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進撃中止


『”死神”、か』


 エルニカ脱出の際に遭遇した奴の件は、既にセシリアにも報告済みだ。40mmグレネード弾を叩き込んでやったのだから無傷である可能性は低いものの、また遭遇する可能性はあるので注意されたし、と報告書に書いて彼女に提出しているからセシリアも理解している事だろう。


 ボレイチームがその”死神”の襲撃で壊滅したという報告を聞いたセシリアは、溜息をついた。


『………分かった、ボレイチームとまだ経験の浅い第六フォックストロット第七ゴルフ第八ホテル分隊は下がらせろ。第一アクーラ第三シエラ第四デルタ第五エコー分隊のみで転生者の討伐に当たれ』


 了解、と目を細めながら返事をする。やはり、これ以上の損害は是が非でも回避する必要がある。


 他の部隊の同志たちの命が安いというわけではないが、特殊作戦軍はあらゆる部隊から選抜されてきた優秀な兵士のみで構成されている。つまり、所属する兵士たちは”高級品”なのだ。1人戦死するどころか、負傷して作戦に参加できなくなるだけでも大きな損害となってしまう。


 今回のボレイチームの件は大損害としか言えない。優秀な8人の兵士で構成された分隊が壊滅し、隊長のヴラジーミルも負傷してしまったのだから。


『それにしても、その”死神”が力也の命を狙っているというのは本当なのか?』


「ああ、おそらく」


 正確には俺自身を狙っているのではない。おそらく俺ではなく、”前任者リキヤ”を憎んでいる相手だという確信がある。


 頭の中にある前任者リキヤの記憶の中に、あの死神の正体なのではないかと思われる人物の記憶もあるからだ。


 とはいっても、リキヤ・ハヤカワがモリガンの傭兵たちを率いて世界中で暴れ回っていたのはもう100年以上も前の話。今ではお伽話や絵本の題材にされている、タクヤ・ハヤカワたちの冒険よりも前の時代だ。寿命の長いエルフや吸血鬼であれば当時から生き延びていてもおかしくはないが、それ以外の種族で当時の人間が生き延びている可能性は極めて低い。


 だが、勇者たちには技術がある。


 サクヤさんの事を思い出しながら頭を掻いた。


 サクヤさんは一度死んでいる。13年前のタンプル搭陥落の際に、勇者に首を斬り落とされて絶命しているのだ。


 勇者は彼女の遺体を回収していたらしい。その遺体から細胞を採取したか、遺体そのものの首を繋ぎ合わせて―――――首に傷跡がないのでこの可能性は低いが―――――肉体を用意し、あの世にいたサクヤさんの魂を強制的に呼び戻したのである。


 そう、あいつらには死者の魂を強制的にこの世界に召喚する技術がある。


 同じように”あの男”をこの世界に召喚していたというのであれば、おそらく俺の予測は合っているだろう。


 死神の正体は”あの男”だ。かつて、リキヤ・ハヤカワとの戦いに敗れて全てを失ったあいつしかいない。


「”死神狩り”なら任せろ、ボス」


『しかし………相手はヴラジーミルを倒すほどの実力者なのだろう?』


 セシリアの声は不安そうだった。


 確かに死神は強い。正直に言うと、俺もヴラジーミルの分隊が死神の襲撃で壊滅し、ヴラジーミルも負傷する羽目になったのは予想外だった。


 それに、セシリアが心配しているのは無茶をする悪い癖のせいだろう。きっと彼女は、今度は俺が身体のどこを失って帰還する事になるのか心配しているに違いない。


「心配すんな、”セシリア”。俺たちは負けない。―――――――俺はあいつを知ってるからな」


『なに?』


「おそらく、だが」


『………ご先祖様の記憶か』


「ああ」


 リキヤ・ハヤカワは偉大な男だ。圧倒的な力でクソ野郎共を絶滅寸前まで追い詰め、数多くの人々を救った。だが、とんでもない負の遺産を後世に残してしまった点は少しばかり非難させていただいてもいいのではないだろうか。


 息子の代まで殺し合いを続けることになった、吸血鬼『レリエル・クロフォード』の一族。


 ボレイチームを壊滅させた”死神(あの男)”。


 殺すのではなく封印を選んだせいで子孫たちを滅亡寸前まで追い込んだ勇者。


 勘弁してくれ。


『分かった。だが………無茶はするな』


「分かってる。あのクソッタレな死神に、本物の死神が誰なのか教えてやる」


『うむ………それと、あまり進撃はし過ぎるな』


「なぜ?」


『実はな………我々は連戦連勝しているが、クライアントの政府軍の方が連戦連敗のようでな。先ほども一個大隊を政府軍の支援に向かわせ、辛うじて政府軍の壊滅を防いだところなのだが………』


 随分と不甲斐ないな、政府軍は。


『報告によると、あいつらの指揮系統は滅茶苦茶だそうだ。最前線の兵士たちも総司令部の命令は殆ど聞いておらず、他の部隊との連携すらせずに勝手に戦っているらしい』


「おいおい………」


『しかも、シュタージのエージェントが探ったところ、政府軍クライアントは肝心な報酬の用意が出来ていないのだそうだ』


「笑えない話だ」


『ああ、全くだ』


 テンプル騎士団は巨大な民間軍事会社(PMC)のようなものだ。他国からの要請があれば敵と戦うが、俺たちを動かす以上はしっかりと報酬を支払ってもらう必要がある。


 そのための金を用意できていないというのであれば、政府軍との関係がどうなるかは言うまでもないだろう。


「ボス、今度から報酬は全額前払いにした方が良いかもしれないな」


『うむ、もうクライアントを信用するのは止める事にするよ。………とにかく、気を付けてくれ。私にはお前が必要だ』


「分かった、通信終了」


 セシリアとの通信を終えてから、無線機をキールに返した。キールは無線機を受け取ってから背中に背負うと、メインアームのRPK-16――――使用弾薬を7.62×39mm弾に変更している――――を肩に担ぎながら、何故か顔を赤くした。


「”私にはお前が必要”ですか………羨ましいなぁ。俺も団長みたいな綺麗な人に言われたい」


「お前にはロザリーがいるだろ」


「え? ええ、そうですが」


「浮気は拙いぞお前」


 苦笑いしながらキールの肩を軽く叩き、部屋のドアを開けた。


 セーフハウス代わりに使わせてもらっているのは雑貨店の二階だ。壁には砲撃で大穴が開き、魔力伝達用のケーブルが殆ど断線しているせいで電気もつかないし水道も機能していないが、潜伏する事さえできれば問題はない。


 かつてはリビングだった部屋のテーブルの上には、分解された俺のAK-15が置かれている。椅子に腰を下ろし、戦前の記事が載った新聞を尻尾で拾い上げながらAK-15を組み立て始める。


「次は”死神狩り”ですかニャ、隊長?」


「ああ、俺たちで奴を狩る」


 一階にある棚から持ってきたのか、埃まみれになったウサギのぬいぐるみで遊びながらジュリアが尋ねてくる。今は火炎放射器とか毒ガスを使っていないにもかかわらず、どういうわけか彼女はまだガスマスクを装着している。というか、基本的にジュリアはガスマスクを外さない。


 おかげで、特殊作戦軍のメンバーでジュリアの素顔を見たことがあるのは彼女の”面接”に参加した者だけだ。俺も面接の時に彼女の素顔を見ているし、書類と一緒に送られてきた白黒写真で目にしているんだが、ジュリアの顔は普通に可愛らしいと思うし、ガスマスクで顔を隠さなければならないほど大きな傷があるというわけでもない。ただ単にガスマスクが好きなのだろうか。


 AK-15を組み立て、マガジンの中から5発くらい7.62×39mm弾を抜きながら窓の方を見た。窓には三脚に乗せられた潜望鏡が設置されていて、その潜望鏡をエレナが床に伏せながら覗き込んでいる。傍らにはSVChがバイポッドを展開された状態で立てかけられていた。


「隊長、どうぞ」


「お、悪いな」


 サイドアームの点検でもしておくか、とホルスターごとRSh-12をテーブルの上に置いていると、ロザリーが紅茶を持って来てくれた。鎌と金槌が描かれたお気に入りの赤いマグカップを受け取りながら礼を言い、マグカップを口へと運ぶ。


 彼女はテーブルの反対側に腰を下ろすと、AK-15をテーブルの上に置いて点検を始めた。


 ロザリーの役目は魔術兵だ。前世の世界の軍隊には存在しないが、こちらの世界では魔術師も部隊に編入する事は当たり前だ。大昔は魔術の素質がある者しか魔術師になる事ができなかったせいで魔術師は極めて希少であり、かつてのエリス・ハヤカワのように敵国への抑止力として機能することもあったという。


 現代ではより効率的に魔術を運用するための装備も開発されているので、大昔と比べれば魔術師になるためのハードルはかなり下がったと言っていいだろう。だが、だからといって全く素質のない兵士が魔術師になるのは不可能なので、入隊の際に適性試験を行い、魔術の適性があるという結果が出た兵士のみが魔術師となっている。


 ロザリーもその適性試験を合格した兵士の1人だ。


 AK-15の点検を終えた彼女は、傍らに立てかけていた杖を拾い上げる。


 傍から見れば、ソ連製対戦車ライフルのデグチャレフPTRD1941を思わせるが、杖の先端部には魔力増幅用の小型フィオナ機関と魔力コイルが取り付けられているのが分かる。PTRD1941の銃身を切り詰め、ストックの先端部にライフルグレネードのようなものを取り付けたような形状だ。


 対戦車ライフルにそっくりだが、あれはあくまでも杖なので銃弾を発射する機能はない。手に持って魔術の詠唱を行う事で、術式の簡略化と魔力の増幅を行ってくれる補助装置である。


「隊長、質問してもよろしいですか」


「なんだ?」


「隊長と同志団長は付き合ってるんですか?」


「………すげえ分かり辛い関係だぞ」


「え?」


「いや、その………セシリアが恋愛という概念をまだよく分かってないらしくてな」


「そ、そうなんですか………でっ、では、副団長とは? よくイチャイチャしていると他の分隊の女子が言ってたんですが」


「付き合ってるとは言い難いな………まだ」


「そうだったんですね………ちなみに隊長はお2人の事が好きなんですか?」


「うん」


 何で顔を赤くするんだロザリー。


 苦笑いしながら義手で頭を掻き、リボルバーに弾薬を装填していく。


「………とりあえず、見張りは俺がやっておくから整備が終わったら休んでおけ。エレナ、お前もだ。あと15分で交代な」


「了解」


 ボレイチームの件がなければそろそろ進撃を再開する頃なんだが、セシリアから”進撃し過ぎるな”と命令されているのでしばらくここで様子を見るとしよう。それに、隊員たちにも疲れが溜まっている筈だ。進撃して動けなくなるよりは、体勢を立て直しつつ休息を摂らせ、敵の動きを見ておく方が合理的だろう。


 そう思いながら、俺は紅茶を飲み干した。

















 要塞が遠ざかっていく。


 戦いに敗れたあの男は、悔しそうにこっちを睨みつけながら歯を食いしばっていた。自分が負けたという事を認められないのだ。認めてしまえば、自分の許婚を明け渡す事になってしまうのだから。


『………行こう、力也』


 飛竜の手綱を握りながら、騎士団の制服を身に纏った蒼い髪の少女は言った。


 ああ、行こう。こんな場所からはとっとと飛び去って自由になろう。


 もう、束縛される事はない。俺たちは自由なのだ。


 なあ、エミリア………。

















 前任者リキヤの夢を見るのは珍しい事ではない。


 頭の中に他人の記憶がどっさりと入っているせいで、そういう夢をよく見る。幼い愛娘と一緒に銃を持って狩りに行く夢や、壊滅して燃え盛るネイリンゲンで幼い少女を助け出す夢。住民の避難が終わった大都市で、レリエル・クロフォードと死闘を繰り広げる夢。


 それが他人の夢であり、俺の記憶ではないという事に気付くのは、残念なことに目を覚ましてからだ。瞼を開け、クソッタレな光景を目にしてからやっとそれに気付く。


「隊長」


 ヘルメットをかぶりながら振り向くと、仮眠をとる前に見張りを交代していたコレットが敬礼しながら報告した。


「同志団長より緊急連絡です」


「何事だ?」


「それが、何者かによってシュタージのエージェントが拉致されたとのことです」


「なんだと?」


 シュタージのエージェントが?


 信じられない事だ。シュタージのエージェントに関する情報は最高機密の一つであり、潜伏先などに関しては身内であっても公開されていない。それゆえにエージェントの潜伏先や、誰がエージェントなのかという情報は外部に絶対漏れる事がない筈なのだ。


 そのエージェントが間抜けだったのか? それとも、敵がそれほど強力な諜報部隊を保有しているという事か?


「分かった、すぐに動く」


 エージェントは大量の機密情報を知っている。もし敵からの拷問でその情報を吐いてしまったら、大量の機密情報を漏洩する事になる。


 救出するか、始末せねばならない。


 同志に弾丸をぶち込むことになりませんように、と祈りながら、AK-15に手を伸ばした。




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