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赤い騎士たち


 空中戦艦が真価を発揮するのは、敵要塞の対空兵器を全て破壊し、尚且つ制空権も確保した後だ。飛行船を更に巨大化させたような船体の下部に搭載された大口径の主砲で、眼下の要塞や地上部隊を袋叩きにするのである。


 もし仮に敵の航空機が攻撃してきたとしても、従来の飛行船よりも装甲が厚いので機銃の焼夷弾や徹甲弾はあまり効果がない。エンジンを破壊すればチェックメイトだが、エンジンを狙いやすい位置には大量に対空兵器が搭載されているので難易度は高い。もっとも簡単に撃沈する方法は、爆弾を敵艦へと投下する事だろう。


 灰色の空の中を飛ぶのは、6隻の空中戦艦だ。飛行船の船体を更に大型化し、フィオナ機関を搭載したエンジンと、20cm単装砲と、艦橋を船体下部にぶら下げたような形状をしている。船体の後端部にある巨大な尾翼と、船体にあるエンジンさえなければ、上下が逆になった潜水艦にも見える。


 スオミの大地の上を我が物顔で飛行するのは、オルトバルカ連邦で建造された『ラガヴァンビウス級重空中戦艦』6隻で編成された空中艦隊だった。戦時中に捕虜となったヴァルツ人の技術者を革命の際に赤軍が拘束し、建造中だった一番艦『ラガヴァンビウス』と建造用の設備を接収したのである。


 ベースになっているのは、戦時中にヴァルツ帝国軍が運用したエレフィヌス級空中戦艦だ。エレフィヌス級の主砲が駆逐艦の主砲を流用したものだったのに対し、こちらは巡洋艦の20cm単装砲を流用している。榴弾で敵兵の群れや要塞の設備を吹き飛ばすことも可能だが、徹甲弾を使用すれば、岩盤や装甲板で守られた地下の設備にも損害を与えることが可能だという。


 最新鋭の重空中戦艦を6隻も投入すれば、それを迎え撃つ羽目になる敵の士気も下がるであろう。もしスオミが単独でオルトバルカの相手をする事になっていれば、この虎の子の新型空中戦艦を投入することを発案した参謀の予測通りになっていたかもしれない。


 だが、今の彼らにそれは無意味であった。


 彼らは魔王セシリアの逆鱗に触れたのだから。


「まもなくスオミ軍の防衛ライン上空です」


「全艦、砲撃用意」


「全艦砲撃用意! 第一、第二砲塔に榴弾を装填」


「第一、第二砲塔、榴弾を装填」


 艦橋の前にある2基の20cm単装砲への砲弾の装填が完了したらしく、艦橋の窓の向こうにある砲身が、ゆっくりと大地へと向けて下げられていく。既に先行した航空隊はスオミの防衛ライン上空へと到着している頃だろう。本来であれば制空権を確保し、尚且つ対空兵器を破壊してから突入するべきなのだが、テンプル騎士団の本隊が到着したという報告はまだ受けていない。そのため、艦長はそのまま突入して砲撃を行っても問題はないと判断したのである。


 もちろん、既にテンプル騎士団の本隊は到着している。だが、彼らにはまだその情報が伝えられていないのだ。


 だからこそ、彼らに最強の航空隊が迫っているというのも想定外であった。


 艦橋の外にある見張り台で、設置された大型の望遠鏡を見張り員が覗き込んだ次の瞬間だった。何の前触れもなく、空中艦隊旗艦ラガヴァンビウスの後方を航行していた同型艦『ペレルランド』の船体中央部で大爆発が発生したかと思うと、ペレルランドの巨体が大きく揺れ、そのまま高度を落とし始めたのである。


 ドン、という爆音で艦橋にいる艦長や見張り員たちが味方艦の方を振り向いた頃には、右舷から攻撃を受けたと思われるペレルランドの船体は既に火達磨になっており、灰色の空に黒煙を撒き散らしながら墜落していった。


「艦長、ペレルランドが!!」


「警戒! 敵襲だ!」


「敵襲! 敵襲!!」


「くそったれ、何だ今のは!?」


 スオミ軍の防衛ラインを砲撃する準備を整えていた空中戦艦たちや、護衛を担当する戦闘機たちが慌てふためく。艦橋の脇にある見張り台で見張り員たちが望遠鏡や双眼鏡を覗き込み、灰色の空を必死に見渡して敵を探し出そうとするが、敵機が接近している、という報告は全く聞こえない。


 ペレルランドの爆発は事故ではないかという憶測や、スオミの新兵器ではないかという不安そうな声が、空中戦艦の狭い艦橋の中をゆっくりと満たし始める。


 スオミの里には、確かに脅威となる兵器がある。かつてテンプル騎士団がスオミの里を防衛するための切り札として建造し、彼らに供与した『スオミの槍』と呼ばれる46cm高圧複合要塞砲だ。戦艦の主砲よりも強力な砲弾を、装薬に高圧魔力を添加した複合炸薬によって射出するスオミの切り札である。


 それで狙撃されたというのであれば、ペレルランドが耐えられるわけがない。強力なフィオナ機関が発明されたことで、飛行船よりも強力な武装と装甲を搭載した空中戦艦が実用化されたが、空中戦艦の装甲は軽量化のためにかなり薄くされているのだ。機関砲の攻撃を辛うじて弾くことは可能だが、要塞砲による攻撃を弾くことは全く想定していない。もし本当にスオミの槍が使用されたのであれば、ペレルランドは耐えられない。


 しかし、そのスオミの槍は今までの防衛戦で何度も使用されており、残弾はかなり少なくなっている筈だ。いくら防衛戦の脅威となるとはいえ、空中戦艦の撃沈になけなしの残弾を使うとは考えにくい。


 それに、スオミの里は真正面(12時方向)である。それに対し、先ほどの攻撃でペレルランドが抉られたのは右舷中央部だ。砲弾が真正面から飛来したというのであれば、右舷中央部に直撃するわけがない。


 スオミ軍が切り札を使ったという可能性はないと艦長が判断した直後、今度はラガヴァンビウスの右側を飛行していた同型艦『バリアルオス』が火達磨になった。


「くそ、今度はバリアルオスが!」


「何なんだ、この攻撃は!?」


 バリアルオスの下部で爆発が起こり、艦長や見張り員たちのいる艦橋が、炎に包まれたまま落下していく。何人か艦橋から飛び降りたのが見えたが、空中戦艦は水上艦艇と違って空を飛ぶものだ。パラシュートを背負わずに飛び降りれば、絶対に助からない。


 高圧魔力の誘爆でバリアルオスの船体が金属音を発し、ゆっくりと真っ二つになりながら落ちていく。副長が「対空戦闘用意!」と叫んだ直後、その爆炎の上を何かが飛んでくるのが見えた。


 飛行機のように見えるが、オルトバルカ軍の採用している複葉機と比べると、かなりすらりとした形状をしている。機首には分厚いガラスで守られたキャノピーがあり、ロケット弾を思わせる機首にプロペラは搭載されていないようだ。機体の後部には2本の垂直尾翼があり、その傍らではジェットエンジンが業火を吐き出している。


 ジェット戦闘機だ。


 この世界の技術では実用化どころか設計すらされていない5機のオーパーツが、編隊を組んで飛来したのだ。


 弾幕を張り始めた機関砲や機銃の曳光弾を容易く回避しながら、空中戦艦の艦橋の下を通過していった5機の戦闘機たちを見た艦長や副長は凍り付いた。


 5機のうち4機は、漆黒に塗装されている。主翼の先端部と垂直尾翼の先端部だけは真っ赤に塗装されていて、どの機体もキャノピーの近くにはびっしりと撃墜マークが描かれているのだ。中央を飛ぶ隊長機以外のパイロットもエースパイロットである事を意味している。


 そして、その中央を飛ぶ1機の戦闘機(F-15C)を見たラガヴァンビウスの艦長は、飛来した航空隊の正体を悟る事になる。


 中央を飛ぶのは、他の機体と違って真っ赤に塗装された機体だ。機首には黒い撃墜マークがびっしりと描かれているのが見える。


 垂直尾翼に描かれているのは、2枚の翼と、岩に刺さった大剣エクスカリバーのエンブレムだ。


「こいつらは………!!」


 ――――――アーサー隊。


 テンプル騎士団空軍が誇る、最強のエースパイロットだけで構成された世界最強の航空隊。その航空隊の隊長は、真っ赤な塗装と、”レッドバロン”という異名を継承するのが伝統と言われている。


 ラガヴァンビウスの弾幕を全て回避し、編隊飛行を全く乱さずに通過していった5機のF-15Cたちは、灰色の空の中で旋回すると、護衛の複葉機たちが旋回を終えるよりも先に機首をこちらへと向け、ラガヴァンビウスへと向かってくる。


 次の瞬間、5機のF-15Cの主翼からミサイルが切り離され、ラガヴァンビウスへと放たれた。

















 5発の空対空ミサイルが、20cm単装砲をぶら下げた空中戦艦に立て続けに命中した。


 空中戦艦は、上空から敵の地上部隊や要塞を砲撃するための兵器だ。そのため、爆弾ではなく駆逐艦や巡洋艦のような主砲を搭載する必要がある。いくらフィオナ機関の恩恵でそんな重装備の兵器を空に飛ばすことが可能になったとはいえ、軽量化のために装甲は薄くなっている。辛うじて機関砲の徹甲弾に耐えられるくらいの防御力しかないのだから、撃墜するのであれば空対空ミサイルで十分だった。


 船体の中央部に5発もミサイルを叩き込まれ、真っ二つに折れ始めた敵艦の下を通過して上昇する。ちらりとキャノピーの後方を見てみると、艦首にぶら下がっている単装砲が燃えながら雪原へと落下していくのが見えた。


 火達磨になる船体からパラシュートで脱出していくのは乗組員たちだろう。


 雪原に着地しても、進軍するテンプル騎士団の地上部隊に殺されるのが関の山だ。陸軍、海兵隊、特殊作戦軍の連中は、白旗を振ってる敵兵や負傷兵ですらお構いなしに殺す野蛮人共だからな。


『次は2時方向の奴をやる』


「了解」


 編隊の中央を飛ぶヘルムート叔父さんの命令通りに、編隊を維持したまま宙返りする。空中戦艦を護衛していた複葉機どもがこっちに向かって飛んでくるが、速度が違い過ぎるせいで機銃の射程距離内にすら肉薄できない。


 馬車じゃスポーツカーには追い付けないのだ。


 護衛の戦闘機は無視するべきだ。相手をする価値など無いし、こっちの目的は空中戦艦の撃滅なのだから。


 旋回を終えると同時に、標的になった空中戦艦が必死に機関砲や機銃で弾幕を張り始めた。ジェット機よりも遅くて防御力も低い複葉機だったのであれば、あの弾幕は脅威になっていただろう。だが、残念なことに8mm重機関銃では徹甲弾を使ったとしてもF-15Cは撃墜できない。さすがに20mm連装機関砲を喰らったらヤバいが、高速で空を自由に飛び回るジェット機に命中させられるわけがない。


 反対側を飛ぶアーサー3が機関砲を放ち、正面から突っ込んでくる複葉機を粉砕する。木っ端微塵になった残骸を一瞥し、「ちゃっかり撃墜数伸ばしやがって」と呟くと、無線機からアーサー3が笑う声が聞こえてきた。


 基本的に、ヘルムート叔父さんはアーサー隊の隊員たちを散開ブレイクさせる事はない。プロペラ機に乗っていた頃から、ずっとこうやって隊員たちに編隊を組ませて標的を集中攻撃する戦い方をしている。


 さすがに敵の航空隊を迎撃する時などは、効率が悪いから散開ブレイクして乱戦になることもあるが、今回は複数の大物を火達磨にしてやるのが任務だ。だから、いつも通りでいい。叔父さんの後ろを飛んで、ミサイルをぶっ放していればいいのだ。


 敵の砲手たちは錬度がかなり低いらしく、弾幕は全く当たらない。というか、多分これは射程距離外だ。弾丸は全く飛んで来ないし、20mm機関砲から放たれる炸裂弾はキャノピーの向こうで炸裂し、高射砲みたいに黒煙を生み出している。


『フォックス2』


 ミサイルの発射スイッチを押す。主翼にぶら下げていたミサイルが炎を噴き出して、空中戦艦へと向かって飛んで行った。


 叔父さんが高度を上げたのを見てから、俺たちもすぐに操縦桿を引いて高度を上げる。空中戦艦は、船体の側面にあるエンジンの周囲に大量の対空兵器を搭載している。そのため、最も弾幕が薄くなるのは船体の上部なのだ。


 いくら命中率が低い上に砲手の錬度も低いとはいえ、”運悪く”20mm炸裂弾を叩き込まれたくはないからな。あんなに質の悪い連中にぶっ殺されたら不名誉にも程がある。


 雲の中に入る直前、後方で緋色の光が煌く。5発のミサイルが曳光弾の中を飛翔して、空中戦艦に命中したのだ。


 キャノピーの外が雲で埋め尽くされる。隣を飛んでいる筈の味方機は見えないが、俺たちを指揮する叔父さんが次も宙返りで方向転換をする事は分かるし、どれくらいの角度で宙返りするのかも予測できる。


 プロペラ機に乗っている頃から叔父さんたちと一緒に戦ってきてるのだから、癖は把握している。


 雲を突き抜ける。紺色の空と太陽が支配する空の中で、アーサー隊の隊員たちは全く編隊を乱さずに宙返りを始めていた。


 エンジンノズルから吐き出される熱を大空に置き去りにし、再び機首を純白の雲へと向けて飛び込む。仲間たちと共に雲を突き抜けると同時に指をミサイルではなく機関砲の発射スイッチに近付け、叔父さんが空中戦艦へと攻撃を始めるのを待つ。


 そろそろ撃つ頃だと思った直後、叔父さんのF-15Cが火を噴いた。俺も機関砲の発射スイッチを押し、砲弾をこれでもかというほど空中戦艦のエンジンに真上から叩き込む。


 ラガヴァンビウス級は、エレフィヌス級よりも装甲が厚い。胴体を機関砲で撃っても撃墜するのは難しいだろう。だから、急降下しながらエンジンを狙う。


 船体の左右にある4ヵ所のエンジンが、蜂の巣になってから火を噴いた。戦艦のスクリューを大型化したような形状のプロペラが火を噴きながら回転を止め、エンジンが緑色の炎を噴出しながら爆発する。エンジンを胴体と繋いでいたフレームがその爆発で折れ、火達磨になったエンジンと共に落下し始めた。


 全てのエンジンを奪われた空中戦艦が、火達磨になった他の空中戦艦のように高度を落とし始める。


 あとは2隻か。ミサイルはまだ残っているし、すぐに落とせるな。


 基地に戻ったら撃墜マークを増やす事を考えながら、俺は叔父さんと一緒に機体を旋回させた。





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― 新着の感想 ―
[良い点] F-15Cが来た [一言] 制空タイプのF-15C、いいですねぇ……「いついかなる時も、どんな天候でも、敵を空から追い落とす事」を目的に作られた戦闘機、流石です。 赤い色だと敵から発見され…
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