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最後の1分


『力也さん』


 研究室を後にしようとしていた俺を、フィオナ博士が呼び止める。


 九分九厘”コレ”の事なんだろうなと思いながら立ち止まって振り向くと、彼女は作業台の上にある予備の首輪を手に取りながら言った。


『分かっているとは思いますが――――――この力を使う対価は、大きいですよ』


『………ああ』


『本来なら適合しないキメラ細胞を強引に活性化させるんです。そんな事をすれば、あなたの寿命は――――――』


『………分かってる』


 分かっている。


 それがどれほどの対価なのかは。


 けれども、それでいい。


 復讐を果たす事ができるというのならば、普通の人間くらいの寿命はいらない。


 燃え尽きる羽目になってしまったとしても、復讐が果たせればそれでいい。


 燃え尽きる前に、復讐が果たせればそれでいい。


 だから、デメリットだとは思わない。


 忌々しい勇者さえ焼き尽くす事ができれば、それでいいのだ。
















《キマイラバースト、発動》


 頭の中に、首に装着されている制御装置(首輪)が発する音声が響く。女性の声が脳味噌の中に響いたと思った次の瞬間、心臓の中で激痛が生まれた。


 まるで胸の中に火炎瓶でも放り込まれたかのような激痛と熱が、身体中に伝播していく。身体の中が焼けているかのような感覚が消え去り、強烈な殺意が頭と心の中を支配した。


 ジョシュアが鎌の柄を握りながら目を見開く。


 彼の瞳に映っているのは、俺の姿をしたバケモノだった。


 容姿は殆ど同じだ。けれども、頭髪と目の色が黒から業火を彷彿とさせる赤に変色している。その真っ赤になった頭髪の中から伸びるのは、先端部が溶鉱炉の中の鉄のように真っ赤に染まった、2本の”角”にも似た放熱板である。


 燃え盛る悪魔のような姿だ。


 その姿は――――――”前任者リキヤ”にそっくりだった。ジョシュアとの戦いで片足を失い、サラマンダーの素材で作られた義足を移植した事によって肉体が変異し、世界初のキメラとなってしまった男に瓜二つである。


 ジョシュアが驚愕している内に、視界の右上にタイムリミットが表示された。


 あれが”キマイラバースト”の安全稼働限界だ。それを過ぎてしまうと肉体への負荷が一気に大きくなってしまい、下手をすればここで命を使い果たすことになってしまう。それゆえに、タイムリミットが0になると強制的にキメラ細胞の鎮静化が行われるようになっている。


 タイムリミットは2分。その前にこの男をぶち殺して、セシリアたちと共にショッピングモールを脱出つつつつつつつつつつつつつつつ………。


 目の前に、散発的にノイズが現れる。頭の中にもノイズに似た音が響き、思考が滅茶苦茶になる。


 キマイラバーストの、もう一つのデメリットだ。


 キマイラバーストは、体内に移植されたキメラ細胞を強制的に活性化させることによって身体能力を大幅に向上させ、転生者に与えられた全てのステータスを”9999999999999999”にまで底上げ(カンスト)させる切り札である。つまり、これの発動中は無敵と言っても過言ではないのだが、俺はこの切り札に使われているキマイラバーストに適合していない。


 そう、適合していない細胞を強引に体内で活性化させることによって、短時間だけ圧倒的な戦闘力を発揮させているのである。


 キメラ細胞の強引な活性化は、肉体だけでなく精神にも大きなダメージを与えていたのだ。


 だカラ、このノウリョクを使うト頭の仲ガお菓子クなる。暖々ト思考が滅茶苦茶ニ那ってしまう。


 壊れていく。


 自我が。


 自分が。


 俺が。


 使う度に、自分自身の命を削る力。


 このクソッタレを倒すために、それに頼る。


 ジョシュアの鎌で腹を突き刺されたまま、彼の持っている鎌の柄を思い切り握る。力を込める度に義手の中の魔力モーターが悲鳴を上げたが、お構いなしにどんどん出力を上げていった。


 義手のフレームが軋む。内部にある配線を想定以上の圧力の魔力が流れて焼き切れたり、断線を引き起こしてしまう。


 ギチン、と鉄板が歪むかのような禍々しい音が響いた。


 俺の義手が壊れた音ではない。


 ジョシュアが持つ鎌の柄が歪んだ音だった。


「ば、バカな………!」


「ヒヒヒッ」


「な、何なんだ、お前………その力は………そのすがっ―――――」


 うるせえ。


 左のボディブローがジョシュアの腹にめり込んだ。拳が腹筋の向こうにある肋骨を何本かへし折り、叩き込まれた拳から剥離した運動エネルギーと衝撃が内臓をこれ以上ないほど打ち据える。目を見開きながらよだれを垂らして吹っ飛ばされていったジョシュアを見ながら、ダンクルオステウスに命令を伝達して再び射撃態勢に入る。


「怖いだろォ? ほォら、悪魔だぞォぉぉぉぉぉぉ?」


 残った武装は対人機銃と対物機関銃のみ。しかも再装填用の弾薬も使い切ったから、こいつらを使い果たせばダンクルオステウスの武装はもう残っていない。


 こいつはあくまでも”歩兵に航空機や戦闘車両の武装を装備させるためのユニット”でしかないのだ。だから、武装を全て使い果たすという事は装備している意味を無くす事を意味している。


 お構いなしに照準を合わせ、ダンクルオステウスに射撃命令を下す。脳からの電気信号を察知した大型兵器がその命令を受諾し、ガントレットと胴体から伸びるアームに射撃命令を出すと同時に、ダンクルオステウスに残された武装からなけなしの弾薬が放たれ始めた。


 ジョシュアの反撃で武装をいくつか失っているとはいえ、まだこいつにはちょっとした自走対空砲くらいの武装は残っている。下手をすれば、装甲の薄い航空機を撃破できるくらいの殺傷力は未だに堅持しているのだ。生身の人間を殺すにはオーバーキルである。


「ヒャハハハハハハハハハハハハハハッ!」


「力也ァァァァァァァァァァァァァッ!!」


 弾幕を回避していたジョシュアが、柄の歪んだ鎌を振るって衝撃波を放つ。無数の5.45mm弾と14.5mm弾が吹き飛ばされ、弾幕のど真ん中に”突破口”を作られてしまう。


 そこに、ジョシュアが突っ込んでくる。後続の弾丸を次々に吹き飛ばしながら、こっちに肉薄してくる。


 ちらりと武装の残弾を確認する。もう、弾薬はほとんど残っていない。このまま掃射していれば10秒以内に弾切れになってしまうだろう。そうなってしまえば、ダンクルオステウスを接続し続けている意味はなくなる。


 ギュン、と装甲が切り裂かれる甲高い音が聞こえた。立体映像のように目の前に映し出されていた照準用のレティクルにノイズが走り、弾薬の残弾の数が変動する。


 ジョシュアの振るった鎌で、ダンクルオステウスの頭部にある制御装置をやられたのだ。


 だが、FCS(火器管制装置)はまだ生きている。破壊されて機能を停止しつつある制御装置を非常用のプログラムを使ってオーバーライドし、少なくとも敵を攻撃するための武装を管理する、という役目までは停止させないように足掻く。


 レティクルは乱れたままだ。曳光弾を頼りにして照準を合わせるしかない。幸い、ジョシュアはすぐ目の前にいる。飛んで行った曳光弾の弾道を見て照準を修正しなくても、弾丸をばら撒けば命中は辛うじて期待できる間合いだ。


 斬撃が飛んできて、RPK-16が搭載されている攻撃用のアームが切断される。残ったアームに搭載されているRPK-16が必死に5.45mm弾を吐き出し、ガントレットから伸びるKPV重機関銃が14.5mm弾をばら撒く。


 肉薄してきたジョシュアが振るった鎌が、右のガントレットにめり込んだ。マズルフラッシュを発し続けていたKPV重機関銃たちが沈黙し、目の前に右腕の武装が使用不能になった事が表示される。


 右手でAK-15を持ってジョシュアに反撃しつつ、右のガントレットの切り離しを選択する。爆発ボルトが爆発してガントレットが切り離され、瓦礫だらけの地面の上に落下した。


「とっとと死ね! 死んでしまえ!!」


 叫びながら鎌を振り上げるジョシュア。その一撃を右の義手で受け止めた途端、義手の中の回路が衝撃で何本か切れたらしく、脳内に《回路の損傷を確認、稼働に支障なし》という音声が響いた。


 関係ない。


 機械ならいくらでも壊していい。予備はいくらでもあるから、壊れたのであれば交換すればいい。


 鎌を押し返し、フレームの歪んだ義手でジョシュアの頭を思い切り掴む。


「ぐっ!?」


「ほォォォォら、捕まえたァ!!」


 頭を掴んだまま左手の重機関銃を押し付けて発砲してやろうと思ったが、残念なことに左腕の武装とアームの武装の残弾はどちらも”0”だ。どれだけ射撃命令を下しても、弾丸は放たれないし薬莢も排出されない。


 だが、お構いなしに俺は重機関銃の銃身をジョシュアの腹に押し付けた。


 先ほどからずっとフルオート射撃で弾幕を張っていたものだから、バレルジャケットで覆われている銃身は蓄積され続けた熱で真っ赤に染まっている。敵兵を殺す事は難しいだろうが、苦痛を与えるための武器にはなるだろう。


 押し付けた瞬間、ジュウ、と肉の焼ける音がした。前世の世界で焼肉屋に行った時に、鉄板の上に生肉を乗せた時に発するような音だ。肉が焼けるまで延々と聞いていた音が、焼き肉屋ではなく戦場の真っ只中で聞こえてくる。


 食用の肉ではなく、焼けているのは人だ。人の肉だ。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「オイオイオイ美味そうじゃねえか! 来世は人間じゃなくて牛とか豚にでも転生しろよ、ちゃんと育てて食ってやるからさぁ!!」


 そのまま真っ赤な銃身を押し込む。既にジョシュアの腹の部分の軍服は焼け、皮膚と肉が銃身に密着して白い煙を発しているところだった。


 頭を掴んでいる義手を思い切り殴るジョシュア。またしても頭の中に音声が響き、義手の内部にある骨格が歪み始めた事を報告してくる。普通の人間だったら腕の骨がへし折れている事だろうが、こっちは機械だ。カルシウムなんぞでできている骨よりも硬いし、仮に壊れてもすぐ交換できる。


 それに、痛みはない。


 撃たれても、斬られても、殴られても、痛みは全く感じない。


 左腕のガントレッドと、うなじの部分に接続されているダンクルオステウスの切り離しを開始する。機能を停止した制御装置の代わりにこの兵器を辛うじて”存在意義のある兵器”として機能させていたFCSをシャットダウンし、切り離し用のプログラムを発動。目の前に表示されていた立体映像が消え、身体に接続されていたコネクターが次々に外れていく。


 うなじのコネクターが切り離された途端、脳味噌を激痛が包み込んだ。うなじのコネクターで接続していたダンクルオステウスを、脳が自分の身体の一部だと誤認していたからだろう。それがいきなり接続を解除された事で、脳が”自分の肉体の大半が切除された”と誤認しているのだ。


 困ったもんだな、切り離す度に幻肢痛ファントムペインを味わう事になるとは。


 切り離したダンクルオステウスから離れた直後、鎌から放たれた巨大な斬撃が、昨日を停止したダンクルオステウスを両断してしまった。歩兵戦闘車(IFV)と同等の装甲を持つダンクルオステウスがあっさりと真っ二つになり、断面からオイルやスパークを発しながら沈黙してしまう。


「力也ァ………!」


「おー、牛になるのは嫌だったか? わがままな奴だ」


「黙れぇ………っ!!」


「力也!」


「おー、2人とも」


 セシリアとサクヤさんも合流したのを確認してから、AK-15のマガジンを新しいものに交換する。


「怪我は?」


「あー………痛いけど大丈夫だ。それよりさ、さっさとあいつをぶっ殺そうぜ。殺したくて殺したくてたまんねえんだ」


 ぎょっとするセシリアを一瞥し、左手でAK-15のハンドガード下部に搭載されているM203からグレネード弾を放つ。ジョシュアは柄の歪んだ鎌でそのグレネード弾を弾き飛ばしてから、こっちを睨みつけた。


「悪いが、あと1分しかない………その間に出来るだけ無残に殺してやる。かかって来いよ、負け犬」








 


 


 

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