死神の憎悪、悪魔の愛
この男が私の祖先に何をしたのか、知っている。
89式小銃から空になったマガジンを取り外して投げ捨て、新しいマガジンを装着してコッキングレバーを引く。再装填の最中にジョシュアが斬撃を飛ばしてきたが、それは身体を大きく左へ傾けて回避した。
この男は、私の祖先を弄んだ。
くだらない力で世界を支配するという野望のためだけに、私の祖先を生み出して利用した。所詮、彼女はジョシュア・マクドゥーガルが愛していた許嫁などではなく、魔剣の最後の破片を復活させるための”苗床”でしかなかったのである。
だから彼はモリガンの傭兵たちに滅ぼされた。
そのクソ野郎が地獄から蘇ったというのであれば、もう一度滅ぼすまでだ。この男が墜ちた地獄以上の地獄をもう一度味わわせ、また地獄へと送ってやるのだ。
銃剣を装着した89式小銃を構え、セミオートで発砲しながら死神へと突っ込んでいく。爆風を浴びて破けた軍服の袖の中からは既に銀色の装甲で覆われた義手があらわになっている。死神は、その義手の装甲を使って銃弾を弾きながら正面から突っ込んでくる。
痛みを感じない肉体というのは便利なものだ。
生物として生まれてしまった以上、戦場では”痛み”と”死”を恐れる事になる。弾丸が命中すれば激痛を味わう事になるし、当たり所が悪ければそのまま戦死する羽目になるからだ。痛みは死へと繋がるから、人間の兵士はそれを恐れる。
私にも再生能力があるが、身体を弾丸で撃ち抜かれたり、ナイフで切り裂かれた程度で死なないとはいえ、別に撃たれたり斬られてりしても構わないとは全く思わない。
それゆえに、機械は強い。
機械は痛みを感じる事がない。
その機械を肉体へと移植すれば、その兵士の大きな強みになる。義手を盾代わりに出来るし、もし仮に義手や義足に被弾してしまったとしても痛みを感じる事がないからだ。
まあ、ジョシュアが唸り声を発しながら突っ込んでくるのはその強みがあるからだけではないと思うが。
奴が振り払った鎌を回避し、姿勢を低くしたまま、アッパーカットをお見舞いするかのように下から銃剣を突き上げる。そのまま喉元に銃剣を突き立てて押し倒し、マガジンの中の弾丸がなくなるまでフルオート射撃をお見舞いしてやろうと思ったんだが、銃剣が突き刺さる寸前に鎌の柄で弾かれたせいで攻撃は失敗してしまう。
舌打ちをしながらくるりと回転し、その勢いを乗せて銃床でジョシュアの腹を思い切り打ち据えた。さすがに素早く次の反撃を行う事は想定していなかったらしく、89式小銃の銃床がジョシュアの腹にめり込む。
銃床で殴った感触は、普通の人間と同じだった。
少なくとも腹には機械の部品は移植していないらしい。胴体や頭であれば、通常の弾丸でも通用するに違いない。
殴られた死神が歯を食いしばりながら左手を振り上げた。さすがに、銃床で殴打できるほどの至近距離に肉薄している敵を攻撃するにはあの鎌は使い辛いのだろう。銃床での攻撃が当たるのであれば、その距離はナイフやCQCの独壇場である。
振り下ろされた左のパンチを回避しつつ、89式小銃のグリップとハンドガードから手を離す。代わりに尻尾でハンドガードを持ちつつ、空いた両手をジョシュアの左腕に絡ませながら背負い投げをお見舞いした。
少しばかり体重が重い。
このクソ野郎を放り投げながら、私はそう思った。ジョシュアの体格は力也のようにがっちりしているわけではない。訓練を受けた兵士なのかと思ってしまうほど華奢だ。だから背負い投げで放り投げるのは簡単なのではないかと思ったのだが、まるで力也を放り投げようとしているかのような重さがある。
筋肉や骨格の重さではない。
やはり、義手や義足を移植しているのだ。だから、華奢な体格であるにもかかわらずこれほど重いのだろう。
ドン、とジョシュアの背中が瓦礫だらけの地面に叩きつけられる。目を見開きながら口を開け、激痛を感じているジョシュアを見下ろしながら右手を外殻で覆い、拳を握り締めてからそれを思い切りジョシュアの顔面へと振り下ろした。
ガギン、と拳がコンクリートの塊を打ち据えた。今の一撃がジョシュアの顔面を直撃していれば、あのクソッタレな野郎の鼻の骨を木っ端微塵に粉砕していた事だろう。だが、ジョシュアは拳が地面を直撃する寸前に横に転がって回避していたらしい。
再び鎌を両手で掴み、起き上がってからすぐに飛び掛かってくるジョシュア。しかし、唐突に飛来した水銀のナイフの群れが彼に牙を向いたせいで、私への反撃は失敗してしまう。
「私もいるわよ、貴族のお坊ちゃん」
右手で片眼鏡の位置を直しながら、姉さんがジョシュアを挑発する。
挑発に耐えるほどの理性すらなくなったのか、ジョシュアは雄叫びをあげながら今度は姉さんに向かって飛び掛かった。鎌を振り上げてから薙ぎ払おうとするが、鎌の柄を立て続けに水銀で作られた投げナイフが直撃するせいで斬撃の軌道がずらされ、全く違う所に斬撃が着弾する。
ジャンプしながら空中でくるりと回転しつつ、一瞬で生成した水銀のナイフたちを一気に投擲する姉さん。昔から姉さんの戦い方は的確だった。相手の攻撃は確実に回避し、その隙に正確な反撃を行って相手を倒す事だけを重視した合理的な戦い方である。
唸り声を発しながら鎌を薙ぎ払って殆どのナイフを叩き落したジョシュアだったが、何本かが彼の背中や肩に突き刺さったらしく血飛沫が噴き上がった。
しかも、肩の付け根に突き刺さった一本のナイフが与えたダメージは大きかったらしい。
なんと、義手と肩の付け根の部分に正確に突き刺さっているのである。突き刺さったナイフによって義手と接続しているケーブルやコネクターが寸断されたのか、鎌を握っていた左腕の指が痙攣を始める。鎌の柄を握るのは難しいようだ。
まるで骨折したかのように、左腕が動かなくなった。
「ガァァァァァァァァァァァァッ!!」
右腕一本で鎌を振り回すジョシュア。まだ稼働する右腕にかなりの負荷をかけているらしく、鎌が空気を引き裂く音と、内部の魔力モーターが発する甲高い音が混ざり合い、ショッピングモールの内部に十重二十重に反響する。
次の瞬間、私たちの右側にあった壁が吹き飛び―――――――機械で作られた”悪魔”が、鎌を振るう死神に掴みかかった。
楕円形のガントレットから伸びる重機関銃の銃身を死神の身体に押し付けながら、大昔に絶滅したという古代魚の名を冠したユニットを身に纏った男が、ジョシュアの雄叫びよりも勇ましい声を発しながら彼を壁に叩きつける。
「ガフッ―――――――」
血を吐きながら体勢を立て直すジョシュアから一旦距離をとり、重機関銃、対人機銃、アサルトライフルのフルオート射撃ですさまじい弾幕を張る力也。さすがにその弾幕に呑み込まれたら蜂の巣にされるのが関の山だと察したらしく、死神は血を吐きながら大きくジャンプして2階へと退避する。
「力也!」
「無事だったのね!?」
「俺が死ぬわけないだろ」
彼は微笑みながらそう言った。ああ、そうだ。この男は死なない。確かにこの男の戦い方を見ているとこれ以上ないほど心配になってしまうが、こいつはどんな状況だろうと必ず仲間を連れてボロボロになりながら生還してきたのだ。
だから階級はもう大佐になっているし、いくつも勲章を受章している。
私が最も信頼する男だ。
「ジョシュア」
動かなくなった左腕をちらりと見て歯を食いしばっているジョシュアを見上げながら、力也はポーチの中から何かを取り出す。
血まみれのドッグタグたちだ。
「―――――ボレイチームの仲間の仇だ。思い切り無残に殺してやるから、修正用のモザイクでも用意しておきな」
どういう殺し方をするつもりだ貴様は。
血まみれのドッグタグをポーチに戻し、弾切れになった武装の再装填を行いながら力也が私たちに目配せする。
分かっている。ジョシュアを殺すために、建設途中のショッピングモールそのものを武器として利用する。それが私たちの作戦だ。
それに、この戦いはあいつに殺されたボレイチームの兵士たちの弔い合戦でもある。是が非でもあいつを討ち取り、戦死した同志たちを弔ってやらねば。
「ほざけェッ!!」
動かなくなった義手を自分で捥ぎ取ってから投げ捨て、ジョシュアが力也に飛び掛かる。すぐさま私と姉さんが5.56mm弾のフルオート射撃で弾幕を張るが、私たちのいる場所からの射撃では命中したとしても右側の義手や義足だ。狙うのであれば脇腹か側頭部を狙うしかないのだが、さすがに相手の動きが速過ぎる………!
しかし―――――唐突に、敵の脇腹から血飛沫が噴き上がった。
姉さんのM16A4から放たれた5.56mm弾のうちの1発が、ジョシュアの脇腹を直撃したのだ。
歯を食いしばり、歯の隙間から鮮血を噴き出すジョシュア。だが、奴はその一撃を意に介さずに力也に向かって急降下していく。私と姉さんは眼中にないというのか。
ダンクルオステウスの胴体に搭載された対人機銃で応戦しながら、両腕のガントレットに内蔵されたマチェットを展開する力也。マチェットでジョシュアの鎌を受け止め、ダンクルオステウスのパワーをフル活用して押し返す。
「貴様さえいなければぁっ!!」
「俺がいなかったらなんだ!? 大好きなエミリアと結婚して一日中〇〇〇〇していられたとでも!?」
「あんな”人形”を抱けと? 笑わせんなよ部外者がぁっ!!」
対人機銃を撃ち続けていたアームが、機関銃もろとも鎌に切断される。ケーブルの一部やフレームの破片が舞い、力也が後ろへとジャンプして態勢を整える。
「あんな女、所詮は魔剣復活のための苗床でしかない。役目が終わったら”廃棄処分”される運命だったんだよォ! その人形のくせに、見知らぬ男と駆け落ちか! 随分幸せな人生だったんじゃないか、ええ!?」
「ふざけんな、エミリアは人形なんかじゃねえッ!」
叫びながらマチェットを振り上げる力也。長大な刀身がジョシュアの頬を掠め、彼の皮膚の表面に真紅の線を描いた。
「あんなに一生懸命で責任感の強い女の何処が人形だってんだ? いい女じゃねえかよオイ!!」
「エリスの妹の名前を引き継いだだけの人形だ! エミリアはな、エリスのホムンクルスでしかないんだよぉっ!!」
「それがどうした!」
「そのコピーに惚れて連れ去ったお前はこれ以上ないほど間抜けって話なんだよクソがッ!!」
鎌を振り払い、至近距離で斬撃を飛ばすジョシュア。力也は対人機銃とマチェットで応戦するが、次々にガントレットの装甲が寸断されていき、対人機銃が搭載されているアームが切断されていく。
まずい、やはり近距離戦闘ではジョシュアの方が有利か………!
「コピーと余所者の分際で、僕の計画を台無しにした罪は重いぞ――――――今度はテメェがッ! 地獄で焼かれろォォォォォォォォォォッ!!」
「力――――――」
叫びながら振り払ったジョシュアの鎌が――――――防御するために展開していたガントレットの装甲を掠め、力也の腹に突き刺さった。
1人の女を愛する事と、その女を計画のために使い捨てにする事のどちらが悪か?
誰だって、正しい答えを知っている筈だ。
激痛の奔流の中で前任者の記憶を思い出しながら、俺は確信する。
大切な人を愛する事は愚かな事か?
大切な人の死を悲しむ事は滑稽な事か?
大切な人の復讐をしようとする事は――――――悪い事か?
いや、どれも違う。
好きなだけ愛すればいい。
気が済むまで悲しめばいい。
死者が喜ぶまで殺戮を続ければいい。
どれも正しい事だ。どこが間違っている。
『そうよ、兄さん』
鎌で串刺しにされている俺を、瓦礫の山の上に腰を下ろす血まみれの明日花が見下ろしながら微笑んでいる。制服は真っ赤で、可愛らしい茶髪も血まみれだ。真っ白な肌も鮮血に覆われていて、傍から見れば全身の皮膚を引き剥がされたようにも見えてしまう。
けれども、それほど恐ろしい姿をしているというのに、俺は彼女が愛おしい。
どんな姿だろうと、明日花は俺の妹だからだ。
『人を愛する事は正しい。悲しむのも正しい。―――――――殺戮も、正しい』
ゆっくりと立ち上がり、明日花は笑った。
よく見ると頬が裂けている。真っ赤な肉の断面の向こうに、まるで真っ赤な塗料で塗った粘土にも似た歯茎と血まみれの歯が見える。
ああ、笑っている。
あの子が、笑っている。
なんて可愛らしいのだろう。
なんて愛おしいのだろう。
もっと笑ってほしい。
もっと安らいでほしい。
『だから、この人も愛してあげて』
そうだ。
愛してやろう。
相手の事を想うのが愛だというのなら。
相手をぶっ殺そうと”想う”のも、きっと愛だ。
だから。
「ぶっ殺してやるぜジュテェェェェェェム」
痛いかもしれないが―――――――これが俺の愛だ。




