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監視者


 フェルデーニャにヤバい人たちが来た。


 軍港に停泊している強襲揚陸戦艦――――――ネイリンゲン級というらしい――――――から降りてくる黒服の兵士たちを見つめながら、フェルデーニャ支部に配属となった他の戦友たちと共に冷や汗を流す。


 分隊長からは、本部の特殊作戦軍というヤバい連中がフェルデーニャにやって来るという話は聞いていた。内戦が始まったアレイン共和国をここで監視し、武力介入する口実を用意でき次第、すぐに内戦に介入するためだそうだ。


 特殊作戦軍は、陸軍、空軍、海軍、海兵隊から優秀な兵士だけを選抜して結成された大規模な特殊部隊だと聞いている。しかも、その”特戦軍”の陸軍スペツナズの指揮を執っているのは、あの”ウェーダンの悪魔”だという。俺はあの人は作戦中に戦死したという話を聞いていたんだが、実は生きていたのだろうか?


 だから、どういう人たちなのか興味があった。


 正直に言うと、あの人たち全員ヤバいと思う。


 戦艦から降りてくる黒服の兵士たちは、ほぼ全員黒いバラクラバ帽かガスマスクで顔を隠しているのだ。顔があらわになっている兵士は1人もいない。しかも、身に纏っている装備は全て本部の兵士に優先的に支給されている最新型の装備ばかりだ。


 中には、どこかの倉庫から持ってきたのか、腰にマチェットやナイフではなく鉄パイプとかパイプレンチをぶら下げている兵士もいる。それで敵をぶん殴るつもりなのだろうか。


 護衛の兵士や他の将校を引き連れながら特戦軍を出迎えている基地の司令官も、少しばかりビビっているようだった。


 やがて、ガスマスクをかぶった兵士たちを引き連れた巨漢がこっちへとやって来るのが見えた。身長は間違いなく180cmを超えている事だろう。身体中にはがっちりとした筋肉がついていて、口の周囲や顎や桜色の髭で覆われている。真っ赤なベレー帽の下から覗く短い頭髪も、その髭と同じく桜色だ。


 変わった色だな、と思いながらその巨漢の隣を歩く兵士をちらりと見る。そっちの兵士たちもバラクラバ帽とかガスマスクで顔を隠しており、これ以上ないほど気味が悪い。しかも、よく見るとその中の1人は黒いコートの袖から覗く指が他の兵士よりも長い。


 何なんだ、あいつらは。


「テンプル騎士団本部特殊作戦軍総司令、ウラル・ブリスカヴィカ大将だ。出迎えご苦労、支部長」


「これはこれは、同志ブリスカヴィカ。ふ、フェルデーニャへようこそ」


「すまないが、しばらく世話になる」


「ええ、地下に居住区がありますのでそちらでゆっくりしてください」


「そうしたいところだが、俺たちは戦いに来ている。同志団長の命令があればすぐに内戦(地獄)に行くさ」


 挨拶を済ませてから、顔を隠している兵士たちを引き連れたウラル司令は踵を返す。顔を隠していないのはあの人だけだ。


 しかも、場合によってはあの人も戦いに行くつもりらしく、よく見ると腰の周囲にはマガジンが収まったポーチとかナイフがあるし、ハンドガンのホルスターもある。首にはヘッドセットをかけていて、背中にはソードオフ・ショットガンを背負っていた。


 おいおい、総司令が最前線で戦うのか? 


 総司令は司令部で指揮を執るのが本職だろ、と思いながら、ウラル司令が引き連れている兵士たちを見る。彼らの制服の肩にはエンブレムが描かれたワッペンが取り付けられているのが見えた。


 額にゴーグルをかけ、バラクラバ帽で顔を隠している兵士の肩には、こめかみを銛で貫かれた髑髏が描かれている。確かあのエンブレムは、海軍の工作員たちで編成された”海軍スペツナズ”のエンブレムだろう。海中から敵の沿岸部の拠点に襲撃を敢行したり、敵艦の船底に爆薬を仕掛けて撃沈することを得意とするスペシャリストたちだ。


 その隣にいる、真っ赤なベレー帽とバラクラバ帽を身に纏った兵士の肩には、パラシュートで吊るされた髑髏のエンブレムが見える。あのエンブレムは、空軍所属の空挺部隊―――――テンプル騎士団では空挺部隊は軍所属という事になっている―――――のみで編成された”空軍スペツナズ”のものだ。タンプル・コマンドスとも呼ばれている部隊であり、隊長がかなり変な奴だと言われている。


 奥にいるガスマスクを身に着けた兵士の肩にあるエンブレムは、血の雨と髑髏が描かれた最も禍々しいエンブレムだった。


 テンプル騎士団のスペツナズはエンブレムに必ず髑髏を使用するというルールがあるらしいが、そのエンブレムはよく分からない。陸軍スペツナズのものだろうか。


 おそらくウラル司令は、陸軍スペツナズ、空軍スペツナズ、海軍スペツナズの隊長たちを引き連れて挨拶に来たのだ。


 やっぱりヤバい。


 本部の連中は、ヤバい奴しかいない。














「はぁ………残念ですね」


「何がだ、リチャード」


 基地の警備兵に案内された休憩室の中で、溜息をつきながら呟いたリチャードに尋ねる。だが、彼が残念そうにしている理由は理解できる。この国は、クレイデリアやオルトバルカと比べると紅茶を飲ませてくれる喫茶店が少ないのだ。


「これ、コーヒーです」


「苦手か?」


「当たり前です。紅茶がないなら反乱起こしますよ、本気で」


「安心しろ、本部から定期的に補給艦が来てくれる。積み荷の5%は紅茶だそうだ」


 テンプル騎士団の団員の大半は紅茶派だ。紅茶が無くなるととんでもないことになるので、補給物資には必ずと言っていいほど紅茶が入っている。


 フェルデーニャはアナリア合衆国と同じく、紅茶よりもコーヒーの方が人気があるみたいだし、コーヒー豆を栽培している農家の数も多いと聞いている。だから紅茶を売っている店が少ないのだろう。


 頭を掻きながら、コーヒーの入ったマグカップを手に取る。


 フェルデーニャ軍の基地を改装したフェルデーニャ支部の休憩室は、まるで貴族の屋敷の中のように広い。改装を担当した工兵隊の友人から聞いた話では、この休憩室は元々フェルデーニャの貴族が休息するための部屋だったそうだ。


 その部屋を休憩室として使わせてくれるのはありがたいが、ここにいるのはたった3人だけだ。


 そう、陸軍、海軍、空軍のスペツナズを率いる隊長だけである。


 空軍スペツナズの指揮を執るリチャードと比べると、海軍スペツナズを率いるエンリコはあまり喋らない。ブラックコーヒーはあまり好きではないのか、腕を組んだまま休憩室の壁にある世界地図をじっと眺めている。彼のために用意されたマグカップの中のコーヒーは、全く減っていない。


「すまん、待たせた」


 カスミを連れたウラルが、書類を抱えながら休憩室の中に入ってくる。スペツナズの隊長たちは一斉に立ち上がって彼を敬礼しながら出迎え、カスミが渡してくれた書類を受け取る。


「知っての通り、我々特殊作戦軍はしばらくフェルデーニャで待機だ。内戦に介入する大義名分がまだ用意できないようでな」


 今のアレイン内戦の状況は、アレイン共和国の政府軍と、ファシストの連中によって結成された反政府軍の全面戦争となっている。政府軍はオルトバルカの赤軍から武器の提供を受けているし、反政府軍はヴァルツ、ヴリシアからの武器の提供を受けている。兵力で言えば政府軍の方が優勢だが、反政府軍支援のためにヴァルツとヴリシアから義勇軍が派遣される事をシュタージのエージェントが確認しており、この内戦は間違いなく長期化するだろう。


 しかし、テンプル騎士団とアレイン共和国は特に関係が親しかったわけではないし、クレイデリアとアレインが同盟関係にあるわけでもない。無関係な第三者でしかない以上、口実がない状態で内戦に介入する事は許されない。


 大義名分が用意できれば特殊作戦軍の出番だが、もし用意できなければ、陸軍スペツナズ第一分隊及び第二分隊のみによる潜入となるだろう。もちろん、この場合は政府軍と反政府軍の両方にテンプル騎士団の介入を知られるわけにはいかないため、難易度は一気に上がる。


「そういえば、ヴァルツで新しい政権が生まれたって話を聞きましたが」


「ああ、独裁政権のようだ」


 リチャードがウラルに尋ねると、腕を組んだまま黙っていたエンリコが低い声で答えた。


 終戦後、ヴァルツ帝国は崩壊し、ヴァルツ共和国となっていた。その共和国の政府を最近打倒して生まれたのが、今の独裁政権だという。


 指導者の正体はまだ判明していないようだが、予想はついている。今のヴァルツの経済は世界大戦の賠償金のせいでかなりヤバいことになっているため、国民の不満はこれ以上ないほど高まっているだろう。”あの男”はそれを利用するため、終戦よりも早い段階で帝国軍から離脱したに違いない。


 独裁政権となったヴァルツが義勇軍を派遣し、反政府軍を支援するという事は――――――間違いなく、この内戦にはあいつが介入してくる。


 ――――――天城。


 あの戦場の果てに、お前はいるのだろう?


 俺は眼中に無いか?


 セシリアは眼中に無いか?


「ちなみに、ヴァルツの新政権は賠償金の支払いと条約を無視し、再び軍拡を始めているようだ。連合国はこれを非難して経済制裁を始めているようだが、極東のジャングオ侵攻の件でアナリアと対立している倭国も水面下でヴァルツと親しくなっているようでな………倭国も侮れんぞ」


「倭国がわざわざ内戦に参戦する可能性があると?」


「いや、参戦はしないが武器や物資の支援はするそうだ。既にヴァルツの仲介で反政府軍への支援を始めているらしく、倭国海を倭国の輸送船が何隻も航行している」


 多分、この内戦が終わったら始まるだろうな。


 ”第二次世界大戦”が。


「とりあえず、俺たちは団長からの命令が下るまで待機だ。パスタとかピザでも食ってくつろがせてもらうとしよう」


 ああ、そうしよう。


 くつろぎながら、あのクソ野郎の殺し方でも考えるとしよう。















 フェルデーニャ支部の射撃訓練場は、本部と違って地上にあるからなのか、タンプル搭の射撃訓練場よりもはるかに広い。


 既に本部から派遣された工兵隊による改築や整備は終了しているようで、射撃訓練場の中はいつでも使える状態になっている。多分、ここを一番最初に使用したのは俺になるのではないだろうか。


 そう思いながら、ホルスターの中から新たに生産したロシアの最新型リボルバーである『RSh-12』を引き抜く。従来のリボルバーと比べると非常にがっちりしており、使用する弾薬も大口径の”12.7×55mm弾”となっている。破壊力は非常に高いが、弾数はたった5発のみという問題点があるが、こいつの破壊力は対転生者戦闘でも役に立ってくれるだろう。


 シリンダーを展開し、中に弾丸が装填されていることを確認してから元の位置へと戻す。カタン、と向こうで展開した的へと銃口を向け、トリガーを引いた。


 ズドン、と12.7mm弾が放たれ、アイアンサイトの向こうにあった人型の的の頭を吹き飛ばす。別の的へと照準を合わせ、すぐにトリガーを引く。


『兄さん』


「何だ」


 いつの間にか、隣に明日花がいた。


 前世の世界の学校の制服を身に纏っているけれど、制服の上着は血で真っ赤に染まっている。それは自分の血なのだろうか。それとも、返り血なのだろうか。ちゃんと結んであったはずの髪はボサボサになっていて、彼女の茶髪もよく見ると血で湿っているのが分かる。


 眼球から流れ出ているのは、赤黒い血涙だ。


 ゾンビや幽霊にも見える恐ろしい姿だが、どういうわけなのか、俺はこの姿で現れる彼女がこれ以上ないほど愛おしかった。今すぐ銃を投げ捨てて彼女を抱きしめてやりたい。けれども、まるで手にしている銃が手放されていることを拒んでいるかのように、銃から手を離す事ができない。


 また、的を撃つ。人間にそっくりな的の頭が吹き飛んで、木片を撒き散らしながら床に転がり落ちていく。


『あいつ、アレインにいる』


「俺もそう思う」


『また、人をいっぱい殺すの?』


「ああ」


 的を撃ち、頭を吹き飛ばす。


 シリンダーの中には、あと一発。


「お前はそれを望んでいるのだろう?」


『うん。兄さんがたくさん人を殺してくれるから、”お友達”がいっぱいなの』


「じゃあ、もっと殺さないとな」


 明日花のために、もっと殺さなければ。


 最後の一発をぶっ放し、シリンダーを展開する。空になった薬莢たちを左手で掴んで近くにある小さな台の上に置き、スピードローダーを使って新たに5発の弾丸をシリンダーの中に装填する。


「新しい友達はできたか?」


『うん、いっぱいできた。この前は一緒に遊びに行ったの』


「そうか」


 向こうの世界にいた頃、虐められていた彼女が心配でよくこういう話をしていた。一緒に洗濯物を畳んだり、食器を洗ったりしながら明日花は楽しそうに話をしてくれたけれど、それが全部嘘だという事は分かっている。


 明日花に友達は殆どいなかった。


 虐められている彼女と一緒にいれば、自分まで標的にされるかもしれない。そう思った彼女の友達はどんどん明日花と縁を切り、離れていったのだ。


 だから、嬉しそうに話す明日花を見ると悲しくなった。俺を心配させないように、そんな嘘をつく彼女が可哀想だった。


 でも、きっと今は違う。今の明日花には”お友達”がたくさんいる。


 だから、これは嘘ではない。


 5発の弾丸をぶっ放し、シリンダーを展開する。薬莢を掴んで代の上に置き、スピードローダーをポーチから引っ張り出そうとしたが、そうする前に射撃訓練場の扉が開いた。


「おー、相棒。一番乗りか」


「よう、ジェイコブ」


 射撃訓練場にやってきたのはジェイコブだった。彼も武器の試し撃ちに来たらしく、マガジンの入ったポーチやカービンを手にしている。やっぱり、パスタとかピザを食いながらくつろぐのは性に合わなかったのだろう。


 シリンダーに弾薬を装填して元の位置に戻し、銃口を的に向けながらちらりと隣を見る。


 いつの間にか、最愛の妹はいなくなっていた。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] ネルソン級みたいな艦形ながら特殊作戦軍の母艦として、多種多彩な作戦能力を秘めた万能特務戦艦と化したネイリンゲン級…… 特に一番艦ネイリンゲン、改めて今後の活躍に期待∠(`・ω・´) フェル…
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