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ウサギは罠にかかった


 雪だらけの大地が見える。


 冷気と雪と氷だけで構築された純白の世界。それ以外の存在は、全て異物でしかない。


 雪だらけの大地では、その異物たちが荒れ狂っていた。降り注ぐ雪たちの向こうでは緋色の爆炎が噴き上がり、いたるところでマズルフラッシュが煌く。オルトバルカ軍の攻勢を、兵力が少ないスオミ軍が必死に迎え撃っているのだろう。


 戦力差は25対1。スオミ側にはテンプル騎士団から供与された兵器があるし、スオミ側の兵士の大半はテンプル騎士団スオミ支部が創設された頃から戦い続けているベテランばかりだ。アサルトライフルの扱い方には慣れているだろうし、経験してきた実戦の数も極めて多い。


 それに対し、オルトバルカ側の兵士は民兵や農民だった者たちが多い。元々はテンプル騎士団が銃の扱い方を訓練で教えてやった程度なので、錬度はそれほど高くないだろう。訓練をある程度受けた新兵を最前線で戦わせるようなものである。物量では勝っているが、兵士の質では完全に負けていると言っていい。


 しかし、戦闘で有利になるのは物量で勝っている方だ。いくら質のいいベテランの兵士が相手だとしても、人間である以上は隙がある。極端な話だが、仲間が狙われている隙に奇襲してやればいいのだ。


 そういう戦法で戦うという選択肢が、オルトバルカ側にはある。それに対し、スオミ側はとにかく敵の戦力を削って侵攻を防がなければならないため、余裕がない。


 だからその余裕を、俺たちが作ってやる。


 戦艦ネイリンゲンの格納庫から出撃した8両のBMP-1たちが、単縦陣を形成したままオルトバルカ軍の後方へと向かって移動していく。こちらの塗装は寒冷地での戦闘を想定して白に変更されているから、遠くからであれば流氷にしか見えない筈だ。


 主砲と機銃で武装した禍々しい流氷たちが大地に辿り着く。ずぶ濡れになっていた履帯が回転を始め、エンジンの音を響かせながら雪の上に履帯の跡を刻み付け始めた。

 

 口から吐き出す息が白くなる。鼻から空気を吸い込もうとする度に、あらゆる物体を凍てつかせるほど冷たい空気が身体の中へと流れ込んでくる。


 かつて、シベリスブルク山脈の最深部の調査に行った冒険者は1人も戻らなかったという。最深部の気温は-200℃以下であると言われており、大昔は危険な魔物も徘徊していた危険地帯であったため、そこが調査されてどのような地形なのかが解明されたのは最後であったと言われている。


 この調査が終わった事で、この世界の世界地図はやっと完成したのだ。


 日本で経験した冬とは比べ物にならないほど寒い。防寒着がなければあっという間に凍死してしまうだろう。ここは適応できないあらゆる生物を容赦なく無慈悲に皆殺しにする、残酷な大地なのだ。いや、これが自然の本来の姿なのかもしれない。


「全車停止。各歩兵部隊は降車し、戦闘に備えよ」


 無線機で命じつつ、背負っていたAK-74Mを準備する。既に銃口にはサプレッサーが装着されている。9×39mm弾を使用するライフルのように銃声を小さくすることは難しいが、お構いなしに銃声を響かせるよりはマシだ。


 BMP-1のハッチが開き、寒冷地用の白い制服に身を包んだ兵士たちが次々に降りてきた。装備している銃も白と灰色の迷彩模様で塗装されている。


 もちろん、俺のAKも真っ白だ。


 BMP-1の車体の上から飛び降り、コートについているフードをかぶる。ヘルメットも持ってきているが、隠密行動ならこっちの方が良い。ヘルメットをかぶるのは基本的に敵と真っ向から戦う羽目になった時だけなので、普段は腰の左側にアイテム用のポーチとかと一緒にぶら下げているのだ。


「………アクーラ1よりクレイモア、こちらはポイントБへの上陸に成功した」


『こちらクレイモア、了解です。敵の補給部隊に損害を与えてください』


「了解した、作戦行動を開始する。――――――カスミは元気そうだな、ジェイコブ」


「………ああ、安心したよ」


 サプレッサー付きのAKS-74Uを装備したジェイコブは、微笑みながら銃を構えた。


 救出されたばかりの頃は錯乱する事が多かったし、悪夢ばかり見ていたらしいからな。ジェイコブと同じ部屋で生活し続けていたからなのか、最近は2年前に受けた精神的なダメージはかなり薄れているようだ。


「よーし、とっととクソ野郎共にカスミのお返しをしてやろうぜ」


「ああ、花火の時間だ。………分かってると思うが、攻撃目標は敵の補給部隊、弾薬庫、食糧庫だ。滅茶苦茶にしてやれ」


『『『『『了解』』』』』


 BMP-1たちが動き出す。巨大な車体の陰に隠れながら、彼らが刻み付けた履帯の跡をブーツで踏みしめながら先へと進む。


 シュタージの情報では、この先にオルトバルカ連邦軍の補給ルートがあるという。まずはそこで待ち伏せして補給部隊を殲滅し、補給用の拠点として使っている廃村へと潜入することになる。もちろん、潜入した後は邪魔な敵兵を血祭りにあげながら食糧庫と弾薬庫をひたすら破壊することになるだろう。


 ある程度先に進んでから、BMP-1たちに停止命令を出す。いくら相手が補給部隊とはいえ、BMP-1を前進させて真っ向から戦うような戦い方をするつもりはない。第一、圧倒的な兵力のオルトバルカ軍に物資を届ける補給部隊なのだから、補給部隊と護衛の規模はかなり大きいだろう。下手をすれば、こっちが返り討ちに遭う可能性もある。


「各分隊、2名を選んで斥候に向かわせろ」


『『『『『了解』』』』』


「エレナ、ついてこい」


「了解」


 ドラグノフを背負ったエレナを連れて、姿勢を低くしながら先へと進む。前方には雪に埋まった丘があるし、北東には森がある。


 丘に登ってから、雪の上に伏せる。背負っていた大型の潜望鏡を取り出して丘の反対側を見渡すが、今のところは何も見当たらない。真っ白な平原がシベリスブルク山脈の麓まで広がっているだけだ。


 シュタージの情報では、この丘の向こうがオルトバルカ軍の補給ルートだという。


 ちらりと横を見てみると、他の分隊の兵士たちもその補給ルートのチェックを行っていた。


「どうします?」


「………地雷でも仕掛けるか。コレット」


『はい、隊長』


「丘の向こうに補給ルートがある。そこに地雷を仕掛けてくれ」


『了解』


 潜望鏡で丘の向こうを見張っていると、後ろから足音が聞こえてきた。


 潜望鏡から目を離し、後ろからやってきたコレットと第二分隊のエステルの方を見る。真っ白な制服を身に纏った二人は、地雷と爆薬をどっさりと抱えて丘の向こうへと走っていき、雪の中に素早く地雷を設置し始めた。


 地雷と一緒にC4爆弾も設置したコレットが、エステルを連れて戻ってくる。あのようにC4爆弾も一緒にセットしておけば、もし仮に敵が地雷を踏まなかったとしても強制的に地雷を起爆する事ができる。C4を地雷の起爆装置に使うというわけだ。


 あの使い方を考案して好んでいたのは、ウラル司令の妹さん(イリナ)だそうだ。今のテンプル騎士団の工兵隊の原点と言われている。


『アクーラ3、設置完了』


「よーし………各員、丘の陰に移動して戦闘準備。第四分隊の斥候は引き続き補給ルートを見張ってくれ。クソ共が来たら知らせろ」


『『了解』』


 後方に待機していたBMP-1たちも前進し、攻撃準備に入る。


 オルトバルカ軍の規模は大きい。そいつらに補給するために本国からやって来る部隊なのだから、補給部隊や護衛部隊の規模もそれなりに大きいだろう。下手をすれば、こっちでも大規模な戦闘になるかもしれない。


 逆に言えば、大規模な補給を潰す事ができたのならばこっちの勝利だ。圧倒的な数の部隊に支給する物資や食料が不足すればどれほどの痛手になるかは言うまでもないだろう。


 とりあえず、スオミ共和国の防衛は海兵隊の奴らに任せよう。本隊が準備を終えて合流してきたのならば―――――――更なる物量で踏み潰してやればいい。


 端末を取り出し、エレナに別のライフルを渡しておく。


 彼女に渡したのは、『KSVK』というロシア製の”アンチマテリアルライフル”だ。対戦車ライフルのように巨大な代物で、従来のライフル弾よりもデカい、重機関銃用の12.7mm弾を使用する。破壊力、射程距離、貫通力は一般的なスナイパーライフルの比ではないが、通常のスナイパーライフルよりもサイズが大きいので扱いにくいのが難点と言えるだろう。


 訓練でも何度か使っているライフルを受け取った彼女は、スコープのチェックをしてから、ドラグノフからKSVKに持ち替えた。既に、スコープは彼女のために調整してある。


『デルタ5よりアクーラ1』


「こちらアクーラ1」


『”ウサギが見えた。狩りの準備を”』


「了解。………お前ら聞こえたな。やるぞ」


 潜望鏡を覗き込み、第四分隊の斥候たちが潜伏している辺りを確認する。彼らが潜んでいる場所も小さな丘になっているので、彼らがどこに隠れているかはすぐ分かった。丘の後方を見ると、真っ白に塗装された小型の潜望鏡が伸びているのが見える。


 その丘の反対側から、エンジンの音が聞こえてきた。前世の世界の車のエンジン音と比べると、随分と甲高い魔力エンジンの音だ。


 先頭を進むのは、白と灰色の迷彩模様で塗装されたM1菱形突撃戦車。車体上部にも小型のスポンソンを増設していて、そこに連装型の8mm重機関銃を搭載しているらしい。改良型だろうか。


 その古めかしい菱形戦車の後方を進むのは、物資と思われる木箱や樽をどっさりと荷台に乗せたトラックの群れだった。トラックの車列の中には、ライフルを抱えたライフルマンたちを乗せた車両も見える。護衛の兵士だろうか。それとも、前線で損害を受けた部隊に合流させる補充の兵士たちだろうか。


 斥候たちの潜む丘を通過した部隊が、先ほどコレットが仕掛けた地雷の近くへとやって来る。あのまま前進すれば、先頭を進む戦車は木っ端微塵になる事だろう。最後尾にももう1両のM1菱形突撃戦車がいるが、こっちにはBMP-1もいるし、あんな装甲の薄い戦車であれば重機関銃とかアンチマテリアルライフルの徹甲弾で何とかなる。ロケットランチャーを使うまでもない。


「全車、最後尾の敵戦車に照準合わせ。先頭車両が吹っ飛んだタイミングで最後尾を潰せ」


『『『『『『『『了解』』』』』』』』


 BMP-1の主砲は73mm低圧砲。今のテンプル騎士団で採用されている戦車の戦車砲と比べると威力は劣るが、ライフルの徹甲弾ですら貫通できる程度の装甲で覆われている敵戦車にはオーバーキルと言えるだろう。


 ドン、と雪原のど真ん中で爆音が轟いた。


 先頭を進んでいたウサギが罠にかかったのだ。


 左側の履帯で、コレットかエステルが埋めた対戦車地雷を踏みつけてしまったらしい。M1菱形突撃戦車の車体が爆風で持ち上げられ、千切れ飛んだ履帯や装甲の一部を舞い上げながら右へと大きく傾いていく。ハッチが開き、車内から火達磨になった乗組員たちが飛び出してきた頃には、今度は最後尾の戦車が火達磨になった。


 丘の陰で隠れていた8両のBMP-1たちが、最後尾の戦車へと向けて一斉に73mm低圧砲を放ったのである。8発の砲弾が立て続けに正面装甲を直撃したかと思いきや、スポンソンの付け根やハッチが吹き飛んで、緑色の炎が躍り出る。


 魔力エンジン内部で加圧されていた高圧魔力が誘爆したのだろう。緑色の爆炎が、前を走っていたトラックまで呑み込んだ。


 火達磨になったトラックが爆炎の中から飛び出してくる。荷台の上から雪の上に飛び降り、絶叫しながら転がり始めるのは荷台に乗っていた兵士たちだった。


 先頭の車両を真っ先に潰したことによって、補給部隊はかなり混乱しているらしい。トラックが大破した戦車に追突して、後続の車両まで身動きが取れなくなる。そこに先ほどの火達磨になったトラックが追突してきて、他の車両まで炎上し始めている。


「撃ち方始め」


 淡々と殺戮を命じる。


 普段は人間であっていい。だが、戦場で戦うならば人間らしさは半分捨てるべきだ。もちろん、捨てるべきなのは敵にまで情けをかけてしまう人間らしさ。味方に情けをかける人間らしさは残しても構わない。


 半分だけロボットになれ。人間らしさを半分捨て、空いたスペースを合理性で埋めろ。


 マリウスの重機関銃が火を噴いた。14.5mm弾たちがトラックのエンジンを立て続けに直撃して、雪原のど真ん中で交通事故を起こしやがった間抜け共を更に炎上させていく。


 トラックの荷台からライフルマンたちが次々に降りてくるが、遮蔽物として機能する筈のトラックが炎上しているせいで迂闊に隠れる事ができない。下手をすれば、エンジン内の高圧魔力に誘爆して自分たちまで木っ端微塵になるかもしれないからだ。


「エレナ、見えるか。荷台の後方」


「撃ちます」


 ドン、とロシア製のアンチマテリアルライフルが火を噴いた。荷台の後方で、ライフルに空砲を装填し、ライフルグレネードを使おうとしていた敵兵の胸元から上が消し飛ぶ。たった12.7mmの金属の塊を火薬で解き放ち、銃身からぶっ放すだけで人間の上半身を容易くバラバラにする事ができるのだ。


「次、通信兵。大破した戦車の後方」


了解ダー


 アンチマテリアルライフルが火を噴き、必死に支援を要請しようとしていた戦車兵の胴体が背負っていた無線機もろとも千切れ飛ぶ。肋骨が血飛沫を撒き散らしながら宙を舞い、内臓が弾け飛んだ。


 次の瞬間、敵兵が放ってくるマズルフラッシュが、それよりも遥かに強烈な光によって掻き消された。


 炎上していたトラックたちが、一斉に爆発したのである。トラックの周囲で応戦していたオルトバルカ兵たちがその爆炎に呑み込まれて全滅したのを確認した俺は、仲間たちに攻撃を止めるように命じ、潜望鏡から目を離す。


「………任務完了。各員、残弾をチェックし報告せよ。次は武器庫と食糧庫を狙う」





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― 新着の感想 ―
[良い点]  強襲揚陸戦艦。  ロマンは大事。 [一言]  気温が−200度以下だと空気中の窒素と酸素が液体化してしまうので生物が生きていける環境ではありませんね。  ……いや、コールドスリープ状態に…
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