ボロボロの端末と無用の長物
キャメロットと全く同じ形状の甲板の上に、2基の巨大な4連装砲の砲塔が鎮座している。キャメロットの甲板の上で整備していた高角砲や機関砲とは比べ物にならないほど巨大な4連装砲の後方には、キャメロットよりも大型化された艦橋が屹立していた。その艦橋の周囲に搭載されているのは副砲の砲塔の群れだろう。この主砲と副砲が一斉に火を噴いたら、沿岸部にある敵の拠点はあっという間に火の海と化すに違いない。
戦艦ジャック・ド・モレーは、キャメロットの原型となったジャック・ド・モレー級戦艦の一番艦だ。テンプル騎士団海軍が創設された頃から運用されている超弩級戦艦であり、100年以上も艦隊の先陣を切って戦い続けている最強の女傑だという。
強力な武装が搭載されているジャック・ド・モレーの甲板の上を見渡しながら、セシリアと一緒に艦橋へと伸びているタラップを駆け上がる。ジャック・ド・モレーの後方には2隻の同型艦と、かつてソビエト連邦が第二次世界大戦中に建造していた『ソビエツキー・ソユーズ級戦艦』が4隻も単縦陣を形成したまま航行しているのが見える。
ソ連の戦艦の群れ―――――ジャック・ド・モレー級戦艦のベースになっているのもソ連の24号計画艦だという―――――の後方で輪形陣を展開しているのは、同じくソ連製の『スターリングラード級重巡洋艦』と、『レニングラード級駆逐艦』たちだった。
先進国の主力艦隊を蹂躙できるほどの戦力と言っても過言ではないだろう。
テンプル騎士団は壊滅状態となっているが、海軍はタンプル搭が陥落した際に即座に脱出する事ができたおかげで、陸軍や空軍のように戦力の大半を失う羽目にならずに済んだのである。なので、現在のテンプル騎士団で最も戦力を温存する事ができているのは海軍である。
逆に、最も壊滅的な被害を被ったのは虎の子の戦闘機もろとも飛行場を失った空軍だ。
「お疲れ様であります、同志団長」
「ご苦労、同志」
艦橋の近くで出迎えてくれたホムンクルスの兵士に敬礼してから、セシリアと一緒に艦橋の中へと足を踏み入れる。
当たり前の話だが、テンプル騎士団艦隊の総旗艦であるジャック・ド・モレーの艦橋の内部は他の同型艦よりもはるかに広かった。艦艇の内部と言うよりは司令部の内部のようになっており、年老いた乗組員やホムンクルスの乗組員たちが目の前に投影されている魔法陣をタッチして、艦橋の奥にいる艦長らしきダークエルフの男性に報告している。
セシリアは「こっちだ」と言うと、奥で乗組員たちから報告を受けているダークエルフの男性の方へと歩き始めた。
「助かったよ、ハサン艦長」
「ご無事で何よりです、同志団長」
ダークエルフの艦長はそう言いながら敬礼すると、ちらりと俺の方を見てから軍帽をかぶり直す。彼が身に纏っている制服は、テンプル騎士団海軍で採用されている黒と蒼の制服だ。よく見ると腰にはテンプル騎士団で支給されているナイフではなく、U字型の鞘に収まった”ジャンビーヤ”と呼ばれるナイフを下げているのが分かる。
クレイデリアの部族出身なのだろうか。
かつてテンプル騎士団の本拠地であるタンプル搭があったクレイデリア連邦は、様々な種族や部族の人々が共存していた多民族国家だったという。だから、クレイデリアの部族から志願した兵士たちや、元々は奴隷として売られていた兵士がテンプル騎士団に志願するのは珍しくなかったらしい。
「彼が噂の暗殺者ですかな?」
「うむ、初陣で転生者を討ち取った男だ」
「ほう、いきなり転生者を討ち取るとは………これなら我が軍の戦力も向上しますな」
ハサン艦長が嬉しそうにそう言っていると、反対側の扉の近くで警備していたホムンクルスの兵士が、唐突に開いた扉の向こうに向かって敬礼をしたのが見えた。上官が艦橋へと上がってきたのだろうと思いながら彼女を見つめていると、そのホムンクルスの兵士は「提督、同志団長がお待ちかねです」と報告してから、扉の向こうから姿を現した初老のハーフエルフをセシリアの側へと案内する。
身に纏っているのは、ハサン艦長とほぼ同じデザインの黒い制服だった。けれども、よく見ると蒼い模様や肩に取り付けられているワッペンのエンブレムのデザインが違う。
きっと、彼が身に纏っているのはテンプル騎士団が昔に採用していた制服なのだろう。
「最大戦速で急いだおかげで何とか間に合いました」
「助かったよ、ヴィンスキー提督」
ヴィンスキー提督も嬉しそうに微笑むと、団長の隣に立っている俺をちらりと見た。しかし、二等兵が団長と一緒にジャック・ド・モレーの艦橋に上がっている理由を理解したらしく、頷いてから再びセシリアの目を見つめる。
セルゲイ・ヴィンスキー提督は、テンプル騎士団海軍の名将と言われている。テンプル騎士団海軍が創設された際に艦隊の指揮を執っていた『イワン・ブルシーロフ提督』と共に様々な激戦を経験してきたベテランの将校であり、何度かジャック・ド・モレーの艦長を担当した事があるという。
本来ならば退役している筈だったらしいが、テンプル騎士団本部が壊滅して大打撃を被ったことで人材不足となったため、退役する手続きをしていたヴィンスキー提督も復帰して艦隊の指揮を執ることになったらしい。
大規模な艦隊を温存しているとはいえ、弱体化したテンプル騎士団海軍を指揮して帝国軍に煮え湯を飲ませ続ける事ができているのは、彼が優秀な提督だからだろう。
「彼がお気に入りの部下ですかな?」
「ああ」
「ふむ………では、東部戦線でも頑張ってもらうとしよう」
「はっ。全力で戦います」
俺が戦うのは報復のためだ。
最愛の妹だった明日花を犯した挙句惨殺したクソ野郎共を見つけ出し、1人残らず惨殺して地獄に落とすのが、俺の戦う目的。祖国のためなどではない。唯一の家族を殺した連中を全員ぶち殺すためだ。
クソ野郎共を全員討ち取らなければ、希望を踏み躙られ、絶望して死んだ明日花は絶対に安堵してくれない。
そう、天城たちに復讐を果たすまで死ぬことは許されないのだ。
だから全身全霊で報復するために戦う。弾丸で撃ち抜かれても、剣で貫かれても戦い続ける。報復を果たす事ができるというのであれば、相討ちになって死んでも構わない。
「予定通りにオルトバルカに到着できそうだな」
「ええ」
首を縦に振ったヴィンスキー提督は、近くにいるホムンクルスの乗組員に合図する。首を縦に振ったホムンクルスの女性の乗組員は目の前にある魔法陣の記号を素早くタッチすると、艦橋の壁面に巨大な蒼い立体映像を出現させた。
蒼い光の群れがあっという間に絡みつき合い、蒼い地図を形成する。おそらくキャメロットの会議室にあった立体映像を投影する装置と同じものなのだろう。
「我々はオルトバルカ東部の旧ラトーニウス領から上陸し、北西部のヴァルツ帝国との国境付近で戦闘中の連合王国軍と我が騎士団の遠征軍を支援する。艦隊はヴァルツ艦隊が沿岸へと接近してこないように海域へと展開しつつ、地上部隊を艦砲射撃で支援してほしい」
「お任せください、同志団長。国境付近の平原でしたら主砲の射程距離内です」
にやりと笑いながら、ヴィンスキー提督はセシリアの方を見た。先ほどまでは笑みを浮かべていたせいで温和な提督だと思っていたが、今しがた提督が浮かべた笑みは、数多の戦場を経験してきた名将だからこそ浮かべる事ができる笑みである。
主力打撃艦隊と合流したのは、潜水艦や帝国軍の戦艦が居座る海域を突破するためだけではない。巡洋艦よりもはるかに大口径の強力な主砲を持つ戦艦の強みをフル活用するために、彼女は虎の子の主力打撃艦隊をこの戦闘へと投入する事にしたのだ。
戦艦の主砲から発射される榴弾の破壊力は、陸軍の砲兵隊が運用する榴弾砲とはわけが違う。口径が大きいおかげで敵兵の群れを容易く蹂躙できるし、射程距離も砲兵隊の榴弾砲とは比べ物にならないほど長い。
仮に主砲の射程距離外だとしても、ナタリア・ブラスベルグから艦載機を出撃させれば空爆で地上部隊を支援する事ができるというわけだ。しかも、既に東部戦線でヴァルツ軍と戦っている部隊は、テンプル騎士団陸軍の中でも錬度が高いと言われている第1、第2、第3遠征軍だという。
はっきり言うと、オルトバルカ軍は不要だ。
「それに、陸上への艦砲射撃はこの艦の独壇場です」
そう、ジャック・ド・モレー級戦艦が最も得意とするのは、敵艦と砲撃戦を繰り広げることではなく、合計で16門も搭載された40cm砲を沿岸部の敵の拠点へとこれでもかというほど叩き込む事である。
信じられない話だが、むしろ敵戦艦との砲撃戦は二の次にされているのだという。大口径の主砲を搭載して敵戦艦を一撃で轟沈させるのではなく、ある程度口径の大きな主砲をたっぷりと搭載して沿岸部をひたすら砲撃し、敵の拠点を火の海にするのがジャック・ド・モレー級戦艦の目的なのだ。
地上の敵を攻撃するのであれば、敵戦艦を砲撃する時のように貫通力や口径をそれほど重視する必要はない。むしろ、ある程度口径の大きな主砲を大量に搭載して砲弾を撃ちまくれば、通常の戦艦よりも短時間で沿岸部の拠点を火の海にして制圧する事ができる。
しかも、非常に装甲が分厚い艦であるため、仮に敵の拠点の要塞砲で反撃されたとしても簡単に撃沈することは不可能だ。
敵艦との砲撃戦を二の次にしている戦艦だが、この大量の主砲の攻撃範囲と連射速度は対艦戦闘でも猛威を振るう事になるだろう。敵艦隊との砲撃戦では、敵艦隊の艦列の周囲は巨大な水柱で埋め尽くされることになるのだから。
「そういえば、連合王国は新兵器を投入するそうですな」
立体映像を見つめながらハサン艦長が言うと、セシリアは首を縦に振った。
「うむ。どうやら、その新兵器の情報は同盟国どころか自分たちの軍にすら開示していないらしい」
だが、どのような兵器を投入するのかは予想がついてるよ、セシリア。
塹壕を突破するための新兵器は――――――きっと”あの兵器”だ。
「端末のアップデート?」
「ええ」
作業台の上に置かれているボロボロの端末を見下ろしながら微笑んだフィオナ博士は、すぐ近くにある引き出しの中から傷だらけの端末を取り出した。あれは俺の端末ではない。おそらく、持ち主が”戦死”した事によって完全に機能を停止してしまった転生者の端末なのだろう。
端末の鹵獲を防ぐための措置なのか、転生者が与えられる端末は、持ち主が戦死すると完全に機能を停止してしまう。その端末で生産した能力や装備も全て消滅してしまうため、この世界には存在しない技術を異世界人たちに鹵獲され、解析される恐れはないというわけだ。
だから、転生者を殺して端末を奪い取ったとしても無用の長物でしかないのである。
その機能を停止した”無用の長物”へと手を伸ばし、傍らに置いてある工具で端末の分解を始める博士。カバーを取り外して内部の回路を切断し、中に入っている部品をそっと作業台の上に並べていく。
「この部品を使って、あなたの端末をアップデートしようと思うのです」
「使えるのか?」
「ええ。端末そのものは機能を停止していますが、転生者が生産した兵器を記録しているパーツの一部は流用できます。これで端末の性能を向上させつつ、破損したデータの修復を速める事ができるようになりますよ」
作業台の上に置かれているあの端末は、前の持ち主が使っていた端末を再起動させたものだ。
前の持ち主は――――――俺と全く同じ名前の転生者である、『速河力也』。
セシリアたちの祖先であり、テンプル騎士団を設立するきっかけを生み出した男。
彼の端末のデータを、他人の端末のパーツを流用して修復するという事である。つまり、敵の転生者をどんどん殺して端末を鹵獲するほど、アサルトライフルやミサイルなどの最新兵器を生産できるようになっていくという事だ。
「素晴らしい」
「そうでしょう? というわけで、転生者をぶっ殺したら端末も奪ってきてくださいね♪」
転生者はぶち殺す予定だ。しかも復讐を果たせば果たすほど、あの端末はどんどん強化されていく。
ニヤリと笑いながら、勇者に切り落とされてしまった腕の代わりに肩から伸びる右腕を見下ろす。強くなれば復讐の難易度は下がるし、格上の敵ですら蹂躙する事ができるようになるはずだ。
復讐を果たせば毎晩牙を剥く忌々しい幻肢痛も消えるだろうし、あの世にいる明日花も安心してくれるだろう。
大喜びで転生者の骨を粉砕し、肉を貫き、内臓を踏み躙るとしよう。
「では、この端末は預かっておきます。東部戦線に到着する前には作業は終わると思いますが、事前にテストをしておいた方がいいかもしれませんね」
「ああ」
端末が動作不良を起こしたら復讐が果たせなくなるからな。
最悪の場合はぶっ殺した敵兵から装備を奪って戦闘を継続するつもりだが、端末が動かなくなれば復讐の難易度は飛躍的に上がるし、仲間達にも武器を支給できなくなってしまう。
あの端末は、テンプル騎士団の武器庫なのだ。
「ここにいたのか、力也」
分解した端末の部品を俺の端末へと装着していく博士を見守っていると、研究室のドアが唐突に開き、セシリアが中へと入ってきた。もう旧ラトーニウス領に辿り着いたのだろうかと思いつつ時計を見上げたが、上陸開始はあと5時間後の筈だ。訓練か食事に誘いに来たのだろうと思いながら彼女の方を振り向いた俺は、その予測が外れていることを悟った。
手にしていた書類をこっちに手渡すセシリア。書類にはオルトバルカ語の文字だけでなく、東部戦線で戦闘を繰り広げることになる戦場の地図も描かれているようだった。二枚目の書類には敵の予測戦力と、連合王国軍も含めた敵との戦力差が記載されている。
戦力差は7対5だ。物量ではこっちが優勢らしいが、ヴァルツ軍の塹壕はかなり分厚いようだ。もう少し戦力を用意するべきではないのだろうか。
そう思いながら一番下に記載されている情報を見た途端、あの忌々しい強制収容所で味わった屈辱と憤怒が心の中で肥大化を始めた。
《敵部隊の指揮官は双子の転生者の模様》
双子の転生者。
前世の世界で明日花を虐めた挙句、強制収容所でも彼女を痛めつけたクソ野郎共。
あいつらではないのだろうか。
「ボス、敵の指揮官の情報は?」
「今シュタージが調べている」
「分かり次第俺に知らせてくれ。復讐しなければならない相手かもしれん」
「………いいだろう」
腕を組みながら、セシリアは首を縦に振った。
彼女は他人の報復を咎めない。報復は間違った事だと止めないのは、彼女自身も強烈な復讐心を抱いているからだ。大切なものを失って絶望する本当の苦しみを理解しているからこそ、復讐を肯定する。何も知らないくせに復讐を咎めようとする偽善者などではない。
そういう偽善者を見ると、そいつらの大切なものを奪って苦しませたり、ぶち殺したくなる。
最高の上司だよ、彼女は。
「私も復讐のために戦っている。だから、同志の報復は一切咎めん」
そう言いながら真っ白な手を肩に置くセシリア。部下の報復を肯定した彼女は、虚ろな目で俺の顔を見つめながら告げた。
「だから、これ以上ないほど無残に惨殺してみせろ」




