異世界人の狩人たち
テンプル騎士団には変わり者が多い。
最新鋭のアサルトライフルが支給されているにもかかわらずマスケットを使う変態もいるし、銃すら使わず鉄パイプで敵兵を撲殺するド変態もいる。普通の軍隊じゃ有り得ない。
その中でも、この特殊作戦軍はド変態の集まりと言っていいだろう。兵士の殆どは強いがド変態ばかりだ。ここにまともな兵士なんかいない。正気を保ってる奴よりも、狂気を保ってる奴の方が正常だ。この部署ではそれが当たり前なのだ。
だが、俺はまだマシな方だと思う。
俺も変人なのだろうが、他の奴らよりはまだまともな奴に近い筈だ。そう思いながらフォアグリップ付きのAK-15を背中に背負いつつ、腰の左にあるホルダーの中から折り畳まれていたコンパウンドボウを取り出し、スイッチを押して展開する。
右手を腰の後ろにある矢筒へと伸ばし、矢を取り出す。通常の矢ではなく、”ランケン・ダート”を改造して製造された炸裂弾だ。世界大戦ではテンプル騎士団空軍が対飛行船用にこのランケン・ダートを大量に使用したんだが、より強力な爆弾やミサイルに更新されたせいで、大量生産されたランケン・ダートがかなり余っているのだ。
まあ、余っているのはランケン・ダートだけではない。モシンナガンやPPSh-41も大量に余っていて、武器庫の中に保管されている。もし新型の武装が全部なくなってしまったとしても、そう言った旧式の装備であれば全軍に支給できるほどの数だ。
『ボレイ1、こちらボレイ4、位置についた』
「了解、こっちも獲物を見つけた。ボレイ2、ボレイ3、ベランダの狙撃兵を狙え。ボレイ4、ボレイ5、ボレイ6は俺の合図で同時攻撃」
『『『『『了解』』』』』
部下たちの返事を聞きながら、矢筒から取り出したランケン・ダート付きの矢を番える。攻撃目標は、ドラム缶の近くでレーションを食っている転生者兵と思われる白い服の少年だ。周囲にも護衛と思われる反政府軍の兵士が見える。
通常の兵士のみで構成された部隊にとって、転生者がどれだけ大きな脅威となるかは言うまでもないだろう。攻撃は通用するものの、転生者は特殊能力や強力な魔術を好きなだけ使えるため、軍隊が保有する兵器ですら一瞬で破壊してしまう。
逆に言えば、その転生者を狩る事ができれば敵の戦力は急激にダウンする。
このアレイン内戦に派遣されたヴァルツ義勇軍『コンドル軍団』の兵力はそれほどでもない。全盛期のヴァルツ帝国が東部戦線や西部戦線に派遣していた大部隊と比べると、規模はあまりにも小さ過ぎる。
コンドル軍団はあくまでも転生者兵を中核とした部隊なのだ。おそらく、転生者を利用した本格的な戦術や、転生者がどれほど有効で敵の脅威となるのかをテストするための”実験”だと思われる。
そう、あくまでも中核は転生者であり、部隊そのものの規模は大きくない。だから中核となる転生者を殺すことで敵の戦力は大きく削ぎ落とされるだろう。護衛の兵士たちが装備しているのも、SMGと思われる新型の武装らしきものも見受けられるが、こっちは最新型のアサルトライフルやボディアーマーで武装している。どちらの装備が優秀なのかは言うまでもないだろう。
「ボレイ2、ボレイ3、撃て」
『了解』
銃声は聞こえなかった。
無線機から部下たちの返事が聞こえた直後、唐突にベランダでタバコを吸っていた敵の狙撃兵が崩れ落ちる。けれども、廃墟のど真ん中に置かれているドラム缶の近くで食事をしている転生者や反政府軍の兵士たちは、10m上にあるベランダで戦友がたった今戦死した事に気付いていない。
サプレッサーという装備は本当に便利だ。
銃という喧しい兵器を、銃口に装着するだけで慎ましい兵器に変えてくれる。
けれども、銃が喧しいのは火薬や高圧魔力を使うからだ。それを使わなければもっと静かになる。
そう思いながら、アサルトライフル用のドットサイトを装着したコンパウンドボウの狙いを定める。
「………やれ」
呟いた直後、俺は矢を放った。
矢よりもはるかに先に、銃弾が敵兵の眉間を穿つ。スープを口に運ぶ途中だった兵士がいきなり頭を揺らして崩れ落ち、こめかみを撃ち抜かれた兵士がスープを地面にばら撒きながら倒れていく。
それを見てぎょっとしながら立ち上がった転生者の首筋に、先端部にランケン・ダートが取り付けられた矢が突き刺さった。ドスッ、と矢が首筋を穿ったかと思いきや、ランケン・ダートが炸裂して更に血肉と脊髄を食い破り、瓦礫だらけの地面を血肉で真っ赤に染める。
生き残った他の兵士たちが叫びながら銃を乱射してくる。だが、こっちはサプレッサーを使用した銃を使っているし、黒い服を身に纏った状態で薄暗い廃墟の窓から狙撃しているのだ。狙撃ポイントを発見するのは極めて困難だろう。
案の定、敵兵の放つライフル弾は全く違う方向の壁に着弾している。話にならない。
『隊長、あいつらどうします?』
「狩れ」
『了解』
特殊作戦軍は、決して標的を逃してはならない。
攻撃目標は確実に仕留めよ。
さっきの転生者たちがいた場所に置かれているドラム缶を見る。随分とボロボロで、錆だらけのドラム缶に開いた穴からはライムグリーンのオイルらしき粘液が流れ出ているのが見える。
矢を矢筒から引っこ抜きながら、敵の位置を確認する。敵兵たちは全く違う方向にボルトアクションライフルをぶっ放したり、先ほど射殺された転生者や護衛の兵士たちの死体を引きずって後方へと下がろうとしているようだ。
転生者の死体を引きずっている兵士がドラム缶の近くを通過する直前に、俺は矢を放つ。
先端部にランケン・ダートが取り付けられた矢が錆だらけのドラム缶を穿ち、カンッ、と甲高い音を奏でる。死体を引きずっていた兵士がぎょっとしながらドラム缶の方を振り向いたが、彼がその音の正体に気付くよりも先にランケン・ダートが炸裂してオイルに引火し、廃墟のど真ん中が火の海と化した。
おお、明るいな。
「各員、撃ちまくれ。皆殺しだ」
『さすが隊長、狙いやすくなりましたわ』
「撃ちまくれダリル、容赦するな」
『了解です』
敵の数は少ない上に、こっちの位置もまだバレていない。
矢筒へ手を伸ばしつつ位置を変える。埃だらけの荒れた部屋を後にして、壁や天井の破片が散らばる廊下を突っ走る。割れたガラスや落下した燭台を踏みつけながら階段を駆け上がり、別の部屋の扉を開けてそこの窓から広場を見下ろした。
敵の狙撃手が見える。かなり長いスコープをボルトアクションライフルに装着していて、スコープを覗き込んだままこっちのスナイパーたちを探しているようだ。
コンパウンドボウで狙うには射程距離が足りない。俺のコンパウンドボウは武器庫にあったAK-74の余剰パーツを使って改造した代物で、矢の貫通力も大幅に向上している。ボディアーマーや転生者すら穿つほどの貫通力を誇る上に静かだが、射程距離がかなり短いのが欠点だ。やはり、遠くの敵を静かに仕留めるのはサプレッサー付きのライフルが最も向いている。
コンパウンドボウを折り畳んで腰のホルダーへぶち込み、矢を矢筒へと戻して背中のAK-15を取り出す。銃口にすでにサプレッサーが装着されているそれを構え、フォアグリップを握りながらホロサイトを覗き込んだ。
サプレッサーがあるとはいえ、こいつは弓矢よりも喧しい。まあ、あの間抜けな狙撃手はその音に気付く事はないだろうが。
あばよ、と思いながらトリガーを引く。サプレッサーから躍り出た7.62×39mm弾が狙撃兵の略帽もろとも頭蓋骨に風穴を穿ち、脳味噌の破片と頭蓋骨の破片を飛び散らせた。
セミオートで他の敵兵に向かって数発撃った後、無線で仲間に「ボレイ1、位置を変える!」と報告する。そろそろ敵もこちらの位置を特定して反撃してきてもおかしくない頃だ。敵の反撃の命中精度が上がる前に、出来るだけ数は減らしておきたいな。
階段を駆け下り、廊下を反対側まで突っ走る。一番奥にあるドアを蹴破って中へと入り、窓から外にいる敵兵を狙おうとしたその時だった。
沈んでいく赤黒い夕日の下に――――――死神がいた。
「………なんだあいつは」
砲撃で天井に大穴の空いた教会の屋根の上で、でっかい鎌を担ぎながらこっちをじっと見つめている。スナイパーライフルのスコープを覗くか双眼鏡を使わない限りはっきりとは見えないような距離なんだが、それほど距離が空いているにもかかわらず―――――目が合っているような気がして、ぞっとしてしまう。
敵兵の攻撃は物陰に隠れたり、スモークグレネードを使って逃げれば回避できる。だが、剣やクロスボウが主役だった時代から、戦場で敵兵と殺し合う兵士たちは死神を最も恐れてきた。死神に狙われれば必ず命を落とす事になるからだ。
その死神が、こっちを見ている。
俺たちを見ている。
いや、そんなわけがない。
あれは偽物の死神だ。本物の死神であれば絶対に抗えない。
AK-15を見下ろし、マガジンを新しいマガジンに交換しながら目を細める。
こいつの中には無数の兵士の命を奪ってきた7.62×39mm弾という大口径の死神が30発も詰まってる。あんなにでっかい鎌と射程距離の長い30発の弾丸のどちらがより効率的に兵士の命を奪えるのかは言うまでもないだろう。
「ボレイ1より各員、南東の教会に転生者と思われる敵兵を捕捉。集中的に狙え」
お前が本物の死神ならば、試してやる。
ライフルのフィンガーガードを下へと下げると同時に、熱と硝煙を纏った薬莢が上部のハッチから躍り出た。
数秒前までこの薬莢に収まっていた12.7×55mm弾は、銃身をかなり切り詰められ、その代わりにデカいサプレッサーを装着されたウィンチェスターM1895の銃口から飛び出し、目の前の壁に寄り掛かっている転生者の眉間を撃ち抜いて、脳味噌の破片や血まみれになりながら反対側の壁の中に突っ込んでいる。
今しがた射殺した転生者の死体から機能を停止した端末を拝借し、血を拭い去ってからポーチの中へぶち込む。こいつを持ち帰れば、フィオナ博士が機能を停止した端末を分解して俺の端末を強化してくれるのだ。だから殺した転生者からはこうして端末を奪い、持ち帰る事が望ましい。
フィンガーガードをもう一度下へと下げ、ライフルに12.7×55mm弾を1発装填する。使用する弾薬を本来の7.62×54R弾から12.7×55mm弾に変更したことで、このレバーアクションライフルは恐るべきストッピングパワーと静かさを手に入れたが、改造する前と比べると命中精度は少しばかり下がっているし、3発までしか弾丸を装填できない。敵部隊と真っ向から銃撃戦をするのであれば、こいつよりもAK-15の方が向いているだろう。
装填を終えたライフルを肩に担ぎつつ、窓の向こうに見えるアレイン共和国の市街地を見渡す。
いや、ここはもう市街地の”跡地”だ。瓦礫と死体と燃え盛る残骸しか残っていない、殺風景な地獄なのだ。
アレイン共和国首都『マロヒュード』は滅茶苦茶だった。エルニカとは違って政府軍と反政府軍が真っ向から激戦を繰り広げた激戦地だからなのか、エルニカよりも瓦礫の量が多い。いたるところで火柱が噴き上がり、瓦礫だらけの大地に倒れている死体たちが地面を真っ赤に染め上げている。
既にここにも特殊作戦軍の部隊やシュタージのエージェントが潜入しており、転生者の暗殺や敵軍の情報収集などを行っている。俺たちの分隊も既にかなりの数の転生者を討伐することに成功していて、ポーチの中はもう仕留めたクズ野郎共の端末で一杯だ。
これほど大戦果をあげたのだから、この分隊の連中は全員勲章をもらってもおかしくない。階級も上がるかもしれないが俺は辞退しよう。准将は流石に前線で戦い辛い階級だ。
「大佐」
「どうしたキール」
「フォックスより通達です。転生者の潜伏場所が判明したとのことです」
フォックスはここに潜入しているシュタージのエージェントのコールサインだ。エージェントの本名やセーフハウスの位置などはかなり上位の機密情報となっていて、シュタージの指揮官クラスでなければ情報の閲覧は許されない。
他の部署の兵士との接触も禁じられているので、通常時は暗号化された通信による情報伝達を行う。なので、通信兵を担当するキールは暗号の解読の訓練も受けている。
「位置は?」
「座標はЩ-3-3、南東にある工業地区のようですが………」
「何かあるのか?」
「それが、フォックスからの情報だとボレイチームからの救援要請があったと」
「救援要請?」
「はい。1分前だそうです」
第二分隊はヴラジーミルが指揮する分隊だ。あの分隊にいる同志たちも、特殊作戦軍が設立されたばかりの頃から所属している古参の兵士ばかりである。そう、最初期の最も厳しかった入隊試験を平然と耐えて入隊してきたヤバい連中だ。
そいつらが、助けを求めている。
敵は何者だ、と思ったが、思い当たる敵がいる事をすぐに思い出す。
あの時の死神だ。
だがあいつは、グレネードランチャーの直撃を受けていた筈だ。死亡していてもおかしくはないし、仮に生きていたとしても短時間で戦線に復帰するのは不可能だろう。
他の転生者か、と思いながら分隊員に合図を送って集合させる。獲物を狙うのも大事だが、仲間を見捨てるわけにはいかない。仲間を見殺しにするのは最大の不名誉と心得よ。味方の命を救う事は、敵兵1人を殺す戦果と同等と知れ。特殊作戦軍に入隊した兵士はそう教育される。
それに相手の命は塵よりも軽いし潜伏場所も把握している。団長からの撤退命令が出ない限り、いつでも狩れる相手だ。
「ボレイチームの救援に向かう」
「了解」
古参の兵士たちにそう指示してから、俺たちは廃墟を後にした。




