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武器屋のジェイコブ


 その世界で世界大戦が勃発した原因は、ヴリシア・フランセン帝国の皇帝が、とある小国で暗殺された事であった。


 激昂したヴリシア・フランセン帝国はまだ11歳だった皇帝の息子をすぐに皇帝に即位させ、皇帝を殺害した小国に宣戦布告した。しかし、その小国と同盟を結んでいた上に、ヴリシア・フランセン帝国と領土問題を抱えていたフェルデーニャ王国が小国を守るためにヴリシア・フランセン帝国へと宣戦布告し、そのヴリシア・フランセン帝国と同盟関係だったヴァルツ帝国もフェルデーニャ王国へと宣戦布告した。


 小国で起こった暗殺事件が、列強国を激昂させ、世界大戦を引き起こしてしまったのである。


 そして――――――その世界大戦が、1人の『悪魔』を生み出すことになってしまうのであった。













 テンプル騎士団の黒い制服に着替え、机の上に置いてあるホルスターを中身ハンドガンごと拾い上げて腰に下げる。背伸びをしてから義手となっている右手だけを黒い手袋で覆い、ドアノブへとその機械の右手を伸ばす。


 平和な世界だったら、こういう機械の腕や足は目立つことだろう。事故で失ってしまったのだろうと勝手に決めつけられてしまうに違いない。けれども、今は戦時中だ。相変わらず哀れだと決めつけられてしまうものの、戦争で手足を失い、機械の義手や義足を移植してリハビリを終え、復帰する兵士は珍しくないという。


 キャメロットの艦内で出会ったベテランのオークの兵士から聞いた話では、「仕留めた敵兵の20人に1人は義手か義足がついている」という。この世界では前世の世界よりも義手や義足を製造する技術が発達しているらしい。


 元からそれほど物騒な世界だという事だ。


 そういう世界の方が慣れやすい。


 世界が物騒ならば、俺も物騒になる事ができるからだ。


 戦場は地獄である。だが、所詮は砲弾や銃を装備する事ができるようになった人類が作り上げてしまった”不完全な地獄”に過ぎない。不完全である以上は全く恐ろしいと思わないし、敵兵の悲鳴が聞こえてきても何とも思わない。


 むしろ、神々が作り上げた”完全な地獄”に興味がある。


 罪人たちが落とされる地獄。罪人たちが苦しむ地獄。


 火の海なのだろうか。それとも、血の海なのだろうか。


 そんな事を考えながら通路を歩き、すれ違った上官たちに敬礼をしながらキャメロットの通路を進んでいく。テンプル騎士団の本部が壊滅した際に臨時の本部として機能するように、大半の武装を撤去して改造を受けているとはいえ、原型となっているのはテンプル騎士団海軍の切り札である、虎の子のジャック・ド・モレー級戦艦である。辛うじて他人とすれ違えるほどの広さはあるが、がっちりした体格の上官―――――特にハーフエルフとオークだ――――――とすれ違う時は確実に肩がぶつかるので、二等兵たちは上官に道を譲らなければならない。


 テンプル騎士団の兵士は上官や他の部隊とかなり親密なので、上官と肩がぶつかった瞬間に怒鳴られたり、ぶん殴られるようなことはないけどな。


 しばらく通路を進み、タラップを駆け下りると、がっちりした隔壁の近くで黒い軍服を身に纏い、黒い転生者ハンターのコートを羽織った黒髪の少女が腕を組んで待っているのが見えた。目つきが鋭くなければ、清楚で凛とした貴族の娘に見えるかもしれない。貴族のパーティーに参加すれば、きっと彼女に見惚れた貴族たちが一緒に踊らないかと声をかけてくる事だろう。


 その美貌を希釈してしまっているのは、彼女の鋭い目つきと、清楚な貴族の娘というよりは凛々しい軍人のような雰囲気である。

 

 懐中時計を取り出したセシリアは、タラップを駆け下りてきた俺を見て微笑んでから懐中時計を内ポケットに放り込んだ。


「おお、時間ぴったりではないか」


「時間厳守だ」


 多分、1秒もずれていないに違いない。さすがに小数点が付いたら誤差はあるだろうが。


「ふふっ、本当に面白い奴だ。………さあ、ついてこい」


 そう言いながら、セシリアは傍らにある隔壁のスイッチを操作して、表面にテンプル騎士団のエンブレムと、オルトバルカ語で『商業区画』と書かれている隔壁を開けた。


 転生者の端末がしっかりと機能していれば、この世界の人々の言語や書かれている文字の意味が理解できるようになる。どうやら、転生者の端末は翻訳装置も兼ねているようだ。


 この世界で使われているオルトバルカ語は、英語にそっくりな言語だった。アルファベットの形状も英語にそっくりだし、語感もそっくりである。とは言っても英語とは別の言語なので、アメリカやイギリス出身の転生者が端末無しで彼らと話をするのは不可能だろう。


 キャメロットの原型となったのは、ジャック・ド・モレー級戦艦と呼ばれる超弩級戦艦だ。本来ならば4連装40cm砲――――――旧日本軍の長門型戦艦の倍の火力である――――――を前部甲板と後部甲板に2基ずつ搭載し、戦艦大和に匹敵する分厚い装甲を持つ極めて強力な戦艦である。


 ベースになっているのは、ソ連軍が建造する予定だった”24号計画艦”という超弩級戦艦だという。


 改装によって全長が304mとなった超弩級戦艦から大半の武装を取り外し、その代わりに指揮能力の強化や、乗組員だけでなく非戦闘員も暮らすための居住区などを用意したのが、このキャメロットなのだ。


 隔壁の向こうには、居住区よりも少しだけ広い通路が広がっていた。これくらいの広さであれば、ここでハーフエルフやオークの上官とすれ違っても肩がぶつかることはないだろう。どうして他の区画もこれくらいの広さにしてくれなかったのだろうか。


 よく見ると、通路の左右には部屋の代わりに店のカウンターのようなものが設置されており、奥にある棚には商品がずらりと並んでいるのが見える。


「ボス、左右にあるのは店なのか?」


「うむ、全部売店だ」


 船の中に売店があるとはな。


 中には食材や回復アイテムを販売している店もある。カウンターの前に並んだ住民――――おそらく陥落したタンプル搭の生き残りだろう――――が、カウンターの奥にいるエルフの店員から食材の入った袋を受け取り、傍らにいる子供と一緒に居住区へと戻っていく。その隣にある売店では、テンプル騎士団の黒い軍服に身を包んだ兵士が、売店の店員から回復アイテムらしき錠剤を購入している。


 露店のようだと思いながら、俺は違和感を感じた。


 食料ならばちゃんと配給がある筈だし、回復アイテムも全ての兵士たちに支給されている筈である。以前に経験したウェーダンの戦いでも、ちゃんとセシリアから回復用のエリクサーが支給されている。


 そう、食料や回復アイテムも配給や支給があるというのに、なぜここで購入する必要があるのだろうか。


「ボス、食料やアイテムの支給は――――――」


「ああ、ここでは足りない分を購入できるんだ」


「足りない分………」


「こっちだ」


 缶詰がずらりと並んでいる棚を眺めている内に、セシリアに腕を引っ張られた。そのまま商業区画の通路の奥へと向かって歩いて行くと、棚に物騒な代物がずらりと並んだ売店が見えてきた。


 棚に並んでいるのは、木製の部品で覆われたボルトアクションライフルだった。銃口のすぐ下には白銀の銃剣が取り付けられており、傍らには黄金の薬莢出包まれた弾薬が連なるクリップが置かれている。第一次世界大戦でドイツ軍が投入した『Gewehr98』を思わせるデザインの銃だが、ハンドガードにはこれ見よがしにヴァルツ帝国の国旗が描かれており、ヴァルツ帝国軍で正式採用されているライフルだという事が分かる。


 当たり前だが、テンプル騎士団で採用している銃ではない。おそらく、戦場で鹵獲した銃なのだろう。


 そう、その露店には様々な武器が並んでいた。帝国軍から鹵獲したライフルや銃剣の隣には、敵の将校の物だったのか、やけに黄金の装飾の付いたサーベルやロングソードもある。


「見ての通り、この店では武器を扱ってる」


「店員がいないな」


 まさか、俺にこの店の店主をやらせるつもりなのではないだろうか。


 ぎょっとしながらセシリアの顔を見ると、彼女は首を傾げながらこっちを振り向いた。ボス、俺は商売をした事は一度もないからな。前世の世界ではバイトをやってたが、カウンターで仕事をした経験はない。この店を任せるのであればこれ以上ないほどの人選ミスだ。


 断ろうと思ったんだが、店の奥からやってきた小柄な店主が、その仮説が大外れだという事を証明してくれた。


「あら、団長」


「久しぶりだな、ジェイコブ。また商品が増えたんじゃないか?」


 カウンターの奥からやってきたのは、テンプル騎士団の制服に身を包んだポニーテールのホムンクルスだった。頭髪の色は海原のように蒼いが、瞳の色は鮮血のように紅い。かなり長い頭髪の中からは微かにダガーの刀身を思わせる角の先端部が覗いていて、セシリアと同じくサラマンダーのキメラだという事を告げている。


 おそらく、タクヤ・ハヤカワのホムンクルスの内の1人だろう。


 テンプル騎士団の初代団長であり、ハヤカワ家の二代目当主の片割れだったタクヤ・ハヤカワは、テンプル騎士団の歴代団長の中でも最強の兵士だったと言われている。ホムンクルスの製造技術を習得したテンプル騎士団は、戦争で大きなダメージを受けた世界の復興と、タクヤの戦闘力を”複製”することによって軍事力を更に強化するために、これでもかというほど彼のホムンクルスを製造したらしい。


 そのため、タクヤのホムンクルスのみで構成された部隊は珍しくはない。


 カウンターの奥から現れたホムンクルスをまじまじと見つめていると、そのホムンクルスは俺の顔を見てニヤリと笑った。


「お、団長。こいつが初陣で転生者をぶっ殺したルーキーか?」


「ああ、名前は速河力也。私の直属の暗殺者アサシンだ」


「へえ、団長に気に入られたのか。俺は『ジェイコブ』。この店の店主さ」


「よろしく、ジェイコブ」


「おう」


 カウンターの向こうにいるジェイコブと握手をしながら、強烈な違和感を感じた。


 ジェイコブは少女のような容姿で、男性にしては体格が華奢だ。男性用の制服よりも女性用の私服が似合うような容姿のホムンクルスである。なのに、なぜ男性の名前を付けられているのだろうか。


 首を傾げていると、ジェイコブが胸を張った。


「ルーキー、言っておくが俺の性別は”男”だからな」


「えっ、男?」


「おう。ホムンクルスの98%は女性だが、稀に男の子が生まれるのさ」


「男の娘?」


「そう、男の子だ」


「なるほど、男の娘か」


「その通り、男の子だ。ちゃんと息子も搭載してるぜ?」


 男の娘か………………。


 簡単に言うと、ホムンクルスはクローンのような存在だ。オリジナルの遺伝子をベースにして生み出される疑似的な人間であり、赤子になる前の段階で錬金術師が調整を施すことで、容姿や身に着ける事の出来る能力を決める事ができるという。しかし、調整を施してオリジナルの遺伝子から遠ざければ遠ざけるほど遺伝子が不安定になりやすいらしい。


 元々は、ヴィクター・フランケンシュタインという伝説の錬金術師が、病死したリディアという娘を蘇らせるために生み出した技術だと言われている。


 ちらりとジェイコブの左肩を見ると、彼の所属する部隊のエンブレムの下に”軍曹”を意味するエンブレムも描かれているのが分かる。上官じゃねえか。


 ちなみに俺の階級は、転生者を仕留めたにもかかわらず未だに二等兵のままである。


「ここで販売しているのは鹵獲した武器でありますか、ジェイコブ軍曹」


「ああ、階級は気にすんな。さっきの口調で話していい」


「え?」


「テンプル騎士団の規則ってそれほど厳しくない。だから俺には敬語は使わなくていい」


 上官に敬語を使わずに話していいのかよ。随分と規則が甘いんだな、この組織は。


「ここで扱ってるのは、鹵獲した武器とか商人から仕入れた武器さ。気が向いたら俺も武器を作って販売してるがな」


「へえ………………」


 奥の方の棚には、銃だけでなく昔の騎士団で採用されていたような剣や槍も売られているようだ。他国の軍隊では剣はとっくの昔に廃れたというのに、テンプル騎士団では未だに剣が正式作用され続けており、兵士たちの訓練にも未だに剣術が存在している。


 なぜ白兵戦を好むのだろうか。しかも、突撃の時の合図には迷彩模様の法螺貝を使ってるし。


「それと、俺の店では鹵獲した武器の買取も行ってる。希少な兵器だったら高値で買い取るぜ?」


 買取もやってるのか。よし、余裕があったらたっぷりと銃を鹵獲してジェイコブに買い取ってもらおう。


 どっさりとボルトアクションライフルを鹵獲してきたら、ジェイコブは買い取ってくれるだろうかと思いながら、奥の棚を見つめていると、棚の近くに他の武器とは形状が違う代物が置かれていることに気付いた。


 一緒に並んでいる他の剣と比べると、刀身は非常に長い。大剣と言ってもいいほどの長さである。しかし、その刀身は他の大剣と比べると非常にすらりとしている。


 そう、日本刀だ。普通の日本刀よりも刀身が長いため、おそらく大太刀だろう。


「ジェイコブ、あの大太刀は?」


「ん? ああ、この刀か。戦前に倭国の商人が買い取ってくれって頼んできたんだ。センゴク時代に、ダイミョーに妹を処刑されたサムライの怨念が込もった妖刀らしい」


「よ、妖刀?」


「ああ。確かに、夜になると男が『コロス』って連呼してる声が聞こえてくるし、ベッドの近くに血まみれのサムライが立ってたこともあるから正真正銘の妖刀だな。あははははっ」


 笑いながらその大太刀を拾い上げ、カウンターの上に置くジェイコブ。侍の幽霊がベッドの近くに現れたというのに、何で平然としているんだろうか。


 カウンターの上に大太刀を置いたジェイコブは、後端部に紅い手貫緒がある柄を握ると、漆黒の鞘に覆われていた長い刀身をゆっくりと引き抜き始める。鞘の中に収まっていた刀身も黒かったが、よく見ると光に当たっている部分がうっすらと紅く染まっていた。


 かなり禍々しい代物である。


「切れ味は最高だよ。欠点は重い事と、戦場に持っていくにはデカ過ぎることだな。お前は暗殺者アサシンなんだろ? もっとコンパクトな得物の方が――――――」


「いや、こいつを買いたい」


「え?」


 この大太刀は、妹を殺された侍が使っていた大太刀だという。


 俺も同じように、勇者や転生者たちに妹を殺されている。


 こいつの持ち主の仇ではないが、同じ憎しみを持っているのだから、こいつを使って戦うのも面白いだろう。


「この大太刀の名前は?」


「――――――”初月”だよ」


「初月………」


 良い名前だな。


「ジェイコブ、値段は?」


「あ? いや、金はいらん。不気味な刀を持って行ってくれるなら助かる」


 怖かったのかよ。


 苦笑いしながら、禍々しい大太刀を掴む。さすがに左手で持つと重いが、義手になっている右腕は超小型のフィオナ機関のおかげで力が強化されているらしく、それほど重さは感じなかった。これならば右手だけでこの大太刀を振り回すこともできるかもしれない。


 とはいっても、この初月はボルトアクションライフルと同等の長さだ。携行するとしたら背中に背負うべきだとは思うが、さすがにこんなにでっかい得物で敵を暗殺するのは難しいだろう。こいつの出番は、敵と真っ向から戦うことになった時になる。


「ジェイコブ、ナイフはあるか?」


「おう、戦前に仕入れた短刀があるぜ? 銀貨12枚で売ってやる」


「じゃあそれも頼む」


「まいどありー」


 暗殺用の得物も購入する事にした俺は、ポケットの中から財布を取り出しつつ、興味深そうに初月を見つめているセシリアを見て苦笑いするのだった。



力也さんが侍になった(笑)

今回は刀の話でしたが、次回はちゃんと銃の話になりますのでご安心ください。

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[気になる点] 苦笑いしながら、禍々しい大太刀を掴む。さすがに左手で持つと「思いが」、義手に「重いが」では
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