内戦介入
ヘリから降りると、既に戦艦ネイリンゲンの後部甲板では他の特殊作戦軍の兵士たちが出撃の準備をしていた。他の同型艦の飛行甲板からは、もう既に武装した兵士を乗せたヘリがアレイン共和国方面へと向かって飛び立っており、艦尾にある格納庫のハッチも空きっ放しになっているのが分かる。
「すまないな、相棒。休憩時間はないみたいだぞ」
保護したマリーヤとパブロの2人を下ろしていると、後ろからやってきたジェイコブが声をかけてきた。彼は既にいつもの黒い規格帽をかぶっていて、その上に防塵用のゴーグルをかけている。手にしているのはAK-15Kで、腰や胸にあるポーチには7.62×39mm弾の入ったマガジンがいくつか収まっていた。
もちろん、腰には回復アイテムがたっぷりと収まった大型のポーチもある。彼の本業はクソ野郎をぶっ殺すことではなく、クソ野郎の反撃で負傷した味方の命を救う事だ。敵の命を奪うのは副業だそうだ。
「状況は」
「本部が動いた。アレイン到着は3時間後。俺たちの仕事は”転生者狩り”らしい」
転生者狩りか………確かに、転生者兵は下手をすれば単独で武装した兵士たちを蹂躙することが可能なほど強力な存在である。その恐るべき転生者兵を真っ先にぶち殺さなければ、上陸したこっちの部隊が大損害を被る事になるだろう。
こっちにも転生者や転生者たちの子孫が何人かいるが、転生者の人数ではヴァルツ側に大きく負けている。だからこそ、奴らを狩って脅威を少しでも減らしておかなければならない。
「分かった、すぐ準備してくる」
「で、このお2人はどーすんだよ?」
「あ? ………えーと………あ、おい同志」
「は、はい、同志大佐」
離陸していく別のスーパーハインドの誘導を終えた兵士に声をかけると、彼は俺の階級章を見てぎょっとしながら、一緒にいるマリーヤとパブロの方を見た。
「悪いが、警備兵を呼んでくれ。この2人に艦内の空き部屋を」
「わ、分かりました」
休憩時間は無しか。まあ、訓練でタンプル搭名物の要塞砲ランニングを一日中やってたこともあるから、体力にはそれなりに自信がある。というか、俺たちは特殊作戦軍だ。休憩時間なしですぐに別の作戦が始まることも珍しい事ではない。
踵を返して艦橋へと向かおうとすると、早くも飛行甲板へと駆けつけた警備兵と共に艦内へと向かって歩き出したマリーヤが、こっちを向いてから俺の事を呼んだ。
「兵隊さん」
「ん?」
「助けてくれて―――――ありがとう」
《傭兵さん、助けてくれてありがとう》
ああ、またフラッシュバックした。
燃え盛る街の中で、母親と思われる女性と共にこっちを振り向きながら礼を言う幼い少女の姿が。
彼女が、幼い頃のナタリア・ブラスベルグなのだろうか。
フラッシュバックと共に産声を上げる頭痛に耐えながら、俺は彼女に向かって手を振る。多分、彼女とパブロの2人は戦闘が始まる前にヘリでフェルデーニャ支部へと移送され、そこから駆逐艦で本部へ向かう事になるだろう。
ネイリンゲンは特殊作戦軍の母艦だ。特殊作戦軍は他の部署よりもはるかに機密情報が多いから、部外者を艦内で保護しておくのは正直に言ってあまり好ましくない。
飛行甲板から次々にヘリが飛び立っていく音を聞きながら、戦艦ネイリンゲンのネルソン級みたいな艦橋を登っていく。イギリスのネルソン級戦艦の艦橋にスポンソン、レーダー、機関砲を増設したような形状のネイリンゲンの艦橋は、ベースになっているネルソン級の艦橋と比べると随分と複雑な形状をしている。ステルス性をかなぐり捨てていると言ってもいいだろう。
タラップを駆け上がり、慌てて敬礼してくる見張り員たちに敬礼を返しつつ、艦橋にあるハッチを開けて中へと入った。
ネイリンゲンの艦橋の中はかなり明るい。照明も用意されているが、光源として機能しているのは天井の照明だけではない。計器類が発する光や、空中に浮遊する様々な色の魔法陣も光源と化している。
艦橋の中央に、艦長の席がある。そこに腰を下ろして指揮を執っているのは、前世の世界の親友だ。テンプル騎士団海軍に入隊した時ははっきり言って全く頼りなかったが、今は何度も実戦を経験したことで鍛え上げられた名将と言ってもいいだろう。こいつが母艦の指揮を執ってくれるというのならばこれ以上ないほど安心できる。
「全艦、主砲にハープーンを装填。支援要請に備えよ」
「6番ヘリポートよりカトラス1-1が離陸。カトラス1-2、6番ヘリポートへ」
「忙しそうだな」
オペレーターたちの声を聞きながら艦長の席へと向かうと、伝声管に向かって指示を出していたリョウは、伝声管の蓋を閉じてから苦笑いした。
テンプル騎士団の艦艇には無線がちゃんと搭載されている。なので艦内への命令もそれで行う事になるんだが、無線や通信用の設備が破損した際に備えて伝声管も用意してある。なので、最新の装備を搭載した艦の中に随分とレトロな伝声管が混じっているのだ。
黒と蒼のテンプル騎士団海軍の制服に身を包んだリョウは、傍らに待機しているホムンクルス兵に「ごめん、紅茶を。ブランデーも入れてくれ」と言ってから頭を掻く。
「君こそ、キツイんじゃない?」
「慣れた」
「すごいね」
「お前こそ」
しばらくすると、ホムンクルス兵が紅茶の入ったマグカップを2つ持って来てくれた。ブランデー入りの紅茶を受け取ってからリョウと2人で乾杯し、窓の向こうに見えるアレインの街を見つめながら口元へと運ぶ。
先ほどまで死神と鬼ごっこを繰り広げていた、エルニカの街だ。爆弾をこれでもかというほど投下して大地を廃墟と瓦礫で埋め尽くした忌々しいヴァルツの爆撃機隊は気が済んだのか、もうエルニカ上空から撤退している。高射砲の砲弾が炸裂する閃光も見受けられない。
今から、もう一度あの地獄へ向かうのだ。
けれども、今度は1人ではない。鍛え上げられた頼もしい仲間たちと一緒だ。
空になったマグカップを先ほどのホムンクルス兵に渡し、「それじゃ、行ってくる」とリョウに言ってから艦橋を後にする。ネイリンゲンの所属は特殊作戦軍だが、元々こいつは海軍の艦だ。乗組員も元海軍所属の同志が多いので、ここでは俺は部外者でしかない。
それに、作戦開始も近い。あまりここに居るのは好ましくないだろう。
タラップを駆け下りて後部甲板へと向かう。駆け下りながら端末を取り出して画面をタッチし、”もう一つのメインアーム”を用意する。
今の端末の状態では、メインアームを2つ、サイドアームを2つまで持つ事ができる。しかも重量制限があるんだが、フィオナ博士曰く『アップデートを繰り返せば制限は消せる』だそうだ。とっととそうして欲しいものである。
端末をタッチして用意した2つ目のメインアームは、最新の装備を身に纏った兵士が持つにしては少しばかり古めかしい代物だった。
第一次世界大戦でロシア帝国軍が使用した、『ウィンチェスターM1895』というアメリカ製の銃である。
そう、第一次世界大戦でロシア帝国はアメリカの銃も使用していたのだ。
姿を現したのは、木製のハンドガードとストックのある旧式のライフルだった。銃身はアサルトライフルよりも非常に長く、トリガーの周囲にはフィンガーガードにも似たパーツがある。
このウィンチェスターM1895は、”レバーアクション”と呼ばれる方式を採用している。トリガーの周囲にあるフィンガーガードがレバーになっているのだ。ボルトアクションライフルのように、一発ぶっ放したらこのレバーを操作する必要がある。
今では廃れた方式のライフルだ。テンプル騎士団でもこいつをモシンナガンと一緒に正式採用していたんだが、世界大戦が終結して急速な装備の更新が始まった事により、このレバーアクションが大量に余ってしまっているのである。
なので、こいつを再利用する事にする。
端末をタッチし、すぐにこいつをカスタマイズする。まず、長すぎる銃身を一気に切り詰めて短くし、その代わりに大型のサプレッサーを装着する。古めかしい水冷式の重機関銃や、イギリスの『デ・リーズル・カービン』みたいな形状になった銃をちらりと見てから、次に使用する弾薬を変更する。
こいつは元々、モシンナガン用の7.62×54R弾を使用―――――他の弾薬も使用可能である―――――するライフルなんだが、別の弾薬を使わせてもらう。サイドアームのRSh-12が使用している”12.7×55mm弾”だ。
なぜ弾薬を変更したかと言うと、出来るだけサイドアームとメインアームで同じ弾薬を使いたかったからだ。それに、12.7×55mm弾の強みは圧倒的な破壊力だけではない。サプレッサーで銃声を消しやすいという利点もある。
まあ、他にも12.7×55mm弾を使用するスナイパーライフルやアサルトライフルもあるんだがな。
後部甲板に降りてから、奇妙な形状になったウィンチェスターM1895をまじまじと見つめる。使用弾薬がでっかくなったからなのか、改造前よりもレシーバーががっちりとしている。
一撃で敵を仕留められるほどの殺傷力と静かさを兼ね備えた恐るべきライフルと化してくれたのは喜ばしい事だが、使用するライフル弾が大型化したせいで、装填可能なライフル弾が5発から3発に減ってしまっている。弾数には注意するとしよう。
ちなみに、装填する際はレバーを下げ、上部のハッチから3発の弾丸を装填する事になる。最新型のライフルのようにマガジンを交換するだけで済むわけではないのだ。しかも、クリップも使えなくなってしまっているので再装填は遅くなる。
奇妙な形状になったレバーアクションライフルを背負い、格納庫へと降りていく。既に格納庫の中ではB-11やB-10たちに武装した隊員たちが乗り込んでおり、エンジンをかけた車両たちが、格納庫のハッチの向こうに広がる海原を見つめたまま待機している。
俺たちが乗る事になっている車両へと向かいながら、腰のポーチから顔を出すテディベアをそっと撫でる。フェルデーニャに来る前に、セシリアがくれたお守りだ。
B-11の兵員室を覗き込むと、第一分隊の仲間たちが武装した状態で乗り込んでいた。
「遅いですよ、大佐」
「すまんすまん、親友と一杯飲んでた」
紅茶をな。ブランデー入ってたけど。
隊員たちにそう言ってから、俺は兵員室ではなく車体の上によじ登って腰を下ろした。葉巻を取り出してライターで火をつけ、目の前の海を睨みつける。
しばらく葉巻を吸って待機していると、天井にあるスピーカーから女性のオペレーターの声が聞こえてきた。
《上陸部隊、出撃を開始せよ》
B-11がゆっくりと動き出し、開放されているハッチの向こうに広がる海原へと向かって進み始める。段々と葉巻の匂いを掻き消し始める潮風に包まれながら、俺は煙を吐き出した。
「―――――――さあ、狩りに行くか」
第十九章『嵐の前の平和』 完
第二十章『アレイン内戦』へ続く




