イルゼ救出作戦 ブリーフィング
「おー、すげえ」
研究室の中を飛び回るプロペラ付きの円盤のような物体を見つめながらそう言うと、部屋の中を飛び回っていたその奇妙な円盤は、フェルデーニャ支部の中に用意された研究室の中で当たり前のように何かを組み立てているフィオナ博士の傍らにゆっくりと着地した。
フェルデーニャ支部にも技術部はもちろん設立されているんだが、本部の技術力と比べるとこちらの技術力はまだ低い。そこで、特殊作戦軍と一緒にやってきた技術者たちが指導を行っている段階だ。フィオナ博士もそのためにやってきた筈なのだが、彼女は早くもその辺にあった廃材とかスクラップで奇妙なものを組み立てている。
彼女の傍らに先ほど着陸した物体も、おそらく倉庫の中にあった旧式の機材やスクラップから部品を取ってきて組み立てられた物なのだろう。傍から見れば、小型のUFOの上部にプロペラを取り付け、下部に眼球のような球体状のセンサーをぶら下げたような外見をしている。
テンプル騎士団で独自開発されたドローンだ。エレナも同じものを持っているのだが、よく見ると彼女に支給されたモデルとは形状が若干違うのが分かる。機体の下部に、何かを掴むための”手”のようなパーツがあるのだ。
改良型か。
「これは?」
「新型のドローンですよ」
そう言いながら、博士は再びドローンを飛行させる。機体上部のプロペラを回転させて舞い上がったドローンは、唐突に高度を落として床の上でホバリングを始めたかと思いきや、機体の下部にあるフレームがいきなり展開し始めた。
フレームの中から姿を現したのは、先端部に小さな車輪の付いた4つの”脚”だ。
プロペラの回転がぴたりと止まった次の瞬間、その車輪が回転を始め、今度は床の上を猛スピードで走り始めた。
「地上も走行可能です」
「え、なにこれ」
「更に、機体下部にあるアームにハンドガンを搭載させる事ができます。サプレッサー付きのハンドガンを持たせれば、遠隔操縦で敵兵を攻撃できるようになります」
「おお………! ………ところで博士、操縦には何を使ってるんだ? コントローラーは持っていないようだが」
そう、よく見ると博士はこのドローンの操縦にコントローラーを持っていない。傍から見れば、ドローンが勝手に飛び回ったり走り回ったりしているように見える。
「ああ、これも”思念通信”でコントロールしてます」
思念通信は、輪廻の大災厄の後にテンプル騎士団が習得した技術の一つだ。元々は、天城輪廻が実戦投入していた戦時型ホムンクルスに、”サーバー”と呼ばれる装置や”指揮官個体”と呼ばれる特別な個体が命令を伝達するシステムだったとされている。
戦後に”空中都市ネイリンゲン”の残骸を回収したテンプル騎士団が、これを解析してホムンクルスの特殊な個体の製造を始めたのが始まりらしい。
「思念通信………」
「ええ。だから、ドローンの飛び方をイメージするだけでいいのです。宙返りしたいなってイメージすれば――――――」
唐突に、床の上を走り回っていたドローンが再び脚を収納し、プロペラを回転させて舞い上がる。休場したドローンはそのまま部屋の中で宙返りすると、飼い主の所へと戻っていく子犬のようにフィオナ博士の近くでホバリングし始める。
「―――――簡単にその通りに飛ばせる事ができます」
「素晴らしい」
「要ります?」
「ああ、できるならば欲しいところだ」
「それは良かった。あ、でも思念通信を使うには少し脳に機械を埋め込む必要があるのですが………いいですか?」
「ああ」
どうせ、もうこの身体の半分は機械なのだ。
手足は機械の義手と義足だし、クソッタレの勇者の拷問で弱っていた内臓も機械に取り換えられている。それに、心臓もキマイラバーストを使うために機械の心臓に取り換えられているのだ。脊髄や脳味噌の中にも、機械のパーツやケーブルが紛れ込んでいる。
機械のパーツがまた増えるだけだ、何も怖くはない。
「では、そこに寝てください。すぐ手術を始めます」
「よろしく頼む」
研究室の中にあるベッドに横になると、早くも博士が麻酔薬の入った注射器を持ってきた。
今の俺には、勇者を倒す力が必要なのだ。
あのクソッタレを地獄に落とすために、この肉体を捨てねばならないというのなら―――――俺はそれでも構わない。
「作戦を説明する」
薄暗い会議室の中に、蒼い立体映像が映し出される。レンズのような装置から溢れ出た蒼い光が空中に形成したのは、アレイン共和国の地図だった。
「先ほど、アレイン政府軍からテンプル騎士団本部へ正式に救援要請があった。これより、本部は全戦力を内戦へと投入し武力介入を行う。我々特殊作戦軍も出撃する事になるが――――――その前に、やらねばならないことがある」
そう言いながら、ウラルは装置を操作して映像を切り替えた。アレインの地図が小さくなったかと思うと、その隣に少女の顔が映し出される。
「同志団長からの命令だ。内戦への介入前に、この少女の身柄を保護してほしいとの事だ」
「司令、彼女は?」
「彼女の名は『イルゼ・クリューガー』。アレイン共和国のエルニカ市に住む学生だそうだ」
名前を聞いた途端、ブリーフィングに参加していた全ての兵士が目を細めた。
名前とファミリーネームが、アレイン人のものではなくヴァルツ系のものだったからだ。
「ヴァルツ人か」
腕を組みながら話を聞いていたエンリコが低い声で呟いたが、ウラルは首を横に振りながら答えた。
「ヴァルツ系の名前にも聞こえるが、オルトバルカにもこういう名前の奴はいる。それに、シュタージからの情報ではヴァルツ系ではなくオルトバルカ系だそうだ」
「で、総司令殿。この可愛い女の子が我々に何の関係があるんです? 身柄を確保しなきゃいけない重要人物には見えないのですが」
「すまん、詳しい話はまだ言えん。だが――――――俺も情報は全て見たが、確かに彼女は保護しなければならない重要人物だ。内戦に巻き込ませるわけにはいかん。だが、現時点ではまだ我々は内戦に介入していない。介入宣言前に軍事行動を行っていた事が明るみに出れば問題になる。そこで、彼女の救出は力也に任せたい」
「………俺ですか」
「ああ。他の分隊員は彼の支援を頼む。空軍スペツナズは回収用のヘリの準備を。海軍スペツナズは事前に軍港へと破壊工作を行い、反政府軍の注意をエルニカ市から逸らせ」
「了解」
「了解です」
単独での潜入か………。
だが、エルニカ市はまだ内戦には巻き込まれていない地域の筈だ。政府軍が警備しているだろうし、反政府軍が攻めてくる可能性はそれほど高くないだろうから、今回は軽装でいいだろう。
それにしても、あの少女は何者なのだろうか。
そう思いながら、レンズの上に映し出されている彼女の顔を凝視する。
何処かで見たことがあるような気がする。
俺だけではない。
前任者も、彼女の顔を知っている。
”彼”は、ネイリンゲンで眠っている。
スコップで地面を掘りながら、俺はニヤリと笑った。
俺は”あの男”を恨んでいる。けれども、彼もきっと同じくらい”あの男”を恨んでいる筈だ。彼から全てを奪っていった余所者を、彼はずっと恨んだままここで眠っているのだ。
「勇者様」
「安心したまえ、ローラント中将。”彼”はここに居る」
後ろで傘を持って待っているローラント中将にそう言いながら、地面をスコップで掘り続けた。
やがて、土の中から泥まみれの布のようなものが出てきた。何かの紋章が描かれているのが見えるが、汚れが酷すぎて何の紋章なのかは分からない。おそらく、大昔の騎士団の紋章なのだろう。
更に掘り続けていくと、今度は錆び付いた剣や防具が出てきた。産業革命よりも昔に使われていた、騎士たちの剣だ。おそらくこれの持ち主は貴族だったらしく、豪華な装飾の跡らしきものも残っているのが分かる。
その下に―――――骨があった。
「これだ」
怨念を纏った、小さな骨の破片。
それをそっと拾い上げる、後ろを振り向いた。
「見つけたぞ、中将。これだ」
「これが………?」
「ああ。細胞の劣化が酷そうだから再生は難しいだろうが………これほど”あいつ”を恨んでいる人間なら、強力な武器になる」
「そうですね。後は本人の魂を呼び戻してやれば」
「よし、早速準備を頼む」
「了解です、勇者様」
骨をローラント中将に渡してから、俺はニヤリと笑う。
力也、お前は俺を恨んでいるのだろう?
俺も同じだ。計画を邪魔しやがったクソッタレな貴様を恨んでいる。
そして、ここに眠っていた男も――――――お前を恨んでいる。




