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セシリアが失ったもの


 通路の向こうから飛来した無数のライフル弾が、姉さんと母上とトモヤを殺した忌々しい転生者の青年の肉体を貫いた。被弾した転生者の身体がよろめいた頃には、別のライフル弾が肩や腹に牙を剥き、圧倒的な運動エネルギーと殺傷力で華奢な肉体を無慈悲にズタズタにしていく。


 剣を持っていた腕が、立て続けにライフル弾に被弾したせいで千切れ飛ぶ。血まみれの剣がくるくると回りながら床に落下して、カラン、と金属音を奏でた。


 7.62mmがよろめいていた転生者の眉間を直撃し、彼の眉間を抉り取る。後続のライフル弾が右側の頬に牙を剥き、彼の顔を容赦なく捥ぎ取る。


「セシリア!!」


 ズタズタになった状態で崩れ落ちた転生者を見つめていると、ボルトアクションライフルで一斉射撃をお見舞いした残存部隊の兵士の中から、他の兵士よりもがっちりした体格の巨漢がこっちに向かって走ってきた。黒いヘルメットの下からは桜色の頭髪が覗いていて、少しだけ顎髭が生えている。人間の男性であれば30代後半から40代前半くらいの年齢に見えるけれど、あの人は確実にそれよりもはるかに歳をとっている事だろう。


 その男性は、テンプル騎士団が創設された頃からこの騎士団に所属しているベテランの兵士なのだから。


「ウラル………おじさん………?」


 彼の名は『ウラル・ブリスカヴィカ』。テンプル騎士団初代団長であり、私たちの祖先であるタクヤ・ハヤカワと共に様々な激戦を経験してきたベテランの兵士である。寿命が長い種族である吸血鬼の1人であるため、このテンプル騎士団を創り上げた円卓の騎士たちがこの世を去った後も、歴代の団長たちを鍛え上げ、彼らの戦いを見守ってきた男なのだ。


 私たちの父上を鍛え上げたのもウラルおじさんだという。ウラルおじさん曰く、『カズヤの奴は泣き虫だった』らしい。


 近くにやってきたウラルおじさんは、持っていたモシンナガンを背中に背負うと、片足を撃たれて負傷していた私を抱えて仲間の兵士たちの所へと走り始めた。走りながら、床の上に倒れている母上やトモヤの死体を見て悔しそうな顔をしたおじさんは、腰のホルダーからスモークグレネードを取り出して安全ピンを素早く外すと、まだ射撃で蜂の巣にされている転生者の傍らに投擲し、通路を白煙だらけにする。


「生存者確保! 撤退する!!」


了解ダー! 撃ち方止めッ!!」


「軍港まで撤退せよ! ほら急げ(ダヴァイダヴァイ)!!」


 おじさんに命令された兵士たちが、銃を撃つのを止めて後ろへと走り始める。一足先に撤退を始めていた兵士たちに追いついたおじさんは、もう1つスモークグレネードを後ろへと投擲してから、悔しそうな顔をしたまま背負っている私をちらりと見た。


 姉さんや母上を守る事ができなかったのが、悔しかったに違いない。


 組織の創設者の一族だから守るのではなく、創設者だった私たちの祖先が、おじさんの大切な戦友だったからこそ、祖先がこの世を去った後も守ってくれていたのだ。


 けれども、守り切る事ができなかった。


 だから、おじさんは悔しがっているのだろう。


 唇を噛み締めながら、私は白煙で満たされつつある通路の向こうを睨みつけた。吸血鬼の身体能力は他の種族よりも高いため、訓練を受けた兵士でもあっさりと追い抜いてしまう事ができる。しかもおじさんはずっと戦闘訓練を続けている”鍛え上げられた吸血鬼”なのだから、多分おじさんなら1分足らずで軍港まで辿り着いてしまうだろう。


 軍港に辿り着く前に、家族を皆殺しにした怨敵の顔を焼き付けておこうと思った。


 白煙の中から、剣を持った転生者の青年が飛び出してくる。何度もライフル弾で撃たれたせいで激昂しているのか、撤退する私たちを睨みつけながら剣を振り回し、猛烈な殺気を発しながら追いかけてくる。


 けれども、彼の眉間にまたしてもライフル弾が直撃したことで、転生者の頭ががくんと大きく揺れた。頭蓋骨を撃ち抜いたライフル弾が脳味噌を粉砕して、後頭部に穿った風穴から脳味噌の残骸をばら撒く。


 眉間を撃ち抜かれて脳味噌を粉砕された転生者を、私はずっと睨みつけていた。












 爆炎の中で、岩山の中に屹立する巨大な要塞砲の砲身が傾いていく。戦艦の主砲よりもはるかに巨大な砲身を支えていた支柱がひしゃげ、ワイヤーが甲高い音を何度も奏でながら千切れ飛んだかと思うと、砲身に取り付けられていた薬室が立て続けに爆発を起こし、要塞砲の砲身を呑み込んだ。


 塔が1つも存在しないというのにタンプル”搭”と呼ばれていたテンプル騎士団本部の象徴が、倒壊していく。


 軍港からの脱出に成功したジャック・ド・モレー級戦艦の準同型艦『キャメロット』の甲板で、倒壊していく要塞砲を見つめていたテンプル騎士団の兵士たちが、悔しそうな顔をしながら一斉に敬礼をする。艦橋へと伸びている長いタラップを駆け上がっていた乗組員たちも、頭にかぶっていた軍帽やヘルメットを手に取って敬礼し、タンプル搭の方向で噴き上がる爆炎を睨みつけていた。


 彼らも家族を失ったのだろうかと思いながら、周囲を見渡す。


 ウィルバー海峡と呼ばれる海峡へと向けて航行しているキャメロットの周囲には、テンプル騎士団の駆逐艦や巡洋艦が航行している。大きな主砲や高角砲が搭載されている甲板の上には、軍服に身を包んだ乗組員だけではなく、私服に身を包んだ非戦闘員たちも見受けられた。


 艦隊の先頭を進むのは、他の艦よりも巨大な主砲を搭載したテンプル騎士団艦隊総旗艦『ジャック・ド・モレー』。最後尾で追撃してくる敵を迎撃できるように警戒しているのは、ジャック・ド・モレー級戦艦の二番艦『ユーグ・ド・パイヤン』だ。やはり、テンプル騎士団の力の象徴とも言われているジャック・ド・モレー級戦艦の甲板の上にも、何人も民間人が乗っているのが見える。


 燃え上がるタンプル搭を見つめながら、拳をぎゅっと握った。


「ごめんなさい………」


 私がもっと強かったら、転生者を蹴散らしてみんなを守れた。


「ごめんなさい………………!」


 私がもっと強かったら、母上やトモヤを守る事ができた。


「ごめんなさい………………ッ!!」


 私がもっと強かったら――――――サクヤ姉さんは死なずに済んだ。


 どうしてこんなことになったのだろう。


 どうしてみんな死んでしまったのだろう。


 どうして全てを失ってしまったのだろう。


 私は何もしていないのに。


 父上や姉さんに認めてもらうために、訓練を続けていたというのに。


「ごめんなさい………ごめんなさい……ごめんなさい………ごめんなさい………………ごめんなさい………ごめんなさい………………ごめんなさい……ごめんなさい………ごめんなさい………………」


 サクヤ姉さんやトモヤが殺された瞬間がフラッシュバックする。


 私がもっと強ければ、みんなは死なずに済んだ。私が弱かったせいで、みんなが死んでしまったのだ。


「セシリア」


「おじさん………………」


 涙を拭い去りながら顔を上げると、ピッケルハウベと呼ばれるヘルメットを抱え、モシンナガンを背中に背負ったウラルおじさんが立っていた。私が涙を拭い去っているのを見下ろしながら唇を噛み締めたおじさんは、肉刺がたくさんできている大きな手を私の肩の上に置きながらしゃがみ込み、私の顔を覗き込む。


「………………すまなかった、セシリア。お前の家族を………………守ってあげられなかった………………」


「………………」


 おじさんは悪くない。


 悪いのは私だ。私が弱くて未熟だったから、みんな死んでしまったのだ。


 そう思いながら首を横に振ると、おじさんは私が自分を責めていることを察したのか、首を横に振った。


「………………いいか、セシリア。お前が戦えなかったことが悪いんじゃない。悪いのはな、お前から全てを奪ったあのクソ野郎共だ」


「クソ野郎共………………」


 ニヤニヤと笑いながら、非戦闘員を射殺していった転生者の青年。姉上の首を撥ね飛ばし、まだ幼いトモヤを剣で串刺しにしたクソ野郎。


 悪いのでは私ではなく、あのクソ野郎。


「………憎たらしいか、セシリア」


「………………はい」


 憎たらしい。


 私たちから全てを奪っていったあの青年を殺してやりたい。同じように全てを奪い、絶望させてから惨殺してやりたい。もし彼に報復する事ができるというのであれば、どんな対価でも用意してみせよう。


 ウラルおじさんの紅い瞳に、虚ろな目になりながらおじさんの顔を見上げる自分の姿が映っている。転生者に斬られた左目に薄汚れた包帯を巻き、血まみれのテンプル騎士団の制服に身を包んだ黒髪の少女。転生者の襲撃で全てを奪われた、みっともない敗残兵。


「報復したいのであれば、強くなるんだ。逆にあいつらを虐げられるほど強くなれ」


「はい」


 復讐で取り戻すことはできないが、同じように全てを奪われる苦痛と絶望をあいつらにも味わわせてやることができる。


 ならば、奪ってやる。


 虐げてやる。


 蹂躙してやる。


 もっと強くなって―――――――絶滅させてやる。


 ゆっくりとタンプル搭の方を振り向きながら―――――――全てを奪ったクソ野郎共に、私はそっと宣戦布告した。


「――――――――待っていろ、クソ野郎共」












 セシリアは、8歳の時に左目と家族を失ったのだ。


 左目に残っている古傷へと手を伸ばしながら唇を噛み締めるセシリア。彼女の顔を見つめてから、俺も奪われた右腕と両足を見下ろす。


 彼女も復讐のために戦っていたのだ。冤罪で父親を殺された挙句、亡命したクレイデリア連邦へと攻め込んできた転生者たちによって、家族たちを惨殺されているのだから、彼女の心の中に居座る復讐心は俺よりも強烈だろう。


「………………私の家族を奪った転生者は、”勇者”と呼ばれている男らしい」


 ぎょっとしながら顔を上げる。俺と明日花に濡れ衣を着せた挙句、彼女を痛めつけた男も勇者と呼ばれていた男だ。まだ誰が明日花を殺したのかは分からないが、勇者にも報復する必要があるし、あいつが明日花を殺していたのであれば更に強烈な報復を用意する必要がある。


 あいつは予想以上のクソ野郎だ。


 俺だけではなく、セシリアからも全てを奪っていたのだから。


「ボス………」


「ああ、お前の妹を殺した転生者だ。同じ相手が怨敵とはな」


 苦笑しながら、セシリアはクッキーへと手を伸ばす。


 もし再び勇者と戦うことになれば、俺は妹の仇を取るつもりだ。だが、勇者はセシリアの家族の仇でもある。俺があいつを討ち取ればセシリアは報復ができなくなるし、セシリアが勇者の首をとれば明日花の仇討ちはできなくなってしまう。


 復讐相手が別々であればよかったと思いながら、ティーカップへと手を伸ばす。セシリアの昔の話を聞いている内に冷めてしまったジャム入りの紅茶を口へと運ぶと、セシリアは外していた眼帯で失った左目を覆う。


「力也、もし勇者と戦うことになったら―――――――」


「――――――――ボス」


 早い者勝ちは許されない。


 もちろん、勇者に復讐するために俺とセシリアが殺し合う事も許されない。


 だからこそ、彼女に提案する。


「――――――共産主義的に考えよう」


「なに?」


「早い者勝ちではなく、一緒に仕留めるっていうのはどうだ?」


 俺は資本主義者だが、共産主義的な考え方も必要だ。


 彼女から復讐するチャンスを奪う――――――奪ったらセシリアに殺されそうである――――――ような真似はしたくないし、彼女に俺の復讐のチャンスを奪ってほしくはない。ならば、一緒に勇者と戦ってあのクソ野郎を18歳未満には見せられないくらい思いっきり無残に殺すべきである。


 2人で一緒に戦うのであればこっちの戦力も上がるし、片方が狙われている間にもう片方が隙を突くという作戦も有効活用できる。1人で強敵と戦うよりも、仲間と連携して戦った方が難易度が低くなるのは言うまでもないだろう。


 すると、きょとんとしていたセシリアが俺の顔を見ながら笑い始めた。


「――――――ははははははははははっ! なるほど、取り合いはせずに分けるという事か! はははははっ………面白いな、お前は」


「そりゃどうも」


「うむ、そっちの方が良さそうだな。気に入った。では、勇者のクソ野郎は”分け合う”としよう」


 幼少の頃、よく明日花とおやつを分け合っていた。


 最初の頃は俺の分のおやつも明日花にあげてたんだけど、彼女は俺の事を可哀そうだと思っていたらしく、最終的に2人で分け合うことになったのである。


 おやつを分け合ったように、復讐する相手も分け合う。


 セシリアと一緒に復讐を果たせば、お互いに復讐するチャンスを奪わずに済む。


 しばらくすると、研究室ラボの向こうからフィオナ博士が戻ってきた。右手にはコネクターの交換を終えた義手を持っており、左手にはセシリアの”カウンセリング”に使うためなのか、書類を持っているのが分かる。相変わらずツナギの上に白衣を纏った技術者なのか研究者なのか分からない格好をしたマッドサイエンティストは、ニコニコしながらこっちにやってきた。


「力也さーん、コネクターの交換が終わりましたよー♪」


「ありがとう、博士」


「さて、セシリアさんのカウンセリングも始めましょうか」


「ああ、すまないが大丈夫だ、博士。力也に昔の話をしたら気分が楽になったよ」


「あら、そうですか。残念ですねぇ」


 残念そうに書類を机の上に置いた博士は、さっきコネクターを交換してきた俺の義手を部品が置かれている棚の方へとぶん投げると、またしてもあの火炎放射器を拾い上げてガスマスクを装着し、セシリアのカウンセリングのために用意してきた書類を火炎放射器で処分しやがった。


 博士、室内で火炎放射器を使うのはヤバいと思うんだが。


 これからもしキャメロット艦内で火災が発生したら、容疑者をフィオナ博士だと思うことにしよう。


「よし、機密情報の処分完了ですね」


「それはカウンセリング用の書類では?」


「はい、これも機密情報です」


 どんなカウンセリングをするつもりだったんだろうか。


 さっきぶん投げた義手を拾い上げた博士は、火炎放射器を棚の近くに置き、何故かガスマスクを付けたままこっちにやってくる。さっきぶん投げた時にコネクターが破損していないことを祈りながら苦笑いしていると、博士は工具箱の中からラチェットやスパナを取り出して、義手の接続を始めた。


「………では、私は部屋に戻るよ」


「ああ」


 ガスマスクを付けたまま義手の装着を始めた博士を見て苦笑いしたセシリアは、踵を返して研究室ラボのドアを開け、廊下へと歩いて行った。


 忌々しい勇者を、俺1人でぶち殺す事は許されない。


 彼女ボスと一緒にぶち殺してやるのだ。


 あいつに奪われたセシリアの家族や、明日花のために。







 第二章『最後の魔王』 完


 第三章『ゴダレッド撤退戦』へ続く




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