テンプル騎士団の捕虜
唐突に、身体が左側へと大きく揺れた。体勢を立て直すために右半身へと体重を移動させようとするよりも先に、左肩が地面を覆っていた雪を直撃し、強烈な冷たさが左半身を包み込む。
右腕の代わりに移植された義手は、切り札である『煉獄の鉄杭』を内蔵していた上に、フレームなどの部品の大半が金属製だったせいでかなり重い。移植された直後は、無意識のうちに左半身に体重を移動させられるようにならなければ右側へとよろけたり、そのまま転倒してしまうほどの重さだった。
溜息をつきながら、ちらりと右腕を見下ろす。
煉獄の鉄杭を発射した反動と、肘から噴き出た猛烈なバックブラストのせいで、義手は肩から先が木っ端微塵になっていた。ひしゃげたフレームの断面からは千切れ飛んだケーブルが覗いており、スパークや魔力を放出している。
フィオナ博士が義手に搭載してくれた煉獄の鉄杭は、防御という概念を無視して標的を一撃でぶち殺してしまうほどの威力を誇る。しかし、そのパイルバンカーの反動は非常に強烈であるため、使用すると義手が吹き飛んでしまうという欠点があるのだ。
左手を背中へと伸ばし、背負っていた大太刀を鞘ごと取り外す。ジェイコブの店で購入した得物を杖の代わりにしながら何とか立ち上がった俺は、先ほど煉獄の鉄杭をぶちかまされる羽目になった哀れな少女を見下ろした。
直撃していたのならば粉々になっていただろうが、このパイルバンカーに魔力の防壁を貫通される羽目になった転生者の少女は、五体満足で雪原の上に倒れていた。彼女が見に纏う白い制服や腕にはパイルバンカーの杭の破片や義手のフレームの小さな破片がいくつか突き刺さっている。
「………わざと外したのか、力也」
いつの間にか、傍らにセシリアがいた。彼女は転生者の少女を見下ろしながらまだ彼女が生きていることを確認すると、目を細めながら俺の顔を見上げる。
虎の子の切り札をわざと外したことを咎めるつもりなのだろう。煉獄の鉄杭をぶっ放せば、強烈な反動とバックブラストによって義手は木っ端微塵になる。それゆえに、狙いを外すことは絶対に許されない。
「………こいつには苦しんでもらう必要があるんだ、ボス」
そう、即死させるわけにはいかない。
無残な死に方だとしても、即死だけは許さない。
たっぷりと苦しんでもらってから、無残に死んでもらわなければならないのだ。
杖にしていた大太刀から手を離すが、すぐに身体が左へとよろめいてしまう。再び雪原に左肩を叩きつけるよりも先にセシリアが身体を支えてくれた。
「こいつはどうする?」
「ぶち殺す。だが、”勇者”に関する情報を知っている可能性もある。………ボス、こいつの拷問は俺に一任してほしい」
「………」
勇者と呼ばれている転生者は、セシリアの家族を奪った怨敵でもある。彼女の父親に濡れ衣を着せて処刑させた上に、複数の転生者を引き連れてタンプル搭を襲撃し、セシリアの姉と弟と母親を殺した男なのだ。
右手を握り締めたセシリアは、俺の顔を見下ろしながら首を縦に振った。
「………必要な物があれば何でも言え。団長の権限で何でも用意しよう」
「感謝する」
「その代わり、情報を吐かせるまでは決して殺すな。いいな?」
「分かってる」
返事をすると、セシリアは近くにいたホムンクルスの兵士に目配せをした。そのホムンクルスの兵士は首を縦に振ると、スパイク型銃剣の付いたモシンナガンM1891を背中に背負い、気を失っている美緒の華奢な身体を持ち上げた。
ポケットの中に収まっている桜色の端末を奪い取ったホムンクルスの少女は、その端末をセシリアに渡す。
このような端末を持つ転生者は”第一世代型”と呼ばれている。端末を常に身に着けていなければステータスが弱体化していく上に、もし端末を破壊されれば常人に戻ってしまうという弱点があるのだ。なので、端末を鹵獲しても利用価値は殆どないが、強力な転生者を常人に戻すことはできるので、転生者を捕虜にする際は端末を没収し、転生者から離れた場所に保管しておく必要がある。
画面が真っ暗になっている端末を見下ろしてから、セシリアはそれをポケットにしまった。
「信じられんな。こんな小さな機械が、異世界人を強力な兵器に変えているのだから」
「………ああ」
その端末が与える強力な力が、大半の転生者をクソ野郎に変える。
「団長、偵察機からの報告です」
「なんだ?」
真っ白なヘルメットをかぶったエルフの兵士が、手に持っている紙を見下ろしながら報告する。おそらく、空母『ナタリア・ブラスベルグ』の偵察機からの報告だろう。
「最終防衛ラインを突破された敵は、増援を要請しつつ司令部を『メリエンベルク平原』へと後退させた模様です」
「そうか……………我が軍の大勝利だな」
「ええ。この報告はオルトバルカ軍にもしておりますし、砲撃の中止の要請と、我が軍の兵士も巻き添えになった事の抗議も行っております」
「分かった。こちらも部隊を再編成して次の攻勢の用意をするぞ」
「はっ!」
メリエンベルク平原はナバウレアの北部に広がる平原だ。付近には小さな農村がいくつかあり、平原は極めて大規模な麦畑になっていたという。遮蔽物があるとしたら、廃墟と化した農村の建物くらいだろう。
ちなみに、そのメリエンベルク平原の南方には森があり、その森の反対側には、かつては”傭兵の街”と呼ばれていた『ネイリンゲン』という街がある。大昔に壊滅して魔物が徘徊するダンジョンに指定されてしまったが、テンプル騎士団が掃討作戦に全面協力したことによって復興し、大都市になったらしい。
「力也、次の攻勢が始まるまでこの転生者を尋問しておけ。予備の義手は手配しておく」
「分かった。………それと、数名の男性の兵士にも尋問に協力してもらいたい」
「男性? ホムンクルスではダメなのか?」
ホムンクルスの兵士に抱えられて連れて行かれる美緒を見つめながら、俺は嗤った。
きっと、彼女は勇者の情報を吐こうとしないだろう。だから拷問で苦しめて彼女の心を折り、俺が提示する小さな希望に縋らせる必要がある。
だから、踏み躙る。
「………ああ、ダメだ」
笑ったまま、俺はセシリアにそう言った。
大昔のテンプル騎士団は捕虜を受け入れていたらしいが、現在のテンプル騎士団では捕虜は一切受け入れていない。もし敵兵が降伏するために白旗を振っていたとしても、お構いなしに機関銃でズタズタにするのは日常茶飯事だ。もし任務中に敵兵を生け捕りにしたとしても、情報を吐かせてから殺すのは当たり前である。
普通の軍隊では考えられない事だ。
だが、テンプル騎士団はこちらの世界の条約の殆どに批准していないため、捕虜を処刑したとしても咎められることはないのである。中には条約に批准するように圧力をかけてきた列強国もあったらしいが、大半の列強国は黙認していた。
条約に批准していないテンプル騎士団に依頼すれば、捕虜を拷問する事ができたからだ。だから、生け捕りにした敵兵を拷問して情報を吐かせるように裏で依頼してきた列強国も存在する。
左手で松葉杖を持ちながらキャメロットの艦内の狭い通路をゆっくりと進み、オルトバルカ語で『捕虜収容区画』と書かれたハッチを開ける。テンプル騎士団が受け入れた捕虜を収容するためではなく、クライアントから拷問を依頼された捕虜を収容しておくための区画だ。
ハッチの向こうには、黄色い腕章の付いた黒い制服に身に纏った2名の警備兵がいた。腰にはコルトM1911の収まったホルスターと、テンプル騎士団で未だに正式採用されているロングソードが収まった鞘を下げている。
松葉杖を使いながらやってきた俺を見た警備兵たちは、「捕虜ならこの中にいる」と言って鍵を開けてくれた。彼らに礼を言ってからドアノブへと手を伸ばし、分厚い金属の扉をゆっくりと開ける。
捕虜の収容所の部屋は、一般的な個室の4分の1くらいの狭い部屋になっていた。正確に言うと、部屋というよりは人間が生活できそうなくらいのスペースにした鉄の箱と言うべきだろう。壁に窓は用意されていないし、ベッドやトイレも用意されていない。天井には通気口があるが、通気口の入り口は頑丈な金網でしっかりと守られているため、素手でそこから逃げ出すのは不可能だろう。
部屋の中に置かれている物は、収容される捕虜を拘束するための鎖と足枷くらいである。鎖は天井からつるされており、その先端部に捕虜を拘束するための手錠が括りつけられている。ここに収容される捕虜は、拷問を受ける時はその鎖で両腕を吊るされ、両足に足枷をされた状態で、延々と拷問を受けることになるのだ。
殺風景としか言いようがない部屋の床や壁には、以前の拷問で飛び散ったと思われる血痕がまだ残っている。うっすらと血の臭いにするその禍々しい部屋の中で拘束されているのは、真っ白な制服に身を包んだ転生者の少女だった。
「座れ、同志」
「助かるよ、ありがとう」
エルフの警備兵が持って来てくれた椅子に腰を下ろしてから松葉杖を傍らに置くと、黄色い腕章を付けたホムンクルスの警備兵が、まるで肉屋の中で吊るされている肉の塊のように鎖で吊るされている美緒に向かって、バケツの中の水をぶちまけた。
おそらく海水だろう。当たり前のように海面が凍結するほど気温が低い海の水をぶちまけられた美緒が目を見開き、鎖で拘束されている両手で顔に付着した海水を拭い去ろうとする。しかし、両手が自分の頭上から全く動かないことに気付いたらしく、ぎょっとしながら頭上を見上げた。
「な、なによ………どこなのよ、ここは!?」
「やあ、霧島くん」
ニヤニヤと笑いながらそう言いつつ、警備兵たちに目配せする。エルフの警備兵は頷いてからホムンクルスの警備兵を連れ、部屋の外へと出ていった。
今の俺は義手を装着していないため、松葉杖を使わなければ歩く事ができない。応戦すらできない兵士を収容所の部屋の中に残すのは危険かもしれないが、今の美緒は端末を没収されているため、転生者の能力を使うことはできない。身体能力の強化も解除されているので、鎖を破壊して俺を殺すこともできない。
だから2人きりで十分だった。まあ、数分後には2人きりではなくなるんだが。
「何なのよ………すぐ外しなさい!」
「質問に答えてもらおうか」
左手をホルスターへと伸ばし、コルトM1911を引き抜く。
当たり前だが、銃を引き抜いたのは脅しだ。セシリアからは『情報を吐かせるまでは殺すな』と言われているので、少なくとも現時点では殺すつもりはない。とはいっても、勇者に関する情報を吐いたら惨殺することになるがな。
銃を向けた程度では吐かないだろうなと思いつつ、彼女を睨みつける。案の定、美緒は銃を向けられているというのに笑みを浮かべていた。
「脅しても意味はないわ。私は何も吐かないから」
「吐いてもらわないと困る。勇者に関する情報を教えてくれ」
「言うわけないでしょ? バカじゃないの?」
「それは残念だ」
そう言いながら、ニヤリと笑う。
絶望を経験して心が折れなければ、彼女は情報を何も吐かない。だから彼女に絶望を経験させて心を折り、俺が提示する小さな希望に縋らざるを得ないほど追い詰めなければならない。
とはいっても、そっちの方が好都合だ。銃を向けられた程度であっさりと情報を吐くようなら、つまらない拷問になってしまうからな。
見ていてくれ、明日香。
これからお前を苦しめた奴が絶望するぞ………。
「おい、彼らを部屋の中へ」
『ジェシカ、彼らを呼んできてくれ』
『了解』
部屋の外で警備をしていたホムンクルス兵が返事をする声と、通路を走っていく足音が聞こえた。銃で脅すだけだと思っていたらしく、鎖で吊るされている美緒がぎょっとしながらこっちを振り向く。
「答えてくれれば苦しまずに済んだんだがな」
「え………?」
「言っておくが、テンプル騎士団は『メブラリウス条約』には批准していない。だから、自由に捕虜の拷問や処刑ができるってわけだ」
「ご、拷問………!?」
「安心しろ、こう見えても俺は優しい男だ。レディを殴りつけたり、爪を剥がしたりはしないさ」
微笑みながらそう言うと、コンコン、と部屋のドアがノックされる音が聞こえてきた。「どうぞ」と言うと、黒い制服に身を包んだオークやハーフエルフの男性の兵士たちが部屋の中へとやってきて、椅子に座っている俺の後ろにずらりと並ぶ。
どの兵士も身長が180cmを超えている巨漢だった。中には2mを超えているオークの兵士も見受けられる。
「な、何よ、そいつら………?」
「同志諸君、急に呼び出してしまって申し訳ない」
コルトM1911をホルスターに戻し、傍らに置いた松葉杖を手に取ってから立ち上がる。くるりと後ろを振り向き、整列した男性の兵士たちを見渡しながら俺は言った。
「あそこに女性の捕虜がいる。こんな殺風景な部屋にこれから収容されっ放しになるのだから、きっと退屈するに違いない。そこで―――――――同志諸君は彼女の遊び相手になり、あの女性の捕虜を”楽しませて”やってもらいたい」
この部屋には何もないからな。
トイレは用意されていないし、ベッドもない。眠る時は硬い上にひんやりしている金属の床の上で眠らなければならないのだ。
だから、きっとこの部屋で生活すれば退屈になるに違いない。
そこで、ここにいる男性の兵士たちに彼女の”遊び相手”になってもらうように頼んだのである。
質問はあるかね、と兵士たちに問いかけると、右目に眼帯を付けた浅黒い肌のハーフエルフの兵士が手を挙げた。
「同志、本当にいいのか?」
「もちろん。好きなことを”やれば”いい。だが殺さないでくれよ? 同志団長に首を斬られちまう。他には?」
「乱暴にしてもいいのかい?」
「殺さなけりゃ殴りつけても構わん。だが、手足を切断するのはダメだぞ。俺のために取っておいてくれ」
男性の兵士たちにそう言ってから後ろを振り向くと、案の定、美緒は怯えていた。手足を縛られている上に頼っていた端末を没収された自分の所に、10人も”遊び相手”が呼び出されたのだから、自分が何をされるのかを察してしまったのだろう。
兵士たちのストレス解消になるし、彼女を追い詰めて心を折ることもできるからな。少し時間がかかるかもしれないが、新しい義手を用意してもらうまでには終わるかもしれない。
さて、片割れを拷問する方法も考えておかないと。
「ちょ、ちょっと待ってよ………わ、分かった、言うわ。だからやめて………!」
「……………『やめて』って言ってた明日花にはやめなかったくせに?」
彼女の提案を無慈悲に拒否してから、俺は部屋の出口へと向かった。
「さあ、どうぞ」
「い、嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
並んでいた兵士たちが、鎖で拘束されている美緒の方へと近付いていく。俺は彼女の絶叫と服を強引に破かれる音を聞いて笑いながら、部屋のドアを開けた。
言っておくが、俺は参加するつもりはない。あんなクソ女と遊んだら息子が腐っちまいそうだからな。
だから俺は傍観するだけにしておくよ。
絶望を楽しみな、クソ野郎。




