煉獄の鉄杭
彼女の顔を見た途端、心の中の殺意と怒りが劇的に膨張した。
俺の任務は側面から敵を攻撃して攪乱し、友軍の攻勢を支援することである。だから、あくまでも敵と距離をとって側面から攻撃しなければならない。敵に損害を与えるためとはいえ、敵との距離を詰めてしまえば攪乱する意味がなくなってしまうし、味方の攻撃に巻き込まれる危険がある。
だが――――――無意識のうちに銃を構え、俺はその少女へと向かって発砲しながら突っ走っていた。
あのクソ女は、味方の攻撃の巻き添えにされたとしても討ち取らなければならないからだ。
前世の世界で明日花を虐めた挙句、こちらの世界でも牢屋の中にいる明日花の髪をナイフで斬り落としたり、彼女を痛めつけていた”霧島姉妹”の片割れである。
明日花は俺が強制労働をさせられている間に殺されていたから、誰が殺したのかは分からない。だが、ミンチになった来栖、霧島姉妹、三原の奴らはほぼ毎日牢屋にやってきて、明日花を傷めつけるか犯していたのだから、あいつらの内の誰かは明日花を殺した奴を知っている筈である。
だから、まず最初は生け捕りにする。すぐに惨殺してやりたいが、その前に拷問して情報を吐かせるしかない。情報を知っていたとしても、知らなかったとしても、最終的にはモザイクが必要になるくらい無残にぶち殺すが。
霧島姉妹の片割れ――――――おそらく妹の美緒だ――――――に向かって7.62mm弾を放ちながら、不意打ちではなく真正面からの攻撃を無意識のうちに選んでしまった事を後悔する。
真っ向から攻撃するという選択肢を選ぶことが許されるのは、相手の転生者のレベルが自分以下か、自分たちがかなり優勢な状態のみである。だが、俺はデータが破損しているせいで初期ステータスのままだ。幸運なことに、相手の防御のステータスを完全に無視できる『問答無用』というスキルが装備されている。なので、転生者にステータスの差があり過ぎるせいで攻撃が全く通用しないという事は有り得ない。
しかし、レベルの高い転生者は脅威でしかない。攻撃は辛うじて通用するが、相手の攻撃を喰らえば簡単に大ダメージを受ける羽目になるし、レベルの高い転生者はスピードのステータスもかなり強化されているため、攻撃を簡単に回避されてしまう。
そう、初期ステータスのままである上に辛うじて攻撃が通用する状態なのだから、対転生者戦闘は不意打ちや暗殺が鉄則なのだ。
激昂してしまったせいで、無意識のうちに真っ向から戦う事を選んでしまった。
ボルトハンドルを引きながら舌打ちをする。
美緒との距離はもう100m程度だ。スピードのステータスは初期ステータスのままだし、フィオナ博士が移植してくれたこの義手と義足は元の手足よりも結構重いから、走る速度は以前よりも間違いなく遅くなっているだろう。
くそったれ、もっとスピードがあればこのまま突っ込もうと思ったのに。
そう思いながら右手をちらりと見て、唇を噛み締める。
”こいつ”を使えば、間違いなく勝負はつく。
オルトバルカ軍のクソ野郎共の砲撃で擱座したルノーFT-17の残骸の影に隠れ、ポーチの中のクリップを引っ張り出す。モシンナガンの中に5発の弾丸を装填してからクリップをポーチに戻し、ボルトハンドルを捻ってから元の位置に戻す。
ボルトハンドルから手を離し、フィオナ博士が移植してくれた義手の手のひらを見下ろす。
以前の腕のように、物を触った感覚や温度すら感じる事ができなくなってしまった鋼鉄の右腕に、穴が開いている。その内部に覗いているのはライフルの銃身の中にあるようなライフリングで、その奥には大口径の銃弾を思わせる金属製の物体が眠っている。
こいつが、フィオナ博士が義手の中に搭載してくれた切り札だ。
これを使えば、仮に相手がステータスやレベルがとっくにカンストしているような転生者だろうと、命中さえすれば一撃でぶち殺すことができる強力な代物である。しかし、射程距離が短すぎる上にリスクが大きいという欠点がある。
真っ向から美緒と戦う事になってしまった以上、こいつを使うしかない。とはいっても、美緒は生け捕りにする必要があるから狙いはわざと外すが。
博士には「できるならば使わないでください」と言われているが、今回は動作確認を兼ねて使わせてもらうとしよう。
その時、戦車の残骸の向こうから金属が溶けるような臭いがした。黄金のスパークが散り、そのスパークが生み出した魔力の残滓―――――魔力の残りカスである―――――が周囲に飛び散る。
「くそ」
美緒が放った魔術なのだろう。
息を吐いてから、戦車の残骸の影から飛び出す。その直後に電撃で形成された無数の棘が飛来し、雪原に猛烈なスパークを生み出した。
姿勢を低くして美緒へと向けて銃撃しつつ、彼女の得物を確認する。どうやら魔術による攻撃に特化したスキルを装備しているらしく、メインアームは魔術師用の杖のようだった。金属で作られた長大な杖で、傍から見ると機関砲の砲身に装飾を取り付けて杖にしたような外見をしている。
腰にはナイフと拳銃らしきものを装備しているが、あれはあくまでもサイドアームなのだろう。
転生者はこの世界の人間ではないため、魔術を使うには体内に魔力を蓄積するためのスキルを装備する必要がある。だが、魔力の量や魔力の圧力は先進国が切り札にする魔術師を凌駕するほど強力になるため、魔術に特化した転生者は極めて驚異的と言わざるを得ない。
「あはははっ、明日花のお兄さん? 生きてたのね?」
ニヤニヤと笑いながら、杖を振るって周囲に無数の魔法陣を展開する美緒。黄金の魔法陣たちが砕け散ったかと思うと、その破片が空中で無数の電撃の剣を形成し、まるで航空機へと向けて放たれる地対空ミサイルのようにこっちへと飛んでくる。
弾速は速いが、避け方は知っている。
俺の頭の中には、家族や仲間のために化け物となった最強の転生者の記憶があるのだから。
前傾姿勢のまま突っ走り、右へと回避すると見せかけて左へジャンプする。右へと回避しようとした俺を追尾した電撃の剣がそのまま雪原へと突っ込んで、スパークと雪を巻き散らす。後続の電撃の剣の下を通過して回避し、モシンナガンを放つ。
他の仲間たちも美緒を攻撃し始めた。生き残っていた分隊支援兵―――――テンプル騎士団では軽機関銃の射手を”分隊支援兵”と呼ぶ―――――がマドセン機関銃で7.62mm弾の弾幕をぶちかまし、他のライフルマンたちも立て続けに弾丸を放つ。シャール2CやルノーFT-17の群れも生き残った敵兵を銃撃しながら美緒に砲撃するが、テンプル騎士団の集中砲火を叩き込まれる羽目になった美緒は微動だにしない。
美緒へと向けて放たれた銃弾や砲弾が、空中に展開した魔法陣に次々に弾き飛ばされていく。歩兵の肉体を貫くライフル弾や、戦車の装甲を撃ち抜く徹甲弾が、まるで分厚い装甲に命中して跳弾しているかのように、甲高い金属音とスパークを撒き散らしながら次々に弾かれていく。
「あはははっ、無駄よ! そんな攻撃が利くわけないじゃない、蛮族共!!」
「舐めるなよ、転生者!!」
刀を構えながら美緒に肉薄していくセシリア。銃撃や砲撃が全て弾かれてしまうからこそ、最も得意な白兵戦を挑むつもりなのだろう。
美緒は大笑いしながらセシリアにも電撃の剣を放ち始めた。複雑な模様が描かれた無数の魔法陣たちが砕け散り、電撃で形成された無数のロングソードたちが空中で産声をあげる。刀身に黄金のスパークを纏いながら浮遊する剣たちは、まるで戦車や戦艦の砲塔が旋回するかのようにゆっくりとセシリアの方を向くと、纏っていたスパークを置き去りにしてセシリアに突撃を始める。
電撃の剣を回避しながら美緒に肉薄するセシリア。日本刀の柄を白い両手で握りながら振り下ろすが、彼女が持っている刀は何の前触れもなく黄金の魔法陣に弾き飛ばされてしまう。バチン、と甲高い音を響かせると同時に刀もろともセシリアが吹き飛び、雪原へと叩きつけられた。
「ボス!」
「ふふっ、やっぱり私だけで皆殺しにできそうね」
セシリアはあれくらいで死ぬことはない。
しかし――――――忠誠を誓っているボスを痛めつけるとはな。
明日花を虐げた憎しみに、今しがた生まれた憎しみも追加しておくことにしよう。
モシンナガンを投げ捨て、右手を覆っているコートの袖を捲る。純白の雪原のど真ん中で、漆黒に塗装された金属製の義手があらわになった。
以前の腕と比べると、この義手は鉄板を何枚も右腕に括りつけられているかのような重さである。なので、いつも以上に左半身に力を入れておかなければ、右側へとよろめいて壁に頭を打ち据える羽目になってしまうのだ。
肘に装着されているボタンを押すと、耳の中に甲高い声が響いた。
《リミッターの解除を確認しました。小型フィオナ機関、魔力加圧限界値の制限を解除します》
この甲高い声は、俺の耳にしか聞こえていない。
ライフルを投げ捨てたのを見て丸腰で戦いを挑むつもりだと思ったのか、美緒が大笑いしながら魔術を連射し始める。先ほどよりも大きな魔法陣が空中に浮かび上がり、ぐるぐると回転する無数の複雑な記号から、まるでガトリングガンのように無数の炎の弾丸が放たれ始める。
残念ながら、丸腰ではない。
準備してるんだよ。
クソ野郎を消し去るための切り札を………!
《魔圧、魔力加圧限界値を突破。フィオナ機関、暴走を開始》
電子音にも似た警報が聞こえたかと思うと、漆黒の義手の一部が、まるで溶鉱炉の中で溶け始めた金属のように紅く染まり始める。フィオナ博士が搭載してくれたフィオナ機関が暴走を開始したことで、蓄積されている魔力が暴発寸前まで加圧されているのだ。
真冬の雪国のど真ん中で戦っているというのに、義手の周囲にだけ陽炎が生まれる。
《魔力の準備が完了しました。偽装解除のため、爆発ボルトを使用します。危険ですので右腕を胴体から離してください》
義手に爆発ボルトを搭載するのも十分危険だと思うんだがな、と思いつつ、音声の指示通りに右手を目の前に突き出した。
次の瞬間、義手のフレームや指を固定していた小型の爆発ボルトが一斉に小さな爆発を起こし、義手の部品を次々に引き千切り始めた。義手を覆っている金属製のフレームだけでなく、ナイフや銃を握るための必需品である指まで吹き飛び、義手が残骸と化していく。
魔術が命中して右腕が壊れたと勘違いした美緒がニヤリと笑うが――――――冷たい風が爆風を吹き飛ばしたことによってあらわになった得物を見た途端に、彼女は凍り付く羽目になった。
「な、何よ、それ………」
黒煙の中から姿を現したのは―――――――装填装置と短い砲身から突き出た、金属製の”杭”であった。
これが、フィオナ博士が用意してくれた対転生者用の切り札である、13mm魔力強制暴発式対転生者パイルバンカー『煉獄の鉄杭』だ。
この世界大戦が始まる前から、フィオナ博士は対戦車用の兵器をこの世界の技術のみで開発しようとしていた。最終的に、彼女はフィオナ機関の意図的な暴走による超高圧魔力の生成を利用し、至近距離で敵に大口径の杭をぶちかます対戦車兵器を制作した。
しかし、命中させるためには戦車に肉薄しなければならない事と、反動が強烈すぎるせいで試験を行った兵士が右肩を粉砕骨折してしまったため、この対戦車兵器は開発中止となった。
この切り札は、その対戦車兵器を対転生者用に改造し、義手の中に内蔵した代物だ。
そう、機密書類をわざわざ室内で火炎放射器を使って処分するようなあのフィオナ博士が、開発を中止してしまうような代物なのである。
射程距離はたった30cmのみである上に、使用する前には爆発ボルトで義手の部品を吹っ飛ばさなければならない。しかも、使用した兵士の肩を粉砕骨折させてしまうほどの強烈な反動は全く改善されていないらしいので、発射すると同時に肘の部分からバックブラストを噴射する必要があるのだが、そのバックブラストで義手が確実に破損してしまう。
杭を包んでいる短い砲身の中にはライフリングがあるものの、強烈な魔力で発射される杭が強引にそのライフリングを抉りながらぶっ放されるため、こいつをぶちかましたら義手を交換する必要があるという大きな欠点がある。
しかし―――――装填されている杭には、特殊な機能がある。
この杭には”賢者の石”と呼ばれる鉱石を粉砕した粉末が含まれており、その粉末が蓄積している魔力が、杭が直撃した対象の魔力や物質を解析し、その対象が苦手とする魔力を放出しながら強引に原子を切断することで、極めて高い防御力を誇る敵ですら一撃で貫通してしまう。
要するに、この杭は『あらゆる防御という概念を無視し、一撃で敵を殺す』事ができる兵器というわけだ。
仮に魔力で分厚い防壁を形成したとしても、その魔力を解析して苦手とする魔力を纏いながら貫通するので、装甲ではなく魔力で防御しようとしても無意味なのである。しかも吸血鬼のような再生能力を持つ敵でも、細胞の再生を阻害する属性の魔力を纏いながら攻撃するため、再生能力を無視して一撃で殺すことが可能なのである。
そう、義手が吹っ飛ぶ代わりに敵を一撃で殺す事ができる切り札なのだ。
目を見開きながら無数の炎の弾丸をこっちに放ち始める美緒。だが、焦っているせいなのか、魔術の命中精度はそれほど高くはなかった。ガトリングガンから放たれる弾丸のように、炎の弾丸が次々に雪原を直撃して、大地を覆っている雪の一部をあっという間に溶かしていく。
炎の弾丸を置き去りにしながら肉薄する。数発の炎の弾丸が左肩を掠め、一瞬だけ肉が焼ける臭いがした。
俺の肉を焼きたいのであれば焼けばいい。
この一撃が命中すれば、お前は木端微塵になるのだから。
「な、な、なによ………そんな杭なんかで、私の防壁を貫けるわけがないじゃない!」
《バックブラスト、点火のカウントダウンを開始します。後方に友軍がいないか確認してください》
周囲に味方はいない。先ほどまで砲撃や弾幕で美緒を攻撃していたテンプル騎士団の兵士たちは、俺が彼女に肉薄しているのを確認して攻撃を中止していた。攻撃を続行すれば、俺を巻き込んでしまうからである。
美緒に向かって突っ走りながら、ちらりとセシリアやウラルの方を見た。彼女たちは息を呑む兵士たちと共に、討ち取って見せろ、と言わんばかりにこっちを見つめている。
ああ、期待に応えてやるよ、ボス。
《10、9、8、7、6、5、4、3、2、1―――――――》
煉獄の鉄杭をぶっ放す前に、怯えながら魔術を放とうとしている美緒に向かって微笑んだ。
ぶっ殺しにきたよ、と。
「ひっ――――――――」
怯えている彼女に向かって、容赦なく杭を突き出す。次の瞬間、肘の部分の部品が内部で暴発した魔力によって吹き飛び、まるでジェットエンジンのようなバックブラストが噴射される。ちょっとした火柱が放出されると同時に、短い砲身に包まれていた杭が火花と共に躍り出て、華奢な美緒を守るために展開された魔力の防壁に激突した。
杭は一瞬だけ防壁に弾かれそうになったが――――――杭に含まれている賢者の石の魔力が早くも防壁の属性とは真逆の属性に変化したらしく、黄金の魔法陣で形成された防壁があっさりと砕け散った。
リョナシーンは多分次回かその次の話になると思います。




