白兵戦
「ヴァルツ軍じゃない」
先ほど仕留めた兵士の死体をまじまじと見つめていたジェイコブは、機関銃の弾幕でズタズタにされた兵士の死体を見下ろしながら目を細めた。彼が見下ろしている死体の軍服には鮮血や肉片がこびり付いて真っ赤に染まっている。
モシンナガンM1891を肩に担ぎながら、塹壕の外で倒れている死体たちを確認する。確かに、ウェーダンで戦ったヴァルツ兵たちの軍服とはデザインが若干違うようだった。ヴァルツ軍の軍服にはもっと弾薬や手榴弾を入れておくためのホルダーが多く、実用性を重視されていたんだが、彼らが身に纏っている軍服にはホルダーがあまり付いておらず、式典用の軍服なのではないかと思ってしまうほど装飾が付いている。
無意味な装飾だと思いつつ、死体が身に纏っている制服の襟に描かれているエンブレムを見つめた。
「………ヴリシア・フランセン軍だな」
どうやらこの塹壕を攻撃してきた連中は、フェルデーニャ軍に大打撃を与えたヴァルツ軍ではなく、大損害を被っていたヴリシア・フランセン軍の部隊だったらしい。ヴァルツの連中が追撃しているのではないかと思ったんだが、なぜ壊滅寸前のヴリシア・フランセン軍が追撃してきたのだろうか。
敗走しているフェルデーニャ軍に止めを刺すのは、ヴリシア・フランセン軍でも十分だと判断して離脱したのだろうか。それとも、敗走している敵軍を追撃するのは容易いだろうと高を括ってここまで深追いしてきた連中なのだろうか。
仮説を立てながら踵を返し、塹壕の中へと戻る。死体を調べていたジェイコブに向かって手を振ると、彼は敵兵が持っていたライフルを何丁か背中に背負ってから、塹壕の中へと戻ってきた。
「鹵獲すんのか?」
「商売用だよ。へへへっ、ヴリシア・フランセン製の”ゲーヴァ79”か………珍しいな」
”ゲーヴァ”は、ヴリシア語で”ライフル”を意味するらしい。
基本的に、この世界の言語は前世の世界の言語に似ている。ヴリシア語はドイツ語にそっくりな言語だし、俺たちが使っているオルトバルカ語も英語にそっくりな言語である。
「レアなやつなのか?」
塹壕の壁に寄り掛かってモシンナガンの点検を始めながら尋ねると、鹵獲したライフルを眺めていたジェイコブはボルトハンドルを真っ直ぐに引いた。どうやら彼が鹵獲した”ゲーヴァ79”という異世界製のボルトアクションライフルは、マンリッヒャーM1895のようにストレートプル・ボルトアクション方式を採用しているらしい。
「ストレートプル・ボルトアクション方式だから連射し易いんだ。とはいっても、コストが高いから大半はヴァルツ製の”ゲーヴァ99”っていうライフルが支給されてるらしいがな」
「ということは、このバカ共は恵まれてたってことか」
「そういうことだ。もったいないなぁ」
コストの高い優秀な銃を持ってたのにな。
いくつか鹵獲してくればジェイコブの店で買い取ってもらえる事を思い出した俺は、塹壕の外に倒れている死体が掴んでいるライフルを見て溜息をついた。あれを彼の店で買い取ってもらえれば、売店でちょっとばかり高い食材を購入したり、食堂で美味いものを食えるかもしれないと思ったんだが、さすがにまた塹壕の外に飛び出してライフルを拾いに行くのは許されないだろう。
既にヴリシア・フランセン軍の間抜け共が撤退してから2時間くらい経過している。敵の本隊がこっちに進軍してきている以上、逃げていった連中は本体と合流し、空中戦艦が台無しにされた事と、ここにテンプル騎士団の塹壕があることを報告している筈である。
つまり、いつ攻撃の第二波が始まってもおかしくはない。しかも、今度はほぼ確実に必需品である砲兵隊の砲撃も牙を剥く筈だ。ライフルを買い取ってもらうために外に出ている時に砲撃が始まって、榴弾でミンチにされたくはない。
今夜は野菜スープとライ麦パンで我慢するとしよう。
端末を取り出し、機関銃の項目をタッチする。先ほどの戦闘でショーシャ軽機関銃を使って10名の敵兵を仕留める事には成功していたらしく、マドセン機関銃はもう既に生産できるようになっていた。
マドセン機関銃は、ボルトアクションライフルの上部にマガジンを取り付け、すらりとした銃身をバレルジャケットで覆ったような外見をしているデンマーク製の機関銃だ。コストが高い上に、弾数は現在のアサルトライフルとあまり変わらないものの、信頼性が高い上に様々な種類の弾薬が使用できる。もちろん、モシンナガンと同じく7.62mm弾も使用できるので、機関銃の射手とライフルマンは弾薬を分け合うことが可能になる。
ただ、実際に試し撃ちをしたことはないし、ここにいる兵士たちも使ったことはないだろうから、こいつを大量に生産して兵士たちに支給するのはこの戦いが終わってからになりそうだ。当たり前だが、新しい銃を採用する場合はそれの操作方法を覚えるために訓練する必要がある。銃によってコッキングレバーの位置が違うし、通常のボルトアクションライフルとは異なるマンリッヒャーM1895のように、ボルトハンドルの操作方法そのものが異なる場合もあるからだ。
だから、新しい銃を採用したらすぐ支給すればいいというわけではない。
端末をポケットに戻した次の瞬間、塹壕の向こうで火柱が噴き上がったかと思うと、ドンッ、と爆音が轟いた。敵兵が装備していた手榴弾が爆発したのだろうかと思ったが、手榴弾の爆発にしてはやけに火柱が大きいし、塹壕から離れ過ぎている。
「敵の砲撃だ!」
「始まったな」
第二波だ。
榴弾が次々に飛来して、立て続けに火柱を生み出す。着弾した場所の近くに転がっていた哀れな死体が吹っ飛び、空中で自分の肉片や内臓の一部をばら撒きながら、草原から突き出たでっかい岩に叩きつけられる。
砲弾が着弾している場所はこの塹壕から随分と離れている。俺たちを砲撃するのではなく、戦死した同胞たちを吹っ飛ばしてミンチにする事が目的なのではないかと思ってしまうほど下手くそな砲撃だ。
モシンナガンM1891の準備をしながらその下手くそな砲撃を眺めていると、隣にいたジェイコブが缶詰の蓋を開け、中に入っているハーピーの肉の塩漬けをフォークで口に運び始めた。
「おいおい、砲撃されてんだぞ」
「バーカ、こんな下手くそな砲撃当たんねーよ。砲撃されてても平然と飯を食えるようになったら一人前さ」
ニヤニヤしながらそう言っていたジェイコブの缶詰の中に、べちゃっ、と泥まみれの何かが飛び込んできた。どうやら今の砲撃で木っ端微塵にされた哀れな敵兵の死体から千切れ飛んだ手らしい。よく見ると小指と薬指が砲撃の爆風のせいで欠けているようだった。
フォークで缶詰の中のハーピーの塩漬けを食べようとしていたジェイコブは、塹壕の外から飛んできた敵兵の手を指で摘まみ、塹壕の外に放り投げてから苦笑いする。砲撃されている最中に食事ができるのは戦場に慣れている証拠かもしれないが、さすがに泥まみれの死体の一部が飛び込んできた缶詰を食うわけにはいかない。というか、それに慣れるのは拙いと思う。
泥と人間の肉片が混ざってしまった缶詰の中を覗き込み、溜息をついてから塹壕の外へと缶詰をぶん投げるジェイコブ。傍らに置いていた自分のモシンナガンを拾い上げて肩をすくめた彼は、「”命中”だな。敵の砲手は嫌がらせのプロだ」と言いながら銃口を塹壕の向こうへと向けた。
やっぱり、今度はちゃんと砲撃してきたな。
次に突っ込んでくるのは高を括っていたヴリシア・フランセン軍だろうか? それとも、フェルデーニャ軍に大打撃を与えたヴァルツ軍だろうか?
砲撃が着弾する地点が段々と塹壕に近付いてくる。先ほど拾おうとしていたライフルを掴んでいた敵兵の死体に砲弾のでっかい破片が突き刺さり、ライフルを握っていた腕が千切れ飛ぶ。
レベルの高い転生者であれば、砲弾がすぐ近くに着弾したとしても吹っ飛んで地面に叩きつけられるだけで済むだろう。さすがに砲弾が直撃すれば死ぬだろうが、遠距離からの砲撃を、戦車や装甲車よりもはるかに小さい人間に直撃させるのはほぼ不可能だ。第一、榴弾は直撃させるのではなく、強烈な爆風で歩兵の群れを殲滅する代物である。
だからこそ、転生者は敵の砲撃の最中でも堂々と正面から突っ込むことが可能なのだ。
だが、今の俺はデータが破損しているせいでレベルは1から上がることはない。ステータスも上がらないので、端末で武器や能力を生産できる事以外はごく普通の兵士と変わらない。
復讐を果たすまでは死ぬわけにはいかないのだ。
砲弾が着弾する地点が更に近くなってくる。砲弾の爆風で吹っ飛ばされた土や岩の破片が塹壕の中へと降り注ぎ、構えているライフルや機関銃の上に降り積もる。このままでは砲撃の餌食になるのではないかと思いながらセシリアの方をちらりと見たが―――――彼女が退避命令を下すよりも先に、ぴたりと敵の砲撃が止まった。
「!!」
砲撃が止まったという事は――――――歩兵が突っ込んでくるという事だ。
モシンナガンのアイアンサイトを覗き込みながら、舌打ちをする。砲撃の火柱が残した黒煙が目の前に居座っている上に、太陽はもう沈みつつある。大都市であれば、夜景を目にする事ができるような時間帯である。
敵が全く見えない。
砲撃の轟音が未だに反響を続けているせいで、聴覚での索敵もできない。
姿勢を低くしながら目を細めていたセシリアが、近くにいる兵士に目配せする。首を縦に振った兵士は胸に装着していた革製のホルスターから銃を取り出し、中に装填されている照明弾を夜空上と打ち上げるために、でっかい銃口を夜空へと向ける。
しかし――――――彼が引き金を引くよりも先に、ドサッ、と何かが塹壕の中へと放り込まれた。
黒い円筒状の金属の下部から、木製の柄を伸ばしたような形状の奇妙な物体。出来る事であれば、自分の近くには投げ込んでほしくない代物。
――――――手榴弾。
近くにいた別のホムンクルスの兵士が、ぎょっとしながらそれの柄を掴んだ。炸裂する前に塹壕の外へと投げ返すつもりなのだろう。
華奢な手で柄を掴んだ兵士が、その手榴弾を無事に塹壕の外へと投げ返す。ぐるぐると縦に回転しながら夜空へと舞い上がった手榴弾は、再び地面に落下するよりも先に、まるで前世の世界でやっと実用化されたエアバースト・グレネードのように空中で炸裂し、それをぶん投げやがった張本人に牙を剥く。
手榴弾が炸裂した場所の近くから、絶叫が聞こえた。その絶叫を聞いた兵士が慌てて照明弾を打ち上げる。
青白い煙を刻み付けながら天空へと打ち上げられた照明弾が、蒼い閃光を生み出す。照準器の向こうが蒼い光で照らし出され、青白く変色した死体だらけの草原があらわになった。
ピクニックにやってくるのに丁度良さそうだったゴダレッド高地の草原は、砲撃でグチャグチャになった死体で埋め尽くされている。死体たちが持っていたライフルも木っ端微塵になっていて、ライフルの部品と死体の肉片が草原を赤黒く染めている。
そのグロテスクな草原の中に、やけに原形を留めている死体がいくつも転がっていることに気付いた。軍服に血が付いているものの、その血が流れ出る原因となった傷らしきものは見当たらない。
ぞっとしながら、俺はその原形を留めている死体をモシンナガンで撃った。7.62mm弾がその死体の脇腹を直撃すると同時に、血まみれになって倒れていた死体が呻き声をあげ、動かなくなってしまう。
あれは死体ではない。
ボルトハンドルを引きながら、俺は叫んだ。
「敵襲! すぐ近くにいるぞ!!」
ぎょっとしたほかの兵士たちも、同じようにモシンナガンでやけに原形を留めている死体を容赦なく撃ち始めた。重機関銃も火を噴き始め、塹壕へと忍び寄ろうとしていた敵兵を無慈悲にズタズタにしていく。
伏せていた敵兵たちは、発見された以上はこのまま伏せ続けているのは自殺行為だと判断したらしく、持っていた銃剣付きのライフルを投げ捨て、ハンドガンや棍棒を引き抜きながら立ち上がった。
「白兵戦用意!」
腰の鞘から刀を引き抜いたセシリアが叫ぶと同時に、俺もモシンナガンを投げ捨て、背中に背負っている大太刀『初月』を引き抜きながら、左手にコルトM1911を持って白兵戦の準備をした。
現代での戦いでは、敵の塹壕の中へと突っ込んで、棍棒やスコップで敵兵を攻撃する事は殆どないだろう。接近する前に砲撃や狙撃でやられるのが関の山だし、夜中に接近しようとしても暗視スコープであっさりと発見されてしまう。仮に接近できたとしても、アサルトライフルやSMGのフルオート射撃でズタズタにされるのは想像に難くない。
しかし、第一次世界大戦の頃は、このような白兵戦は当たり前であった。
隣で敵兵を狙撃していたジェイコブも、銃剣付きのモシンナガンを投げ捨ててスコップを拾い上げる。いくら銃剣が装着されているとはいえ、塹壕の中で銃剣付きのボルトアクションライフルは扱い辛い。塹壕の中で猛威を振るうのはショットガンやSMGである。
棘の付いた棍棒を振り上げながら、若い兵士が塹壕へと飛び込んでくる。おそらく年齢は俺と同い年くらいだろう。
その若い兵士に、容赦なく.45ACP弾をぶち込んだ。銃口でマズルフラッシュが荒れ狂うと同時にスライドが後ろへと下がり、火薬の臭いを纏った.45ACP弾が回転しながら躍り出る。大口径の弾丸を眉間に叩き込まれた若い敵兵は、がくん、と頭を大きく後ろに揺らしながら崩れ落ち、後続の兵士にお構いなしに踏みつけられる羽目になった。
同い年だろうと、殺さなければならない。
銃剣付きのボルトアクションライフルを構えた敵兵が、叫びながら突っ込んでくる。そいつに向かって発砲したが、弾丸が右へと逸れてしまう。
舌打ちをしながら、右肩に担いでいた大太刀を振り下ろす。とっくの昔に廃れた”刀”が敵兵の右肩を直撃したかと思うと、予想以上にあっさりと肉もろとも鎖骨を両断し、胸骨や肺に牙を剥いてしまう。更に義手に力を入れつつ体重を乗せると、胸骨まで簡単に両断してしまった刀身が左の脇腹の肋骨や背骨まで両断する事ができた。
血で真っ赤に染まった刀身が敵兵の脇腹から躍り出た直後、大太刀で斬られた敵兵の上半身が鮮血を噴き上げながら地面に転がり落ちる。切断された胸骨の断面や腸があらわになり、後続の兵士たちがその死体を見て怯え始めた。
何だ、この切れ味は。
ぎょっとしながら、怯えている敵兵をコルトM1911で次々にぶち殺していく。
この大太刀は、ジェイコブの店で無料で購入した代物である。人間の肉体を容易く真っ二つにできるほどの切れ味があるならば、無料どころか新型のライフルに匹敵する値段で販売されていてもおかしくないだろう。
素晴らしい武器を買ったなと思いつつ、切っ先を敵兵の喉へと突き立てる。口から血を吐きながら刀身を掴み、自分の喉に突き刺さっている大太刀の刀身を必死に引き抜こうとする兵士を、大太刀の刀身を突き立てた状態で敵兵の群れへと放り投げた。血まみれの戦友と激突する羽目になった後続の兵士たちが転倒している隙に、近くでコルトM1911をぶっ放していたジェイコブが、その敵兵たちに手榴弾を投げつける。
手榴弾が炸裂し、転倒していた兵士たちが一斉にミンチと化した。
「さすがだな、ジェイコブ!」
「当たり前だ! これが本職だからな!!」
敵兵が突っ込んでこないことを確認しつつ、一旦大太刀を地面に突き立て、コルトM1911のマガジンを交換する。予備のマガジンを装着してコッキングしていると、俺のすぐ近くに真っ二つにされた敵兵の上半身が落下してきた。
ぎょっとしながら顔を上げると、背中に三八式歩兵銃を背負ったセシリアが、両手に血まみれの刀を持って敵兵を次々に両断しているところだった。銃剣を突き出してくる敵兵のライフルを受け流し、回転しながらその兵士の首を撥ね飛ばす。首を切断された死体を蹴り飛ばして後続の兵士と激突させ、敵兵がよろめいている隙に死体もろとも2本の刀で串刺しにする。そして死体から強引に刀を引き抜きつつ薙ぎ払い、付着した血飛沫をばら撒いて敵兵の目を潰し、その敵兵が血を拭い去ろうとしている隙に刀を薙ぎ払い、上半身と下半身を切断してしまう。
正直に言うと、熟練の剣士が習得した剣術というよりは、かなり荒々しい剣術だった。我流の剣術なのだろうか。
刀をライフルで受け止めようとした敵兵を、ガードしたライフルもろとも両断するセシリア。返り血や肉片を浴びながら姿勢を低くし、塹壕の中へと飛び込んだ敵兵に肉薄した彼女は、人間よりも遥かに発達した瞬発力をフル活用して刀を振るい、敵兵の首を次々に撥ね飛ばしていく。
やがて、塹壕の中で味方の兵士と戦っていた敵兵たちが、塹壕の外へと逃げ始めた。
普通の軍隊では考えられない事だが、テンプル騎士団が最も得意としているのは射撃ではなくこのような白兵戦である。他国の軍隊はとっくの昔に剣や刀を退役させているにもかかわらず、この騎士団は未だに剣を正式採用し続けており、兵士たちの訓練の中にも剣術が残っているのだ。
敵兵たちは、自分からテンプル騎士団が最も得意とする分野で勝負を挑んでしまったのである。
白兵戦で返り討ちにされた敵兵たちが、塹壕を脱出して逃げていく。投げ捨てたライフルを拾い上げたテンプル騎士団の兵士たちは、逃げていく敵兵の背中に向かって容赦なく弾丸を叩き込んで射殺していく。
俺も同じように投げ捨てたモシンナガンM1891を拾い上げ、敵兵の背中に7.62mm弾をお見舞いするのだった。




