味方は生かせ、敵は殺せ
雪と死体だけしか見えない。
雪原に倒れている無数の死体を見渡しながら、端末を取り出して新しいライフルを予備の弾薬と共に次々に生産し、武器の弾薬を使い果たした仲間たちに配っていく。支給された弾薬を使い果たした上に、敵から奪った弾薬や武器まで使い果たしてしまうほどの数の敵兵を薙ぎ倒し続けたのだから、ここにいる全ての兵士たちは間違いなく表彰されるだろう。また勲章が増えちまう。
この端末で武器を生産すると、ライフル1丁と一緒に予備の弾薬も生産される。最初は最初から装着されているマガジンと再装填3回分だったが、博士のアップデートのおかげで再装填5回分に増えた。つまり、30発入りのマガジンであれば、1人の兵士に180発の弾薬を支給できるというわけだ。
ちなみに、単発型のライフルだと弾数が少なくなり過ぎるからなのか、そういう得物の場合は25発となっている。
「ほら」
「ありがと」
スオミの兵士にAK-74Mを渡す。今のスオミ支部ではAK-47やAKMが採用されているが、これらの武器はスオミの兵士たちから反動が強くてやや扱いにくいと言われていた。
何故かと言うと、スオミ支部の兵士たちはハイエルフのみで構成されているからだ。ハイエルフは人間と比べると寿命が非常に長く、体内にある魔力の量が非常に多いため、魔術師としての才能を持つ者が非常に多い。そのため、キメラ、サキュバス、吸血鬼を除く人類の中では最も魔術師に向いた種族と言えるだろう。
その反面、肉体が他の種族よりもかなり華奢なのだ。訓練を受けた兵士ならば軽々と持ち上げられる武器でも彼らにとっては非常に重い得物となるし、7.62mm弾の反動も、軽機関銃を立ったままフルオートでぶっ放しているような強烈な反動のように感じるという。
だから、反動の少ない5.45mm弾は彼らに歓迎されているようだった。AK-74MはAK-47の使用弾薬を小口径の弾薬に変更して改良したような代物なので、殺傷力は下がってしまうものの反動が小さくて扱いやすい。それに、銃の操作方法もAK-47と大きく変わっているわけではないので、AK-47を訓練や実戦で使ってきたスオミ兵はすぐに慣れてくれた。
当たり前だが、操作方法が異なるライフルを支給する場合はそれの訓練も必要になる。例えば、アメリカのM16とソ連のAK-47は構造や使用弾薬が全く異なる銃だ。セレクターレバーの位置は違うし、マガジンの外し方も異なる。
それゆえに、武器を更新する場合は「使い慣れた武器の操作方法と似ている事」も重要なのだ。
「隊長、本隊が到着した模様。防衛ライン中央部を中心に攻勢を開始したと連絡が入りました」
「……勝ったな。で、赤軍の動きは? 下がったか?」
「いえ、それが……空軍の偵察機の報告では、オルトバルカとの国境付近に大部隊が集結中とのことです」
「何? あいつら、まだ続ける気か」
おかしいな………。
スオミ兵たちに5.45mm弾がたっぷりと入った弾薬箱を渡し、自分のマガジンに5.45mm弾をクリップで装填しながら考える。
あいつらの狙いは本隊の到着前にスオミを攻め落とすことだった。だからこそ、焦って死に物狂いで攻勢を実施したのだ。その攻勢に失敗して大損害を被った挙句、セシリア率いる本隊が到着した以上、もう勝ち目はない筈である。
大損害を被ったにもかかわらず、まだ攻勢を続行できるほどの増援部隊を派遣してくるのは予想外だが、もう一度攻勢を行ったとしても先ほどの攻勢の二の舞になるのが関の山だ。兵器の性能と兵士の錬度に差があり過ぎるし、唯一の強みだった物量も、本隊の到着でなくなってしまっている。
なのに、なぜ攻勢を継続しようとしたのか?
何か作戦でもあるのではないか?
弾丸を装填し終えたマガジンをポーチに詰めながらそう考えていると、ドォン、と塹壕の近くに榴弾が着弾した。
咄嗟に姿勢を低くしながらAK-74Mの安全装置を解除し、セレクターレバーをセミオートに切り替える。
「敵襲。増援部隊による攻勢が再開された模様」
「早いな、クソッタレ………応戦だ!」
塹壕から身を乗り出し、コッキングレバーを引く。ガチン、とコッキングレバーが金属音を奏でた。いつも作戦開始前に聞いている、戦闘開始の音だ。
「シモ、敵が見えたらお前の判断で撃て」
「………了解」
ラウラのホムンクルスとして生み出されたハユハは、スコープの付いていないモシンナガンを構えながら身を乗り出し、榴弾が着弾して雪が舞い上がる雪原を睨みつけている。
彼女はテンプル騎士団最強の狙撃手と言われたラウラ・ハヤカワの素質を全て受け継いでいる。百年以上前に猛威を振るったテンプル騎士団の狙撃手の遺伝子を受け継いだ少女が、俺たちと共に戦ってくれるのだ。
榴弾が着弾する場所が段々と塹壕に近付いてくる。砲撃する座標を修正したのか、先ほどの攻勢の際に実施された砲撃よりも精度が上がっているようだ。数発の砲弾が塹壕のすぐ近くに着弾したが、負傷者はいない。
やがて、砲撃が終わった。舞い上がった雪が再び降り注ぎ、大地が純白の荒野と化す。
「損害報告!」
「スオミ守備隊、損害なし! 全員五体満足であります!」
「スペツナズ各分隊も同じく損害なし!」
損害はなしか。それは喜ばしい事だ。
雪原の向こうから雄叫びが聞こえる。軍服に身を包み、銃剣付きのライフルを持った無数の兵士たちが、凍り付いた川の反対側から突っ走ってくる。
「キール、航空支援を要請しろ」
「了解。………アクーラ8よりネイリンゲン、航空支援を要請」
『こちらネイリンゲン、了解した。直ちに戦闘ヘリを向かわせる』
海戦はもう決着がついているようだ。リョウの奴は沖に戻ってきたのだろうか。
制空権は既に空軍の連中が確保してくれている。戦闘ヘリを要請しても、敵機に撃墜される恐れはない。
既に本隊は到着し、攻勢を開始している。まだオルラ川には本隊は到着していないが、それほど時間はかからんはずだ。この攻撃にさえ耐えれば、チェックメイトである。
「迫撃砲、砲撃始め!!」
「了解、砲撃始め!」
塹壕の中に用意しておいたBM-37たちが、ボンッ、と立て続けに砲弾を射出する。第二次世界大戦でソ連軍が採用していた旧式の迫撃砲だが、テンプル騎士団では未だにこいつが現役だ。一部のオークの兵士はこれをグレネードランチャーに改造して使用しているらしい。
砲弾を持った兵士が、砲身の中へと砲弾を放り込む。その直後、放り込まれた砲弾が砲口から飛び出し、灰色の空へと飛んで行った。
だが、最終的に敵へと落下させるために設計された砲弾なのだから、いつまでも空を飛んでいることは許されない。段々と運動エネルギーを失い始めた砲弾が急降下を始め、オルラ川の突破を試みる敵兵の群れに突っ込んだ。
ドンッ、と砲弾が起爆し、爆炎に巻き込まれた敵兵たちの肉体をバラバラにする。凍り付いた川の分厚い氷が砕け、バラバラになった敵兵の手足や内臓の一部が冷たい川の中へと沈んでいく。
立て続けに砲弾が落下し、接近してくる赤軍の兵士たちを粉々にする。もっと迫撃砲を持った兵士がいれば派手な砲撃ができるんだが、残念なことにこっちの兵力はたった35人。ライフルマンや分隊支援兵の方を重視しているため、後方で火を噴いているBM-37はたった3門のみだ。
次の瞬間、ライフルを構えて待機していたハユハとエレナが狙撃を始めた。兵士たちの先頭でサーベルを片手に持っている指揮官と思われる兵士を狙撃で射殺し、その後ろにいる機関銃を持ったオークの兵士の眉間を7.62×54R弾で射抜く。オークの兵士はライフル弾が被弾しても耐えられるほど頑丈な肉体を持つ恐ろしい兵士だが、眉間を撃ち抜かれればその頑丈さは機能しない。人類である以上、ヘッドショットされれば他の兵士と同じ運命を辿る事になる。
ライフルを構えつつ、機械の尻尾でポーチの中から葉巻を取り出す。口に咥えてからライターで火をつけながら、ちらりとハユハの方を見た。
彼女の能力はやはりすさまじいとしか言えない。まだ敵兵との距離は900mくらいあるというのに、モシンナガンのタンジェントサイトを自分で調節して、アイアンサイトで狙撃している。
ドラグノフで狙撃しているエレナですら、バイポッドとスコープを使用して敵兵を狙撃している。はっきり言うと、400m以上の距離で狙撃をするというのであればスコープは必需品だ。およそ900m先の敵兵をアイアンサイトで狙撃するのは、普通の狙撃兵でも極めて困難である。
けれども、ハユハの狙撃は百発百中だった。彼女のモシンナガンが火を噴く度に、敵兵の眉間に風穴が開く。それどころか、敵兵の頭を貫通してひしゃげた弾丸が、後続の敵兵の眉間をズタズタにすることもある。
彼女の銃が火を噴く度に、敵兵が死ぬ。
ボルトハンドルを引き、予備の7.62×54R弾を装填するハユハ。ボルトハンドルを元の位置へと戻すと同時に素早く構え、引き金を引く。
敵がどんどん近付いてくる。迫撃砲で仲間が何人も吹き飛ばされたり、モシンナガンとドラグノフの狙撃で屈強なオークの兵士たちが頭を撃ち抜かれているというのに、あいつらは止まらない。
距離がおよそ300mになる。射撃命令を下そうとしていると、後方からヘリのローターの音が聞こえてきた。
「おお、相棒」
「ああ、来たらしいな」
最高のタイミングで来てくれた。
AK-74Mを構えていると、ローターの轟音を響かせながら、スタブウイングの下にロケットポッドと対戦車ミサイルを搭載した2機の戦闘ヘリが塹壕の上空を通過していった。Mi-24Dに見えるが、Mi-24Dにしては機体がすらりとしているし、機首の下部にはセンサーと大口径の機関砲をぶら下げているのが分かる。
ソ連が開発したハインドを、南アフリカが改良した『スーパーハインド』と呼ばれる新型の機体だ。
テンプル騎士団が採用しているMi-24Dよりもコストが高いため、特殊作戦軍に優先的に配備されている。セシリアのレベルが上がってポイントに余裕が出来たら、他の部隊にも少しずつ配備されていく事だろう。
『アクーラ1、こちら”フランベルジュ1”。待たせたな』
「いや、丁度いいタイミングだ。川の上にいる敵を優先的に攻撃してくれ」
『了解だ。クソ野郎共にアイスクリームを振る舞ってやろう』
アイスクリームか。最高だな。
川を渡った敵兵に狙いを合わせている間に、オルラ川へと駆けつけてくれた2機のスーパーハインドが攻撃を始めた。スタブウイングにぶら下がっているでっかい爆弾のようなロケットポッドから、立て続けにロケット弾が放たれ始めたのである。
白煙を噴き出しながらロケットポッドから放たれたロケット弾が、爆風で敵兵の群れを吹き飛ばし、凍り付いたオルラ川を叩き割っていく。敵兵の中にはスーパーハインドに向かってライフルを放つ勇敢な奴もいたが、分厚い装甲と圧倒的な攻撃力を兼ね備えた怪物を叩き落すには全く攻撃力が足りない。
スティンガーのような対空ミサイルを使うか、RPG-7を直撃させない限り、あの化け物を歩兵が撃墜するのは不可能だろう。
鎧を身に纏い、剣を構えてドラゴンに挑んでいった騎士たちがブレスで焼かれていったかのように、銃で武装した兵士たちがロケット弾というブレスに焼かれていく。あの兵士たちからすれば、戦闘ヘリはドラゴンよりもはるかに恐ろしい怪物に違いない。ドラゴン以上の力を持つ機械の怪物である上に、それを人間が完全に制御しているのだから。
センサーと一緒に機首にぶら下がっている機関砲が火を噴く。特殊作戦軍仕様のスーパーハインドの機関砲は、従来のものからソ連製の30mm機関砲に換装されている。そのせいでターレットが大型化した上に弾数も減ってしまっているが、30mm機関砲の炸裂弾が地上部隊にどれほど猛威を振るうかは言うまでもないだろう。
「撃ち方始め!!」
上空で大暴れする2機のスーパーハインドを見上げている部下たちに命じながら、引き金を引いた。
発砲を命じたのはおよそ250m。最初の攻勢の時と比べるとちょっとだけ距離が伸びたが、それはあの時よりも今の方がそれほど雪は降っておらず、視界が良いからだ。ちょっとばかり風があるが、たった250mでの射撃にそれほど影響は与えない。
セミオートで放たれた5.45mm弾が、棍棒とハンドガンを持って突っ込んできたハーフエルフ兵の眉間を撃ち抜く。すぐに別の標的に照準を合わせ、眉間に弾丸をお見舞いしてやる。
「ぐあっ!」
「エイノ!!」
「!!」
傍らでAK-74Mを撃っていたスオミ兵が、クソッタレの放った弾丸に被弾してしまったらしい。
射撃を中断し、ライフルを背負いながら被弾したエイノの所に駆け寄る。撃たれたのは胸板のようだが、幸運なことに被弾したのはライフル弾ではなくハンドガン用の弾薬だ。ライフル弾と比べると殺傷力はそれほど高くない。
「おい、しっかりしろ。大丈夫だ、拳銃用の弾だ。致命傷じゃない。すぐ治る!」
「し、死にたくない……死にたく………!」
「ジェイコブ!」
「今行く!!」
AKS-74Uで応戦していたジェイコブが、手榴弾を投擲してからこっちにスライディングしてやってきた。
負傷したのであればエリクサーを投与すればいい。だが、被弾してからすぐエリクサーを飲めばいいというわけでもない。
被弾したエイノの体内に、弾丸が残っているのだ。このままエリクサーを投与すれば傷は塞がるが、弾丸は体内に残ったままになってしまう。やむを得ずにそのままエリクサーを飲む場合もあるが、出来るのであれば傷を塞ぐ前に摘出するのが望ましい。
「くそ、残ってやがるな………ちょっと痛むが、歯食いしばれよ………!」
そう言いながら手袋を外すジェイコブ。真っ白で華奢な彼の手があらわになったかと思いきや、メキ、と蒼い外殻に覆われ始める。
キメラの外殻だ。サラマンダーのキメラは、あのようにドラゴンの外殻を自由に生成して身に纏う事ができる。あの外殻は弾丸どころか機関砲の徹甲弾でも貫通できないほど硬いため、外殻で前進を覆っているキメラを撃破するには対戦車兵器が必要となる。
それゆえに、キメラ兵は『歩兵サイズの戦車』と呼ばれているのだ。
今のテンプル騎士団は、その恐るべき兵士たちを”量産”している。
外殻で腕を覆ったジェイコブは、指先から鋭い爪が生えているその手をエイノの傷口へと向けた。
「お、おい、待て、何をする気―――――――ガァァァァァァァッ!!」
麻酔を使っている余裕はない。
血まみれの弾丸を傷口から取り出し、放り投げてからエリクサーを彼に投与するジェイコブ。傷口が塞がったのを確認してから、「すまない……」と詫びつつ、彼を助け起こす。
「あ、ああ、気にしないでくれ……それより、ありがとう。命の恩人だよ」
「………ありがとよ」
俺も前にアレをやられたことがある。
確か、アスマンの砂漠でのテロリスト殲滅作戦だった。戦闘中に腹を撃たれた際に、ジェイコブが俺の傷口をあの手でほじくりやがったのだ。もちろん、麻酔なしで。
戦友に腸を素手で触られるとは思わなかったよ、マジで。
あの時の事を思い出してぞっとしている内に、無数の砲弾が川の向こうにいる敵部隊に降り注ぎ始めた。着弾した砲弾が生み出す火柱のサイズは、一般的な榴弾砲の爆炎の比ではない。いや、砲弾の爆炎というよりは火山の噴火を彷彿とさせる火柱だ。
火山弾の代わりに宙を舞うのは、砲撃で千切れ飛んだ敵戦車の残骸や、黒焦げになった敵兵の肉片。
接近してきたオークの兵士を撃ち殺してから、ちらりと後ろを見た。
ああ、やっと来たか。
待ってたよ、勝利の女神様。
「遅いぞ、ボス」




