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2人きりの間だけ

今回は第二十章のエピローグとなります。短めです。


 真っ黒な棺の上に、赤い十字架と赤い星のエンブレムが描かれた旗が被せられている。


 テンプル騎士団の旗だ。


 その棺の周囲に立っているのは、黒い制服に身を包んだ特殊作戦軍の兵士たちだ。傍を被せられた禍々しい棺を見つめながら涙を流したり、既に流れ落ちた涙を拭い去っている隊員も見受けられる。


 あの中に眠っているのは、壊滅したボレイチームの兵士たちだ。もちろん、死亡した兵士たちの名前と顔もしっかりと覚えている。セシリアの理想と組織の理念に賛同し、共に戦う事を選んでくれた同志たちだ。大切な仲間の名前と顔は絶対に忘れない。


 だからこそ、その悲しみは感じている。


 久しぶりだ。戦友を失って悲しむのは。


 ポケットの中から、血の付いた黒いドッグタグを取り出す。戦死した隊員たちのドッグタグを右手に持って掲げながら、ずらりと整列した特殊作戦軍の兵士たちの前に立った俺は、棺の中で眠る同志たちに告げる。


「………同志諸君、君たちを失う事になってしまったのはこれ以上ないほど悲しい事だ………。だが、仇は取った。諸君らの命を奪ったクソ野郎は、アレインで瓦礫とコンクリートに抱かれ再び地獄に落ちた」


 彼らはよく奮戦してくれた。


 正直に言うとジョシュアは化け物だった。エルニカで遭遇した時にマリーヤを逃がすことを優先せず、あそこで戦う事を選んでいたのであれば俺はやられていただろう。セシリアやサクヤさんとの共闘や、フィオナ博士が用意してくれた装備があったからこそ辛くも倒す事ができたと言っていい。


「だから、もう恨まなくていい。自分を殺した理不尽を恨み、家族の事を思い出して悲しまなくていい。同志諸君の怒りと苦しみは、全て俺たちが代わりに背負おう。戦場で弾丸に射抜かれる痛みと、敵に殺意を向けられる恐怖にも俺たちが代わりに立ち向かおう。――――――だから、もう休め」


 ドッグタグをポケットの中にしまい、戦死した仲間達の顔を思い出す。


 どいつもこいつも屈強な兵士たちだった。俺の訓練に耐え抜き、優秀な成績を残し、大きな戦果をあげた優秀な兵士たちだった………。


「――――――現時刻を以て、同志諸君の全ての任を解く。………ゆっくり休んでくれ。一緒に戦ってくれて………ありがとう」


「構え!」


 後ろに整列していた隊員たちが、空砲の装填されたモシンナガンを曇り空へと向けた。


「撃てぇ!」


 ドン、と、戦死者を弔うための銃声が轟いた。


 ボルトハンドルの引かれる音。薬莢の墜ちる音。分隊長の号令。戦場でよく聴く轟音。


 その轟音を聞きながら、棺に向かってずっと敬礼を続けていた。


 













 アレインの内戦が終わり、フェルデーニャ支部からクレイデリア連邦へ帰国して最初に目にした新聞には、案の定こう書かれていた。


 『テンプル騎士団、アレインから撤退』。


 『内戦は反政府軍、ヴァルツ義勇軍の勝利か』。


 前者はクレイデリアで販売されている新聞だ。もちろん、クレイデリアの新聞社の方に公開する情報は結構制限されているが、クレイデリア連邦はあらゆる自由が保障される国だからテンプル騎士団の批判も咎められない。まあ、批判というよりは淡々と『テンプル騎士団がクライアントからの報酬の支払いが期待できないため撤退した』と報道している。


 後者はシュタージが入手してくれたヴァルツの新聞だ。もちろん文字は全部ヴァルツ語で書かれているが、転生者の端末の機能である翻訳装置が正常に動作しているおかげで、俺には慣れ親しんだ日本語の記事にしか見えない。


 こちらは、テンプル騎士団を『アレインから撤退させて勝利した』と報道している。まあ、ヴァルツがこういう報道をして国民をだますのは予想がついていたので別に何とも思わないが、果たしてあれは”ヴァルツの勝利”なんだろうか?


 まあ、確かにテンプル騎士団をアレインから撤退させたのだから結果的にはヴァルツ義勇軍と反政府軍の勝利だ。だが―――――ボロボロになって帰ってきた義勇軍を見たヴァルツ国民は、いったいどう思うんだろうな?


 どれだけ情報統制を重ねても、隠せない事はあるもんだ。


 あくびをしながらソファに腰を下ろし、ラジオのスイッチを入れた。何か音楽でも聴こうかなと思ったんだが、残念なことに今の時間帯はニュースばかりだ。クレイデリア国内で行われた野球の試合でどこかのチームが優勝したとか、テンプル騎士団がスポンサーとなっている企業が新しい健康食品を発売したとか、平和なニュースばっかりだ。平日にやってる前世の世界のニュースとあまり変わらない。


 そう思いながらニュースを聞いていたんだが、唐突にアレイン内戦に関するニュースが流れ始めたので、俺はキムチ味のタンプルソーダを飲むのをぴたりと止めた。


『アレイン内戦はテンプル騎士団の撤退により、反政府軍及びヴァルツ義勇軍側の勝利と言われています。しかし、テンプル騎士団の公式発表によると、撤退の理由は大損害を被ったからではなく、クライアントであるアレイン政府軍からの報酬の支払いが期待できない状況であったためやむを得ずに撤退したとのことで、真っ向からの戦闘で大敗を喫したというわけではないようです』


『この公式発表はクレイデリア政府の公式発表や、政府軍を支援していたオルトバルカ共産党からの公式発表とも一致しているようです。テンプル騎士団のセシリア・ハヤカワ団長は【我々は傭兵組織であり、報酬があるからこそ戦地へ向かう。報酬がないのならば同志を死なせるだけで戦う意味はない。だから退いたまでだ】と述べています。ヴァルツ側ではこの結果を利用した積極的なプロパガンダを行っているとの情報もあり―――――』


 いずれにせよ、決着は”次の世界大戦”でつくだろう。


 既に準備は始まっている。タンプル搭では内戦の最中も着々と戦力の増強や新技術の開発が行われていたし、パラレルワールドの技術や古代文明の技術の解析も、ガルゴニスやステラ博士のおかげですさまじい速度で進んでいるらしい。


 まあ、問題は兵力の肥大化に資金が追いつかなくなりつつあることだろう。そこはシュタージが新しい案を用意しているらしいので、明後日の会議でそれをお披露目してもらうとしようか。


「力也」


「ああ、”セシリア”」


 ニュースを聞きながらぼーっとしていると、セシリアが部屋に戻ってきた。執務室でのデスクワークは終わったのだろうか。


 彼女はデスクワークが嫌いらしく、書類の確認やサインはサクヤさんに任せているらしい。その分訓練の視察とか会議への出席はちゃんとやっているんだが、サクヤさんの事も手伝ってあげて欲しいものだ。というかちゃんと仕事して。きつねうどんあげないぞ。


 溜息をつくと、セシリアは制服の上に羽織っていた転生者ハンターのコートを壁にかけ、俺の隣に腰を下ろした。


「………終わったな、とりあえずは」


「ああ」


「………優秀な部下だったんだろう?」


「………ああ」


 本当に、優秀な奴らだった。


 けれども、仇はちゃんと取った。あいつらを殺したジョシュア(クソッタレ)を地獄につき落してやったのだから、あの世で同志たちも安堵している事だろう。


 仲間達の事を思い出していると、セシリアは俺の腰にあるポーチを見下ろして嬉しそうに微笑んだ。


 マガジンとか回復アイテムの収まっていたポーチは全部外したし、チェストリグも外してある。けれども、腰にはまだ1つだけポーチが残っていた。


 セシリアから貰ったテディベアを入れてある、大切なポーチだ。俺のお守りである。


「あっ、これ………まだ持っていてくれたのか」


「お守りだからな」


「そ、そうか………ふふっ♪」


 ああ、お守りだ。


 戦闘中もずっとこのテディベアは腰の左側に付けているポーチの中に収まっていた。内戦に向かう前、セシリアが渡してくれた大切なお守りだからな。これさえあれば生きて帰れそうな気がする。


「………で、でも、もうあんな無茶はしちゃダメだぞっ」


「お、おう」


 頬を膨らませながらこっちを睨んでくるセシリア。多分、ジョシュアと戦っていた時の事を言っているに違いない。フィオナ博士から預けられたダンクルオステウスを大破させ、キマイラバーストを稼働限界ギリギリまで使用し、建設途中のショッピングモールを倒壊させて倒したほどの強敵だったのだから、多分無茶をしなければ倒せなかっただろう。


 まあ、彼女からすればそれが心配だったんだろうが。


「まったく………お前が傷付くのを見ると、私も………つ、辛いんだからな………」


「………気を付ける」


「うむ、そうしてくれ。………あ、そうだ」


「ん?」


 尻尾を伸ばしながら顔を上げたかと思いきや、いきなり抱き着いてくるセシリア。真っ白な手を背中へと回しながら尻尾を巻きつけて、ニコニコしながら遠慮せずにしがみついてくる。


「お、おい?」


「ふふふっ。離れ離れだったんだし、今は2人きりなのだから別によかろう?」


「………そうだな」


 サクヤさんが居たらどうなっているかは言うまでもないだろう。内戦が終わってからすぐに自室で殺人事件が起こるのは勘弁である。その被害者が俺になるのも更に勘弁である。


 だから、サクヤさんが帰ってくるまで彼女を抱きしめていても良い筈だ。






 ―――――――多分、いずれ俺はこうして愛する女を抱きしめる事すらできなくなるだろうから。










 第二十章『アレイン内戦』 完


 第二十一章『朽ちゆく世界に何を願う』へ続く












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