう。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「…………クソ野郎を生かしておくわけねえだろ」


「さて、最後に楽しもうぜ」


「やだっ、やだぁっ! もう痛いのやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! おねえちゃん、たすけてっ!! たすけてよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 ホルスターの中にコルトM1911を収めてから、床に落ちた薬莢を義手で拾い上げてポケットへと放り込む。


 オークの兵士の剛腕で腹を思い切りぶん殴られ、呻き声を発している美緒を見てニヤリと笑ってから、応接室を後にする。


 もう小さな希望に縋らせて踏み躙ってやったから、これ以上絶望させることはできないだろう。椅子に縛り付けて爪を剥がしたり、指や手足を斬り落としたとしても、呻き声程度しか発さないに違いない。


 もう面白くない。


 もう復讐心を満たしてくれない。


 もう天国の明日花は満足してくれない。


 だから、次の生贄を用意する。


 顔つきはあいつにそっくりだが、同じように絶望させることはできる筈だ。双子の姉が絶望するところを見せてあげるよ、明日花。


 応接室から離れようとしたその時、通路の向こうから白い制服に身を包んだ巨漢が歩いてきた。美緒の遊び相手になっているオークの兵士に匹敵するほどの巨躯は筋肉で覆われており、目つきはかなり鋭い。けれども、頭髪と髭の色が桜色だからなのか、がっちりした体格と頭髪の色がミスマッチとしか言いようがない。


 テンプル騎士団副団長のウラル・ブリスカヴィカだった。先ほどまで外にいたらしく、制服には雪が付着している。


 彼に向かって敬礼すると、ウラルは白いウシャンカを取り、敬礼している俺を睨みつけた。


「何をしていた?」


「捕虜の拷問です、同志副団長」


 後方のドアからは、うっすらと美緒の絶叫や呻き声が聞こえてくる。そろそろあのクソ野郎は処分するつもりだが、兵士たちには殺さないように指示を出している。止めは俺が刺す予定だからな。


 応接室のドアを睨みつけながら顔をしかめたウラルは、溜息をつきながらもう一度こっちを睨みつけた。


「拷問は収容区画でやれ。あそこは客人と話をする部屋だ」


「捕虜の拷問に関しては、同志団長から一任されております。殆ど使わない応接室で拷問を行っても問題はないかと」


「……………お前の話は諜報部隊シュタージからの情報で聞いてるよ、速河力也」


「おお、百戦錬磨の副団長に知っていただけるとは光栄ですな」


 これは俺の復讐だ、ウラル。


 そう思いながら彼を見つめていると、ウラルはがっちりした手を握り締めた。


「……………やり過ぎるなよ、同志」


「報復に限度など不要です、同志副団長。復讐は相手から全てを奪い、完全に踏み躙るべきです。人を虐げた者にその苦痛を与えずに許すなど、正気の沙汰とは思えません」


 クソ野郎の命は、塵よりも軽い。それに、あいつは俺の唯一の家族を前世の世界にいた頃から虐げ続けていたクソ女なのだ。前世の世界で明日花が虐げられた分も報復しなければ、天国にいる明日花は喜んでくれない。


 ウラルの瞳を見つめながらそう言うと、彼は唇を噛み締めてから踵を返した。


「先ほどオルトバルカ軍から要請があった。出撃の準備をしておけ」


「オルトバルカ軍から?」


 テンプル騎士団もろとも砲撃しやがったクソ野郎共から要請があったという事を告げたウラルは、そのままキャメロットの狭い通路の向こうへと歩いて行ってしまう。


 一週間前のナバウレア攻勢で大勝利した後、オルトバルカ軍がテンプル騎士団の代わりに攻勢を続けていた筈である。蛮族だと呼んでいたテンプル騎士団が帝国軍に大損害を与えたことによって、今ならば攻勢は確実に成功すると判断したのだろう。


 しかし、どうやら大損害を被った筈の敵に返り討ちに遭ったらしい。


 バカな連中だ、と思いながら、俺は会議室へと急ぐのだった。












「連合王国軍の追撃作戦は大失敗だったらしい」


 巨大な円卓の上に映し出されているのは、帝国軍が後退したメリエンベルク平原の地図だった。無数の蒼い六角形の結晶を思わせる光で構成された地図には、オルトバルカ軍の進軍ルートと敵の防衛ラインの位置が表示されている。


 信じ難い事に、オルトバルカのバカ共は帝国軍の防衛ラインへと真正面から突っ込み、大損害を被った筈の敵に敗北したようだ。投入する予定だった”新兵器”の性能を過信していたのだろうか。それとも、司令官が無能だったのだろうか。


 傍らにある椅子に座っているセシリアは、頭を抱えながら立体映像を見上げた。


 オルトバルカ連合王国は世界最強の大国だ。ヴァルツ帝国ですら迂闊に宣戦布告できないほどの兵力を持っている大国なのだから、もう少しは頼りになるかと思ったのだが、はっきり言うとオルトバルカ軍は足手まといである。


 彼らを見殺しにしてからテンプル騎士団単独でもう一度攻勢を仕掛けた方が勝率が高いのではないだろうか。


「で、連合王国の代わりに攻勢を始めろという要請ですか?」


 腕を組みながらそう言ったのは、円卓に座っているエルフの女性の兵士だった。身に纏っているのはやはり寒冷地用の制服で、肩には”矢に頭を貫かれた髑髏”のエンブレムが描かれているのが分かる。


 彼女は円卓の騎士の1人であり、ウラルと同じくテンプル騎士団が創設された頃から所属し続けている『アリス・ボチカリョーワ』中将だ。女性のみで編成された、”テンプル騎士団陸軍第2遠征軍”を率いる女傑である。初代副団長だったラウラ・ハヤカワの教え子の1人らしく、得意分野は遠距離狙撃だという。


 彼女が率いている第2遠征軍に所属する兵士の大半は、他の部隊の兵士の妻ばかりであるため、『婦人決死隊』と呼ばれることもあるらしい。


 彼女の傍らにいる”従者”も、同じく金髪のエルフの女性だった。彼女も婦人決死隊の兵士らしく、肩にはボチカリョーワ中将と同じエンブレムが描かれているのが分かる。


「ああ、そうだ。だが――――――今度の攻勢は先ほどの攻勢よりも面倒だ」


 そう言いながら、セシリアは映像を切り替えた。


 メリエンベルク平原の地図が砕け散り、蒼い光たちが別の映像を形成していく。堅牢な装甲で覆われた車体を形成し始めた途端、その映像を見ていた全ての兵士が目を丸くした。


 円卓の上に映し出されたのは――――――戦車だったのだから。


 装甲で覆われた車体の両サイドには履帯があり、車体の側面にはスポンソンが用意されている。そこから前方へと突き出ているのは、マズルブレーキの付いた重機関銃だろう。その車体の正面からは、スポンソンから覗く重機関銃の銃身とは比べ物にならないほど太い砲身が突き出ており、そのすぐ脇には軽機関銃らしき銃身も用意されている。


 傍から見れば、イギリス軍が第一次世界大戦に投入した『マークV戦車』と、フランスが投入した『サン・シャモン突撃戦車』を組み合わせたような形状である。


「泣きついてきたオルトバルカの将校が、やっと”新兵器”の情報を開示してくれた。これが、オルトバルカ軍が投入する予定だった『M1菱形突撃戦車』という戦車らしい」


 立体映像を見つめながら、俺は目を見開いた。


 ついにこの異世界でも、戦車が開発されてしまったのだ。


「だが、メリエンベルク平原に降り積もった雪と信頼性の低さのせいで大半が擱座した挙句、一部は敵に鹵獲され、後続の歩兵部隊に牙を剥いたそうだ。そこで、我々があのバカ共の代わりに帝国軍の防衛ラインを突破し、鹵獲された戦車も処分する」


 対戦車戦闘か。


 こちらにも戦車はあるが、メリエンベルク平原には大量の雪が降り積もっているらしい。ドーザーブレードを搭載して強引に前進したとしても、敵の塹壕を戦車で突破するのは難しいかもしれない。


 要するに、戦車を使わずに敵の戦車を撃破しなければならない。


 ポケットから端末を取り出し、生産可能な兵器を確認する。既に没収した美緒の端末のパーツを使ってアップデートしてもらったので、新しい兵器も生産できるようになっている筈である。


 生産可能な兵器の中から”ある兵器”を発見してニヤリと笑うと同時に、椅子に座っていたセシリアが顔を上げた。


「――――――戦車の相手はお前に任せたい」


「了解だ、ボス」


 鹵獲された戦車を、俺が全て撃破してやる。


 こいつならば、敵の戦車の装甲を易々と貫通できる筈だからな。


 そう思いながら、俺は画面に表示されている『対戦車ライフル』を見下ろすのだった。

 



※M1菱形突撃戦車は、『マークV戦車』と『サン・シャモン突撃戦車』を組み合わせたような外見です。

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