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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第四章 ラトーニウス海突破作戦
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鋼鉄の魔物


「ソナーに感あり」


 キャメロットとナタリア・ブラスベルグを護衛するレニングラード級駆逐艦『バクー』の艦橋にいる乗組員が報告した瞬間、巨大な窓の向こうに広がるラトーニウス海を見渡していた艦長たちが凍り付いた。


 大昔は、このような海原には魔物が生息しているのが当たり前であり、産業革命で武装や技術が発達しても、体当たりで船体を真っ二つにされて撃沈されるのは日常茶飯事であった。しかし、現代ではソナーと爆雷を搭載した駆逐艦たちが、海中の魔物を片っ端から爆雷で粉砕し続けたことによって、海中に生息するリヴァイアサンやクラーケンのような魔物は絶滅したとされている。


 つまり、ソナーにあった反応は魔物などではない。


 血と鉄の力によって生み出された、金属製の怪物。


 懐中から伸ばした潜望鏡で狙いを定め、敵艦へと強烈な魚雷を叩き込み、かつて魔物に撃沈された艦艇のように船体を真っ二つにして轟沈させてしまう恐るべき怪物だ。


「方向は?」


「じゅ、10時の方向!」


 報告したエルフの乗組員は艦長たちに反応のあった場所との距離を報告しようとしたが、その距離を報告するよりも先に、彼は目を見開きながら別の報告をする羽目になった。


「――――――すっ、スクリュー音!! 数、3………いえ………………6! 魚雷ですっ!! 照準はキャメロットの模様!!」


「ただちにキャメロットに通達!」


 潜水艦や駆逐艦が搭載する魚雷は、非常に恐ろしい兵器と言ってもいいだろう。大口径の主砲の砲弾に耐えられるほど分厚い装甲を持つ戦艦でも、たった数発で撃沈できるほどの破壊力を持っているのである。


 キャメロットは、テンプル騎士団海軍が保有する虎の子のジャック・ド・モレー級戦艦を改造した艦である。ジャック・ド・モレー級のように強力な武装は搭載していないものの、分厚い装甲は殆ど取り外されていないため、仮に超弩級戦艦からの砲撃を受けたとしても簡単に撃沈されることはないだろう。しかし、敵の潜水艦から発射された魚雷が直撃すれば、大きなダメージを受けることになるのは想像に難くない。


 実際に、第一次世界大戦の最中に勃発した”ガリポリの戦い”では、イギリス軍の戦艦『ゴライアス』がオスマン帝国軍の駆逐艦からの魚雷攻撃で撃沈されている。


 バクーの艦長は唇を噛み締めながら、艦橋の窓から海面を見下ろした。蒼くて美しい海原の表面を6つの真っ白な線が歪めながら、彼らの乗る駆逐艦の艦首を通過し、輪形陣の中央を航行するキャメロットへと向かっていく。


 既にキャメロットも敵の潜水艦が魚雷を放ったことを察知していたらしく、進路を変更し始めているところだったが、分厚い装甲を搭載している全長304mの巨大な艦がすぐに進路を変更できるわけがない。


 幸い、敵艦の放った魚雷は全弾命中することはなさそうだった。6本の魚雷のうち3本はキャメロットの艦尾や艦首を通過するだろうが、それらの魚雷の内側を進む3本の魚雷は、確実にキャメロットの左舷を直撃するだろう。


 甲板の上にいる乗組員たちが、慌てふためきながら艦内へと退避していく。


 バクーの艦長は拳を握り締めながら、魚雷が不発でありますようにと祈った。











 

 全長304mの船体が、激震する。


 ドン、と戦場で何度も耳にした爆音と、装甲がひしゃげる金属音が混ざり合った轟音が通路の中に響き渡る。反射的に近くにある手すりへと手を伸ばしたおかげで、他の乗組員たちのように通路の壁へと背中や肩を叩きつける羽目にならなかった。


 おそらく、持っている端末の前の持ち主の記憶のおかげに違いない。もし彼の記憶までダウンロードしていなかったら、手を伸ばして手すりに掴まる事ができず、他の乗組員たちと一緒に壁に叩きつけられて呻き声をあげることになっていただろう。


 近くで倒れているハーフエルフの乗組員を「大丈夫か!?」と言いつつ助け起こし、周囲を確認する。俺たちがいるのは甲板にあるハッチのすぐ近くにある通路である。魚雷を叩き込まれたとしても、ここが浸水することは考えられない。


 くそ、魚雷は何発命中したんだ………!?


「おい、しっかりしろ」


「す、すまん、新入り」


 頭を片手で押さえながら立ち上がった仲間を助け起こしてから、まだ開きっ放しになっているハッチの外を見つめた。ハッチの向こうでは、ナタリア・ブラスベルグとキャメロットの2隻を護衛する4隻のレニングラード級駆逐艦のうちの1隻が進路を変更し、輪形陣から離れ始めているところだった。おそらく、今しがた魚雷を叩き込んでくれた敵の潜水艦へと”プレゼント(爆雷)”を届けに行くのだろう。


 まるでドラム缶を更に肥大化させたような爆雷がこれでもかというほど搭載されている駆逐艦の艦尾を見た俺は、投下された爆雷で何度も激震を繰り返す潜水艦の艦内で、命中しませんようにと祈りながら怯える羽目になる敵の潜水艦の乗員たちは哀れだと思いつつ、他の乗組員たちにも手を伸ばして次々に助け起こす。


《艦橋より各員へ。左舷に3本の魚雷が命中。そのうち2本は不発の模様。繰り返す、3本命中。そのうち2本は不発の模様》


 不発………………!?


 爆発したのは1発だけらしい。それほど大きなダメージを受けずに済んだのは喜ばしい事だが、乗組員に負傷者は出なかったのだろうか?


《現在、左舷で浸水発生中。ダメージコントロール急げ。手の空いている者は、直ちに負傷者の救助に当たれ。繰り返す、手の空いている者は負傷者の救助に当たれ》


「お前ら、聞いてたな? すぐに救助に向かうぞ」


 他の乗組員を助け起こしていたホムンクルスの乗組員―――――どうやら伍長らしい――――――が、俺たちを見渡しながら言う。俺の所属は海軍ではなく、団長直属の暗殺者だが、艦艇の中では艦の動かし方や武装の使い方の訓練を受けていない陸軍の兵士ははっきり言うと無用の長物だ。このような”手の空いている者が必要な状況”以外に、海の上での存在意義はない。


 要するに、「お前らも手伝え」ということだ。


 まだキャメロットの艦内の構造は覚えてないんだがな、と思いながら、他の乗組員たちと共に下へと続くかなり急なタラップを駆け下りていくのだった。












「潜望鏡下げろ。深度70まで潜航する」


「了解、深度70まで潜航」


 潜望鏡から目を離した艦長は、頭にかぶっていた軍帽を手に取りながら舌打ちをした。


 6発発射した魚雷のうち、3発は敵戦艦の左舷を直撃した。だが、その中で命中した直後に爆発して本当の損害を与えることに成功したのはたった1発のみであり、命中した他の2発は爆発しなかったのである。


 その2発も爆発していたのならば、帝国軍が保有する戦艦よりもはるかに巨大なテンプル騎士団の戦艦にもっと大きなダメージを与えることができていたのは想像に難くない。できるならばすぐに魚雷発射管への再装填を命じ、先ほどの攻撃の汚名返上を済ませておきたいところであったが、そのまま攻撃を続行しようとすれば敵の駆逐艦に攻撃されて海の藻屑と化すのが関の山であった。


 実際に、敵艦隊の輪形陣から1隻の駆逐艦が離れ、こちらへと向かって凄まじい速度で接近しているのである。駆逐艦の主砲は戦艦や巡洋艦よりも口径が小さい貧弱な兵器とはいえ、駆逐艦よりもはるかに装甲が薄い潜水艦に叩き込まれれば、容易く撃沈されてしまうだろう。


 すぐに潜航したとしても、敵艦は間違いなく爆雷を投下して潜航した潜水艦に追撃してくる筈である。


「敵駆逐艦、接近中」


 ソナーを担当している乗組員が顔を青くしながら報告する。


 乗組員たちが最も顔を青くするのは、敵の駆逐艦に発見された時である。


「――――――敵艦、爆雷投下!」


 最も嫌な時間が始まる。


 これから、潜水艦の乗組員たちは、近くで炸裂する爆雷のせいで激震する潜水艦の中で、乗っている艦が海の藻屑と化さないように祈りながら駆逐艦が立ち去るまで耐えなければならない。


 ドン、と、頭上で爆雷が炸裂する音が聞こえてきた。


 彼らの乗る潜水艦が先ほど魚雷で攻撃した深度で炸裂するように設定されているのだろう。だが、駆逐艦の接近を察知した艦長は既に潜水艦を更に潜航させるように命じているため、まだ爆雷による損害は受けていない。


 爆雷が立て続けに頭上で爆発する音が響くが、艦長や乗組員たちは1人も安堵していなかった。


 もし敵が爆雷が爆発する深度をさらに深い深度に調整して投下してくれば、いつものように潜水艦が激震する羽目になるからである。


 天井配管だらけの天井を見つめていた艦長が息を呑むと、ソナーを担当している乗組員が「敵艦、更に爆雷投下………数、5」と報告する。


 その報告を聞いた乗組員たちは、一時的に爆雷の投下が止まったことに違和感を感じていた。おそらく、一旦爆雷の投下を中止して爆発する深度を調整し直したのだろう。新たに投下された5つの爆雷は、今度こそさらに深い深度で爆発する可能性がある。


 最も恐ろしい時間がこれから始まるのだ。


 そう思った直後、潜水艦の船体が激震した。いたるところから軋む音が聞こえ、発令所の乗組員たちがよろめく。


「敵駆逐艦、更に爆雷投下! 数は8!」


「くっ………これ以上は危険だ! 深度100まで潜航しつつ、後部発射管から魔力を放出しろ!」


 異世界で建造された潜水艦の機関部にも、ヴァルツ製のフィオナ機関が採用されている。そのため、魚雷発射管からフィオナ機関が生成した高圧の魔力を放出すれば、敵艦に潜水艦の撃沈に成功したと思わせることが可能なのだ。


 揺れ続ける発令所の中でそう命じた艦長は、もしあの艦隊を攻撃できるチャンスがあればこの駆逐艦を真っ先に狙ってやると思いながら、発令所の天井を睨みつけるのだった。












「艦長、海面に高圧魔力の漏出を確認」


 艦橋で”魔力センサー”と呼ばれる魔力を感知するための装置を操作していたダークエルフの乗組員が、艦橋の窓から海原を睨みつけていた艦長に報告する。当たり前だが、魔力センサーはテンプル騎士団仕様の艦艇に改装で搭載された異世界の装置であり、ほぼ全ての艦艇に搭載されている。


 この装置があれば、敵が発する魔力を感知することが可能となる。フィオナ機関を搭載している敵艦の位置も察知することが可能になるものの、現在の軍用のフィオナ機関は外部への魔力の流出を防ぐため、外部へと排出していた魔力の残滓―――――魔力の残りカスである――――――も再利用するようになっているため、新型のフィオナ機関を搭載している敵艦を察知することはできない。


 そのため、潜水艦をこの魔力センサーで感知することも不可能だったのだが――――――海面から高圧の魔力が検出されたという事は、爆雷で敵艦の撃沈に成功したことを意味する。


 他の乗組員たちが嬉しそうに笑い始めるが、艦長はまだ敵艦の撃沈に成功したと決めつけずに、「圧力は?」とダークエルフの乗組員に問いかける。


「およそ35キロメルフ」


「そうか」


 35キロメルフは、一般的なフィオナ機関で生成される魔力の圧力と同等である。爆雷で木っ端微塵にされ、搭載されていたフィオナ機関の魔力が海中へと漏れ出したのであれば、それほどの圧力の魔力が検出されてもおかしくはない。


 報告を聞いた艦長は、歓声を上げる他の乗組員たちを見渡してから嬉しそうに微笑んだ。


「よし、爆雷投下中止。これより味方と合流する」


「とーりかーじいっぱーい!」


 先ほどの魚雷攻撃でキャメロットに3発の魚雷が直撃したが、幸運なことにそのうちの2発は不発だったらしく、キャメロットが被った損傷はそれほど大きくはないという。負傷者は出たらしいが、手の空いていた陸軍の兵士たちの活躍と、迅速なダメージコントロールのおかげで小規模な浸水だけで済んだらしい。


 もし魚雷で狙われたのがキャメロットではなく、彼らの乗る駆逐艦『バクー』であれば、真っ二つになっていてもおかしくなかっただろう。キャメロットのダメージコントロールや乗組員たちが優秀だったのも損害が最小限で済んだ理由だが、虎の子のジャック・ド・モレー級戦艦の防御力が極めて高かったからこそ、それほど大きな損害を被らずに済んだと言ってもいい。


 艦隊の中では最も小柄なバクーの船体が進路を変え、オルトバルカ連合王国の旧ラトーニウス領へと向かう艦隊へと向かって進んでいった。












 もっとも悔しいと思う瞬間は、標的を仕留められなかった時である。


 間違いなく、今回の攻撃は今まで経験してきた攻撃の失敗の中で最も屈辱的な失敗と言えることだろう。敵艦への攻撃は命中したものの、そのうちの2発が不発だったせいでそれほど損害は与えられなかった挙句、駆逐艦からの反撃で魔力を放出しながら潜航する羽目になったのだから。


 浮上した潜水艦(Uボート)のセイルの上から身を乗り出し、離脱していくテンプル騎士団艦隊を潜望鏡で見つめていた艦長は、唇を噛み締めながら双眼鏡を隣にいる副長に渡した。副長も同じように敵艦隊を悔しそうに睨みつけると、息を吐きながら潜望鏡を艦長へと返し、「追撃しますか?」と問いかけてくる。


「敵艦の速度は20ノットくらいだろう。たった12ノットしか出せんこいつじゃ追いつけんよ」


「ですが、あれは我々の獲物です。他の艦に獲物を横取りされちまいますよ」


「なら、他の艦の攻撃で弱ったところを狙えばいい。………副長、直ちに戦艦『アレンバウゲン』に敵艦隊の位置を通達しろ」


「了解です」


 ラトーニウス海には、敵艦隊を攻撃するためにヴァルツ帝国海軍の戦艦が3隻ほど待機している。どの艦も先ほど攻撃したジャック・ド・モレー級戦艦よりも小柄な戦艦ばかりだが、武装を搭載していなかったジャック・ド・モレー級戦艦ならば容易く撃沈できるだろう。


 もし先ほどのように逃げられそうになったとしても、その隙に潜水艦で先回りし、今度こそ魚雷で仕留めてやればいいのだ。


 双眼鏡を首に下げた艦長は、待機している味方の艦隊に情報を伝えるために発令所へと降りて行った副長を見送りながらニヤリと笑った。



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