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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第四章 ラトーニウス海突破作戦
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ラトーニウス海突破作戦 ブリーフィング

ブリーフィングは後半からです。


 全長304mの巨大な戦艦の甲板の上で、凄まじい運動エネルギーを纏った金属同士が激突したかのような甲高い音が響き渡る。それと同時に、その金属音の発生源の片割れである大太刀がぐるぐると回転しながら天空へと舞い上がり、キャメロットの甲板の上へと落下してきた。


 それを拾い上げようとするよりも先に、俺の首元に黒い刀の刀身が付きつけられる。今しがた大太刀を弾き飛ばした刀だ。当たり前だが、刀身はあの大太刀よりも短い上に軽い。普通であれば吹っ飛ばされるのはこっちの方である。


 しかも、その刀を手にしているのは俺よりも華奢な体格の黒髪の少女であった。

 

 実戦であれば、吹っ飛ばされた得物を拾い上げるよりも先にこのまま首を切っ先で貫かれ、戦死する羽目になることになっていたのは想像に難くない。とはいっても、この世界には俺の家族はいないので、俺が戦死したという事を知って悲しむ者は誰もいないとは思うが。


 苦笑いしながら両手を上げ、「参りました」と言いながらゆっくりと立ち上がる。嬉しそうに微笑んだ少女はその黒い刀を鞘の中に収めると、近くで戦闘を見ていたホムンクルスの兵士に持たせていた自分の軍帽を再びかぶる。


「うむ、では約束通りにきつねうどんを奢るのだぞ♪」


「はいはい」


 肩をすくめながら大太刀の長い柄を掴み、背中に背負っている鞘の中へと収める。


 ニコニコしながらハンカチでよだれを拭いていたセシリアは、吹っ飛ばされた得物を回収した俺の制服の袖を真っ白な手で掴むと、そのまま艦内の食堂がある方向へと引っ張り始めた。


 セシリア(ボス)は油揚げが大好きらしい。狐みたいな団長である。


 当たり前だが、先ほどの戦闘は剣術の訓練である。既に剣はとっくの昔に廃れているというのに、テンプル騎士団では未だに剣を正式採用し続けており、兵士たちの訓練の中にも白兵戦の訓練の1つとして剣術の訓練が存在する。普通の軍隊では考えられない事だ。


 しかも、兵士たちよりも早く起きて刀の素振りをするのはセシリアの日課らしく、彼女の父に刀を手にすることを許された日から一日も欠かさずに素振りをしているという。


 ウェーダンの戦いとゴダレッド撤退戦で彼女に本当に気に入られてしまったらしく、俺もその素振りに付き合わされることになってしまった。上官―――――しかもテンプル騎士団の団長だ―――――に気にいられたのは喜ばしい事だが、兵士たちの起床の合図である法螺貝が艦内に響き渡る2時間前に起こされ、1万回以上も素振りをした後にそのまま本物の刀を使った模擬戦に付き合わされるのは本当に辛い。


 黒髪の美少女が起こしに来てくれるのは最高かもしれないが、睡眠時間が2時間も減らされるのである。


 通路ですれ違った兵士たちに、セシリアと一緒に敬礼しながら食堂へと向かう。既に訓練を終えた兵士たちが食堂に集まりつつあるらしく、キャメロットの艦内にある食堂は騒がしくなり始めていた。


 普段はライ麦パンや野菜スープくらいしか食べる事ができないのだが、現在のテンプル騎士団の規定では、金曜日か大規模な作戦の前だけは好きな物をここで食べる事ができるようになっているのである。


 今回も後者であった。


 現在、キャメロット率いる艦隊は西部戦線にいる。だが、これから全ての艦を率いて”ラトーニウス海”と呼ばれる海域を突破し、副団長のウラル・ブリスカヴィカが指揮を執る遠征軍と合流して、オルトバルカ連合王国軍が実施する予定の攻勢に参加することになるのである。


 注文を聞きに来たホムンクルスの団員――――――武器屋のジェイコブと顔つきが全く同じである――――――にきつねうどんの大盛りを2つ注文すると、そのホムンクルスの少女は微笑みながら踵を返し、厨房の方へと戻っていった。


「それにしても、レベル1で初期ステータスの状態だというのに、5分間も持ちこたえるとはな………」


 セシリアは腕を組みながら嬉しそうにそう言う。端末を持つ第一世代型の転生者は、端末を手放したり、自分の端末との距離が離れてしまうと弱体化することになってしまうため、仲間に端末を預けて離れてもらう事で、疑似的にレベルを1に戻すことは可能である。だが、端末ではなく、立体映像のようなメニュー画面を持つ第二世代型転生者はそのように弱体化する恐れがないため、手加減する事ができないのだ。


 つまり、俺は初期ステータスの状態で、今まで何度も戦闘を経験してレベルを上げていた第二世代型転生者と真っ向から戦う事になったのである。しかもセシリアはゴダレッドの撤退戦で敵兵の魂を大量に吸収したことにより、レベルが45から一気に51まで上がっており、更にステータスが強力になっていたのだ。


 そう、レベル1とレベル51の戦いである。しかも俺の剣術は我流であるのに対し、セシリアの剣術は祖先から受け継いだ剣術―――――元々はこちらも我流だったらしい―――――である。


 セシリアの剣術は、傍から見ればただ単に敵を攻撃しているように見えるが、その攻撃が単調だと思い込んだ頃にフェイントややけに早い斬撃をぶっ放してくる。しかも本物の刀で訓練をするので、彼女の斬撃は是が非でもガードしなければならない。


 下手をすれば甲板の上で真っ二つにされかねないような訓練を、毎朝やっているのである。なので、俺は特別に他の兵士たちが毎朝やっている甲板の上でのランニングや筋トレは免除されている。


「ふふふっ、お前は優秀な剣士になるかもしれんぞ」


「そりゃどうも」


 しばらくすると、さっきのホムンクルスの少女がトレイの上にきつねうどんを乗せて戻ってきた。テーブルの上に置いてからぺこりと頭を下げたホムンクルスの少女に礼を言ってから、一緒に置かれた箸を掴んで油揚げを摘まみ、テーブルの上を汚さないように細心の注意を払いながらセシリアのきつねうどんの上に油揚げをそっと置く。


 これで俺のきつねうどんはただのうどんになっちまった。


「む? お前、また油揚げを食わんのか?」


「苦手なんでね」


 特に苦手というわけではないのですが。


「し、仕方ないな、まったく」


 嬉しそうにそう言いながら箸を手に取り、うどんを口に運び始めるセシリア。俺は周囲のテーブルに座りながらこっちを睨みつけてくる兵士たちを見て苦笑いしつつ、普通のうどんと化したうどんを口へと運ぶのだった。











 オルトバルカ連合王国は、世界最強の大国と言われている。


 産業革命以前から、フランセンを吸収してヴリシア・フランセン帝国となる前のヴリシア帝国と同等の国力を誇っていた列強国の一つであり、オルトバルカの歴史の中から敗戦という言葉を見つけるのは極めて困難だ。


 しかも、フィオナ博士が勃発させてしまった産業革命と、王室の後ろ盾として機能していたハヤカワ家の活躍によって更に急成長し、ライバルだったヴリシア帝国を置き去りにして世界最強の大国となったのである。


 それゆえに、ヴァルツ帝国はこのオルトバルカ連合王国を最も警戒していたという。連合王国はフランギウス共和国やフェルデーニャ王国と同盟関係にあるため、もし西部戦線で戦争を始めれば、同盟国を支援するために連合王国が動き、反対側で”東部戦線”が始まってしまうからだ。


 実際に、東部戦線ではオルトバルカ連合王国と、ヴァルツ帝国、ヴリシア・フランセン帝国、アスマン帝国の3つの帝国が交戦している。列強国が3ヵ国で同盟を組んで戦っているにもかかわらず、オルトバルカは国内の豊富な資源と物量で帝国軍を退けており、このまま消耗戦が続けば最終的に連合王国が勝利するのは想像に難くない。


 だからこそ、なぜ攻勢を実施する必要があるのか理解できない。このまま消耗戦を続けるだけで敵国は敗北するのだから、敵の不意打ちで大損害を被らないように警戒しているだけでいい筈である。なのに、なぜ大損害を被りかねない攻勢をわざわざ実施しなければならないのか。


 しかも、そろそろ11月である。オルトバルカ連合王国は雪国であり、8月下旬になると水が凍り始め、9月には雪が降り始める。真夏でも気温が25℃を超えることはないため、オルトバルカ人たちには海水浴という概念は存在しない。


 つまり、オルトバルカ人からすれば10月以降から3月までは真冬なのだ。


「”冬季攻勢”か………理解できんよ」


 棚に並んでいるゲーヴァ79――――――ゴダレッド撤退戦で鹵獲した銃だ――――――を分解して部品を磨きながら、ジェイコブは悪態をついた。俺たちが東部戦線に到着するのは11月下旬と言われている。真冬のオルトバルカの気温はシベリア以上らしく、信頼性の高いオルトバルカ製の兵器ですら凍結して使用不能になることは珍しくないという。


 下手をすれば、塹壕の中で全員凍死する羽目になるだろう。


 なぜ真冬に攻勢を仕掛けるのか。


 雪国なのだから、真冬に攻勢を始めることがどれほどの愚策なのかは理解している筈である。しかも、このまま消耗戦を続けるだけで戦いに勝利する事ができるのだから、この攻勢を実施する意味はないと言っても過言ではない。


「いや、おそらくオルトバルカは焦っている」


 店の中にある道具を借りて刀の刀身を磨いていたセシリアが、真っ黒な刀身を見つめながら言った。王室に裏切られるまではオルトバルカに住んでいたのだから、連合王国の事は知っているのだろう。


「え?」


「確かにオルトバルカの技術力と物量は列強国の中でトップクラスと言っていい。だが、戦争のせいで国内の食料は大きく減少しているし、兵士たちの損害も大きくなりつつある。現在では大半の国民が飢えているという。最前線でも兵士たちの士気は徐々に下がっている状態だ。このまま消耗戦が続けば、ほぼ確実に国内で革命が起こることになる」


「――――――だから短期決戦を選んだのか」


「その通りだ。………まあ、あの王室(クソ野郎の巣窟)が革命で滅んでくれるのは喜ばしい事なのだがな」


 どうやら王国が細心の注意を払っているのは、敵国との戦闘よりも国内での革命の方らしい。では、セシリアが王室に報復する時にその革命を利用できるのではないだろうか。彼らに武器を供与したり支援すれば、確実にオルトバルカの王室は崩壊するし、彼女の父親に濡れ衣を着せて処刑した王室にも復讐できるのだから。


 そう思いながらちらりと彼女の顔を見ると、セシリアは微笑みながら刀を鞘の中に収めた。


「ふふっ、後でその”革命家”たちに会いに行くか」


 やっぱり彼女も革命を利用するつもりだ。


 俺をあの強制収容所から助け出し、クソ野郎共に報復するチャンスをくれたのはセシリアである。だから、彼女の報復にも全身全霊で協力するとしよう。












「では、これより作戦を説明する」


 ゴダレッド撤退戦でも利用した会議室の中に、またしても円卓の騎士たちが集まっている。相変わらず東部戦線にいる円卓の騎士たちの席は空いていたが、今回の作戦は彼らに合流するための作戦なのだから、空席があっても問題はない。


 集まっている円卓の騎士たちを見渡してから、セシリアは装置に手を伸ばして魔力を流し込み、円卓の上に蒼い立体映像を投影した。


「東部戦線の部隊と合流するためには、オルトバルカ連合王国の東部に広がるラトーニウス海を突破する必要がある。ここは連合王国の領海だが、諜報部隊からの情報ではヴァルツの潜水艦がこの海域に出没し、軍艦や民間の輸送船を見境なしに攻撃しているという。東部戦線への参戦のためにこの海域を突破する我が軍も、敵の攻撃対象となるだろう」


 ――――――無制限潜水艦作戦。


 前世の世界で勃発した第一次世界大戦でも、ドイツ帝国軍が実施した作戦である。要するに民間の輸送船や軍艦を見境なしに攻撃する作戦だ。海中からいきなり強力な魚雷をぶっ放してくるドイツ軍のUボートは極めて大きな脅威となったが、この潜水艦からの攻撃にアメリカを巻き込んでしまい、第一次世界大戦にアメリカが参戦する原因の1つとなってしまう。


 ヴァルツ軍も、全く同じ作戦を実施しているらしい。


 そう、帝国軍の潜水艦が出没する海域を、4隻の駆逐艦、1隻の正規空母を率いるキャメロットで突破しなければならないのだ。4隻の駆逐艦にはソナーと対潜用の爆雷を搭載しているものの、空母『ナタリア・ブラスベルグ』は対潜戦闘どころか対艦戦闘すら考慮していない艦だし、キャメロットはそもそも敵との交戦を殆ど想定していない。


 こんな貧弱な艦隊で敵の潜水艦が居座る海域を突破しなければならないのである。


「更に、厄介なことにラトーニウス海の近くでヴァルツ帝国海軍の戦艦が3隻ほど確認されている。おそらく、潜水艦による攻撃を支援するための艦隊だろう。潜水艦による攻撃を回避して逃げたとしても、戦艦で先回りして砲撃するつもりに違いない」


 戦艦もいるのか。


 大国の領海に戦艦まで派遣するのはかなり大胆な作戦である。下手をすればより大規模な艦隊に踏み潰されるのが関の山だろうが、おそらくオルトバルカ側は潜水艦の攻撃のせいで迂闊に艦隊を派遣できない状態なのだろう。


「駆逐艦4隻では対処しきれませんぞ、同志団長」


「うむ。だが、このポイントCチャーリーで、ジャック・ド・モレー率いる主力艦隊と合流予定だ。主力艦隊はジャック・ド・モレー級戦艦3隻、ソビエツキー・ソユーズ級戦艦4隻、スターリングラード級重巡洋艦12隻、レニングラード級駆逐艦30隻で構成されている。その気になれば、敵国の潜水艦と戦艦をあっという間に海の藻屑にできるだろう」


 テンプル騎士団は弱体化してしまったが、辛うじて海軍だけは圧倒的な戦力を維持しているという。


 ジャック・ド・モレー級戦艦が率いる主力艦隊の戦力は、戦艦7隻、重巡洋艦12隻、駆逐艦30隻。弱体化した軍隊の海軍とは思えないほどの大艦隊である。


「是が非でも、主力艦隊と合流する。それまでは対潜戦闘の準備をしつつ、合流予定の海域へと向かう。以上だ」


 対潜戦闘か………。


 セシリアが魔力の注入を止めたことで崩壊した立体映像を見つめながら、俺は敵の潜水艦が襲ってきませんようにと祈るのだった。






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