表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
267/744

造られた兵士、与えられた力


 全ての兵器には存在意義がある。


 ライフルには敵兵を撃ち殺すという存在意義がある。対戦車兵器には敵の戦車を破壊するという存在意義がある。対空砲には敵機を撃墜するという存在意義がある。


 存在意義がなければ、兵器は存在する事を許されない。


 だから、私にも存在意義がある。敵兵を撃ち殺して味方を支援しながら、あの人を監視するという存在意義が。


『あなたの任務は分かりますね?』


 私を造ったステラ博士は、装置の中で眠る私に微笑みながらそう言った。


 培養液の中で目を細めながら、自分のお腹を見下ろす。真っ白なお腹には装置の上部から伸びた真っ黒なケーブルが、まるで子宮の中で眠る赤子へと繋がっているへその緒のように伸びているのが分かる。このケーブルが、長い間培養液の中で育てられた私に栄養と魔力を伝達しているのだ。


 ホムンクルス兵たちにとっては、この細い金属製の配管をゴムで包み込んだものがへその緒なのだ。


 私の任務は分かっている。肉片から赤子になり、体内で脳味噌が形成された段階で、脳味噌に任務はインプットされているのだから。


 私の任務は、味方の支援と、速河力也の監視。


 セシリア・ハヤカワがヴァルツ帝国の強制収容所で拾った、転生者の少年だ。転生者だというのに勇者に敵だと見なされ、全てを奪われた哀れな男。勇者に復讐を誓ったその復讐者を支援しつつ、彼の行動を監視して博士に報告するのが私の任務。


『彼は劇薬です。テンプル騎士団を救う存在と言えますが、滅ぼす存在と化すかもしれない。あの力には監視が必要なのです。もし彼が我らを滅ぼそうとするのであれば、その時は―――――』


 ”その時”のために、私は特別な調整を受けている。


 感情と引き換えに、戦闘に向いた調整を受けた事によって、他のホムンクルス兵よりも戦闘力は40%ほど高くなっているという。いわゆる、戦闘用ホムンクルスだ。輪廻の大災厄でも天城輪廻が同じ方法でホムンクルス兵を大量生産――――――とはいってもあれは物量を優先した粗悪品だったようだが―――――――していたという。


 一般的なホムンクルス兵は、肉片から赤子の状態にまで育ってから装置から出され、育成を担当するホムンクルス兵の所へと預けられる。そこで彼女を母親代わりにして普通の子供のように育てられるのだ。


 いくらホムンクルス兵の大量生産ができるとはいえ、時間を加速させる特殊な培養液で一気に17歳や18歳まで育てたとしても、育つのはあくまでも肉体だけだ。”精神(中身)”までは育たない。だから赤子の状態で装置から出し、人間と同じように成長させ、様々な事を学ばせる必要がある。


 そのまま育てたとしても、17歳の幼児しか出来上がらないからだ。


 そのため、ホムンクルス兵が戦力になるには17年から18年もかかってしまう。


 感情を剥奪し、人の姿をした戦闘兵器とするのであればもっと短期間での大量生産も可能だ。でも、テンプル騎士団とクレイデリア連邦ではホムンクルスにも人権がある事を認めているので、それを剥奪する事は許されない。


 その規定に、生みの親(ステラ博士)は敢えて違反した。


 私に感情はない。戦い方と任務を最初から脳味噌にインプットされた、人の姿をした戦闘兵器。敵を殺し、大地を死体だらけにしながら速河力也を監視するためだけに生み出された、ホムンクルスの戦闘用モデルだ。


 そう、”ウェーダンの悪魔”を監視するためだけに、私は特別製のホムンクルス兵として生まれた。
















『アクーラ5、こちらアクーラ1。救出対象を確保、これから西側の出口より脱出する。撃たないでくれよ』


「こちらアクーラ5、了解」


 スコープを覗き込みながら返事をする。既に、アクーラ1が脱出ルートに選んだ西側の出口には血まみれの敵兵の死体が転がっていて、灰色の砂漠の一部を真っ赤に染めていた。


 マガジンの中にはまだ弾丸が残っている。もし敵が襲ってくると言うのであれば、即座に眉間に弾丸をお見舞いする事が可能だった。


 彼が私のメインアームとして支給したのは、マークスマンライフルの『SVCh』。異世界にあるロシアという国が開発した、最新型のライフルだという。汎用性の高さと命中精度の優秀さを併せ持った代物で、支給された時からずっと使っている。


 私のSVChは、使用する弾薬をアサルトライフル用の弾薬である7.62×39mm弾に変更されている。そうすれば、前線で戦うライフルマンたちと弾薬を分け合うことも出来るからだ。さすがにスナイパーライフル用の弾薬と比べると殺傷力と命中精度は劣ってしまうけれど、スペツナズの任務は殆どが市街戦や室内戦なので、超遠距離狙撃はそれほど行わない。射程距離の長さは無用の長物となるので、反動の小ささと仲間と同じ弾薬を使う事を優先するのは正解と言えるだろう。


 もちろん、AK-15用のマガジンをそのまま使う事ができる。


 射程距離の低下を少しでも軽減するため、銃身は延長されている。ハンドガードの下部にはフォアグリップとバイポッドがあるし、ストックには折り畳み式のモノポッドが追加されている。


 しばらくすると、建物の中から血まみれの人質と共に、黒服の兵士たちが姿を現した。


 この任務の目的は、アスマン帝国領内で活動を続けているテロ組織から人質を救出する事だ。拉致された人質は、テンプル騎士団から供与される兵器をアスマン側へと提供していた、アスマン帝国軍の関係者だという。


 急速な軍拡が必要なアスマン帝国側も彼が拉致されると困るし、テンプル騎士団から見ても兵器の情報が外部に流れる恐れがあるから非常に困る。


 それゆえに、同志団長からはこう命じられている。


 『人質以外は皆殺しにせよ』と。


 テンプル騎士団の基本的なドクトリンは、『敵を皆殺しにする事』だ。殺してはならない標的がいる場合は団長から指示があるので、特に指示がない場合は敵兵だろうが非戦闘員だろうが攻撃対象となる。


 敢えて皆殺しにしろと直接指示したという事は、目撃者や証拠も全て消せ、という事を意味している。


 まだ生き残っているテロリストが窓から身を乗り出して、建物から離れようとする味方を銃撃する。私は素早くスコープのレティクルをそのテロリストに合わせ、トリガーを引いた。


 SVChから放たれた7.62×39mm弾が砂漠の上を突き抜け、テロリストのこめかみを穿つ。がくん、と大きく頭を揺らしたテロリストは、血飛沫と頭蓋骨の破片を撒き散らしながら窓から落下した。


『ナイス』


「………」


 嬉しいとは思わないし、達成感もない。


 敵を撃ち、それが当たって、敵が死んだ。その結果があるだけだ。


 結果だけでいい。それ以外は何も欲しいとは思わない。


『こちらファルシオン、回収予定ポイントへまもなく到着する』

 

 やがて、夜空からヘリのローターの音が聞こえてきた。アスマンの砂漠の上空に、巨大な機関砲とロケット弾をこれでもかというほど搭載した巨大な戦闘ヘリがやってきたかと思いきや、まるで巣へと降り立つ鳥のようにゆっくりと高度を落とし、砂漠のど真ん中に着陸する。


 テンプル騎士団のスーパーハインドだ。


 私もライフルを背中に背負い、ヘリの方へと走っていく。


 人質はテロリストから尋問を受けていたらしく、身に纏っているスーツは血まみれになっていた。ジェイコブ中佐が注射器でエリクサーを投与しているのを見ながら、私もヘリの兵員室へと乗り込む。


 唐突に、建物が吹き飛んだ。脱出する際にコレットたちが設置した爆弾が起爆したのだろう。レンガの壁が吹き飛んで、屋根が崩れていく。


「………任務完了だ」


『了解です、戻りましょう』


 崩落していく建物を見つめている内に、漆黒のスーパーハインドが高度を上げ始めた。兵員室のハッチを閉めてから座席に腰を下ろし、救出された人質の方を見る。相変わらず服は血まみれだったけれど、エリクサーを投与されたことによって傷は塞がったらしく、安堵しながら家族の写真をじっと見つめていた。


 最近は、こういったテロリストとの戦闘が増えた。敵国の軍隊と戦う事は殆どない。


 テロリストと戦うか、他の部隊との合同演習に参加するのが、最近のスペツナズの日常だ。


「よくやった、エレナ」


 隣に座った隊長が、微笑みながら私の頭を撫でてくる。


 彼は私の頭を撫でる時、どういうわけか微笑む。私の姿が、彼の妹にそっくりだからなのだろうか。


 私は普通のホムンクルス兵をベースに、彼からこっそりと採取された細胞を添加することで生まれた特別製のホムンクルスだ。容姿が妹に似ているのは、添加された細胞の影響に違いない。


 けれども私は隊長の妹ではない。彼を監視するためだけに生み出された、戦闘用ホムンクルスに過ぎないのだ。


 だから妹ではないし―――――――妹には、なれない。
















「変わりましたね、彼」


 魔法陣の中に移る映像を見つめながら、車椅子に乗ったステラ博士は興味深そうに言った。


 私が目にした映像や耳にした音声は記録されている。博士が魔法陣を使って見ているのは、先日の人質救出作戦の際に記録された映像と音声だった。魔法陣に映る映像の中では、ヘリの中に座る私を微笑みながら撫でる速河力也の姿が映っている。


「彼も理解している筈です。私が妹などではないという事は。なのに、なぜあの人は笑うのでしょうか」


「理解していても、無意識のうちにエレナを妹だと思い込んでいるのかもしれませんね。人間にとって、容姿が似ているというのはそれほど大きな影響を与えますから」


 馬鹿げている。


 中身は全く違うのだ。確かに私は彼の妹に瓜二つかもしれないし、声も似ているのかもしれない。けれども、私は戦いのためだけに生み出された戦闘用ホムンクルスだ。容姿が似ているからと言っても、彼の事を”兄さん”と呼ぶ事はない。


 今まで、ずっとそう思っていた。


 けれども、私も変わったのかもしれない。


 あの人に撫でられると、どういうわけなのか安心してしまうのだ。


 身体の中が少しだけ温かくなる。彼の手は、冷たい機械の手だというのに。


 おかしい。きっとこれはエラーだ。


 私に感情はないし、彼の妹の記憶などインプットされていない。きっとプログラムがおかしくなったのだ。


 でも、先ほど受けたメンテナンスでは異常はなかった。


 では、これは何だ?


 この感覚は何なのだ?


「………意外ですね。あの人、もっと機械みたいな人だと思ってたんですが。これではまるで”普通の人間”ではないですか………」


「………」


 博士が私の目の前でそういう事を言うのは、私に感情がないからだ。そんな事を言っても私は疑問に思わないし、聞き返さない。博士からの許可がない限り他人に話すこともない。


 私の”機能”を知っているから、堂々と言う。


「………ご苦労様でした、エレナ。引き続き監視を」


「了解」


「それと、フィオナ博士にも注意してください」


「………可能であれば、博士も監視しておきます」


「お願いします。ただ、無理はしないでください。彼女は危険です」


「はい」


 フィオナ博士とステラ博士は仲が悪い。けれども、博士がフィオナ博士の監視を命じたのは、間違いなく仲が悪いからではない。いくら嫌っているとは言っても、弱みを握って失脚させるような真似をする事はないだろう。


 フィオナ博士は、危険な女だ。


「では、任務に戻ります」


「ええ」


 敬礼して踵を返そうとすると、ステラ博士は車椅子のタイヤを自分で回しながら近くへとやってきた。頭を撫でてから頬にキスをした博士は、「気を付けてね」と小さな声で言い、私の手をぎゅっと握る。


 どうしてそんな事をするのだろう。


 私は造られた兵士だ。壊れても、また同じ方法で造り直せばいい。細胞とデータがある限り、同じものをいくらでも造り直せるというのに。


 どうして、隊長や博士はそういう事をするのだろう。


 分からない。


 人間のする事は、理解できない。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ