ゴダレッド撤退支援作戦 ブリーフィング
今回はブリーフィングです。
円卓の中央に埋め込まれたレンズから、蒼い光が躍り出る。まるで吹雪を含んだ小さな竜巻のように舞い上がった蒼い光たちは、ゆっくりとレンズの上に降り積もると、巨大な岩山や坂道を形成し始める。
やがて、円卓の上に姿を現した巨大な山脈の上に、蒼い光で”ゴダレッド高地”という文字が表示された。
「作戦を説明する」
団長の席に座りながらその岩山を眺めていたセシリアが、会議室に集まった円卓の騎士たちに言った。
「エリュダリオ山脈に展開していたフェルデーニャ軍が、ヴァルツ帝国とヴリシア・フランセン帝国の連合軍による奇襲を受けて崩壊し、敗走しているという。フェルデーニャ王国軍最高司令部からの要請に基づき、我々テンプル騎士団はこの残存部隊の撤退支援に向かう」
セシリアの隣で説明を聞きながら、フィオナ博士から聞いた話を思い出す。
フェルデーニャ王国は、崩壊したフランセン共和国を取り込んで建国されたヴリシア・フランセン帝国と領土問題を抱えている。エリュダリオ山脈は本来であればフェルデーニャ王国の領土なのだが、ヴリシア・フランセン帝国が山脈も自分たちの帝国の領土だと主張しており、世界大戦勃発前から領土侵犯が何度もあったという。
ヴリシア・フランセン帝国は現在ではフェルデーニャ軍の猛攻によって山脈の北東部へ追い込まれており、エリュダリオ山脈から追い出される寸前だった。
フェルデーニャの兵士たちは、自分たちの領土に居座る帝国軍をあと一歩で追い出せる状態だったのである。もしフェルデーニャ軍がもう一度攻勢を実施すれば、大打撃を被った上に本国から補給を受けられない状態だった帝国軍が壊滅し、エリュダリオ山脈の獲得を諦めざるを得ない状況となるのは、火を見るよりも明らかだった。
だからこそ、有利だったフェルデーニャ軍が敗走しているという知らせを聞いた参謀や円卓の騎士たちは、セシリアの方を見つめたまま目を見開いている。
「”窮鼠猫を噛む”というわけですかな」
腕を組みながら説明を聞いていたホムンクルスの将校が、そう言いながら立体映像を見つめる。
「いや、フェルデーニャ軍が大打撃を受けた原因はヴァルツ帝国軍の介入だろう。ヴァルツと二重帝国は仲良しだからな」
ヴァルツ帝国は、元々は大昔に崩壊したフランセン共和国の中で最も大きな州だったという。
植民地をテンプル騎士団に奪われた挙句、資源が不足したことで軍が大幅に弱体化し、戦争で惨敗を繰り返していたフランセン共和国からこのヴァルツ州が独立し、フランセン”王国”だった頃の貴族の子孫を皇帝にしてヴァルツ帝国を建国されたことで、フランセンは完全に崩壊し、ヴリシア帝国に吸収されることになってしまうのだ。
「諜報部隊が集めていた情報によると、ヴリシア・フランセンの遠征軍は本国へ何度も救援を要請していたという。だが、ヴリシア・フランセン帝国の主力部隊は東部戦線でオルトバルカ軍と戦闘中であり、救援を送ることは不可能だったようだ」
「ヴリシア・フランセン帝国の遠征軍が壊滅し、エリュダリオ山脈を手放すことになれば、ヴァルツも後方からフェルデーニャに狙われることになりますからね」
もしエリュダリオ山脈の遠征軍が壊滅することになれば、ヴリシア・フランセン帝国は自分たちの領土だと主張していた山脈を手放すことになるだけでなく、同盟国であるヴァルツ帝国の後方に回り込むための”突破口”を連合国軍に提供することになってしまう。
だから、ヴァルツ軍はそれを阻止するために介入したのだろう。
しかし、どうやって圧倒的に有利だったフェルデーニャ軍を短期間で壊滅させたのだろうか。諜報部隊の情報では、敗北前のフェルデーニャ軍とヴリシア・フランセン軍の戦力差は45対1だったという。
「ボス、ヴァルツ軍が転生者を投入したという情報は?」
「今のところは転生者は確認されていない。だが、フェルデーニャ軍による情報では、『見たこともない戦術を使ってきた』との事だ」
「見たこともない戦術?」
「ああ。逃げ帰った部隊の兵士たちは『気が付いたら敵が後ろに回り込んでいた』と証言していたらしい」
後ろに回り込んでいた………?
ヴリシア・フランセンの連中がヴァルツ帝国から優秀な参謀を連れてきたとでもいうのか?
「同志団長、敵は転移魔術を使ったのでは?」
敵が後ろに回り込んでいたという証言を聞いて違和感を感じたのか、第5軍の指揮官が席に座ったままセシリアに質問する。確かに、”気が付いたら敵が後ろに回り込んでいた”というのは、転移魔術で後方に回り込んだとしか思えない。
転移魔術とは、全く別の場所に転移する事ができる非常に強力な魔術である。その気になれば、自分自身だけでなくパーティーメンバーや無数の兵士たちも転移させる事ができるため、敵に背後に回り込んだり、大軍をあっという間に離脱させる事ができる。
とはいっても、転移魔術の習得は非常に難易度が高い上に、莫大な魔力を消費する。1人の人間を転移させるだけでも、体内の魔力のほぼ全てを使い果たしてしまうほどの消費量なのだ。しかもその消費量は転移させる対象の質量に比例してどんどん増えていくため、転移魔術で大軍を敵の後方に転移させる事ができる魔術師は、この世界に10人程度しか存在しないという。
だが――――――仮に帝国軍がその虎の子の魔術師を投入したとしても、大軍を敵陣の後方に転移させるのは不可能だろう。
第5軍の指揮官の仮説を聞いたセシリアは、首を横に振った。
「いや、エリュダリオ山脈の周辺には”転移阻害結界”が展開されている。あの結界がある限り、転移魔術は使えん」
そう、その”転移阻害結界”が存在するからこそ、この世界で勃発している世界大戦は転移魔術があるにも拘らず、膠着状態となっているのである。
転移魔術は、転移先の座標に自分自身の魔力や質量の情報を”アップロード”する必要がある。転移阻害結界は、そのアップロードを阻害する機能があるのだ。
元々は、この転移阻害結界は創設されたばかりのテンプル騎士団が大量に配備していたものだったのだが、9年前のタンプル搭陥落によってテンプル騎士団外部へと流出してしまい、各国も転移魔術による奇襲や挟撃を防ぐために転移阻害結界を大量に展開したという。
そのため、転移阻害結界を展開している装置を破壊しなければ、転移魔術を使って敵を挟撃することはできないのである。
「では、敵の新しい戦術という事ですか」
「ああ、その可能性が高い。………転生者と転移魔術を使わずにフェルデーニャ軍を壊滅させるとはな。ヴァルツには優秀な策士がいるようだ」
そう言いながら手元にある魔法陣をタッチし、立体映像を操作するセシリア。蒼い光で再現されていた岩山の一部が剥離したかと思うと、空中に小さな筒のような物体が形成される。
傍から見ればミサイルに見えるが、よく見ると胴体の下部にはゴンドラやエンジンらしき部位がぶら下がっており、その周囲には砲台のようなものが搭載されているのが見える。第一次世界大戦に投入された飛行船かと思ったが、前世の世界の世界大戦で活躍した飛行船の武装は機銃や爆弾程度である。あのような砲塔を搭載した飛行船は存在しない。
あの兵器は何なのだろうか。
「面倒なことに、エリュダリオ山脈の制空権は敵に確保されており、敗走するフェルデーニャ軍を”エレフィヌス級空中戦艦”1隻が追撃している。防衛ラインを構築する前に、あの空中戦艦を撃墜し、制空権を確保する必要があるだろう」
「空中戦艦………!?」
この世界にはそんな兵器があるのか………!?
ぎょっとしながら空中戦艦の映像を見つめていると、隣に座っているセシリアがこっちを見た。
「”戦艦”とはいえ、搭載している主砲は駆逐艦と同等だ」
確かに、巡洋艦や戦艦のようなサイズの主砲を搭載すれば重量オーバーで飛べなくなるのは火を見るよりも明らかである。だが、駆逐艦の主砲は威力がかなり低いとはいえ、口径だけであれば前世の世界で活躍している最新型の戦車の主砲とそれほど変わらない。
戦車砲と同等の主砲をこれでもかというほど搭載した怪物が空中に居座り、地上部隊を砲撃し続ければ、地上部隊が蹂躙されるのは言うまでもないだろう。
対空ミサイルや大口径の機関砲があれば簡単に餌食になると思うんだが、この時代の対空兵器は重機関銃や機関砲程度である。地上部隊のみであの空中戦艦を撃墜するのは難しいだろう。砲兵隊に砲撃を要請したいところだが、砲兵隊も支援砲撃で精一杯の筈だ。
セシリアを見下ろすと、彼女は頷いてから立体映像を操作する。山脈と空中戦艦を再現していた光たちが弾け飛び、今度はフェルデーニャの沿岸部と、海原を航行する艦隊を再現した。
「現在、フェルデーニャの近くの海域では、我が軍の空母『ナタリア・ブラスベルグ』が演習中だ。この空母の艦載機を攻撃に投入し、制空権を確保する。その後、第4、第5、第6遠征軍を投入し、ゴダレッド高地に防衛ラインを構築して敵を迎え撃ち、フェルデーニャ軍の撤退を支援する」
現在のテンプル騎士団の主力部隊は、副団長の『ウラル・ブリスカヴィカ』率いる第1、第2、第3遠征軍だという。だが、主力部隊は現在は東部戦線に派遣されているため、投入できるのはホムンクルスの兵士のみで構成された第4遠征軍と、迫害されたり奴隷だった兵士だけで構成された第5、第6遠征軍しか残っていない。
主力部隊と比べると錬度は劣るらしいが、最も錬度が低い第6遠征軍はウェーダンの戦いを経験している。このゴダレッドの戦いでも、きっと奮戦してくれることだろう。
「ボス、敵軍との戦力差は?」
「おそらく敵は我が軍の3倍の兵力と予想される。だが、空中戦艦が火達磨になりながら墜落する光景を見せつけてやれば、帝国の間抜け共は烏合の衆と化すだろう。以上で作戦の説明を終了する。本作戦は、ナタリア・ブラスベルグとの合流後に実施する。以上、解散」
確かに、切り札を撃墜されれば士気は下がる筈だ。
以前までは帝国軍が窮鼠だったようだが、今の窮鼠は俺たちやフェルデーニャの兵士たちである。
ならば思い切り噛み千切ってやろうじゃないか。




