全てを焼き尽くされた大地の上で
確かに、死神と呼ばれて畏れられるに相応しい存在と言えるだろう。
AK-15Kのマガジンを交換しつつ、セミオート射撃で死神を狙いながら俺はそう思った。お伽話の中に出てくる恐ろしい死神のように、あいつはでっかい鎌を持っている。大昔の戦場では稀にいたらしいが、現代の戦場であんな武器を使うのは転生者くらいと言ってもいいだろう。それゆえに目立つし、あいつは驚異的な身体能力でそれを使いこなしている。
ジョシュア・マクドゥーガル――――――。
記録によれば、その男は100年以上前にモリガンの傭兵との交戦で戦死した旧ラトーニウスの騎士だとされている。13年前に戦死したサクヤ副団長も蘇って俺たちの仲間になってくれているんだが、ヴァルツには死者を蘇生させる技術でもあるというのだろうか。
衛生兵として負傷兵の手当てをしたり、もう助からないほどの重傷を負った同胞たちを看取ってきたからこそ、そういう技術には少しばかり憧れがある。ベストを尽くしたにも関わらず救えなかった仲間たちを蘇らせ、もう一度人生を楽しんでほしい、と思う事が全くないと言ったら嘘になる。
けれどもそれは冒涜だ。苦しんで死んでいった死者たちには、安らかに眠る権利がある。強引な蘇生はその権利を剥奪し、再び苦痛に満たされたこの世界に引き摺り下ろす行為に等しい。
死者本人の意志ではなく、第三者が勝手にそれを行うからこそ冒涜となるのだ。まあ、そいつがクソッタレな野郎であれば話は別なんだが。
無数の曳光弾が死神に牙を向くが、奴にはなかなか弾丸が当たらない。弾丸を回避したり、あの鎌を回転させて弾き飛ばす事で攻撃を防いでいるからだ。稀に弾丸とか爆発で吹き飛んだ破片が奴に命中する事があるようだが、命中した瞬間に聞こえてくるのは柔らかい肉に弾丸がめり込むような音ではない。装甲車を拳銃で撃っているような、甲高い跳弾する音ばかりだ。
何だあいつは? ウチの隊長みたいに義手とか義足でも付けてんのか?
「エレナ、見えるか」
『右腕、左腕への命中弾の跳弾を確認。おそらく義手です』
「お前ら聞こえたな、狙うのは胴体か頭だ」
『副隊長、機関銃で義手ごと捥ぎ取るのはありですか?』
「もちろんだ、ぶちかませマリウス」
次の瞬間、マリウスが持っているKPVが火を噴いた。元々は対戦車ライフルの弾薬として開発された14.5mm弾を、フルオートで敵に連射できる恐るべき機関銃だ。まあ、非常に重い上にでっかいので扱いにくい代物だが、マリウスのように筋力の発達している種族であれば、まるで軽機関銃のように手に持ってぶっ放すことが可能である。
戦車とか装甲車に搭載したり、でっかい三脚を装備してから設置して使用するような代物なんだが、テンプル騎士団で使用されているKPVは後端部にブローニングM1919みたいなピストルグリップがあるし、レシーバーの近くにはキャリングハンドルがある。オークやハーフエルフの兵士はそれを掴んで射撃するのだ。
まあ、今はバイポッドを展開して土嚢袋の上から依託射撃を行っているが。
すぐ近くに着弾した弾丸が他の弾丸よりもデカい事に気付いたらしく、力也と交戦中だった死神が一旦距離をとった。弾幕を回避しながら後方にある半壊した建物の陰に隠れる。
『アクーラ1よりアクーラ7、12時方向の建物に魔術による攻撃を要請する』
「りょ、了解!」
力也から命令されたロザリーが、持っていたAK-15を背中に背負い、代わりに背負っていた魔術師の杖を手に取った。
魔術師の杖といっても、大昔の魔術師が持っていた木製の杖とか魔物の骨で作られた杖ではない。対戦車ライフルを彷彿とさせる形状の、魔力増幅装置と小型フィオナ機関を搭載した新型である。
スペツナズの分隊には、1人だけ”魔術兵”と呼ばれる兵士が編入されている。ライフルや機関銃で武装した兵士たちを、強力な魔術で支援するための兵士だ。確かに俺たちが使っている異世界の兵器はかなり強力で、魔術師の適正に左右される魔術師と比べると使いやすく合理的な存在と言える。だが、だからといって魔術が無用の長物と化したわけではない。
魔術を使えば兵士の身体能力を底上げすることも出来るし、詠唱さえ済んでしまえば強力な魔術で敵を薙ぎ払うことも出来る。
現代兵器があるから魔術師が不要になったというわけではない。むしろ、アサルトライフルを持った兵士たちと連携させることで詠唱中の隙を消すことができるし、その火力はちょっとした砲兵隊の砲撃にも匹敵するほどなので、最前線で戦う兵士としては非常にありがたい。すぐ隣に砲兵隊がいるようなもんだ。
デグチャレフPTRD1941を思わせる形状の杖を振り上げ、魔力の放射を始めるロザリー。急に上昇し始めた魔力濃度を感じ取ったのか、さっき飛び込んだ建物の陰から斬撃が飛んでくるが、その斬撃にキールの奴がRPK-16のフルオート射撃を何発か命中させて軌道を逸らし、ロザリーを守り切りやがった。
やるじゃねえか。
「ライフリング、魔力砲身、魔力加圧室、構成完了………接続、全術式連動………!」
現代の魔術の詠唱は、昔の魔術の詠唱と比べるとかなり簡略されている。昔は術式の構築を自分で行う必要があったらしいんだが、今は搭載されている小型フィオナ機関が術式の構築の補助や演算を行い、複雑な術式を大まかな”パーツ”のようなものに組み上げてくれる。魔術師は、組み上がったそれを組み合わせて魔力を放射してやるだけでいい。
ロザリーの目の前に魔法陣が展開したかと思うと、その魔法陣が炎で形成された巨大な砲身へと変形していく。
「照準、12時方向………距離500m! 大佐、行けます!」
『撃て!』
「―――――煉獄砲!!」
炎で形成された巨大な砲身から、太陽から噴き上がるプロミネンスにも似た奔流が迸った。
現代の魔術は『対人魔術』、『対戦車魔術』、『対艦魔術』に分類されている。敵兵への攻撃を想定しているのが対人魔術、対戦車用の強力な魔術が対戦車魔術、複数の魔術師で術式を連動させて放つのが対艦魔術だ。まあ、適性のある奴は1人で対艦魔術を当たり前のようにぶっ放せるらしいが。
しかも、更に強力な『対要塞魔術』という分類も存在するらしいが、さすがにそれを使える奴は見た事がないし、テンプル騎士団の戦闘記録にも一切記載がない。そんな奴いるんだろうか。
ロザリーがぶっ放した煉獄砲は対戦車魔術に分類されている。要するに大型のファイアーボールをライフリングで回転させつつ、高圧魔力で圧力をかけて凄まじい弾速で発射して、戦車の装甲を貫通させてから内部を焼き尽くす魔術だ。タンプル搭奪還以前の戦闘ではヴァルツの魔術師によるこの魔術による攻撃で、こっちの軽戦車がいくらか損害を出している。
加速した大型ファイアーボールが、死神の隠れている建物を直撃した。コンクリートの壁面を貫通し、中に埋め込まれている鉄筋すらあっという間に融解させて大穴を穿ったと思いきや、建物の中で火炎放射器を使ったかのような爆炎が噴き上がる。
半壊しかけていた建物が火達磨になりながら倒壊していく。この一撃は確実に致命傷になった筈だが、スペツナズの兵士たちはまだ銃を下げない。
対転生者戦闘の際は、『確実に標的の死が確認できるまで攻撃を止めるな』と教育されているからだ。だから敵が隠れている建物が倒壊したとしても、潰れたクソ野郎の死体が確認できるまで攻撃停止は下されない。だから、建物が火達磨になったのを見て「やったか!?」と呟きながら攻撃を止めるバカはいないのだ。
無駄弾かもしれないが、”殺した筈の敵に殺される”のは嫌だからな。
コレットが建物に向かってRPG-7の対戦車榴弾を撃ち込み、マリウスが14.5mm弾で建物の中を掃射する。ロザリーも第二射を建物に撃ち込んで更に炎上させた。
次の瞬間、建物の壁面に大穴が開いた。
機銃を掃射していた力也が火炎放射器のノズルを展開するが――――――それよりも先に、ダンクルオステウスを装備した力也に何かが突っ込んだ。
――――――死神だ。
「力也!」
下の階から壁が立て続けにぶっ壊れる音が聞こえてきた。無線機で力也を呼ぶが、コンクリートの壁が弾け飛ぶ轟音とノイズしか聞こえてこない。
おいおい、大丈夫か………?
今のあいつは初期ステータスのままだ。身体能力は訓練を受けた兵士と殆ど変わらない。要するに、あの転生者の端末を持った”一般人”と変わらない状態だ。そんな状態でレベルの高い転生者の攻撃が直撃すればどうなるかは想像に難くない。
しかも、ダンクルオステウスはあくまでも”歩兵に航空機の武装を使用させることで火力を底上げする”兵器だという。ある程度装甲は厚いだろうが、装備した歩兵の全身を守ってくれるわけではない。もし敵の攻撃が装甲で覆われていない部位をすり抜け、力也を直撃していたのだとしたら、ウチの隊長は間違いなくミンチになっている。
ぎょっとしながら、2階から下を見下ろした。死神のタックルで吹っ飛ばされた力也がショッピングモール内部まで突っ込んできたらしく、1階は砂埃で覆われているようだった。口元を手で押さえつつライフルを構え、手すりの上から下の階へと銃を向ける。
砂埃の向こうに、鎌を持った死神がいた。
くそ、力也はどうなった!?
フォアグリップをぎゅっと握りつつ、尻尾でセレクターレバーをフルオートに切り替える。死神を睨みつけながら、一緒に吹っ飛ばされた戦友を探していた俺は、その死神が持っている鎌に鮮血が付着している事と、壁の向こうに巨大な何かが鎮座しているのを見て目を見開く。
ダンクルオステウスを身に纏った力也だ。先ほどの突撃でやはり大ダメージを受けたようで、彼が背負っている歩兵戦闘力強化ユニットはいたるところが破損している。対物機関銃の銃身は何本か歪んでおり、装甲もいたるところが剥がれてフレームの内側が露出していた。胴体にあるアームも何本か千切れ飛んでいたり、フレームが歪んでいるのが分かる。
それを身に纏っている男は――――――重傷だ。
脇腹から出血している。死神の鎌が赤く染まっていた理由は間違いなくその傷口だろう。身体をよく見ると微かに揺れているので、辛うじて力也はまだ生きている。
だが――――――眼前に、それを憎む男がいる。
死神は血まみれの鎌をゆっくりと振り上げた。そのままゆっくりと力也に歩み寄り、まるで罪人の首をこれから断ち切ろうとする処刑人のように、”ウェーダンの悪魔”を無慈悲に見下ろす。
今すぐ撃ちたいところだが、あいつの向こうには力也がいる。もし死神が回避したり鎌で弾き飛ばせば、流れ弾が力也に………!
次の瞬間、お構いなしに誰かが撃った。
銃声は下の階からだった。さすがに攻撃を喰らうのは予想外だったらしく、左肩に被弾した死神がよろめくのが分かる。とはいっても、肩も機械で覆われているようなのでダメージは与えられていないが。
死神が鎌を持ったまま距離をとった瞬間に、俺はポーチの中からヒーリンググレネードを取り出した。煙の代わりにエリクサーで作った回復ガスを充填したグレネードだ。これをぶん投げれば遠くにいる味方もすぐに治療できるし、煙幕代わりにもなる。
「貴様の相手は私だ、間抜け!!」
団長!
今あの死神を撃ったのは団長のようだった。89式小銃をフルオートでぶっ放しながら団長が死神へと向かって突っ込んでいく。その隙に俺はヒーリンググレネードの安全ピンを外し、力也の方に向かってそれを思い切りぶん投げた。
緑色の煙が噴出し始めると共に、「援護しろ!」と仲間に伝えてから1階へ飛び降りる。そのまま緑色の回復ガスの中へと飛び込んで、ガスの中にいる力也に駆け寄った。
力也の脇腹にある傷口がゆっくりと塞がっていく。念のために脈を図ろうとするよりも先に、ぴくり、と力也の義手が動いた。
こいつの動きをトレースしたダンクルオステウスも、フレームや関節を微かに軋ませながらその動きをトレースして再起動する。
「俺は………」
「相棒、無茶すんな」
「すまん………」
ゆっくりと立ち上がり、武装をチェックする力也。傍らに落ちていたこいつのAK-15を拾い上げて渡してやってから、予備のエリクサーをいくつか外してすぐに離れる。
このバカには、何度無茶をするなって言ってもきっと無駄だ。こいつはいつも無茶をして、仲間たちを心配にさせてからボロボロになって帰ってくる。だが、必ず敵を倒し、生きて帰ってくる男だ。だからきっと今回もそうなる。
それに、俺たちにもやることがある。あの化け物を抑え込むのは、テンプル騎士団の最高戦力であるあの3人の仕事だ。
だから、俺は俺の任務を果たさなければならない。
「アクーラ2より各員、ショッピングモールより直ちに退避せよ」
無茶をする総大将が立案した無茶な作戦もそろそろクライマックスだ。
さあ、派手にやろう。
「最終フェーズに移行。繰り返す、最終フェーズへ移行」




