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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第四章 ラトーニウス海突破作戦
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ヴァルツ帝国海軍の追撃


「艦長、”UR-763”から入電です」


 ヴァルツ帝国海軍の戦艦『アレンバウゲン』の艦橋で海原を眺めながらコーヒーを飲んでいた艦長は、報告してきた乗組員の方を振り向きながら、傍らに立っている乗組員の持つトレイの上にそっとコーヒーのカップを置いた。


 戦艦アレンバウゲンは、ヴァルツ帝国が世界大戦勃発前に建造した旧式の『ゲレントフ級戦艦』のうちの1隻である。全長は170m程度であり、前部甲板に2基の28cm連装砲を搭載しており、艦橋の後部から屹立する2本の太い煙突の後方には、1基の28cm連装砲を搭載している。船体の側面には大昔の帆船のように大量の副砲を搭載しており、艦橋の周囲には陸軍が採用している重機関銃を6丁ほど束ねた対空機銃をこれでもかというほど搭載している。


 攻撃力と速度を重視した艦であるため、他の戦艦と比べるとそれほど装甲は厚くない。最高速度は19ノットであり、ヴァルツ帝国海軍が保有する旧式の艦艇の中では最も機動力が高いと言えるだろう。


 アレンバウゲンの後方で待機している2隻の戦艦は、アレンバウゲンよりも旧式の戦艦であった。


 彼らに与えられた任務は、オルトバルカ連合王国の領海であるラトーニウス海に居座り、潜水艦と共同で輸送船や敵艦を襲撃することである。ラトーニウス海に大量の潜水艦を投入したことにより、極めて大規模な艦隊を保有するオルトバルカ海軍ですら、艦隊を出撃させて帝国軍の艦隊を迎撃することができなくなっていたのだ。


 敵艦隊が出撃できなくなっている間に、輸送船や救援にやってきた艦隊を次々に攻撃し、連合王国を疲弊させるのが目的である。


 このような作戦が実行された理由は、オルトバルカ連合王国内部で革命が勃発する可能性が高くなりつつあることだった。国内では国民へと支給される食料の量が急激に減少しつつあり、裕福な暮らしを維持しているのは貴族だけだと言われている。そのため、農民や労働者が貴族と王室に反旗を翻す準備を始めているという。


 このまま疲弊させれば、オルトバルカ国内で革命が勃発し、最強の大国と言われている連合王国は革命を鎮圧しなければならなくなる。東部戦線に立ちはだかる列強国が戦争を止めれば、ヴァルツ軍の攻撃目標は西部戦線の列強国のみとなるというわけだ。


 潜水艦からの入電の内容は”獲物”の事だろうと思いつつ、アレンバウゲンの艦長は「よし、読んでくれ」と言った。


「はっ! 『ラトーニウス海北西部より、”駆逐艦4隻”、”ジャック・ド・モレー級重戦艦2隻”で構成されたテンプル騎士団の艦隊が接近中。至急迎撃されたし』とのことです!」


 乗組員が報告した直後、艦橋の乗組員たちがざわついた。


 ジャック・ド・モレー級戦艦は、テンプル騎士団以外の勢力でも有名な最強の戦艦である。あらゆる戦争で主力艦隊の先陣を切り、大艦隊を引き連れてあらゆる敵艦隊を打ち破ってきた最強の女傑である。テンプル騎士団では未だに複数の同型艦を運用し続けており、帝国軍の艦隊は大損害を被り続けていた。


「重戦艦が2隻も………?」


 ヴァルツ帝国軍では、戦艦を2種類に分類している。速度を重視した戦艦を『軽戦艦』と呼び、攻撃力や防御力を重視した戦艦を『重戦艦』と呼んでいるのだ。


 ジャック・ド・モレー級戦艦は速度も重視された戦艦だが、この世界の戦艦が搭載している主砲よりもはるかに強力な4連装40cm砲を搭載している上に、虎の子の戦艦の主砲すら簡単に弾いてしまう装甲を併せ持っているため、帝国軍では重戦艦に分類していた。


「ですが、報告ではどちらも主砲らしき物は搭載していなかった模様です。おそらく準同型艦と思われます」


「では、砲撃戦ではこちらが有利だな」


 ジャック・ド・モレー級戦艦の主砲が直撃すれば、ヴァルツ帝国軍の新型の戦艦でも一撃で轟沈する羽目になる。しかし、凄まじい破壊力を誇る主砲を搭載していないのであれば、今まで何隻も帝国軍の艦隊を蹂躙してきたジャック・ド・モレー級戦艦のような脅威ではない。


 艦隊を4隻の駆逐艦が護衛しているが、駆逐艦の主砲では戦艦にダメージを与えることはできないだろう。真っ先にこの4隻の駆逐艦を砲撃して真っ二つにしてやれば、チェックメイトは確定だろう。


「よし、これよりテンプル騎士団艦隊の撃滅に向かう。全艦、最大戦速」


「了解、全艦最大戦速。砲撃戦用意」


「UR-763とUR-720にも敵艦隊を追尾するよう通達せよ。潜水艦と戦艦で敵艦隊を挟撃する」


「了解!」


 主砲を搭載していないとはいえ、テンプル騎士団海軍が保有する虎の子のジャック・ド・モレー級戦艦を撃沈することに成功すれば、テンプル騎士団は大損害を被ることになるだろう。仮にアレンバウゲンの主砲で敵艦を撃沈する事ができなかったとしても、潜水艦の魚雷を叩き込めば撃沈することはできる筈である。


 だからこそ、艦長は潜水艦と挟撃することを選んだのだ。


 艦橋にある椅子に腰を下ろした艦長は、トレイの上に置いてあるコーヒーカップを手に取ると、残っていた中身を全て飲み干した。











 キャメロットの艦橋へと続くタラップを上っていると、艦橋の上をナタリア・ブラスベルグから出撃した蒼いソッピース・キャメルたちが通過していった。タラップを上りながらちらりと後ろを振り向くと、キャメロットと全く同じ船体の上に、飛行甲板と艦橋を搭載したような形状の空母のスキージャンプ甲板から次のソッピース・キャメルが飛び立ち、キャメロットの甲板で手を振る乗組員たちに向かって手を振りながら、海原の向こうへと飛んで行く。


 偵察のために出撃させたのだろう。


 現時点では、まだレーダーは生産できない。普通の転生者であればレベルを上げていけばレーダーを生産できるようになるのだろうが、残念なことに俺はデータが破損しているせいでレベルが上がらないため、フィオナ博士にデータをとっとと修復してもらうか、彼女が端末を改造して用意した”サブミッション”をクリアする必要がある。とはいっても、レーダーをアンロックするためのサブミッションがまだ見当たらないので、博士に端末を”アップデート”してもらう必要があるのかもしれない。


 レーダーで索敵ができない以上、偵察機を出撃させて敵艦隊がいないか偵察させる必要がある。しかも、現時点では無線機もまだ生産できていないため、偵察機のパイロットは敵艦隊を発見したらわざわざ母艦まで戻り、敵艦隊の位置を艦橋にいる艦長たちに報告しなければならないのだ。


 早く無線を生産できるようになりたいところである。


 溜息をついてから、再びタラップを駆け上がる。この義足は勇者のクソ野郎に切り落とされてしまった以前の足と比べると結構重い。しかも、テンプル騎士団陸軍に支給されているがっちりしたブーツを履いているにも関わらず、この金属製の義足のせいで俺の足音は独特な足音がしてしまうのだ。特にタラップを駆け上がっている時や金属製の床の上を歩いている時は、人間の足音よりも金属音に近い音がする。


 タラップを上がり、艦橋の近くで双眼鏡を覗き込んでいた乗組員に敬礼する。彼は首を縦に振ると、「同志団長がお待ちかねだ」と言いながら扉を開けてくれた。


 セシリアにキャメロットの艦内をある程度は案内してもらったが、案内してもらったのは艦内の居住区や訓練区画などであり、機関室や艦橋にはまだ来たことがない。


 キャメロットの艦橋は思ったよりも広かった。分厚そうな装甲で覆われた艦橋の内部は、もう少し天井が高ければバレーボールを始められそうなほどのスペースがある。前世の世界で活躍していた戦艦の艦橋と同じように、乗組員たちの周囲には様々な機器や伝声管が用意されているみたいだけど、中には空中に浮遊している魔法陣を指でタッチして何かを操作している乗組員も見受けられる。


 あれは異世界の技術なのだろうと思いつつ、敬礼をしてから艦橋へと足を踏み入れる。広い艦橋の中央には艦長のための座席と思われる場所があり、その近くに蒼い軍帽と軍服に身を包んだ蒼い髪のホムンクルスと、黒い軍服に身を包んだセシリアが経っているのが見えた。


「おお、力也」


「呼んだか、ボス」


「うむ。お前にはまだこの艦橋を案内していなかったし、話もしたかったからな」


 嬉しそうにセシリアがそう言うと、傍らにいたホムンクルスの少女が俺の顔を見つめながら首を傾げた。年齢はジェイコブたちと同じくらいだとは思うが、彼女は髪の長さがセミロングくらいになっているし、瞳の色は桜色なので他のホムンクルスとは簡単に見分けられそうだ。


「彼が団長直属の暗殺者アサシンですか」


「ああ、優秀な男だぞ?」


「初めまして。私はこのキャメロットの艦長を務めている『アンジェリカ』大佐よ」


 俺は目を丸くする羽目になった。


 現在のテンプル騎士団に所属する兵士の80%はホムンクルスだと言われている。ホムンクルスはオリジナルの細胞さえあればいくらでも生産できるので、普通の兵士たちと比べると簡単に”補充”できるのだ。


 そのため、ホムンクルスの兵士のみで構成された部隊や、乗組員が全てホムンクルスだけで構成された艦も珍しくないという。


 でも、キャメロットの艦長もホムンクルスが担当しているのは予想外だった。


 ちなみに、ホムンクルスたちにファミリーネームという概念は存在しない。彼女たちはオリジナルとなったタクヤ・ハヤカワの細胞をベースにして調整を施した状態で生まれてくるため、そもそも”親”という概念が存在しないためだ。そう、彼女たちは母親とへその緒でつながった状態で生まれてくるのではなく、ガラス製の柱の中でへその緒の代わりにケーブルと繋がった状態で生まれるのだ。


「失礼しました。速河力也二等兵であります」


 陸軍に所属しているジェイコブは俺よりも上官だが、敬語は使わなくてもいいと言っていた。けれども海軍ではしっかりと敬語を使って話をしているので、規則が甘いのは陸軍だけかもしれない。


「ウェーダンでは転生者を単独で討ち取ったそうね」


「あれは団長や第6遠征軍の同志たちが敵を食い止めてくれていたからこそあげられた戦果であります」


「あら、謙虚な人なのね」


 そう言いながら微笑んだアンジェリカ大佐は、目の前に浮遊していた魔法陣をタッチした。表面に現れた複雑な記号を立て続けにタッチすると、艦橋の正面に大きめの魔法陣が姿を現し、中央部にオルトバルカ連合王国やラトーニウス海が映った地図が映し出される。


「現在、ジャック・ド・モレー率いる主力艦隊もラトーニウス海に突入したそうよ。あと2時間くらいで合流できるわ」


「合流できれば敵の潜水艦も攻撃できなくなるだろう」


 主力艦隊には、30隻のレニングラード級駆逐艦が配備されている。もし大量の駆逐艦を引き連れた艦隊に向かって魚雷をぶっ放したら、多少は損害を与えられるだろうが、すぐに駆逐艦の爆雷をこれでもかというほど叩き込まれて海の藻屑と化す羽目になるのは想像に難くない。


 駆逐艦『バクー』からの報告では、先ほどキャメロットに魚雷で攻撃してきた潜水艦の撃沈には成功した――――――海面に敵艦の魔力が漏れてきたらしい―――――――らしいが、もし撃沈される前に他の潜水艦にこちらの位置を通達していれば、合流前にまた攻撃を受ける可能性がある。


 敵がまた攻撃してきませんようにと祈りながら、ちらりと艦橋の窓の外を見た。オルトバルカ連合王国に近付いてきたからなのか、少しばかり雪が降り始めている。艦橋の外で見張りをしている乗組員たちも、いつの間にかヘルメットではなく黒いウシャンカをかぶっていた。


 東部戦線は前世の世界で明日花と住んでいた場所よりも寒いに違いない。


 艦橋の外から、飛行機のエンジンの音が響いてくる。先ほどナタリア・ブラスベルグから飛び立った偵察機がもう戻ってきたらしい。蒼く塗装されたソッピース・キャメルは旋回してナタリア・ブラスベルグの後方へと回り込むと、まだこの世界で空母という艦艇すら採用されていないにもかかわらず、スキージャンプ甲板とアングルドデッキを搭載しているナタリア・ブラスベルグの飛行甲板へと着艦した。


 何かを見つけたのだろうかと思いながらちらりとセシリアの方を見ると、彼女は腕を組んだまま目を細めた。


 ナタリア・ブラスベルグは空母だが、艦橋の前後に2基ずつ20cm連装砲を搭載している。とはいっても、あくまでもその主砲は対空戦闘用か沿岸部への艦砲射撃用らしく、敵艦への砲撃はあまり想定していないという。


 キャメロットにはある程度は武装が搭載されているものの、対艦戦闘に投入できる武装は艦首に4門搭載されている533mm魚雷発射管のみであり、対潜戦闘に投入できる武装は殆ど搭載されていない。もし敵艦がまた襲撃して来たら、敵からの攻撃を回避しながら逃げるしかないのである。


「艦長、ナタリア・ブラスベルグより入電!」


 やはり、戻ってきた偵察機が敵を発見したらしい。


 アンジェリカ艦長は目を細めながら軍帽をかぶり直すと、報告してきた乗組員の方をちらりと見た。


「偵察機の報告です。『ラトーニウス海南西部ニ、ヴァルツ帝国ノ戦艦3隻見ユ』とのことです」


「戦艦だと?」


「あらあら………連合王国の艦隊は何をやってるのかしら」


 強力な海軍を持っているというのに、Uボートに魚雷で撃沈されるのを恐れて出撃させなかったせいで、自国の領海に敵国の戦艦が堂々と入り込んでくることを許してしまうとはな。


「主力艦隊は?」


「目標の海域へと移動中とのことです。おそらく、合流予定時刻は変わらないかと」


「なら逃げるしかないわね………………全艦、最大戦速」


「了解、全艦最大戦速!」


「念のため、艦首魚雷発射管に魚雷を装填。敵艦が近づいてきたらぶちかますわよ」


「了解! 艦首魚雷発射管、魚雷装填!」


 対空戦闘であれば、機関砲や機銃の撃ち方はさっき乗組員の奴らに教わったから手伝えるが、対艦戦闘は全く手伝えないし、キャメロットは武装を殆ど搭載していないため、敵艦が襲撃して来たら逃げるしかない。


 ナタリア・ブラスベルグの艦載機で敵艦隊を襲撃するという手段もあるが、空中戦艦よりもはるかに装甲の厚い戦艦を撃沈するのは難しいだろう。せめて第二次世界大戦で猛威を振るった爆弾や魚雷などが使えるようになれば容易く撃沈できるようになるはずだが、現時点で使えるのは第一次世界大戦の兵器ばかりである。


 それゆえに、逃げるしかないのだ。


 窓の向こうに広がる海原を睨みつけながら、俺は義手を握り締めた。




どうでもいい設定ですが、こっちの力也さんは山形県出身です。

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