ゴダレッド防衛戦
飛行船を思わせる形状の飛行物体が、火達磨になりながら空中分解していく。装甲の隙間から火柱が噴き上がり、爆弾によって穿たれた大穴からは、まるで火山から噴き上がる火山弾のように、鉄骨や装甲の破片が炎を纏いながら躍り出る。
墜落していく空中戦艦を眺めながら、スコップで穴を掘り続ける。空中戦艦を航空隊が撃沈してくれたおかげで、敵の士気も下がった事だろう。空中戦艦は爆弾を搭載された航空機に攻撃されればあっという間に撃墜されてしまうが、制空権を確保した状態ならば空中に浮遊する巨大な砲台として機能する。フェルデーニャ軍が体勢を立て直すこともできずに総崩れになってしまったのは、帝国軍が追撃してくる上にあの空中戦艦が空中に居座って砲撃を繰り返していたからだろう。
空中戦艦を撃墜された以上、敵の攻撃力は大きく低下することになるに違いない。しかもこっちは空中戦艦もろとも敵の航空隊を排除できたのだから、爆弾を搭載した航空機で敵の地上部隊を空爆し放題というわけだ。
最高である。
スコップで穴を掘っていると、黒い制服に身を包んだホムンクルスの兵士が近くに土嚢袋を持ってきた。テンプル騎士団に所属するホムンクルスの兵士たちは、タクヤ・ハヤカワの遺伝子をベースにして製造されたホムンクルスばかりなので、ほぼ全員同じ顔つきをしている。髪や瞳の色で見分けることはできるけれど、顔つきだけで見分けるのは不可能と言ってもいいだろう。
けれども、今しがた近くに土嚢袋を運んできた兵士はすぐに見分ける事ができた。
「ん? ジェイコブか?」
「え? おお、ルーキーじゃねえか」
そう、武器屋をやっている筈のジェイコブである。本職は武器屋ではないのだろうか。
「何でここにいるんだ?」
「本職は兵士だからだよ」
「武器屋は?」
「副業さ」
副業だったのか………。
よく見ると、彼の制服の襟にはオルトバルカ語で『テンプル騎士団第4遠征軍』と書かれているのが見える。第4遠征軍はホムンクルスの兵士のみで構成されている部隊であり、所属している兵士の98%が女性らしい。
苦笑いしながらスコップで穴を掘り、ジェイコブが持って来てくれた土嚢袋を塹壕の縁に並べていく。仲間のオークの兵士が持って来てくれた弾薬入りの木箱――――――おそらく重機関銃用のベルトだろう――――――を塹壕の中に運び込むと、ジェイコブも迫撃砲を肩に担ぎながら塹壕の中へと入り、迫撃砲を近くに置いてから塹壕の中に置いてある木箱の上に腰を下ろして、溜息をついた。
汗を拭い去りながら周囲を見渡す。どうやら他の団員たちも塹壕を掘り終えたらしく、中に機関銃を設置したり、採用されたばかりのモシンナガンM1891の準備をしている。ジェイコブも木箱に座ったままモシンナガンM1891の銃剣を点検すると、ライフルを肩に担ぎながら尻尾で水筒を拾い上げ、口へと運んだ。
ホムンクルスたちには、セシリアと同じように角と尻尾がある。彼女たちのオリジナルであったタクヤ・ハヤカワもキメラだったため、彼の細胞をベースにして生み出されたホムンクルスたちもキメラとして生まれているのだ。
俺もショーシャ軽機関銃を取り出し、今のうちにチェックしておく。マガジン内部の残弾をチェックするための穴は、ここにやってくる前に薄い木材で強引に塞いだので、泥が入ることはないだろう。残弾をチェックできるのは利点と言えるが、動作不良を起こしてぶっ放せなくなったら元も子もない。
銃は銃弾をぶっ放すための武器なのだから。
今回のメインアームはこのショーシャ軽機関銃である。動作不良を起こしてもすぐに射撃を継続できるように、既に予備のショーシャ軽機関銃を2丁ほど生産してある。サイドアームは前回も使ったコルトM1911で、近接武器はジェイコブの店で購入した短刀と大太刀『初月』だ。後は、念のために手榴弾を3つほど用意している。
武器の点検を終えて水筒の水を飲もうとしていると、塹壕の向こうからセシリアがやってきた。腰には2本の刀を下げ、背中にはモシンナガンM1891が採用されているにもかかわらず、以前から愛用している三八式歩兵銃を背負っている。
「よう、ボス」
仲間たちと一緒に彼女に敬礼しながら、口へと運ぼうとしていた水筒を彼女に手渡す。セシリアは水筒の水を少しだけ飲むと、その水筒を俺に返しながら潜望鏡を取り出し、塹壕の向こう側を確認し始めた。
「――――――フェルデーニャ軍だ」
ショーシャ軽機関銃を塹壕の中に立てかけ、塹壕から身を乗り出して向こう側を凝視する。
先ほど空中戦艦が墜落した方向から、無数の兵士たちが走ってくるのが見えた。オリーブグリーンの軍服に身を包んでいるが、泥で汚れている上に軍服がボロボロになっている。背中にはボルトアクションライフルや軽機関銃を背負っているが、中には撤退の最中に投げ捨てたのか、丸腰の兵士も見受けられる。
仲間たちに「撃つな」と指示を出しながら、セシリアは立ち上がって彼らに手を振った。
ボロボロになった軍服を纏ったフェルデーニャ軍の兵士たちが塹壕の近くにやってくる。撤退してきたフェルデーニャ軍の兵士たちはついさっき完成した塹壕の中に飛び込むと、セシリアに向かって敬礼する。
「テンプル騎士団ですね。救援に感謝します」
「お気になさらず。あなた方こそ、よく生き延びてくれました。後は我々に任せてください」
「申し訳ない」
「残っている部隊は?」
「我々が最後です」
「分かりました。では、我々が時間を稼ぎます」
撤退してきた部隊の指揮官らしき男性は、申し訳なさそうな顔をしながらセシリアに敬礼をした。他の兵士たちも水を飲むのを止め、指揮官と一緒に敬礼をしてから、塹壕を後にしていく。
彼らがゴダレッド高地から脱出するまで、ここで時間を稼がなければならない。
空中戦艦を失ったとはいえ、敵の地上部隊はこちらの3倍だという。空中から支援砲撃してくれる空中戦艦を失ったとしても、敵の指揮官が部隊をそのまま突撃させて強引に防衛戦を突破させ、フェルデーニャ軍の追撃を継続するのは想像に難くない。
ショーシャ軽機関銃を掴み取り、バイポッドを展開しようとしていたその時だった。
ゴダレッド高地に構築された塹壕の左翼から、法螺貝の音が聞こえてきたのである。
『ブオォォォォォォォォッ!!』
「敵襲!!」
唇を噛み締めながらショーシャ軽機関銃の照準器を覗き込み、銃口を塹壕の向こう側へと向ける。隣ではセシリアが迷彩模様の法螺貝を取り出し、塹壕の右翼側へと向かって敵襲だという事を知らせていた。
普通の軍隊ならばホイッスルやラッパを使う筈なんだが、なぜこの騎士団では法螺貝を使っているんだろうか。しかも、昔の日本で使われていたような法螺貝ではなく、どういうわけか迷彩模様に塗装された近代的な法螺貝である。
ゴダレッド高地は岩と草原で覆われているため、塹壕を掘らない限り遮蔽物は殆ど存在しない。だから、塹壕の向こう側から雄叫びを上げて突っ込んでくる帝国軍の兵士たちを簡単に発見する事ができた。
呼吸を整えながら、銃剣付きのボルトアクションライフルを構えて突っ込んでくる敵兵に照準を合わせる。おそらく、そろそろ射程距離に入るだろう。だが、セシリアが命令するまで射撃を始める事は許されない。
腰に下げていた刀を引き抜いたセシリアは、ゆっくりと漆黒の刀身を天空へと向けた。
敵兵の中には、ヘルメットではなく略帽をかぶり、ボルトアクションライフルの代わりに金属製の杖らしき武器を持った兵士が紛れ込んでいる。魔術師だろうか。
兵器が発達して魔術師が重要視されなくなってきたとはいえ、強力な魔術をぶっ放してくる魔術は脅威としか言いようがない。狙うのであれば、指揮官か魔術師を真っ先に狙うべきだろう。
「――――――機関銃、撃ち方始めッ!!」
刀を振り下ろすと同時に、セシリアが命じた。
塹壕に設置されている重機関銃たちが一斉に火を噴く。側面へと伸びているベルトが凄まじい勢いで機関銃の中へと飲み込まれていき、ライフル弾たちが猛烈なマズルフラッシュを突き破る。
俺も左手でショーシャ軽機関銃のフォアグリップを思い切り掴み、引き金を引いた。冷却用の水の入ったタンクで銃身を覆われている他の重機関銃よりもすらりとしたショーシャ機関銃の銃口でマズルフラッシュが産声をあげ、装填されているライフル弾が次々に発射されていく。
照準器の向こうにいる敵兵たちが、次々に身体を揺らしながら倒れていった。中には被弾しているにもかかわらず、血まみれになりながら突進してくる兵士もいたが、立て続けに弾丸を叩き込まれ、血や肉片を撒き散らしながら崩れ落ちていく。
敵兵が次々に倒れていくのは喜ばしい事だが、正直に言うと俺の発射している弾丸がどの敵兵を倒しているのかよく分からない。
空になったマガジンを取り外し、予備のマガジンを装着する。ショーシャ軽機関銃の利点は重機関銃よりもはるかに軽い事だが、残念なことにショーシャ軽機関銃のマガジンには20発しかライフル弾が入らない。だから、弾丸の連なっているベルトを使う銃機関銃よりも、弾切れする速度が非常に早いのである。
動作不良が起こりませんようにと祈りながら、射撃を再開する。
2発のライフル弾が敵兵の胸板と肩を直撃し、弾丸で撃ち抜かれた敵兵が崩れ落ちた。
すぐに次の標的を狙おうと思ったが――――――ガチッ、という音がマガジンから聞こえたかと思うと、先ほどまで銃口で荒れ狂っていたマズルフラッシュが消え失せてしまう。
どうやら、弾丸が詰まってしまったらしい。
舌打ちをしながら端末を取り出し、今装備しているショーシャ軽機関銃を装備から解除する。敵が塹壕の向こう側から突っ込んできているのだから、詰まってしまった弾丸を取り出している時間はない。すぐに予備のショーシャ軽機関銃を装備してバイポッドを展開し、フォアグリップを掴んで射撃を継続する。
「ライフル隊、撃ち方始め!」
セシリアが今度はライフルマンたちに攻撃を命じる。土嚢袋の隙間や塹壕の縁からモシンナガンM1891の銃身を突き出したライフルマンたちが、発砲しながら突っ込んでくる敵兵の群れに7.62mm弾をぶちかまし、次々に射殺していく。
空になったマガジンを取り外していると、ポンッ、という音が近くから聞こえてきた。塹壕の中に設置された迫撃砲が発射されたらしく、砲撃を担当する兵士たちの傍らに置かれている迫撃砲の砲身の周囲には、うっすらと白い煙が残っている。
次の瞬間、迫撃砲の砲弾が突進してくる敵兵の群れの目の前に落下した。火柱が荒れ狂い、全力疾走していた敵兵たちがあっという間にミンチと化す。今の爆発で片腕を引き千切られたのか、照準器の向こうで若い兵士が傷口を押さえながら絶叫していた。
そいつに照準を合わせ、止めを刺す。
『ハンスがやられた!』
『クソッタレ!!』
敵兵の放ったライフル弾がすぐ近くの土嚢袋を直撃する。ぎょっとしながら、ライフル弾が飛んできた方向へと銃口を向け、トリガーを引いた。
だが、ショーシャ軽機関銃から放たれた弾丸が左へと逸れてしまい、今しがたライフル弾をぶっ放してきた敵兵を仕留められなかった。その敵兵にすぐに次の弾丸をお見舞いしようとしたが、それよりも先に別の方向から飛来したライフル弾が、よりにもよってショーシャ軽機関銃のマガジンを直撃し、ただでさえ華奢なマガジンを歪ませてしまう。
「おいおいおい………!」
歪んだマガジンを取り外し、予備のマガジンを装着する。幸運なことに、ぶっ壊れたのはマガジンだけだ。機関銃そのものがぶっ壊れたのならば予備の機関銃に交換する必要があったんだが、マガジンだけで済んだのならば交換するだけでいい。
くそったれ、早くマドセン機関銃が使いたい。
何人倒したんだろうと思いながら、マガジンをぶっ壊してくれた敵兵を蜂の巣にする。
「おいルーキー、何人倒した!?」
隣でモシンナガンM1891に7.62mmをクリップで装填しながら、ジェイコブが大声で尋ねてくる。弾丸の装填を終えた彼―――――性別は男なので”彼”で合っている筈だ―――――は、モシンナガンで敵兵の胸板を正確に狙撃すると、素早くボルトハンドルを引いて次の弾丸の準備をする。
武器屋の店員が本職だと思っていたんだが、どうやら彼の本職は本当にライフルマンらしく、ボルトハンドルの操作が非常に早い。
「分からん! 他の奴らに撃つなって言えば分かるんじゃないか!?」
「ハハハハッ、射撃は苦手なのか!?」
射撃は得意なんだが。
予備のマガジンと交換している内に、敵部隊のいる方向からライフル弾が飛来しなくなってきた。首を傾げながら顔を出すと、先ほどまで突撃していた帝国軍の兵士たちは踵を返し、逆に撤退を始めている。
強引に防衛ラインを突破するのは不可能だと判断したのだろうか。
「高を括るからだ、たわけ」
逃げていく敵兵を潜望鏡で眺めながら、セシリアが呟く。
塹壕へと突撃する場合は、後方の砲兵隊による支援砲撃は必需品である。だが、敵兵は砲兵隊に支援砲撃を要請せず、ただ単に塹壕へと突っ込んできたのだ。
おそらくテンプル騎士団の貧弱な防衛ラインならば、歩兵部隊だけで大丈夫だろうと高を括っていたに違いない。もしくは、フェルデーニャ軍に圧勝したことで慢心していたのだろう。
とりあえず、あのクソ野郎共の勝利の美酒を台無しにしてやることはできた。
しかし――――――フェルデーニャ軍に大打撃を与えた”見たこともない戦術”で、今度はテンプル騎士団に襲い掛かってくるのは想像に難くない。次の敵の攻勢は、今の攻勢とは比べ物にならないほど熾烈になる事だろう。
ショーシャ軽機関銃を塹壕の中へと引っ込めてから、ちらりとセシリアの方を見る。
彼女は首を縦に振ると、刀を鞘の中に戻しながら、撤退していく敵兵たちを睨みつけるのだった。
元ネタ解説『カポレットの戦い』
カポレットの戦いは、第一次世界大戦でイタリア軍とオーストリア・ハンガリー帝国軍、ドイツ帝国軍が繰り広げた戦いです。イタリア軍の猛攻によって壊滅寸前まで追い詰められていたオーストリア・ハンガリー帝国軍を掩護するために派遣されたドイツ帝国軍の反撃によって、優勢だったイタリア軍は大打撃を被る羽目になりました。




