転生者の怨嗟
※トラウマ注意
「姉さん………!?」
コルトM1911で転生者を射殺した姉さんは、ゆっくりと銃を下ろし、ホルスターの中へと収める。彼女の目つきは模擬戦で戦った時のように鋭かったが、よく見ると真っ白な手はぶるぶると震えていた。
サクヤ姉さんは私よりも先に何度か実戦を経験している。だから、敵を実際に殺した程度で動揺することはないだろうと思っていたのだが――――――姉さんは実戦への参加を許されているとはいえ、数名のホムンクルス兵に守られている上に、後方支援にしか参加していない。実際に敵兵の群れと戦い、敵を殺すのを目の当たりにするような部隊には配属されていないのだ。
だから、姉さんはまだ慣れていない。
命を奪う行為に。
震えている姉さんの手を見ていると、銃をホルスターに収めた姉さんが私の顔を見つめながら目を見開いた。
「セシリア、左目が………………!!」
「………あの男に斬られた。でも、姉さんのおかげで助かったよ」
激痛を感じながら、助けてくれた姉さんに微笑む。
もう左目は見えなくなってしまったし、相変わらず両断された左の眼球から頭の左半分へと激痛が拡散し続けている。左目どころか、そのまま脳味噌まで斬られてしまったのではないかと思ってしまうほどの激痛だ。
でも、この眼球を摘出して義眼を移植すればまた視力は元通りになるし、エリクサーを使えば傷も消える筈だ。それに、非戦闘員をお構いなしに殺していたクソ野郎はたった今姉さんが殺してくれたのだから、問題はない。
姉さんのおかげで助かったのだと思いながら微笑んでいると、姉さんは悔しそうな顔をしながら私の頭へと手を伸ばした。
きっと、もっと早く助けに来ることはできなかったのだろうかと後悔しているに違いない。けれども、姉さんのおかげで私たちは助かったのだ。左目を失ってしまった事は確かに辛いけれど、エリクサーでの治療や義眼の移植をすれば元通りにできる。
だから、責めないでくれ。
「………ごめんなさい、セシリア」
「姉さん、謝らなくていい。姉さんのおかげで―――――――」
涙目になっている姉さんを慰めようとしたその時だった。
私の頭を撫でていた姉さんが、急にその白い手を頭から離したかと思うと―――――――まるで目の前に立ち塞がっている敵兵を突き飛ばすかのように、私の事を左へと思い切り突き飛ばしたのである。自分を責めていた姉さんを慰めようとしていたのだから、踏ん張れるわけがない。しかも姉さんは私よりも力が強いし、転生者のレベルやステータスも高いから、仮に突き飛ばされることを想定して思い切り踏ん張っていたとしても、吹っ飛ばされる距離が少しばかり短くなる程度しか変化することはなかっただろう。
ぎょっとしながら床に肩を叩きつけると同時に、姉さんの傍らで銃声が轟いた。先ほどあの転生者の眉間を撃ち抜いた、姉さんのコルトM1911と全く同じ銃声だ。
左目を押さえながら顔を上げると同時に、キン、と.45ACP弾の薬莢が、微かに煙を纏いながら床の上に落下して、金属音を奏でた。
後方に敵がいたのだろうか?
姉さんがコルトM1911を向けていたのは―――――――後方にいた敵ではない。彼女が撃ち抜いたのは、信じ難い事に、ついさっき撃ち殺した筈の転生者の青年だった。
「!?」
そう、姉さんが眉間に.45ACP弾を撃ち込んで、絶命させたはずの人間。
弾丸に撃ち抜かれた風穴を晒し、仰向けに倒れていた筈の男が――――――剣で.45ACP弾の弾丸を弾き飛ばしながら、またしても立ち上がったのである!
「バカな………!!」
生き返った………!?
転生者の端末を使えば、様々な能力や兵器を生産して使う事ができる。生産できる代物は非常に種類が多いが、全ての兵器や能力を生産し、自由自在に使えるというわけではない。
あの端末や第二世代型の転生者は、”カクヘイキ”という兵器を生産することはできなくなっているし、敵の攻撃で殺されてしまった際に、目の前で復活した青年のように生き返る事ができるような能力も生産できなくなっている。どちらも非常に強力な代物であるため、あの端末を作り出した者が意図的に転生者にその力を与えないようにプログラムしなかったのだろう。
確かに転生者は非常に強力な存在だ。敵を倒すだけでステータスが上がっていき、何十年も実戦を経験しているベテランの兵士ですら凌駕してしまうほどの強さになっていく。しかし、あくまでも転生者はあの端末で強化されているだけの人間に過ぎない。スピードのステータス以上の速度で攻撃したり、防御力のステータスを上回る攻撃力で攻撃すれば、普通の人間と同じようにあっさりと死ぬ。
しかも、傷を再生させるような能力や、殺されても復活するような能力は存在しない。だから、当たり前の話だが、”殺してしまえば決着がつく”のである。
だが――――――この男は眉間を撃ち抜かれた筈なのに、生き返った。
私が目を見開いている内に、姉さんが持っているコルトM1911のスライドが後ろへと動いた。火薬の臭いを纏った.45ACP弾の薬莢がくるくると回転しながら2つほど排出され、2発の弾丸が転生者へと牙を剥く。
先に放たれた弾丸は転生者の持つ剣に弾かれてしまったが、2発目の弾丸は最初の弾丸が弾かれている隙に転生者の腹を直撃するように調整して放たれたらしく、隙だらけになっている転生者の腹を正確に直撃する。
「うぐっ――――――」
.45ACP弾は大口径の弾丸だ。ハンドガン用の弾丸の中では弾速が遅く、反動が大きいという欠点があるものの、破壊力やストッピングパワーは他の弾丸よりも優秀だし、訓練を受けているキメラの兵士であれば、反動は全く感じない。その気になればライフル弾を使用する銃機関銃を両手で持ってぶっ放すこともできる。
サクヤ姉さんの正確な射撃が、転生者の腹に牙を剥く。
撃ち抜かれた腹を手で押さえながら、ゆっくりと倒れていく転生者。そのままうつ伏せに倒れた転生者に歩み寄った姉さんは、唇を噛み締めながらもう一発.45ACP弾を転生者の後頭部に叩き込み、止めを刺す。
「………死んだのか?」
「後頭部を撃ち抜かれた人間が生きてると思う?」
普通ならば生きているわけがない。
だが、こいつは眉間を撃ち抜かれたというのに生き返った。
呼吸を整えながら、私は周囲を見渡す。先ほど壁に激突したトラックの荷台に乗っている住民たちが、ぶるぶると震えながらこちらを見つめている。
「みんな、今のうちに軍港に向かうぞ!」
普通の襲撃であれば、居住区へと繋がる隔壁を全て閉鎖するだけで済む。タンプル搭の設備は地下に作られている上に、堅牢な岩盤や分厚い装甲板で守られているからだ。敵が砲弾を大量に用意し、タンプル搭へとこれでもかというほど艦砲射撃をしたとしても、地下に被害が出ることはないだろう。
しかし、居住区にいる民間人を全員避難させるという事は、タンプル搭を放棄する可能性が高いという事を意味している。
それゆえに、破壊されたトラックの近くで憲兵や守備隊が助けに来てくれるのを待つのは愚の骨頂でしかないのだ。応戦している守備隊がわざわざ助けに来てくれるわけがないし、敵もテンプル騎士団の制服を身に纏っているのだから、味方か否かを見分けるのはかなり難しい。
だから、指示通りに軍港へと移動する必要がある。
民間人に向かって大声で指示を出すと、ひしゃげた荷台に乗っていた母上が首を縦に振り、怯えている民間人たちを移動させ始めた。破壊されたトラックの上から老人や子供を抱えた女性が降り、軍港へと続いている通路へと向かって歩き始める。
移動していく民間人を見守ってから、最後尾を歩く母上に向かって手を伸ばす。トモヤは微笑みながら母上に抱き着いていたが、さすがにトラックが壁に激突する衝撃や銃声は怖かったらしく、目の周囲には涙が流れた痕が残っている。
こっちに手を伸ばしてくるトモヤを微笑みながら撫でようと思った私は、ちらりと先ほど姉さんに止めを刺された転生者を見た。
もしかしたらまた立ち上がるんじゃないかと思ったが、後頭部には.45ACP弾に撃ち抜かれた風穴がまだ残っている。風穴からは鮮血が溢れ出ているし、うつ伏せに倒れている転生者の肉体も動く様子がない。
しかし、姉さんは先ほどこの転生者が蘇ったのを警戒しているらしく、コルトM1911のマガジンを交換しながら、うつ伏せに倒れている男を見下ろし続けていた。
「姉さん、行こう」
「………ええ」
もうトラックに残っている住民はいない。残念なことに、あのトラックの荷台から振り落とされた住民たちは命を落とす羽目になってしまったが、3分の2以上の住民は軽傷で済んでいる。ここから軍港までそれほど離れているわけでもないので、すぐに海軍の艦艇へと辿り着くことはできるだろう。
念のため、私も三八式歩兵銃を構えて転生者の男に向けようと思ったその時だった。
倒れていた転生者の右手が動いたかと思うと―――――――近くに転がっていた剣の柄を素早く握り、起き上がりながら姉さんに向かって剣を薙ぎ払ったのだ!
「ッ!?」
「ね、姉さんッ!?」
なぜまだ生きている!?
眉間を撃ち抜かれた挙句、後頭部を.45ACP弾に撃ち抜かれて風穴を開けられたんだぞ!? 再生能力は転生者の能力には存在しないし、蘇生する能力も存在しない。転生者だとしても確実に死んでいる筈なのに、なぜ生きているのだ!?
姉さんは後ろに下がりながらコルトM1911を連射した。もちろん、動きながらの射撃だから、立ち止まった状態で正確に狙いを付けて放つよりも命中精度は大きく落ちてしまう。数発の弾丸は外れる羽目になったが、5発ほど転生者の胸板や肩を直撃したらしく、上半身に風穴が開き、血飛沫が飛び散る。
すると、その風穴が急激に塞がり始めた。
「「!?」」
弾丸に穿たれた肉の断面から肉が伸び、反対側から伸びてきた筋肉繊維と絡みつく。その表面を真っ白な皮膚があっという間に覆ってしまい、傷を完全にふさいでしまう。
そう、この男は転生者が使う事の出来ない筈の再生能力を使っているのだ!
しかも、弾丸を剣で弾く事ができるほどの技術も持っている。間違いなく、実戦経験や錬度は私たちよりもはるかに上だろう。私と姉さんがこの場で戦いを挑んでも、瞬殺されてしまうのが関の山である。
空になったマガジンを取り外し、新しいマガジンを装着する姉さん。彼女はキメラの尻尾を伸ばしてポーチの中からスモークグレネードを取り出すと、再生して立ち上がろうとする転生者の青年の胴体に弾丸を撃ち込んでから頭に.45ACP弾を撃ち込んで再び即死させ、後ろへと下がった。
「………セシリア、私がスモークを投げたら逃げて。住民たちを守ってちょうだい」
「ダメだ、私も戦う」
いくら私よりも強いとはいえ、姉さん1人で戦えるわけがない。数分ほど時間を稼ぐのが関の山だろう。
もしかして、姉さんは時間を稼ごうとしているのか………!?
姉さんの瞳を見つめながら、首を横に振る。確かに、姉さんがスモークを投擲している隙に離脱し、住民たちへと合流すれば軍港に辿り着くことはできるだろう。解放されっ放しになっている隔壁の向こうからは、軍港に停泊している艦艇にこびり付いたオイルや潮の匂いが漂ってくる。私の嗅覚でも探知できるほどの距離なのだから、走って逃げれば2分程度で辿り着けるはずだ。
しかし、住民を誘導しながら逃げる以上、確実に無防備になる。
だから姉さんは時間を稼ごうとしているのだ。
私よりも姉さんの方が強い。だから、時間稼ぎを姉さんに任せれば、軍港へと逃げ込むまでの時間を稼いでくれるに違いない。しかし、その選択肢のために用意しなければならない対価は―――――サクヤ姉さんの命だ。
だから、首を縦に振ることはできなかった。
姉さんを死なせたくない。
一緒に逃げて、家族で暮らしたい。
どうしてこんな残酷な選択肢を用意したのかと思いつつ、姉さんの顔をじっと見つめる。
「わがままを言わないで、セシリア」
冷たい声で、その選択肢を選ばせようとする姉さん。でも、私は首を横に振る。
確かに何の罪もない住民は是が非でも守るべきだ。だが、大切な家族の命をそのための対価にすることはできない。それに、姉さんを救うために住民の命を対価にする事も許されない。
「嫌だ」
「セシリア、お願い」
女王を射殺しようとした時のように、姉さんは持っている銃を私に向けた。
首を横に振れば、撃つつもりなのだろう。
でも、出来るわけがない。
彼女の銃のスライドは後ろに下がった状態のままで、がっちりとしたスライドに包まれているすらりとした銃身があらわになった状態なのだから。弾丸を放つのであれば、マガジンを装着し、コッキングを済ませなければならない。
すらりとした銃身があらわになっている銃を見てから、姉さんの顔を見上げる。
やっぱり、アイアンサイトを覗き込む姉さんの目は涙目になっていた。
「………セシリア、あなたがみんなを救って」
「姉さん、ダメだ」
「私ね、ずっとあなたの方が団長に向いてるって思ってた。あなたのように凛とした団長なら、きっとみんなついて来てくれる筈よ。テンプル騎士団が必要としているのは、私みたいな団長じゃない。最前線で戦い、同志たちを勝利に導く”英雄”なのよ」
「無理だ………私は英雄にはなれない。姉さんよりも劣ってる私が、英雄になれるわけが―――――――」
すると、姉さんは銃をホルスターの中に収めてから、いつものように私の頭を撫でてくれた。小さい頃から、姉さんはいつも私の頭を撫でて励ましてくれた。テンプル騎士団の団長を受け継ぐために受けていた厳しい訓練で心が折れそうになった時や、私は団長に向いていないのではないかと思って落ち込んでいる時に、姉さんはいつも隣に座って頭を撫でてくれたのである。
母上や父上に頭を撫でられるのは恥ずかしいと思ってしまうのに、姉さんに撫でられている時だけは何故か安心してしまう。
「胸を張りなさい。大丈夫よ、セシリアなら」
「姉さん………」
「………セシリア、メニュー画面を」
唐突にメニュー画面を開き、ずらりと並んでいる項目の中から『データの継承』と表示されているメニュー画面をタッチする姉さん。かつて、父上が姉さんに祖先から継承してきた兵器のデータを継承させる時に使っていたメニューである。
端末を持たない第二世代型転生者の能力は、子供にも遺伝する。更に、その子供に自分の生産した兵器のデータを継承させることにより、圧倒的な軍事力を維持することも可能なのである。
それを私に継承させるつもりなのだ。
いつの間にか流れていた涙を拭い去り、私もメニュー画面を開く。項目をタッチしてデータの継承を承認すると、姉さんが父上から受け継いだばかりのデータが私のメニュー画面に継承され始めた。画面に表示されている数値が急激に大きくなっていき、あっという間に100%になってしまう。
「この力を受け継ぐのは、私よりもセシリアの方が相応しいわよ」
微笑みながら姉さんがそう言っている内に、転生者がまたしてもゆっくりと起き上がり始めた。姉さんが先ほど空けた風穴も急激に塞がり始め、皮膚が風穴を覆っていく。
「ほら、早く行きなさい」
「――――――軍港で待ってる」
「ええ」
唇を噛み締めながら踵を返す。通路の奥に向かって走り出すと同時に、後ろから安全ピンが引き抜かれる音と、スモークグレネードが床を転がる音が聞こえてきた。
振り向くことは許されない。
姉さんが時間を稼いでいる間に、母上や他の住民たちを連れて軍港へと逃げなければ。
「みんな、走れ!!」
念のためにスモークグレネードの用意をしながら、住民たちに向かって叫んだ。もし姉さんがやられて勇者が私たちを追ってきたのであれば、今度は私が命を懸ける必要がある。スモークグレネードを投擲し、白煙の中で住民たちが逃げるまでの時間を稼ぐのだ。
もしそうなれば、私も自分自身の命を対価にすることになるだろう。母親の目の前で娘が2人も死ぬ光景を見せたくないし、トモヤにも私たちの仇討ちのために戦ってほしいとは思わないが、もし私とサクヤ姉さんが命を落とせば、トモヤは仇討ちを選ぶのだろうか。
そう思いながら住人たちと共に走っていたその時だった。
後ろから、真っ黒な毛の生えた何かが飛んできたかと思うと、私のすぐ目の前の床に落下して、真っ赤な液体を床の上にばら撒いたのである。後ろから追ってきている転生者が投擲した手榴弾だろうかと思ってぎょっとしたが、手榴弾に”毛”が生えているわけがないし、真っ赤な液体が出るわけがない。
「え………」
それを見下ろした私は、凍り付く羽目になった。
それの正体が衝撃的過ぎたせいなのか――――――周りの音が何も聞こえなくなり、両足の力が抜けてしまう。いや、力が抜けているという感覚すら感じる事ができない。まるで、身体中に重りを取り付けて海へと飛び込み、そのまま海底へと沈んでいるような感覚が私に牙を剥く。
目の前に落ちてきたのは――――――剣で胴体と切断された、血まみれのサクヤ姉さんの頭だった。
姉さんの頭。
胴体と切断された、姉さんの頭。
私の家族の頭。
血まみれの姉さんの顔。
「姉………さ……ん………?」
軍港で待ってるって言ったのに。
手を姉さんの頭へと伸ばし、血まみれになっている黒髪にそっと触れる。
通路の後方から、血まみれの剣を持った転生者の青年が見えた。彼の後方には首から上を切断された誰かの身体が見える。黒いドレスにも似たテンプル騎士団の制服を着ているから、きっと姉さんの身体なんだろう。
身体中が震える。
私が時間を稼いでいれば、姉さんは死なずに済んだだろうか。
「弱すぎるなぁ………はははっ、雑魚のくせに」
そう言いながら、ポケットから端末を取り出す転生者。何度か端末の画面をタッチしてSMGを装備した転生者は、その銃口をゆっくりと私へ向ける。
そのまま私を蜂の巣にするつもりなのだろう。ハヤカワ家への報復が目的だというのであれば、父と長女と次女を消すことに成功するというわけだ。
しかし、この青年はハヤカワ家に強烈な恨みを持っているらしく――――――私を蜂の巣にするよりもはるかに残酷な選択肢を選んだ。
私に突き付けていた銃口を上げたかと思うと――――――そのSMGで、逃げていく住民たちを掃射し始めたのだ!
「!!」
「ギャッ!!」
「うわっ――――――」
「た、助け――――――」
容赦がない。
軍服ではなく私服を身に纏い、武器を持っていない非力な非戦闘員たちを、青年はニヤニヤと笑いながら次々に射殺していく。銃弾を叩き込まれた女性の背中が穴だらけになり、その女性が手を繋いでいた幼い少女の頭が弾け飛んで、脳味噌の破片の混じった血飛沫を巻き散らす。
もちろん、その銃弾は一緒に逃げていた母上にも牙を剥いていた。
トモヤを抱きながら逃げていた母上の背中に穴が開き、血飛沫が舞い上がる。被弾した母上は歯を食いしばりながら幼いトモヤを抱きしめ続け、そのまま走り続けようとする。だが、残酷な転生者はまるで逃げようとする母上を嬲り殺しにするかのように、足や肩に弾丸を撃ち込んで転倒させてしまう。
「母上ぇっ!!」
「こ、この………ッ!」
トモヤを抱きしめながら、護身用に持っていたコルトM1911を引き抜こうとする母上。だが、黒いハンドガンがホルスターから姿を現すよりも先に、再び転生者の銃が火を噴き、母上の眉間に風穴を開けてしまう。
がくん、と頭を大きく揺らしながら、母上が崩れ落ちた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
用意していたスモークグレネードを投擲して、私は死体の群れへと向かって走った。先ほどの掃射で母上は被弾したが、彼女が抱きしめていたトモヤはまだ無傷な筈だ。姉さんと母上を守る事ができなかったのは無念だが、せめてまだ2歳の弟だけは守りたい。
血や飛び散った肉片で埋め尽くされた床を踏みつけ、眉間から脳味噌の破片を覗かせている母上の死体の腕をつかむ。やっぱりトモヤはまだ無事だったらしく、自分を命懸けで守ってくれた母親の返り血や肉片を浴びて真っ赤になった状態で泣き続けていた。
「トモヤっ!」
「おねーちゃんっ! ママがぁ………!」
「逃げるぞ、早く!」
「やだ、ママ! ママぁ!!」
すまない、母上。
トモヤだけは絶対に守るから………!!
泣き続けるトモヤを抱き上げ、通路の奥へと向かって走る。隔壁の向こうから、艦艇の装甲にこびり付いた潮の匂いが漂ってくる。
そろそろ後ろにスモークグレネードを投擲するべきだろうと思った直後、急に右足から力が抜けた。がくん、と足が大きく揺れ、力を入れられなくなる。思い切り力を込めて立ち上がろうとしたが、まるで穴の開いている燃料タンクから燃料が漏れていくように、力が漏れていく。
トモヤを抱えたまま転倒した私は、足を見下ろした。
右足の太腿に、どういうわけか穴が開いていた。まるで銃で撃たれたような穴だと思った直後、いつの間にか接近していたあの転生者の青年が、起き上がろうとしていた私の右足を思い切り踏みつけやがった。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「おねーちゃん!」
「ヒャハハハハハハハッ! 逃げられると思ったのかよ、クソガキ!!」
「こ、この………!!」
南部大型自動拳銃をホルスターから引き抜こうとするが、転生者が足を捻りながら更に体重を乗せてきたせいで、私は絶叫する羽目になった。
「やめろっ!!」
「うるせーんだよ、ガキ!」
「げふっ――――――」
「!!」
幼い弟が私を助けようとしてくれたのは喜ばしい事である。
だが、キメラの能力や転生者の能力の使い方の訓練すら受けていない2歳の子供が、弾丸を弾くほどの力を持っている転生者を食い止めるのは不可能である。仮に転生者が丸腰だったとしても、思い切り蹴飛ばされて嬲り殺しにされるのが関の山だろう。
転生者を止めようとしたトモヤの小さな身体を、転生者は躊躇なく蹴りつけた。
「トモヤぁっ!!」
「よく見てろよ、クソ女。次に死ぬのはこのガキだ」
「や、やめろ………やめてくれっ! 頼む! その子だけは助けてくれっ!!」
「はっはっはっ、そんなに大事な子なら、なおさら痛めつけてやらねえとなぁ!!」
ニヤニヤと笑いながら、転生者は呻き声をあげているトモヤをまた蹴りつけた。彼の小さな身体が吹っ飛び、通路の壁に叩きつけられる。
動かなくなってしまったトモヤを、その転生者は容赦なく踏みつけた。悲鳴を上げながらこっちへと手を伸ばしてくるトモヤを見つめながら、今度こそ南部大型自動拳銃を引き抜き、銃口をその転生者へと向ける。
しかし――――――弟を救うために引き金を引くよりも先に、無慈悲な剣の切っ先が、トモヤの小さな身体を貫いていた。
「――――――――!」
トモヤ………。
まだ2歳の弟まで………………。
「そんな………………」
「さて………次はお前だな、クソ女。言っておくが、お前らが殺される羽目になったのはお前らの先祖のせいだ。あの世でたっぷりと責め立てると良い」
ご先祖様のせい………?
違う、お前のせいだ。
母上を殺したのはお前だ。
父上を火炙りにしたのはお前だ。
トモヤを嬲り殺しにしたのはお前だ。
姉さんの首を斬り落としたのはお前だ。
お前のせいだ。
お前が殺したのだ。
ご先祖様は、貴様のような奴らをこの世界から取り除くために戦い続けていたのだ。確かに貴族や敵には怨まれていたかもしれないが、ご先祖様を敵に回すという事は、貴様がクソ野郎だったからだろう?
激昂しながら引き金を引こうとしたその時だった。
「――――――撃てぇッ!!」
男性の大声が聞こえた直後、通路の奥から駆け付けた兵士たちのライフルが一斉に火を噴いた。




