敵将からの招待状
テンプル騎士団では、未だに『ユニバーサル・キャリア』が採用され続けている。
ユニバーサル・キャリアは、第二次世界大戦中にイギリス軍が使用していた輸送車だ。車体の下部には戦車のような履帯が装着されていて、車体には機関銃がいくつか搭載されている。テンプル騎士団でもこれのエンジンをより高出力の魔力エンジンに換装したものを運用しており、タンプル搭や前哨基地ではよくこれが無反動砲とか対戦車ミサイルを牽引しているのを目にする。
マリウスの操縦するユニバーサル・キャリアに乗りながら、ちらりと後ろを見た。後方をついて来るのは、キールが操縦するもう1両のユニバーサル・キャリアだ。
履帯が瓦礫を踏みしめる音と魔力エンジンの甲高い音を聞きながら、AK-15のハンドガードにぶら下がっているM203に40mmグレネード弾を装填する。
だが、もしかしたらエージェントの救出に銃弾は必要ないかもしれない。
信じられない話なんだが、先ほどこのユニバーサル・キャリアに乗って出発した際に、クレイモアから『エージェントを拉致したヴァルツ義勇軍の指揮官が潜伏場所を通達してきた』と連絡があったのだ。しかも、カスミの話ではその指揮官はエージェントを拷問したり、情報を聞き出そうとはしておらず、ちゃんと捕虜として扱っているとの事だ。
敵の指揮官の目的はこちらとの接触と”話し合い”だそうだ。今更停戦の交渉でも始めようとでもいうのか。
『アクーラ1、応答せよ。こちらクレイモア』
無線機からカスミの声が聞こえてくる。火をつけた葉巻を口から離し、こちらアクーラ1、と返事をする。
『同志団長も潜伏先に向かうとのことです』
「………ボスも招待されたか」
『そのようです。その間は同志副団長が指揮権を引き継ぐとのことです』
「分かった、こっちの移動ルートをボスに伝えてくれ。ポイントCで合流したい」
『了解です、伝えます』
最悪の場合、エージェントは消すことになる。
シュタージのエージェントは大量の機密情報を知っている。もし仮に拷問に耐えて何も話さなかったとしても、殺されて魔術で脳味噌の中身を調べられればこちらの機密情報が敵に知られてしまう。だからもしエージェントが敵に拘束された場合は救出するのが理想的だが、もし敵に機密情報を話してしまった場合は粛清しなければならないし、遺体が敵の手に渡る可能性があるのであれば処分しなければならない。
だが、今回の敵はエージェントを拘束している”だけ”なのだそうだ。まあ、嘘である可能性もあるが、そうだったのならば俺たちのAKが火を噴くだけだ。
とにかく、このヴァルツ義勇軍の指揮官と接触しなければならない。敵対するか、彼らの”話し合い”とやらに付き合うかはボスの判断次第だ。
溜息をつきながら空を見上げた。既にテンプル騎士団の本隊もこの首都に進攻を開始しているようで、夜空の中では緋色の閃光が十重二十重に煌いている。その閃光の周囲を我が物顔で通過していくのは、真っ黒に塗装されたテンプル騎士団のF-35やSu-57の編隊だ。4年前まではテンプル騎士団も複葉機を運用していたのだが、たった4年で複葉機から最新鋭のステルス戦闘機まで装備の近代化が行われたのだ。パイロットや整備士たちは苦労したに違いない。
制空権はもう既にテンプル騎士団のものだ。半壊したビルの向こうでは、空対空ミサイルを立て続けに胴体に喰らったヴァルツの大型飛行船が真っ赤に燃え上がりながら、緑色の高圧魔力の光を噴出させ、ゆっくりと市街地に向かって落ちていくのが見える。
やがて、建物の近くで停車しているハンヴィーが見えた。手を振っているのは黒い制服と規格帽を身に着けたホムンクルスの指揮官だ。左肩には中佐の階級章を付けているのが分かる。
マリウスに停まるように指示を出してユニバーサル・キャリアを停車させ、助手席から降りた。ホムンクルスの指揮官に敬礼すると、彼女もすぐに敬礼しながら報告する。
「お疲れ様であります、同志大佐。同志団長をお連れしました」
「ご苦労、同志中佐」
敬礼している内に、AK-12を背負ったホムンクルス兵がハンヴィーの後部座席のドアを開けた。護衛を担当していた兵士に礼を言いながら瓦礫だらけの大地に降り立ったのは、真っ黒な制服の上にかつての転生者ハンターのコートを羽織り、腰に刀を下げた黒髪の女性だ。
彼女が見に纏う黒い制服は、他のテンプル騎士団の兵士たちが着用している制服―――――昔のソ連軍の軍服を黒くしたようなデザインだ―――――と比べると、日本軍の軍服を黒くしたようなデザインとなっている。腰に刀を下げているのに違和感を感じないのは、多分制服のデザインが日本軍の軍服に似ているからだろう。
大きめの黒い軍帽をかぶった彼女は、こっちを振り向くとニッコリと微笑んだ。
「久しぶりだな、無事だったか?」
「ああ、何とか」
「うむ、ケガはしていないようだな………出来るなら今すぐ抱き着いてやりたいところだが、その前にエージェントを救出するとしよう」
「ボス、そういう事は部屋でやってくれ」
「む? 恥ずかしいのか?」
「うん」
頭を掻きながらちらりとロザリーの方を見た。出発前に俺とセシリアはどういう関係なのか、と聞いてきた彼女は、ニヤニヤしながらこっちを見ている。
おいおい、やめてくれ………。
「で、相手の潜伏先はこの先のホテルか」
「うむ。2階にある広間にいると聞いている」
「罠である可能性は?」
「シュタージがドローンを飛ばして撮影したが、確かにヴァルツ軍の義勇軍が潜伏していた。だが………」
「何か?」
「その………敵兵が身に着けている装備が、他の義勇軍とは違うのだ」
「装備?」
「うむ。この写真を見るがいい」
歩きながら写真を受け取る。シュタージのドローンが撮影した白黒写真だ。写っているのは市街地にある大きなホテルと駐車場で、既に駐車場には土嚢袋が積み上げられている。その周囲には鉄条も用意されており、ちょっとした要塞と化しているのが分かる。
その土嚢袋の周囲にヴァルツ兵も写っているのだが―――――他の兵士たちと比べると、装備がやけに近代的だ。
今のヴァルツ軍の装備はボルトアクションライフルであり、この内戦にはMP18に似たデザインのSMGも投入されているのが確認されている。
だが―――――その兵士が手にしている銃は、ボルトアクションライフルなどではない。
現代戦の主役となった――――――アサルトライフルだった。
「G3………」
そう、ドイツ製アサルトライフル――――――バトルライフルでもある――――――のG3A2だったのである。スナイパーライフルや汎用機関銃の弾薬としても使用される7.62×51mmNATO弾を使用する代物であり、小口径の5.56mm弾を使用するアサルトライフルと比べると高い破壊力を誇る。
今ではやや旧式の銃と言えるが、優秀な破壊力と命中精度を誇る上に信頼性も高い理想的なメインアームの1つである。俺もAK以外で銃を選べと言われたら多分G3を選んでいる事だろう。
「そうだ、その部隊の装備はヴァルツ製じゃない。意味は分かるか」
「………敵の指揮官が転生者だとでも?」
「その可能性が高い。しかも、能力には殆ど頼らず、味方にも武器や兵器を分け与えて全軍を強化している我々のようなタイプの転生者だ。真っ向から戦えば、こっちも多大な損害を受ける」
多大な損害ね………確かに、今まで殆ど損害を受けずに済んだのは敵の運用している兵器との性能の差が大きかったからだ。敵の複葉機を最新鋭のステルス機で撃墜し、前弩級戦艦の艦隊を対艦ミサイルの飽和攻撃で殲滅し、塹壕の中からボルトアクションライフルを撃ってくる敵兵たちをアサルトライフルで薙ぎ払った。
まあ、兵士の錬度でもこっちが勝っているのだが、向こうもこちらと同等の性能の兵器を使っているというのであれば、勝負の条件は少しだけ平等になる。その平等が、こちらの将兵を殺すことになる。
正直に言うと戦いたくない相手だ。
だからセシリアは話し合いに応じる事にしたのだろう。
警戒しながら歩いていると、ホテルが見えてきた。駐車場の入り口にはドローンの写真通りに土嚢袋がどっさりと積み上げられており、やはりG3A2を背負った歩兵がサーチライトで周囲の廃墟を照らし出している。
土嚢袋にドイツ製汎用機関銃の『MG3』が立てかけられているのを見てゾッとした。大口径の弾丸をすさまじい連射速度でぶっ放すことが可能な、MG42の改良型だ。敵に回したくない機関銃の1つである。
『ヒトラーの電動鋸』と呼ばれた機関銃の凄まじい連射速度と破壊力は、二度目の世界大戦が終わった今でも健在という事だ。
後続の仲間たちに合図し、止まるように指示する。話し合いに誘ってきたのは向こうだが、このままサーチライトの中に歩いて行ってあのMG3に蜂の巣にされるのは間抜けとしか言いようがない。第一、今回の敵が提案してきた”話し合い”が罠である可能性もあるのだ。もう少し慎重に様子を見るべきだろう。
だが――――――セシリアさんだけは、止まってくれませんでした。
ぎょっとする俺たちの隣を平然と通過し、大通りへと出ていくセシリア。敵兵が照らしていたサーチライトの光がセシリアを包み込み、土嚢袋の向こうで警戒していたヴァルツ兵たちが一斉にG3を構える。
なっ、何やってんだセシリア!?
「テンプル騎士団団長、セシリア・ハヤカワだ! ”話し合い”とやらに来てやったぞ、そちらの大将の所に案内してもらおうか!」
サーチライトを照らしてくる敵兵たちに向かって、大きな声でそう宣言するセシリア。俺は頭を抱えながら溜息をつき、銃を下ろしてついて来るように仲間たちに指示する。
銃を背中に背負い、銃撃戦を始めるつもりはない事を相手に伝えながらサーチライトの中へと向かって歩く。
撃つなよ、と祈りながらセシリアの隣に立つと、急にサーチライトの光が消えた。
「!?」
「――――――待っていたぞ」
ライフルを持った兵士たちと比べると華奢な体格の少女が、土嚢袋を飛び越えてこっちにやって来るのが見える。身に纏っているのはオリーブグリーンのヴァルツ義勇軍の制服だが、腰にはセシリアと同じく刀を下げているのが分かる。腰にはハンドガン用のホルスターがあり、その中には『ワルサーP1』が収まっているようだ。
肌は真っ白で、頭にかぶっている略帽―――――昔のドイツ軍のものに似ている―――――の左右からは犬のような真っ黒な耳が突き出ている。どうやら獣人の少女らしい。右目は戦闘で負傷しているのか、セシリアのように真っ黒な眼帯で覆われている。
目つきはまるでベテランの兵士のように鋭い。錬度はかなり高いようだ。
番犬や忠犬を彷彿とさせる獣人の少女は、セシリアの目の前までやって来ると、まるで身分の高い相手を迎え入れる武士のようにぺこりと頭を下げる。
「拙者は”クスノキ”。”シャルロッテ・ツー・ニールゲン”様の専属の護衛だ。我らの申し出を受け入れていただき、感謝する」
「うむ、ご苦労」
「我々はヴァルツ軍だ。警戒する気持ちは分かるが、こちらに戦闘の意志はない。それゆえ、変な真似はしないでいただきたい」
クスノキはセシリアではなく、俺の方を見ながら言った。
やれやれ、バレてたか。
尻尾をホルスターからそっと離し、両手を上げてこっちも戦う気はないという事をアピールする。
「………シャルロッテ様がお待ちだ、こちらへ」
「うむ」
そう言ってから、クスノキは踵を返して再び土嚢袋を飛び越えてホテルの方へと歩き始める。俺たちも同じように土嚢袋を飛び越えて、ホテルの入口へと向かった。
彼女がさっき言っていた”シャルロッテ・ツー・ニールゲン”という奴―――――女のようだ―――――が彼女たちの指揮官というわけか。自分の部隊の兵士により高性能な銃や兵器を支給しているという事は、彼女は転生者なのだろう。勇者であればそんな事はしないし、他の転生者も自分の護衛に強力な武器を渡す事はあまりない。強力な力を独占したいと考えていたり、謀反を恐れているからだ。自分が渡した強力な武器で息の根を止められるのは笑えないからな。
つまり、逆に言えばこの部隊の指揮官はそれだけ部下を信頼している人物という事を意味する。俺たちの世界の強力な兵器を味方に支給するのは、それほどの信頼関係を構築していない限り無理な話だ。だから、そういう事ができる指揮官の人望は間違いなく厚い。
だが、シャルロッテ・ツー・ニールゲンという名前にはちょっと違和感を感じる。今までは日本人の転生者ばかり目にしてきたからだろうか。まあ、大昔には張李風という中国出身の転生者もいたし、クラリッサの祖先もドイツ出身の転生者だという。だから日本人以外の転生者がいてもおかしくはないのだろう。
ボロボロの階段―――――けれども掃除された形跡がある―――――を上ると、大きな扉があった。ここにエージェントが監禁されているのだろうか。
クスノキは「ここで待たれよ」と小さな声で言うと、コンコン、と広間の扉をノックする。
「シャルロッテ様、テンプル騎士団の方々をお連れしました」
『入るにゃ』
ん?
広間の中から聞こえてきた女性の声を聞いて違和感を感じた俺は、後ろに居る筈のジュリアの方を振り向いた。ソ連製の火炎放射器を背中に背負い、耐熱服とガスマスクを身に纏った彼女は、興味深そうに猫の耳を動かしながらこっちを見て首を傾げている。
く、口癖か? それとも獣人か?
だが、転生者だよな? 獣人の転生者? 端末を持ってる第一世代型ではなく第二世代型の転生者か?
考えている内に、案内してくれたクスノキが部屋の扉を開けた。
内戦が始まってからここを拠点に使っていたようで、床には薄汚れたカーペットが敷かれている。内戦の影響で滅茶苦茶になった家具くらいしか広間の中には残っていないと思いきや、いたるところに弾薬の詰まった箱やレーションの入った木箱がずらりと並んでおり、仮眠を摂るための寝袋や、後方の友軍と通信するための無線機まで設置されている。ホテルの広間というよりは前哨基地の作戦指令室のようだ。
部屋の中は既に、オイルとエリクサーの香りで満たされている。この広間は軍人しか歓迎してくれないらしい。
広間の中では数名の通信兵やオペレーターが、ヘッドセットを身に着けて味方の指示を出していた。
彼らを見守っていた女性が、頭にかぶっていた大きめの軍帽を手に取りながらゆっくりとこちらを振り向く。
背はセシリアよりも小さい。身に纏っているのは他のヴァルツ兵と同じく昔のドイツ軍の軍服を思わせるデザインの制服だが、彼女が身を包んでいるのは普通の兵士のものではなく将校用の制服だ。けれども腰にはワルサーP1の収まったホルスターと予備のマガジンの入ったポーチを下げていて、先ほどまで座っていた席の傍らにはマチェットとG3A2もある。
彼女もセシリアのように最前線で戦う事があるのだろうか。
だが、纏っている雰囲気はセシリアと比べると優しそうだった。だらしないというわけではない。親しみやすそうな雰囲気だ。髪の色は銀色で、軍帽を取ったことでジュリアと同じく猫のような形状の耳があらわになっている。よく見ると腰の後ろからも銀色の体毛で覆われた尻尾が伸びていて、ゆっくりと左右に揺れているのが分かる。
獣人………?
彼女がシャルロッテ・ツー・ニールゲンか、と思った次の瞬間だった。
ニッコリと微笑んでいたシャルロッテがいきなり走り出し―――――いきなり抱き着いてきやがったのである。
「!?」
「なっ!?」
「「「「「「「!?」」」」」」」
「本当に来てくれるとは思わなかったにゃー! いやぁ、本当に嬉しいにゃー!!」
敵の拠点の中だというのに刀を引き抜きそうになっているセシリアさんの方を見て凍り付きながら、義手で冷や汗を拭い去る。
な、なんだこいつ………。




