出撃準備
テンプル騎士団の兵士たちが口にできる食事は、多分他国の軍隊よりも豪華に違いない。
現在では本拠地を失って弱体化してしまっているものの、他国の軍隊とは違い、この騎士団には様々な国からやってきた種族たちが所属しており、自分たちの出身地の文化や技術を持ち寄って共存している。それゆえに、テンプル騎士団の兵士たちの文化に統一性は全くと言っていいほど存在しない。
言語や文化がバラバラなのは問題点だが、様々な文化や技術を持ち寄って共存しているという事は極めて大きな強みだろう。
その強みが現れている事の1つが、食事である。
キャメロットの艦内にある食堂のメニューの種類はかなり多い。全ての料理をテーブルに置いてあるメニューに載せようとすれば、メニューが図書館に置かれている分厚い教本と化すほどである。普通の軍隊では考えられない事だが、西洋の料理だけでなく、東洋の料理もほぼ全て食堂で食べる事ができるのだ。
とはいっても、毎日そんな事をするわけにはいかないので、食堂で好きな食事を選べるのは金曜日か、大規模な作戦が実施される前のみとなっている。
「いただきます」
「いただきます」
前世の世界と同じように、手を合わせてから箸へと手を伸ばす。
目の前にあるテーブルの上に置かれているのは、純白の麺の上に油揚げとネギが乗ったきつねうどんだった。普段は食堂でライ麦パンや野菜スープくらいしか食べられないし、稀に協力した軍から食料の差し入れがあることがあるが、そのような食材はすぐに洋食と化してしまう。
洋食が嫌いというわけではない。洋食は華やかな上に美味い。だが、やっぱり和食が恋しくなってしまう。
だから、こちらの世界にも前世の世界と殆ど変わらない和食が存在するのは本当にありがたかった。美味そうなきつねうどんが入っているのは殺風景な灰色の容器だが、その中に居座るきつねうどんが発する香りは、やはり前世の世界で食べた和食と変わらない。
箸で太い麺を口へと運ぶ。
「………懐かしい」
「ふふっ、向こうの世界にも同じ料理があるのか」
「ああ。こっちの世界の料理とあまり変わらないけどな」
向かいの席に座っているセシリアの目の前にも、きつねうどんが置かれている。麺の上に乗っている大きな油揚げを残し、先にネギや麺を食べているセシリアを見てからちらりと厨房の方を見ると、他の料理人たちよりも背の低い東洋人――――――おそらく倭国出身なのだろう――――――が嬉しそうにこっちを見つめていた。
小柄な料理人に向かってぺこりと頭を下げてから、俺も油揚げを残して麺を次々に口へと運ぶ。
このでっかい油揚げは最後に食べるとしよう。
キャメロットの食堂で食事を摂っている兵士たちは、ゴダレッドでの撤退支援作戦に参加する兵士たちだった。ゴダレッドで防衛ラインを構築し、フェルデーニャ軍の撤退が完了するまで防衛戦を継続することになれば、またライ麦パンや野菜スープばかりを食う羽目になってしまう。だから、大規模な作戦に参加しる兵士たちは、作戦開始前に食堂で好きな食事を食べてから戦場へと向かうのだ。
ゴダレッド高地へと向かうことになるのは、空母『ナタリア・ブラスベルグ』がキャメロットと合流してからという事になっている。キャメロットから遠征軍を乗せたボートが出撃するよりも先に、ナタリア・ブラスベルグに搭載されている合計40機の艦載機たちが、爆弾やロケット弾をぶら下げて敵の空中戦艦を袋叩きにすることになっている。
空中戦艦を撃沈しなければ、俺たちまでフェルデーニャ軍の兵士たちと一緒に空中戦艦の砲撃で袋叩きにされてしまうからだ。制空権を敵に奪われている以上、忌々しい空中戦艦を撃沈し、エリュダリオ山脈の上空を我が物顔で飛び回る帝国軍の戦闘機共を殲滅しなければ、空爆と砲撃であっという間にミンチにされるのが関の山である。
うどんを口へと運びつつ、端末を取り出して武器の生産のメニューをタッチする。武器の種類の中から”軽機関銃”を選び、ずらりと並ぶ武器の名前をチェックしながら、現時点で生産可能な銃がないか確認する。
軽機関銃とは、歩兵が装備することを想定した機関銃である。基本的にボルトアクションライフルと同じ弾薬をフルオートで連射する事ができるため、圧倒的な破壊力を誇る。更に弾数も多いので弾幕を容易く張ることも可能だが、ボルトアクションライフルよりも重いし、塹壕などに設置することを想定した重機関銃と比べると弾数が少ないという欠点がある。
防衛戦であるため、軽機関銃ではなく重機関銃でも問題はないのだが、今回の戦場はウェーダンのような場所ではなく、ゴダレッド高地と呼ばれる場所である。戦場に向かう前に山を登る必要があるし、防衛ラインを構築したとしても、重機関銃よりも小回りの利く軽機関銃がなければ敵を迎撃するのは難しい。
というわけで、今回は軽機関銃を装備させてもらうとしよう。
普通の転生者の端末であれば、レベルが上がった際に手に入るポイントを使って武器や能力を生産する。しかし、今の俺は端末のデータが破損しているせいでレベルやステータスが上がらない上にポイントも手に入らないため、他の転生者のように自由に武器を生産する事ができない。
そこで、フィオナ博士が端末を改造し、”サブミッション”と呼ばれるミッションをクリアすることによってポイントが手に入るようにしてくれたのだ。
現時点では大半の武器が生産できない状態だが、他の武器もサブミッションをクリアすることによって生産できるようになっていくという。
とりあえず、”初期装備”の準備をしよう。
うどんを食べながら端末を覗き込んでいると、向かいの席に座っているセシリアがじっと俺のうどんの皿を見下ろしているのが見えた。
「ボス、どうした?」
「嫌いなのか?」
「えっ?」
じっとうどんの皿を見下ろしながら真っ白な指を差すセシリア。首を傾げながら自分のうどんの皿を見下ろした俺は、彼女が皿の中に取り残されている油揚げを指差していることに気付いた。
「い、いや………」
「きっ、き、嫌いなら私が食べてやるぞ? もったいないからな」
いや、最後に食べようと思ってたんですけど。
そう言おうと思ったんだが―――――でっかい油揚げをじっと見つめているセシリアの唇からよだれらしき液体が顔を出し、彼女が食べ物を残していることを咎めているわけではないという事を告げる。
好物なのか。
腰の後ろから伸びている黒いキメラの尻尾を、まるで飼い主が餌をくれるのを待つ犬のように左右に揺らしながら油揚げを見下ろすセシリア。左手で唇から顔を出したよだれを拭い去った彼女は、端末を持ったまま油揚げを見下ろしている俺の顔を覗き込み、首を縦に振るのを待っている。
彼女にはお世話になっているので、この油揚げは彼女にプレゼントすることにしよう。
苦笑いしながら首を縦に振ると、セシリアはまるで大好物を目の当たりにした子供のように笑みを浮かべた。
「ああ、油揚げは苦手なんだ。ボス、食うか?」
「い、いいのかっ!?」
「おう。どうぞ」
油揚げが苦手ならきつねうどんを注文することはないと思うんだがな。
嬉しそうに笑いながら、箸で俺の油揚げを自分の皿へと拉致していくセシリア。まだ口を付けていないでっかい油揚げを見下ろした彼女は、「まったく、好き嫌いしてはダメではないか」と言いながら油揚げを口へと運んだ。
幸せそうに油揚げを食べる上官を見守りながら苦笑いする。
狐みたいだな。
「おい、団長が嬉しそうに微笑みながら油揚げ食ってるぞ!」
「か、カメラっ! 誰か早く団長の笑顔を撮影するんだ! 滅多に見れないぞ、同志セシリアの笑顔はっ!!」
「任せろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「つーかあの新入り何者だ!? ウェーダンの時も団長になでなでしてもらってたぞ!?」
「何ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
周囲で食事をしていた兵士たちが大騒ぎを始める。中にはカメラ―――――なぜ食堂に持ち込んでいるんだろうか――――――をあっという間に取り出してセシリアの写真を撮り始めたり、どういうわけかセシリアの向かいに座っている俺を睨みつけてくる兵士もいる。
これからは食事は自室で済ませる事にした方がいいかもしれない。毎週金曜日だけは自室まで届けてくれるらしいし。
というか、この騎士団って本当に軍隊か?
「うむ、ごちそうさまっ♪」
「ごちそうさま」
手を合わせてから、彼女と一緒にうどんの皿を厨房の近くにある棚へと運んで行く。テーブルの方では未だにセシリアの写真を撮ったり、俺の方を睨みつけている兵士もいるようだったけれど、とっとと戦線離脱したほうが良さそうだ。
男性の兵士の罵声を聞きながら食堂を後にする。通路を歩きながら再び端末を取り出し、現時点で生産できそうな軽機関銃を探し続ける。
個人的には、旧式の軽機関銃であればデンマーク製の『マドセン機関銃』を使いたいところだ。信頼性が非常に高いし、使用できる弾薬の種類が非常に多いという利点もある。もちろんモシンナガン用の弾薬も使用する事ができるので、ライフルマンたちと弾薬を分け合うこともできるというわけだ。
問題点はコストが高い事と、マガジンの中に30発しか装填できないという点くらいだろう。とはいっても、軽機関銃の弾数が当たり前のように50発を超えるようになるのは第二次世界大戦が終結してからなので問題はないと思うが。
だが、残念なことにマドセン機関銃はまだ生産できないようだった。
くそったれ、こいつが使えればテンプル騎士団の攻撃力は一気に強化されるんだがな………。
どの機関銃を生産できるんだろうかと思いながら名称をチェックしていると、1つだけ生産できる機関銃があった。
こいつを初期装備にさせてもらおうと思ったんだが――――――その機関銃の名称を見た途端、俺は顔をしかめる羽目になってしまう。
おいおい、初期装備はこいつなのか………!?
「ど、どうしたのだ?」
「いや、今度の戦いに試験的に軽機関銃を投入しようと思ったんだが………」
投入するのは中止した方がいいんじゃないかと思いつつ、その機関銃の名称を見下ろす。
《ショーシャ軽機関銃》
ショーシャ軽機関銃は、フランス軍が第一次世界大戦に投入した軽機関銃だ。銃身の下部に円盤を半分に切断したような形状のマガジンを搭載しており、非常にすらりとした形状をしている。使用する弾薬はルベルM1886と同じ弾薬であり、マガジンの中に20発装填することが可能だ。
だが――――――この機関銃は、正直に言うと第一次世界大戦に投入された銃の中で最も信頼性が低いと言わざるを得ない。
コストが低い上に強力なライフル弾を連発できるのは非常に魅力的である。だが、このショーシャ機関銃の肝心なマガジンはすぐに破損して装填不能になったし、マガジン内部の残弾をチェックするための穴から泥が内部へと入ってしまい、信頼性の低さに拍車をかける羽目になってしまった。
しかも、反動が大きい上に命中精度も低かったという。
「この機関銃か?」
「ああ………これは採用しない方がいい」
何でこれが初期装備なのだろうか。
顔をしかめながら、マドセン機関銃をタッチする。マドセン機関銃を生産するためにはいくつかサブミッションをクリアする必要があるらしい。できるならば、ショーシャ機関銃ではなくマドセン機関銃を使いたいものである。コストは一気に高くなってしまうが、銃で最も大切なのは殺傷力と信頼性の高さだ。弾丸すら撃てないほど信頼性が低い銃では戦争ができるわけがない。
しかし、表示されたサブミッションを目にした瞬間に、また目を見開く羽目になってしまう。
《サブミッション『動作不良は気にするな!』》
な、何だこのサブミッションは。
冷や汗を拭い去ってから、条件をチェックする。マドセン機関銃は信頼性が高い機関銃の筈なんだが、なぜサブミッションのタイトルが”動作不良は気にするな!”なのだろうか。
嫌な予感がすると思いつつ条件をチェックする。
《条件『ショーシャ軽機関銃で敵兵を10人倒す』》
神様、なぜなのですか?
無表情のまま端末の電源を切り、ポケットの中に戻す。
戦場の真っ只中にぶっ壊れやすい機関銃を持って行って、敵兵を10人も倒せってか!?
くそったれ、この条件を達成するためには”予備のショーシャ軽機関銃”も用意する必要がありそうだ。だが、これを達成すれば信頼性の高いマドセン機関銃が生産できるようになるのだから、今のうちに生産するための条件を達成しておいた方がいいだろう。
身体を張るしかない。
こいつは俺だけ装備することにしようと思いながら通路を歩いていると、キャメロットの通路の中に艦橋にいる乗組員の声が響き渡った。
『艦橋より全乗組員に通達する。空母”ナタリア・ブラスベルグ”とは30分後に合流予定。繰り返す、ナタリア・ブラスベルグとは30分後に合流予定。遠征部隊は上陸準備を開始せよ』
「………行こう、ボス」
「ああ。頼りにしてるぞ、力也」
作戦の目的はフェルデーニャ軍の撤退支援だが――――――敵兵を皆殺しにしても問題は無い筈だ。
そう思いながら、俺はもう一度ポケットの中から端末を取り出し、ショーシャ軽機関銃をいくつか生産するのだった。
かつて、テンプル騎士団の内部で内戦が勃発したことがあった。世界最強の軍隊といわれたテンプル騎士団が弱体化し始めた原因は、その内戦と言ってもいいだろう。
テンプル騎士団が採用した銃を装備した兵士同士が銃撃戦を繰り広げ、全く同じ形状の戦車がかつては味方だった同型の戦車を吹き飛ばした。海原では反乱軍の戦艦が同型艦と砲撃戦を繰り広げ、次々に沈んでいった。
その弱体化を食い止めるため、内戦が終結した後は徹底的な軍拡が行われた。ホムンクルスの兵士たちを更に増産し、兵士たちに装備させる武器や兵器をこれでもかというほど生産して、次々に配備していったのである。
内戦で大量の艦艇を失った海軍も、同じように艦艇を増産して艦隊を編成する必要があった。
ナタリア・ブラスベルグと名付けられた空母が産声をあげたのは、その内戦の後である。
テンプル騎士団を創設したタクヤ・ハヤカワの妻の1人であり、ホムンクルスの製造技術の習得に貢献した錬金術師『ナタリア・ブラスベルグ』の名を冠した空母は、元々は戦艦か航空戦艦として就役する筈だったジャック・ド・モレー級の22番艦を計画変更し、空母として就役したのだ。
そのため、船体の形状は同じくジャック・ド・モレー級をベースにしたキャメロットとほぼ同じ形状と言ってもいい。がっちりとした装甲に覆われた全長304mの船体の上は航空機を出撃させるための飛行甲板で覆われており、船体の右側にはキャメロットの艦橋を一回り大きくしたような艦橋が屹立している。艦橋の前後には20cm連装砲が2基ずつ搭載されており、周囲には高角砲や機銃がずらりと並んでいる。
傍から見れば、空母と巡洋艦を融合させたような艦である。
飛行甲板にはアングルド・デッキも用意されており、飛行甲板の先端部は、ロシアのアドミラル・クズネツォフ級空母のようなスキージャンプ甲板となっている。上へと曲がった甲板で艦載機を押し上げることで出撃させるのだ。
スキージャンプ甲板やアングルド・デッキを採用した空母が産声をあげるのは、冷戦になってからである。それゆえに、飛行甲板の上で古めかしい複葉機が爆弾を搭載して出撃準備をしている光景は、ミスマッチとしか言いようがなかった。
「艦長、出撃準備が整ったようです」
敬礼しながら乗組員が報告すると、飛行甲板を見下ろしていたダークエルフの艦長は乗組員の方を振り向き、首を縦に振った。
「ただちに全ての艦載機を出撃させ、敵空中戦艦を撃沈する」
「はっ!」
「艦載機隊、発艦を許可する。繰り返す、発艦を許可する。一番槍の誉れは同志諸君に与えられた。健闘を祈る」
爆弾やロケット弾を搭載した複葉機のパイロットたちが、飛行甲板で帽子を振る乗組員たちに手を振りながらスキージャンプ甲板から次々に出撃していく。これでもかというほどロケット弾を搭載した複葉機がスキージャンプ甲板によって押し上げられ、夕日によって赤黒く変色し始めた空へと舞い上がっていった。




