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オルラ川防衛戦


 戦力差があり過ぎる。


 クリップでマガジンに5.45mm弾を次々に装填しながらそう思った。弾薬はいくらでもある。武器もたっぷりと新型のやつを持ってきたし、修理用の予備のパーツも後方にある。


 けれども―――――それを使う兵士が足りない。


 今のテンプル騎士団が再び世界最強の軍隊へと急成長したのは、ホムンクルス兵をいくらでも生み出す事ができるからだ。母親から生まれてきて、両親によってしっかりと育てられた子供が兵士になる場合は我が軍では少数派だ。大半は、最強の兵士と言われたタクヤ・ハヤカワの細胞を培養して成長させ、機械の中から生み出されたホムンクルスたちである。簡単に”大量生産”できるし、兵士に向いた種族である事とオリジナルの遺伝子の恩恵で”質”も素晴らしい。最も理想的な兵士と言っていいだろう。


 だが、そのホムンクルス兵の育成にも手間がかかる。


 赤子の状態で生まれてくるから、兵士として実戦投入するまでには最短でも17年から18年かかる。しかも、質が良いとはいっても個人差もあるから、全員全く同じ戦闘力というわけでもない。そうさせることも出来るが、そうすればホムンクルスにも人権を与えているテンプル騎士団の規則や、クレイデリアの憲法に反することになる。


 だから、兵士の数だけはどうしようもない。別の防衛エリアへと引き抜かれていった特殊作戦軍の兵士を除いたスペツナズと、スオミ支部から派遣されてきたなけなしの分隊で何とかするしかないのだ。


 35対5000。これ以上ないほど絶望的だな。


「ほら、急げ。こっちだ」


「コレット少佐、地雷の設置が完了しました」


「ありがとう。後は塹壕をもう少し広げてちょうだい」


「了解です」


 装填が終わったマガジンをポーチにぶち込み、弾薬箱をこっちに引っ張ってから別のマガジンへ弾薬を装填していく。


 兵士の人数は少ないが、艦砲射撃とスオミ支部の要塞砲による支援砲撃が要請できるのは素晴らしい事だ。沖には特殊作戦軍所属のスターリングラード級重巡洋艦『タシュケント』が待機しているし、スオミ支部の司令部には、『スオミの槍』と呼ばれる46cm砲が配備されている。


 あの戦艦大和の46cm砲の砲身を更に延長した恐るべき要塞砲だ。それから榴弾を放てば敵兵の群れを容易く消し飛ばすことが可能だろうが、既に何発も砲弾を発射しているらしく、残っている榴弾はたった3発のみだという。守りの最も薄いこのオルラ川の戦闘だけで3回も要請するわけにはいかない。


 溜息をついてから、装填を終えたマガジンをポーチの中へとぶち込んで立ち上がった。


 今回の戦闘で使用するのは、いつも愛用しているAK-74Mと『DP28』というソ連製の軽機関銃だった。まるででっかいライフルの上部にフリスビーのような形状の”パンマガジン”と呼ばれるマガジンを装着しており、モシンナガン用の弾薬である7.62×54R弾を連射する事ができる。


 第二次世界大戦”前”に開発されたかなり旧式の代物だが、どうやら端末で生産できる兵器は旧式の方が使用するポイントが少ないという特徴があるらしく、このAK-74Mの半分以下のポイントで生産できた。それなりにポイントは溜まってるが、仲間たちにも武器を色々と支給しなければならないので、無駄にするのは極力避けたいところである。


 パンマガジンの入った大型のポーチを腰に下げる。通常のマガジンが入っているポーチよりもはるかに重い。


 真っ白に塗装されたヘルメットをかぶり、いつも身に着けているガスマスクを腰のポーチに入れておく。ヘルメットをかぶるのは敵と真っ向から戦う場合のみだ。普段はフードをかぶってガスマスクを装着するようにしている。


 俺の頭にも角―――――正確にはキマイラバーストを使用した際の放熱板だ――――――があるので、ヘルメットには穴が開けられている。穴があると角が内側にぶつかって邪魔になってしまうからだ。これは他のキメラ兵に支給されているヘルメットと同じである。


 雪の上に刺さっているスコップを抜き、俺も塹壕を掘るのを手伝った。前世の世界にいた時に、妹と一緒に雪かきをした時の事を思い出す。けれども、あの時と違って俺は穴を掘っている。穴の中に武器や弾薬を準備して、ここで敵兵の群れをぶち殺すのだ。この手は霜焼けで赤くなるのではなく、返り血で赤くなるだろう。


 塹壕を掘りながら、ちらりと後ろを見た。


 後ろにある木箱の近くでは、スペツナズの狙撃手であるエレナと、スオミ支部から派遣されてきたハユハの2人がモシンナガンとドラグノフを分解して、部品のチェックをしているところだった。エレナは口数が少ない―――――というか感情がない―――――ので全く言葉を話そうとしないが、彼女の隣に座るハユハも同じだった。取り外していたボルトを淡々と装着し、照準器の調整を始める。


 テンプル騎士団の記録によると、タクヤ以外の優秀な人材の遺伝子も後世に残すため、複数のホムンクルスが造られていたという。製造区画で同胞たちの製造を担当するナタリアのホムンクルスたちは、そのうちの”成功例”というわけだ。


 ラウラのホムンクルスは、その中では”失敗例”だった。


 戦闘力はタクヤのホムンクルスに匹敵するほどで、オリジナルの才能や能力の大半を引き継いでいた。製造を担当した錬金術師たちは、彼女のホムンクルスも大量生産が始まると確信していたに違いない。


 しかし――――――ある日、ラウラ・ハヤカワのホムンクルスはタクヤのホムンクルスのうちの1体を自室に監禁した挙句、心中するという事件が発生してしまう。彼女の育成担当だったホムンクルス兵の話では、ラウラのホムンクルスは『ある1体の個体に異常としか言えないほど依存しており、非常に独占欲が強かった』という。


 要するに、ヤンデレまで引き継いじゃったということだ。


 戦闘力は高いが、ヤンデレという危険な遺伝子まで受け継がれてしまっては危険なので、ラウラ・ハヤカワのホムンクルスは既に製造されていた数体の初期型以降は製造が中止されてしまったという。


 ハユハはその初期型のうちの1体なのだろうか。


 自分のモシンナガンを組み立てた彼女は、木箱の中から7.62×54R弾のクリップを掴み取り、腰のポーチの中に放り込んだ。やはり、彼女のモシンナガンにはスコープはついていない。アイアンサイトで本当に狙撃をするというのか。


 前世の世界で勃発した冬戦争ですさまじい戦果をあげた、フィンランドのあるスナイパーの事を思い出していると、無線機を背負ったキールが走ってきた。


「隊長、スオミ司令部からです」


「………こちら特殊作戦軍陸軍スペツナズ指揮官、速河力也大佐」


『こちらスオミ司令部。赤軍の攻勢開始を確認した。防衛戦闘に備えよ』


「了解、これより防衛戦に入る」


『精霊と神の加護があらんことを』


「ありがとう。………戦闘準備!」


「戦闘準備! 各員、戦闘配置につけ!」


 塹壕の縁に向かって走り、DP28のバイポッドを展開する。他の隊員たちも銃を構えたり、重機関銃や迫撃砲の準備を始めた。


 いよいよこのちっぽけな塹壕に、5000人の敵兵が突っ込んでくる。質の悪い民兵共を、たった35人の兵士で迎え撃つのだ。


 この攻勢さえ迎え撃つ事ができれば、もうスオミ側の勝利は確定すると言っていい。大戦力を投入した攻勢が失敗して大損害を被った挙句、テンプル騎士団の全戦力を投入した猛攻で赤軍は蹂躙されることだろう。


『兵士諸君、聞こえるか? 指揮官のアールネ・ユーティライネンだ』


 無線機からアールネの声が聞こえてきた。確か、彼は司令部ではなく防衛ライン中央の最前線にいる筈だ。最前線で戦闘配置につきながら、これから兵士たちを鼓舞するつもりらしい。


 彼の低い声以外にも爆音が聞こえてくる。既に防衛ライン中央部には敵の砲撃が始まっているというのか。


『俺たちの祖先の代から、オルトバルカ人(リュッシャ)共は何度もこのスオミの大地を奪おうとしてきた。雪と氷で覆われた、俺たちの美しい大地を何度も血で赤く染めやがった。だが、何度ここに攻め込んできたとしても、この大地を奪えないという事を教えてやれ。ここで流れるべきは俺たちの血ではなく、奴らの血だという事を教えてやれ。そして………俺たちは決して敗れないということを、あのクソッタレ共に教え込んでやれッ!!』


『『『『『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』』』』』


 そうだ、この大地は絶対に渡さない。


 照準器を覗き込みながら呼吸を整える。


 ドン、と轟音が雪原のど真ん中で響き渡る。この塹壕にも砲撃をお見舞いするつもりらしく、立て続けに榴弾らしき砲弾が降り注ぎ始めた。大地を包み込む純白の雪を突き破った砲弾が、真っ白な雪と緋色の爆炎を撒き散らしながら次々に弾け飛ぶ。


 だが、着弾しているのは俺たちが布陣している塹壕ではない。塹壕よりもはるかに前方にある、凍てついたオルラ川や対岸だ。砲手が距離を間違ったのか、それとも斥候が記録した情報が不正確だったに違いない。敵の兵の質の悪さがよく分かる。


 こんな連中に殺されたくないな。


 やがて、砲撃が止まった。降り注いだ榴弾のせいでオルラ川の表面の氷が砕け、極寒の水流が目を覚ます。雪原は穴だらけになり、灰色の空には爆音の残響が響いた。


『『『『『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』』』』』


 雄叫びが聞こえてくる。忌々しい侵略者たちの野蛮な声だ。


 しばらくすると、対岸にある森の中から雄叫びを上げながら無数の兵士たちが突撃してきた。銃剣を装着したライフルを抱えた兵士や、軽機関銃と思われるでっかい銃を持った兵士もいる。軍帽をかぶり、片手にサーベルを持っているのは指揮官だろうか。


 後方にはM1菱形突撃戦車らしき戦車も見える。くそったれ。


「隊長、攻撃を!」


「いや、まだ引きつけろ!」


 距離が遠すぎる。スナイパーライフルやマークスマンライフルならば既に射程距離内だが、アサルトライフルにはあだちょっとばかり遠い。


 それに、射程距離に入ってすぐに撃つのは素人だ。熟練の兵士は、命中すると確信できる距離まで敵を引きつけてからぶっ放し、確実に弾丸を叩き込むものである。


 隣でAK-47を構えるスオミの兵士の手が震えている。まだそれほど実戦を経験したことがない若い兵士なのだろう。まあ、21歳の男が”若い兵士”って言うのは変な感じがするが、こっちはもう4年間も戦闘を経験しているのだ。ベテランとは言えないかもしれないが、実戦(殺し合い)には慣れている。


 落ち着け、と目配せする。こっちをちらりと見た彼は息を呑みながら首を縦に振り、再びスコープ付きのAK-47を構えた。


「目標、射程距離内!」


「まだだ!」


 まだ遠い。


「200mまで引きつけろ!」


「敵軍、300m! ………290m!」


 雄叫びが段々と大きくなってくる。既に敵の歩兵部隊はオルラ川を通過してこっちの岸へと辿り着いているが、戦車は流石に氷が割れて沈む恐れがあるらしく、川を渡ってくる様子はない。それはありがたいのだが、あそこに居座られて支援砲撃を続けられるのは厄介だ。タシュケントに要請して潰してもらうか?


 スポンソンにある47mm砲が火を噴く。だが、やっぱり砲手の腕がかなり悪い。塹壕の上を通過して後方に着弾してやがる。


「230m! ……220m!」


「来るぞ………」


 照準器を覗き込む。こっちは全員白い迷彩服を身に着けているが、向こうの制服はバラバラだった。赤軍の軍服を身に着けている奴もいるし、白軍のエンブレムを消した白軍の制服を身に纏っている奴もいる。中には私服姿の兵士もいる。軍服すら支給できていないというのか。


「―――――200m!」


撃てぇ(アゴーニ)!!」


撃てぇ(トゥータ)!!」


 部下たちに命じると同時に、DP28のトリガーを引いた。マズルブレーキが緋色の光を吐き出し、それを無数の弾丸たちが突き破っていく。パンマガジンの中に収まっていた弾丸たちが照準器の向こうへと次々に飛んで行き、雄叫びを上げていた兵士たちの肉体に風穴を開けた。


 やっぱり、7.62×54R弾はストッピングパワーが違う。被弾した兵士がぴたりと突撃を止め、血を流しながらそのまま倒れていく。


 他の兵士たちも弾幕を張り始めた。AK-47、RPK、PKMが次々に火を噴いて、突撃してくる赤軍の兵士を片っ端からズタズタにしていく。弾丸に撃ち抜かれて崩れ落ちる戦友を無慈悲に踏みつけて、赤軍の連中は強引な突撃を継続していた。


 確かに数は多いが、突撃していた歩兵部隊の先頭が早くも集中砲火で大損害を被っているのである。このまま突撃を継続したとしても、ベルトに連なる弾薬たちの餌食になるのが関の山だ。


 だが、なぜ奴らが止まらないのかが分かった。ソ連軍と同じなのだ。


 銃を捨てて逃げようとした兵士を、遅れてやってきた指揮官らしき男がリボルバーで射殺したのである。その指揮官が引き連れている兵士たちは、逃げようとする兵士や怯えて立ち止まってしまった兵士を発見したかと思うと、手にしているライフルで背中を無慈悲に撃ち抜き始めた。


 ――――――督戦隊。


 ソビエトと同じだ。逃げようとする兵士を殺すことで、兵士たちを追い詰める。


 次の瞬間、その督戦隊の指揮官の頭が吹き飛んだ。


「!」


 自分たちの指揮官がいきなり撃ち殺されたことに驚いた兵士たちの眉間やこめかみにも、次々に風穴が開いていく。がくん、と次々に頭を大きく揺らし、督戦隊の兵士たちも指揮官と同じ運命を辿っていった。


 後方に控えている連中がいなくなったことで、兵士たちが戸惑い始めた。前進しない兵士を殺そうとしていた味方殺し共がいなくなり、枷が外れたからだ。


 今ならば逃げられる。それでも突っ込んでくると言うのなら、スオミとテンプル騎士団の誇りにかけて皆殺しにするが、どちらを選ぶ? 敵兵たちに、そう問いかけるに等しい状況である。


 錬度の低い兵士たちは、逃げることを選んだ。


 圧倒的な数で突撃しても決して屈しないスオミの兵士たちには勝てないと判断したのだろう。


 逃げていくみっともない兵士たちを見ていた俺は、ちらりとライフル弾が飛来した方向を見た。


 エレナは近くにいる。彼女ではない。


 分かっている。


 誰が撃ったのか。


「………お前か、ハユハ」


「………」


 まだモシンナガンのアイアンサイトを覗き込んでいる背の低いホムンクルス兵にそう言いながら、俺はヘルメットを取った。




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