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攻撃隊VS空中戦艦


 かつては、航空戦力の主力は背中に騎士を乗せた飛竜だと言われていた。弓矢では貫けないほど堅牢な外殻と、眼下の敵を無慈悲に焼き尽くすブレスを併せ持つ飛竜は最も強力な戦力であり、たった数体の飛竜で優勢だった敵の地上部隊を蹂躙することも可能であった。


 産業革命の勃発でフィオナ機関が登場し、異世界の技術で作られた銃が作用され始めたことによって地上部隊の対空射撃が強化され、飛竜が我が物顔で空を飛ぶことは難しくなったものの、各国の騎士団は大型の飛竜に操縦士とライフルマンを乗せ、地上の敵を焼き払い続けた。


 しかし、異世界の技術でついに飛行機が発明されると、かつて銃が採用されたことで剣が博物館に展示される羽目になったように、飛竜たちも各国の軍隊から退役することになってしまう。飛竜のように調教したり、成長するまで待つ必要がなく、素材と工員と機械があればいくらでも生産できる飛行機の方が合理的な兵器であったためである。


 もちろん、種類によっては飛竜の方が戦闘機よりも勝っていることもある。だが、性能が劣っているのであれば複数の戦闘機で攻撃する事で強引に撃破する事ができるし、仮に飛行機が撃ち落とされたとしてもすぐに向上で新しい飛行機を”造り直せば”いい。


 そう、いくらでも造り直せる。


 それが『血と鉄の力』なのである。


 沈みつつある夕日によって赤黒く染められたフェルデーニャの空を、その血と鉄の力によって生み出された覇者たちが飛んで行く。かつては最強の戦力とされていた飛竜から、空を我が物顔で飛ぶ権利を奪い取り、抗う敵を機関銃と爆弾で蹴散らす鋼鉄の暴君たち。


 エリュダリオ山脈から敗走するフェルデーニャ軍を支援するために、空母『ナタリア・ブラスベルグ』から飛び立った、合計40機の攻撃隊であった。ナタリア・ブラスベルグはジャック・ド・モレー級の船体を強引に空母に改造した空母であるため、たった40機しか航空機を搭載する事ができないのである。


 だが、爆弾やロケット弾を搭載した40機の攻撃隊であれば、たった1隻の空中戦艦を撃沈することは容易いだろう。


 攻撃隊を構成している飛行機は、2枚の翼を胴体の上部と下部に搭載した”複葉機”と呼ばれる初期の飛行機たちである。第一次世界大戦では空軍の主役と言ってもいい兵器であったが、第二次世界大戦では大半が退役する羽目になっている。


 今回の攻撃に投入されたのは、イギリス製の『ソッピース・キャメル』30機、同じくイギリス製の『ブリストルF.2ファイター』10機であった。


 合計40機の攻撃隊を指揮する隊長は、胴体の下部に爆弾をぶら下げたブリストルF.2ファイターの操縦席から、夕日によって赤黒く染められているエリュダリオ山脈を見下ろした。まるで岩山に鮮血で塗装したかのように赤く染まっている山脈の表面では小さな爆発が何度も起こっており、その爆発が発生している地点の上空を灰色に塗装された巨大な魚雷のような形状の飛行物体が飛行しているのが分かる。


 船体の側面にこれ見よがしに描かれているのは、ヴァルツ帝国の国旗であった。


「………」


 忌々しい帝国の国旗を睨みつけてから、周囲を飛行する味方の飛行機へと向かって手で合図する。


 現代では戦闘機に無線が搭載されるのは当たり前の事であるが、第一次世界大戦の頃はそもそも無線機が存在しなかったため、前線で戦う兵士たちは本部へと伝令を向かわせたり、伝書鳩を使って味方と連絡を取っていたのである。飛行機のパイロットたちも、すぐ目の前にあるエンジンやプロペラのせいで味方と”声”で連絡を取ることは難しかったため、手を使って合図を送り合っていた。


 本格的に戦闘機に無線機が搭載され始めるのは、第二次世界大戦の後半からである。


 他の編隊の隊長たちが頷いたのを確認した直後、攻撃隊の先頭を飛んでいた5機のソッピース・キャメルで構成されていた編隊が速度を上げ、仲間たちを置き去りにして敵の空中戦艦へと突撃していった。


 突撃していったその5機のソッピース・キャメルたちには、他の攻撃隊とは違って爆弾やロケット弾は搭載されていない。爆弾などを搭載すれば、当然ながら戦闘機は一気に重くなり、機動性が急激に低下してしまう。そのため、そのような状態では対空砲火や敵の戦闘機を回避するのは困難になってしまうのだ。


 そのため、あの身軽な5機のソッピース・キャメルを先行させ、空中戦艦を護衛する敵の航空隊を排除してもらうのである。


 その隙に、置き去りにされた35機の攻撃隊は速度を維持しつつ、高度を上げ始めた。












 窓の向こうでは、火柱がこれでもかというほど産声をあげている。


 巨大な魚雷にも似た船体の下部にぶら下げられた砲塔が爆音を発した数秒後に、発射された榴弾が山脈を直撃し、逃げ惑うフェルデーニャ軍の将兵たちを蹂躙していく。


 空中戦艦の形状は、第一次世界大戦に投入された飛行船に似ている。だが、第一次世界大戦に投入された飛行船のエンジンよりもはるかに強力なフィオナ機関を搭載したことによって、駆逐艦の主砲をこれでもかというほど搭載する事ができるようになったのだ。さすがに巡洋艦や戦艦の主砲を搭載すれば重量オーバーになってしまうものの、制空権を確保した戦場の空に居座り、敵を空中から砲撃することで大打撃を与えることが可能な強力な兵器である。


 コーヒーを口へと運びながら、艦長は砲弾の爆風で蹂躙されていく敵軍を見下ろした。


 フェルデーニャ軍の兵士の中には、ボルトアクションライフルや機関銃を空中戦艦へと向けて放ち、撃沈しようとする愚か者も見受けられる。だが、砲塔に乗り込んでいる砲手たちは抵抗する敵兵を無慈悲に榴弾でミンチにし、木っ端微塵にしてしまう。


 船体の下部にぶら下がっているゴンドラの周囲には護衛の戦闘機が4機ほど飛んでいるものの、彼らの出番はないだろう。フェルデーニャ軍は航空戦力を一切用意していなかったため、この空中戦艦を戦闘機で攻撃する事すらできないのだから。


 剣を持って突っ込んでくる敵を、銃の一斉射撃で蹂躙しているようなものである。


 空になったカップを傍らの乗組員が持っているトレイの上に乗せてから、艦長はポケットの中から一枚の白黒写真を取り出した。写っているのは妻とまだ幼い娘の2人で、娘は艦長がかぶっている大きな軍帽を頭にかぶり、楽しそうに笑いながら敬礼をしている。


『3時方向より敵機接近!!』


 軍帽をかぶっている愛娘を見つめながら微笑んでいた艦長は、すぐに写真をポケットへとしまうと、傍らにある伝声管に向かって命令を下す。


「航空隊、直ちに迎撃せよ! 総員、対空戦闘用意!」


 見張り用のゴンドラに乗っている乗組員が、傍らを飛行している味方の航空機に向かって旗を振り、敵機が接近している事を告げる。パイロットたちも手で合図を返すと、敵機が接近してくる方向へと旋回してから増速していった。


 首に下げている双眼鏡を覗き込み、3時の方向を確認する。接近してくるのはたった5機の黒く塗装された複葉機のようだった。フェルデーニャ軍が慌てて出撃させた部隊だろうかと仮説を立てた艦長だったが、その航空隊の主翼や胴体にこれ見よがしに描かれたエンブレムを目にした途端、唇を噛み締める羽目になった。


 描かれているのは、2枚の真紅の翼と1丁のライフルだ。そのライフルの上に居座るのは、彼らの象徴でもある真紅の星である。


 そう、テンプル騎士団のエンブレムであった。


(蛮族の分際で………)


「敵はテンプル騎士団の航空隊です!」


「蛮族共の接近を許すな! 是が非でも叩き落せ!!」


 現代のテンプル騎士団は、先進国が次々に新型のライフルを採用しているにも関わらず”剣”を正式採用し続けている事と、世界中で差別されている種族やホムンクルスが部隊の大半を占めているため、各国から蛮族扱いされているのである。


(フェルデーニャの奴らめ………テンプル騎士団(蛮族共)すがりおったか。何と愚かな)


 おそらく、エリュダリオ山脈で大損害を被ったフェルデーニャ軍が救援を要請したのだろう。現在ではテンプル騎士団はかなり弱体化しており、兵士の錬度も非常に低下しているため、蹴散らすことは難しくはない。


 しかし――――――転生者部隊を投入したウェーダンでは、帝国軍はそのテンプル騎士団(蛮族共)に惨敗しているのである。


 ウェーダンへの転生者部隊の投入は批判が多かったものの、艦長は転生者部隊ならば敗北することはないだろうと考えていた。確かに転生者は強力な能力を持つものの、その能力の使い手は別の世界で平和な暮らしをしていた少年や少女であり、錬度が余りにも低すぎると言わざるを得ない。


 しかし、転生者たちがあの不思議な端末で生み出せる能力や武器は、その練度不足を無視できるほど強力な代物であり、陸軍の部隊が補助すれば十分に強力な決戦兵器として機能する筈であった。


 弱体化している筈のテンプル騎士団は、その虎の子の転生者部隊を打ち破ったのである。


(蛮族だと見下すのは誤りだとでもいうのか………?)


 艦橋の窓の向こうで、帝国軍の戦闘機が火を噴いた。後方へと回り込んだテンプル騎士団緒ソッピース・キャメルに機銃で蜂の巣にされたらしく、エンジンから黒煙と炎を生み出しながら、ぐるぐると回転してエリュダリオ山脈の渓谷へと落下していく。


 ぎょっとしながら、帝国軍の戦闘機を撃墜した機体を双眼鏡で確認する。操縦席のすぐ近くには、白いペンキで印がいくつも書かれているのが見える。おそらく、その印は撃墜マークなのだろう。


 敵機の数は5機であるのに対し、今しがた1機撃墜されたことにより、帝国軍の航空機は残り3機のみだ。5対3では不利である上に、向こうには何機も撃墜しているエースパイロットが混じっている。あのまま戦闘を継続すれば、迎撃に向かわせた3機の戦闘機も同じように撃墜され、敵のエースパイロットは大喜びで撃墜マークを増やすに違いない。


「なぜ我が軍の航空隊は蛮族なんぞに押されているのだ!?」


 悪態をつく指揮官の声を聞きながら、艦長は違和感を感じていた。


 敵機の武装は、おそらく機銃のみだろう。


 戦闘機と戦うのであれば、機銃を搭載していれば十分である。だが、戦闘機の後方に空中戦艦が居座ってフェルデーニャ軍を砲撃している以上、攻撃するべきなのは戦闘機ではなく、空中戦艦の方である。


 もし空中戦艦を攻撃するのであれば、ロケット弾や爆弾は必需品だ。いくら装甲が艦艇よりも薄いとはいえ、空中戦艦を機銃のみで撃墜するのはほぼ不可能である。徹甲弾を搭載した機銃で船体にぶら下がっているエンジンを狙い撃ちにすれば不可能ではないが、エンジンや艦橋であるゴンドラの周囲には特に多く対空機銃が配置されており、エンジンを攻撃するためにそこへと突っ込むのは自殺行為でしかない。


 つまり、空中戦艦の撃沈が目的であれば、攻撃隊も必要なのである。


 なのに、敵はたった5機の軽装の戦闘機を突撃させてきたのである。


「………見張り員に警戒を継続させろ」


「な、なぜです?」


「敵機がたった5機で突っ込んでくるのは考えられん。どこかに攻撃隊が――――――」


 艦長が説明しようとしたその時だった。


『――――――て、敵機直上!!』


「ッ!!」


 そう、その5機のソッピース・キャメルは囮だったのである。


 爆弾やロケット弾をこれでもかというほど搭載した35機の攻撃隊が、空中戦艦に牙を剥こうとしていた。











 後続の航空機に合図を送ったパイロットが、自分と同じ編隊の部下たちと共に空中戦艦へと急降下していく。


 エリュダリオ山脈にプロペラとエンジンの音を響かせながら急降下していく攻撃隊の先陣を切るのは、5機のソッピース・キャメルたちだった。彼らに向かって空中戦艦の上部に搭載された機関銃が火を噴くが、攻撃隊のパイロットたちは意に介さずに急降下していく。


 彼らの母艦であるナタリア・ウラスベルグは、現時点でテンプル騎士団が保有する唯一の空母だ。たった1隻の空母であるため、あらゆる戦闘で航空支援や爆撃のために艦載機を何度も出撃させてきた。それゆえに、艦載機のパイロットたちは必然的に何度も実戦を経験することになり、錬度を劇的に高める事ができたのである。


 だからこそ、対空機銃の一斉射撃には全く怯えない。


 曳光弾が主翼を掠めても、お構いなしに急降下しながら照準器を覗き込む。このまま突っ込めば敵の空中戦艦へと体当たりする羽目になってしまうほど速度を上げ、呼吸を整えながらスイッチに手を近づける。


「――――――くたばりやがれ」


 ニヤリと笑いながらスイッチを押した直後、先陣を切ったソッピース・キャメルの下部から一斉に杭にも似た小型の爆弾が投下された。解き放たれた杭のような小型の爆弾たちは、ソッピース・キャメルたちを撃墜するために機銃を撃ち続けていた敵兵の肉体もろとも空中戦艦の装甲を突き破ると、次々に艦内で爆発し、空中戦艦の上部を火の海にしてしまう。


 後続のソッピース・キャメルたちも同じように杭のような爆弾を次々にばら撒き、空中戦艦の胴体を火達磨にしていった。


 彼らが投下したのは、第一次世界大戦でイギリスが開発した『ランケン・ダート』と呼ばれる小型の爆弾である。イギリスを爆撃しようとする飛行船を撃墜するために生み出された対飛行船用の爆弾だ。


 急降下した運動エネルギーを纏って空中戦艦を直撃したランケン・ダートの群れは、空中戦艦上部に配備されていた機銃を木っ端微塵に粉砕し、船体の上部を焼き尽くした。


 離脱するソッピース・キャメルの群れを生き残った機銃が狙うが、機銃の射手たちがトリガーを引いた頃には、既に彼らが投下したランケン・ダートよりもはるかに強烈な爆弾をぶら下げたブリストルF.2ファイターの群れが、爆弾を切り離していた。


 杭のようなランケン・ダートとは比べ物にならないほど強力な爆弾たちが、火達磨になりつつある空中戦艦に牙を剥く。


 容赦なく装甲を貫通した爆弾たちが艦内で起爆し、艦内の通路を緋色の火柱で呑み込む。装甲が爆発によって抉り取られ、ひしゃげた装甲や鉄骨の破片が空へとばら撒かれていった。


 10機のブリストルF.2ファイターによって立て続けに爆弾を叩き込まれた空中戦艦が、黒煙や炎を晒しながら高度を下げ始める。護衛の戦闘機が健在であれば、空中戦艦を蹂躙している攻撃隊に反撃する事ができた事だろう。しかし、先行した5機のソッピース・キャメルを迎撃するように命令したことと、航空戦力のないフェルデーニャ軍が相手なのだから護衛は少数で問題ないと高を括ったせいで、帝国軍はこのエリュダリオ山脈の戦いで航空戦艦を失う事になってしまうのである。


 爆弾を投下し終えたブリストルF.2ファイターたちが離脱していく。既に空中戦艦のエンジンはいくつか停止しており、ゆっくりと高度を落としつつあったが、テンプル騎士団の航空隊は容赦なく追撃を続けた。


 残りのソッピース・キャメルの群れが、まだ健在だった船体下部にぶら下がっている艦橋(ゴンドラ)にロケット弾や機関銃の徹甲弾を叩き込んだのである。先端部のみがガラス張りになっている楕円形のゴンドラが爆発に呑み込まれ、窓ガラスを突き破った火柱が荒れ狂う。中にいた乗組員たちはあっという間に焼き尽くされる羽目になった。


 ゴンドラをぶら下げていたワイヤーや鉄骨が千切れ飛び、火達磨になったゴンドラが山脈へと向けて落下していく。


 ロケット弾を使い果たした獰猛なソッピース・キャメルの群れが飛び去った直後、空中戦艦の船体の右側が吹き飛んだ。装甲が弾け飛び、まるで火山の噴火の際に飛び散る火山弾のように、火達磨になった鉄骨の一部や装甲の一部が落下していく。


 攻撃隊にロケット弾や爆弾をこれでもかというほど叩き込まれた空中戦艦は、炎上しながら空中分解を繰り返し、山脈へと墜落していった。


 


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