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ダンクルオステウス


 今のテンプル騎士団では、古代文明の廃れた技術やパラレルワールドから持ち帰った未知の技術を使用した、戦闘用のドローンを独自開発している。歩兵部隊の兵士が遠隔操作するような従来のドローンとは異なる、自立型のドローンたちである。


 フィオナ博士の話では、この『ダンクルオステウス』と名付けられた化け物も、元々は自立制御型の戦闘型ドローンとして設計されたものを流用した急造品だそうだ。


 説明を聞いた後にマニュアルを読ませてもらったが、武装は殆ど転生者の能力で生産された既存の現代兵器を流用したもののようだった。鋼鉄の指のようにガントレットから伸びるのは、ソ連が開発したKPV重機関銃の銃身。エイのような機体の背面にあるのは航空機の武装を搭載するためのパイロンで、規格はソ連のハインドと同じ物との事だ。換装すれば、西側の兵器も搭載可能になるらしい。


 古代文明や別の世界の技術を使って生み出された怪物は、目の前で武装の搭載を行われている。ツナギ姿の整備兵たちがガントレットのカバーを開いてベルトに連なる14.5mm弾を装填し、小型のクレーンがハインド用のロケットポッドを吊るして運搬していく。


 どんどん武装が搭載されていく化け物を見つめながら、俺は頭を掻こうとした。けれども、腕は動かない。脳から電気信号は伝達されている筈なのに、その電気信号を伝達された筈の腕は微動だにしない。


 ああ、そういえばさっき外されたんだった。


 ちらりと両腕の断面を見てから溜息をつく。断面からはケーブルなどを繋ぐためのコネクターや人工筋肉の断面があらわになっている。機械の腕だから、戦闘で破損してもすぐに予備の義手に交換すれば復帰する事は容易い。


 やはり、戦闘に最も向いているのは人間ではなく機械だ。機械は人間のように脆くないし無駄がない。合理性の塊と言ってもいいだろう。


 しばらくすると、フィオナ博士が新しい義手を持って来てくれた。以前まで使っていた物よりも若干太いような気がする。より強力な人工筋肉と魔力モーターを搭載しているのだろう。


 義足は既に新しい義足に換装されている。こっちもより強力な魔力モーターと人工筋肉を搭載したものだそうだ。


 なぜ義手と義足の換装が必要になるかというと、あのダンクルオステウスは非常に重いからである。


 ダンクルオステウスは兵士が”乗る”兵器ではなく、”背負う”ことで装備する兵器だからだ。うなじにあるコネクターでダンクルオステウスと接続することであの機体の武装を制御できるようになるし、センサーを使って索敵することも可能になるというわけである。


 博士はあれをドローンから歩兵戦闘力強化ユニットに設計変更した時点で可能な限り軽量化したと言ったが、軽量化したといっても重量は未だに80kgを超えている。それに更に航空機用の武装まで搭載する事になるのだから、転生者とかキメラじゃない限りそんなものは装備できない。


 そこで、それに合わせて義手と義足を更に高出力のものに換装するというわけである。博士はこれの量産を目指しているそうだが、機体と兵士の脳を直結して操縦する以上、兵士は肉体の機械化を行う必要があるから量産は絶望的だろう。それに、これ1機でT-14とほぼ同等のコストだという。


 カキン、と義手のコネクターが接続される。博士が「指動きます?」と問いかけてくるよりも先に指を動かし、動作に問題がない事を確認する。


 動作良好。


「人工筋肉を増強してますし、魔力モーターも高出力タイプに変更してますから、以前よりも重い物を持てますよ。M134(ミニガン)だってアサルトライフルの反動にしか感じない筈です」


「そいつは凄い」


 逆に言うと、それほど強力な義手と義足じゃなきゃダンクルオステウスは装備できないって事だ。強化されたパワーという利点も、あの古代魚の名を冠した化け物を”装備する”ためだけに相殺されるか完全に殺される事だろう。確かにこんなにデメリットが多いのであれば量産は絶望的だな。


 ちなみに、既に試作機がこいつ以外に6機完成しており、他の試験部隊に配備されたり、博士の研究所で眠っているという。試験部隊の連中も困っている事だろうな、と思っている内に武装の搭載が終わったらしく、俺はゆっくりと立ち上がってダンクルオステウスの傍らへと向かった。


 近くに行くと、数名の博士の助手たちが駆け寄ってきて、首輪を外してくれた。キマイラバーストを制御するための首輪だ。首輪の内側にもコネクターがあって、それが脊髄を経由して俺の脳に埋め込まれているキメラ細胞制御装置と直結する仕組みになっている。なので取り付けたり取り外すのに手間がかかるように思えるが、博士や博士の助手たちが持つ鍵を使えば簡単に取り外しができるらしい。


「では、接続します」


 博士がそう言った直後、ガキン、という金属音が聞こえると同時に、頭の中で手榴弾でも爆発したのではないかと思ってしまうほどの激痛が生まれた。その激痛が段々消えていったかと思いきや、目の前にオルトバルカ語で『接続完了』というメッセージが表示される。


 続けて、義手の肩にあるコネクターと義足の太腿にあるコネクターにもケーブルが伸びていき、どんどん接続されていった。


 これで動くようになるんだろうか。それとももう少し調整が必要になるんだろうか。


 そう思いながら頭を掻こうとしたその時だった。


 頭を掻くために動かした左腕と連動したかのように、ダンクルオステウスの左腕も同じように動いたのである。


「!?」


「あらあら、接続は正常に完了したようですね」


「え、なにこれ………」


「基本的にダンクルオステウスの両腕の制御は、装着した兵士の両腕の動きをトレースするようになってます。慣れれば切り替えもできますよ」


「切り替え?」


「そうです。トレースではなく、ダンクルオステウス側の両腕を独立して動かせるんです」


 なるほどね、そいつは便利そうだ。


「切り替えはどうやるんです?」


「尻尾を動かすのと同じ感覚です。背中に接続しているダンクルオステウスにも、あなたの脳からの電気信号が伝わるようになってます。背中に背負っている”拡張された肉体”を動かすようなイメージをしてみてください」


 難しそうだな………慣れが必要になりそうだ。


 イメージしながら腕を動かしてみる。確かに、背負っているダンクルオステウスの腕に別の動きをさせることはできるようで、まだ俺の両腕の動きをトレースしようとするが、ちゃんと別の動きをしてくれた。余裕がある時にイメージをすれば容易く別の動きをさせられそうだが、戦闘中にそんな余裕はあるんだろうか。


 そう思いながら練習をしていると、セシリアが様子を見に来てくれた。


「調子はど―――――何だその装備は!?」


「ああ、ボス。これはその………」


 無数の兵士たちを率いる凛としたボスではありませんでした。


 目を輝かせながらこっちに駆け寄ってきて、ダンクルオステウスの装甲に触れたり、動いている腕に抱き着くセシリア。周囲にいた作業員や博士の助手たちが目を丸くしながら、全く凛としていない団長を凝視している。


「次はこれを使うのか!?」


「お、おう」


「いいなぁ………カッコいい………!」


「あ、ありがとう………」


「博士、これ量産しよう!」


「増やしていいんですか!?」


「いい、私が許す!」


「落ち着けボス! これ扱うのかなり大変――――――」


『――――――シエラ5より各員へ通達。”死神は舞い降りた”、繰り返す、”死神は舞い降りた”』


 来た、あいつが。


「戦闘配置」


「各員は直ちに戦闘配置。技術部スタッフは直ちに後方へ退避」


 目を輝かせていたセシリアが、一瞬でいつものセシリアに戻った。耳に装着している無線機で研究員やスペツナズの隊員たちに素早く指示を出しつつ、背負っていた89式小銃を手に持って安全装置セーフティを解除する。


「博士、後は俺が何とかします。下がって」


「分かりました。………あ、出来れば実戦データは持ち帰ってくださいね。それ壊しても良いですからデータだけは」


「善処する」


 データ持ち帰ったらもっとヤバい化け物が生み出されるんじゃないだろうかと思って苦笑いしながら、ゆっくりと右足を動かす。機体がトレースするのは両腕の動きだけだから、足は自由に動かせるのだ。


 確かに人工筋肉と高出力型魔力モーターは正常に動作しているようで、ちゃんと歩くことはできた。試しに走ってみようと思ったが、武装を搭載したダンクルオステウスの重量を支えながら動くのは速足くらいが限度らしい。それ以上の速さで動かそうとすると両足の魔力モーターの温度が急上昇するし、義手から甲高い音が聞こえてくる。


 武装をチェックしようとすると、目の前に搭載されている全ての武装が立体映像で投影された。


 搭載されているのは14.5mm対物重機関銃―――――KPVの事だろう――――――が8門、戦闘ヘリ用のロケットポッドが4基、近接戦闘用のマチェット2基、同じく近接戦闘用の5.45mm対人機銃――――胴体の内側にあるRPK-16だろう―――――が8丁。それと、背中に大型の火炎放射器を搭載しているようだ。


 マニュアルで見た武装の使用方法を思い出しながら移動しつつ、各部隊に指示を出す。


「シエラ、デルタは接近中の死神に先制攻撃。滑腔砲、重機関銃による長距離攻撃を行いつつここまで誘い込め。その後は――――――こっち(アクーラ)る」


『『了解』』


 通信を終えた直後、早くも建物の外から銃声が聞こえてきた。


 死神。お前の狙いが俺で、大昔の恨みを晴らしたいというのならば。


 ここまで来てみせろ。


 ―――――――俺はここにいる。














 152mm滑腔砲から発射された多目的対戦車榴弾(HEAT-MP)が瓦礫で埋め尽くされた大地を直撃し、辛うじて残っていた石畳を吹き飛ばす。


 乗員が不要になった砲塔の内部ですぐさま自動装填装置が動作し、車体に乗る砲手が命じた通りの砲弾を再び砲身へ装填していった。


「撃てぇ!」


「発射!」


 ドォン、と虎の子の152mm滑腔砲が火を噴いた。


 T-14に152mm滑腔砲を搭載した『T-14-152』の攻撃力は、世界中のあらゆる戦車の中で最強と言っても過言ではない。最新型の戦車が相手であったとしてもオーバーキルと言えるこの圧倒的火力は、そもそも通常の戦車との砲撃戦ではなく、それよりも強大な”超重戦車”との砲撃戦を想定して装備されたものだ。


 それゆえに、今の標的もこの主砲の眼中にはない筈だった。


 敵は古めかしい鎌で武装したたった1人の人間。訓練した兵士であれば、アサルトライフルどころか拳銃ですら十分に射殺できる。射程距離が長く、弾速も速いゆえに回避が困難な銃という武器のアドバンテージは、死神の持つ鎌よりも有利な武装である。


 しかし――――――死神の身体能力が、そのアドバンテージを見事に掻き消していた。


 砲弾どころか爆炎と破片すら回避しながら、ガスマスクで顔を隠した死神がショッピングモールへと迫る。特殊作戦軍所属の戦車たちは命令通りに砲撃を繰り返しながら後退し、主砲同軸の機関銃をばら撒いた。


 T-14の複合装甲であれば、戦車の砲撃や対戦車ミサイルにも耐える事は可能であろう。仮に接近を許したとしても、鎌では傷すらつけられない。


 しかし、相手が転生者と同等の攻撃力を持っているという事が判明している以上、敵の接近を許してしまう事は、身体中にC4爆弾を巻きつけて自爆を目論む敵兵と同等の脅威でしかない。


 後退する戦車たちを支援するために、周囲の廃墟に隠れていたスペツナズの隊員たちの機関銃やアサルトライフルも立て続けに火を噴いた。だが、死神はジャンプしながら鎌をぐるりと回転させてPKPペチェネグのフルオート射撃やAK-15のセミオート射撃を弾き飛ばし、着地してから姿勢を低くして戦車の群れへと接近していく。


 照準器を覗き込む砲手や車長たちは冷や汗を拭い去った。


 彼らも転生者との戦闘は経験しており、相手が弾丸や砲弾を回避しながら突っ込んでくる光景を見るのには慣れている。それに、そう言った化け物たちを何人も仕留めてきた、という自信もあった。


 しかし、照準器の向こうから肉薄してくる死神の動きを見たベテランの兵士たちは確信していた。


 この相手は今まで戦ってきた転生者の比ではない、と。


 動きが違い過ぎるのだ。確かに、高い身体能力に頼っているような動きに見えるが、どこかで訓練を受けた経験があるのか、剣術にも似た動きをする事がある。


 多目的対戦車榴弾(HEAT-MP)が地面に着弾するが、着弾するよりも先に死神はジャンプしてそれを回避していた。


 それどころか、爆炎を利用して更に急上昇。砲塔の仰角の限界を超えた角度から鎌を振り上げ、急降下してくる。


「目標直上!!」


「バカな―――――」


 転生者の動きではない。


 いくら転生者でも、あれほどの動きに肉体が耐えられるわけがない。


 車長がゾッとしながら歯を食いしばった次の瞬間だった。


 急降下していた死神が――――――空中で、何かに突き飛ばされたかのように吹っ飛んだのである。


「!?」


『サクヤより各員、後方に下がって支援を』


「副団長………!?」


 車長はぎょっとしながらハッチを開け、ショッピングモールの方を凝視する。


 そこにいたのは―――――キャリングハンドルを取り外してACOGを搭載し、フォアグリップを装備したM16A4を装備したサクヤだった。




 

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