復讐にハッピーエンドは似合わない
「うー……」
ドンッ、と銃声が鳴り響く。トリガーを引く度にエジェクション・ポートから煙と火薬の臭いを纏った薬莢が飛び出して、床へと落下して金属音を奏でる。
フロントサイトの向こう側にある人型の標的に風穴が開き、弾丸が命中した事を告げる。もし実戦で、あの標的が本当の人間だったとしたら、今頃あの敵兵は眉間に弾丸を叩き込まれて即死している事だろう。
「うぅー………」
セレクターレバーをセミオートからフルオートに切り替え、ハンドガードをしっかりと掴みながらトリガーを引きっ放しにする。立て続けに銃口から弾丸が飛び出して、標的を瞬く間に蜂の巣へと変えた。
「ううぅーっ………」
「あ、相棒、どうした?」
傍らでAK-74Mを組み立てていたジェイコブが、ゆっくりと銃口を下げてマガジンを取り外し、安全装置をかけた俺に声をかける。
「………なんか小口径って物足りない」
そう、物足りない。
AK-47やAKMで使用する弾薬は7.62×39mm弾。反動が大きいという欠点があるが、破壊力とストッピングパワーはアサルトライフルの中で優れていると言ってもいいだろう。標的を確実に仕留める事ができる最高の弾丸だと思っている。まあ、確かに反動は大きいので使い辛い事もあるが。
それに対し、AK-74やAK-74Mで使用する弾薬は”5.45×39mm弾”。そう、7.62mm弾よりも口径が小さいのである。破壊力とストッピングパワーは落ちているが、その分反動は小さくなっているので扱いやすいし命中精度も高い。
ソ連軍が小口径の弾丸を採用し始めたのは、アメリカ軍がベトナム戦争で実戦投入した『M16』が原因だと言われている。冷戦で対立していたアメリカの技術は、宿敵だったソビエト連邦にも大きな影響を与えていたという事だ。
ちなみに、現代では7.62mm弾のような大口径の弾薬を使用するライフルよりも、5.45mm弾や5.56mm弾のような小口径の弾薬を使用するライフルの方が主流となっている。大半がそういった小口径の弾薬を使用するアサルトライフルと言ってもいいだろう。
既にこの弾薬を使用するAK-74Mは他の部隊にも支給が始まっているというが、他の部隊ではまだ7.62×39mm弾が残っているので、AKMも使用し続ける予定らしい。
「も、物足りない?」
「見ろよ、あの風穴」
先ほどまで狙っていた標的を指差す。人間の形をした木製の標的には風穴が開いているが、AKMで射撃した時の風穴と比べると穴が小さいのだ。
7.62×39mm弾で木製の標的を撃つと、風穴を開けるというよりは”ハンマーで思い切り殴打し、吹き飛ばしたような”荒々しい風穴が開く。だが、5.45×39mm弾の場合は”レイピアで突き刺したような”慎ましい風穴が開いているのである。
命中精度は良いし反動も小さいから確かに扱いやすい。敵に当てやすい弾薬と言うのは、兵士たちからすればまさに理想的な代物と言っていいだろう。
だが、それが当たったとしてもちゃんと標的を仕留められる可能性は下がる。
口径が小さくなるという事は、殺傷力も下がるという事だ。
「小さいだろ」
「あ、ああ……でも使いやすくないか? 他の部隊でも高い評価が――――――」
「でも物足りないんだよなぁ………」
「仕方ないだろそれは………頭狙えよ」
「そうするわ………」
物足りないよなぁ、本当に。俺は大口径派なんだよなぁ。早くAK-15使いたい。
とりあえず、このAK-74Mもカスタマイズしてから使うとしよう。殺傷力が落ちているのならば頭を狙って確実に仕留めるようにすればいい。欠点があるならば補うまでだ。
まず、照準器はロシア製ドットサイトのOKP-7。位置を少し高くして後方にブースターを搭載しておく。銃身はヘビーバレルに換装し、ラッパ型のマズルブレーキを搭載する。後は使用弾薬が小口径になった事で低下した殺傷力不足を補うために、グレネードランチャーも搭載しておこう。これは今までと同じくRGS-50Mの砲身を切り詰めたものでいいだろう。こいつの破壊力はかなり優秀だからな。
カスタマイズを終えてから、自分の銃をチェックする。重量は増えてしまったが問題はないだろう。ドットサイトとブースターも問題なさそうだ。
問題は対転生者戦闘だな………俺には問答無用というスキルがあり、転生者の防御力を無視してダメージを与えられる。だから殺傷力が落ちても大きな問題にはならないが、これは俺だけのスキルなので他の隊員たちは大きな影響を受けてしまうし、基本的に格上の敵と戦う事になる対転生者戦闘で、一撃で確実に仕留められないというのは致命的である。
仕留め切れなければ、反撃でやられてしまうかもしれないからだ。死体にしたつもりの敵からの反撃でこっちが死体になるのは笑えない。
カスタマイズを終えたAK-74Mを構えてみてから、ゆっくりと銃を下ろす。端末を取り出してから装備している武器を解除して、俺は溜息をついた。
「それじゃ、俺は先に部屋に戻ってる」
「おー、お疲れ様ー」
訓練場に残っているジェイコブにそう言ってから、射撃訓練場を後にした。
最近は実戦がないので、こういう訓練や新兵たちの訓練を行ったり、たまに陸軍の部隊の訓練に協力したりしている。
前世の世界にいた頃では考えられないよな。いきなり異世界に転生して、妹を殺され、その復讐を果たすために軍人になったなんて。前の世界にいた頃は一生手にする事はないだろうと思っていた銃は、今では俺たちの相棒だ。戦友が敵兵に殺されるのも珍しい事じゃないし、命乞いする敵兵を殺すのも日常茶飯事である。
クソッタレな世界で、クソッタレな事をしている。まあ、前世の世界もクソッタレだったが。
どうしてあんな親の子供として生まれ、地獄のような人生を経験する羽目になってしまったんだろうか。明日花と一緒に暮らしていた頃は幸せだったが………。
エレベーターに乗り、すれ違った憲兵と敬礼をしてから居住区へ入る。居住区の中は、当たり前だが他の区画よりも民間人が多い。ここに住んでいる民間人の大半は、テンプル騎士団の兵士の家族たちだからな。まあ、10年前のタンプル搭陥落のような惨劇を防ぐために、家族を敢えてアルカディウスやユートピウスに住ませている兵士もいるらしいが。
今の世界は平和だ。10年前みたいな惨劇はそう簡単には起こらないだろう。世界大戦も終わったから、今の世界はそれなりに静かだ。
だが、いつ次の戦争が始まってもおかしくない。
シュタージの情報では、最近では社会主義国家となったオルトバルカ連邦が、隣国である”スオミ共和国”への侵攻を企てているという。スオミ共和国は元々は『シベリスブルク山脈』の麓にあった小さな集落で、アルビノのハイエルフたちが住んでいるらしい。
かつてタクヤ・ハヤカワは、そこにテンプル騎士団の”スオミ支部”を作った。10年前の勇者による総攻撃で世界中の支部が壊滅する羽目になったが、アナリア支部とスオミ支部は辛うじて壊滅せずに済んでおり、なけなしの兵器で武装して何とか生き延びたという。
最近ではセシリアやサクヤさんが何度かスオミ支部へと向かっており、向こうの司令官と接触している。
そのスオミ共和国を、スターリンのクソ野郎が狙っているのだ。
元々、オルトバルカの国土は非常に小さかった。だが、大量の魔術師の実戦配備によって圧倒的な軍事力を手にした大昔のオルトバルカが周辺の国家を次々に侵略していったことにより、今のような極めて広大な国土を手にしたのである。
その侵略に最後の最後まで抵抗を続けたのが、スオミの人々だった。
それ以来、スオミの里に住む人々は侵略者であるオルトバルカ人を”侵略者”と呼んで忌み嫌っているし、オルトバルカでもスオミの併合を目論み続けていた。まあ、昔は王家の後ろ盾だったハヤカワ家の仲裁でそれほど対立していなかったらしいが、今ではもうハヤカワ家という”枷”はない。
大昔から続いているお互いの憎悪が、そろそろ真っ向から衝突することになりそうだ。
コンコン、とドアをノックしてから部屋に入る。以前にノックせずに入ったらサクヤさんが着替えている最中で、思い切り顔面をぶん殴られたことがあったからな。こうしてチェックすることで自分の命を守ることも出来るので、ノックは大事である。
ドアを開けた瞬間、強烈な臭いが溢れ出した。
「!?」
当たり前だが、いつもなら部屋からこういう臭いはしない。
何だ、この魚を焦がした臭いに腐臭を足したような強烈な悪臭は。
咄嗟に腰へと手を伸ばし、大きめのポーチの中からガスマスクを取り出した。このまま臭いを嗅いでいたら吐きそうだったし、なんだか鼻の奥とか喉の奥がヒリヒリしてくる。毒ガスじゃないかこれ?
「おお、力也! ゴホッ、ゴホッ、遅かったな!」
「………セシリア?」
意外なことに、彼女はキッチンにいた。
料理は俺の仕事だ。セシリアは料理ができないし、サクヤさんも料理が苦手らしい。というか、料理が下手なので彼女の料理を食ったら死んでしまうという。だから、料理は俺の仕事だ。このハヤカワ姉妹に料理を任せたら殺傷力に特化した料理が出来上がってしまう。
だからこそ、セシリアがキッチンにいた時点で何があったのかは悟った。
「あの、これは……?」
「ゴホゴホッ……いつもお前に美味しいご飯を作ってもらってるからな。今日は帰りが遅くなりそうだったから、私が料理にチャレンジしてみたのだ」
よく見ると、セシリアはいつもの制服姿ではなく私服だ。その上から真っ白なエプロンを身に着けているのはとっても可愛らしいんだけど、何でその純白のエプロンに返り血らしきものが付着してるんだろうか。
料理してきたというより、家畜を解体してきた人みたいに見えるんだが。
胸を張るセシリアの後ろには、この悪臭の発生源が鎮座していた。
でっかい鍋の中からは何かの骨が突き出ている。恐る恐る鍋に近づいて中を覗き込んだ瞬間、冷や汗が溢れ出た。
きっと、原型はシチューだったんだろう。キッチンの隅には牛乳の瓶とか野菜の皮が置いてあるので、セシリアはシチューを作ろうとしていたに違いない。けれども鍋の中に収まっているのは、灰色の泥みたいな粘液の中に骨の付いた肉とか変色した野菜の残骸が浮かぶ、ただの危険物である。
「………その、お前みたいに上手く作れなくてだな……失敗してしまったんだ。………ご、ごめん」
「………す、すっげえ美味そうじゃん!」
ガスマスクを外しながらそう言う。いや、呼吸する度に喉の奥がヒリヒリするし臭いのでヤバい。ガスマスクつけてないと死にそうなんだが、それではセシリアに失礼なので耐えるしかない。
「ありがとな、セシリア」
悪臭と喉の激痛に耐えながら、義手をそっとセシリアの頭の上に置いた。自分が作った料理が失敗作だという事を自覚して、申し訳なさそうにしていたセシリアは、顔を赤くしながら尻尾を横に振り始めた。
「でもこれ……食べれないだろう?」
「いや、そんな事ないだろ。ちょっと待てよ」
スプーンを鍋の中に突っ込んで、灰色の泥みたいなシチューを掬いとる。そのまま口へと放り込んだ瞬間、頭がぐらりと揺れたような気がした。
体勢を立て直そうと思ったんだが、どういうわけか力が入らない。ちゃんと立つために足に力を入れているというのに、まるで頭を弾丸に撃ち抜かれ、これから倒れていくかのように力を入れる事ができないのだ。
ああ、ヤバかったんだ。
これ、シチューじゃないし………。
「力也? 力也ぁ!!」
涙目になりながら駆け寄ってくるセシリアの方を見つめながら、俺は目を閉じた。
「――――――ゴホッ」
まだ、喉がヒリヒリする。
ゆっくりとベッドから起き上がって、薄暗い部屋の中を見渡した。部屋の中にはまだ悪臭の残滓が残ってるけど、部屋に戻ってきたばかりの頃に比べればかなりマシだ。明日の朝には良くなるのではないだろうか。
キッチンの方はいつの間にか片付いている。あの灰色の泥みたいなシチューが入っていた鍋はないし、キッチンの隅にあった野菜の皮とか牛乳の瓶も全部なくなっているのが分かる。
「大丈夫?」
「サクヤさん………」
愛用しているソ連の国旗が描かれているマグカップを持ったサクヤさんが、ベッドの近くにやってきた。俺のマグカップを受け取ってからお礼を言い、中に入っているコーヒーを口へと運ぶ。
「あの、俺は………」
「びっくりしたわ。会議が終わって戻ってきたら部屋の中から凄い臭いがしたんですもの」
「あはは………」
苦笑いしながら頭を掻こうとしたが、腕が動かない。
まだ身体を動かせないんだろうかと思いながらベッドの中を見ると、セシリアも同じベッドで眠っている事に気付いた。頭を掻くために動かそうとした義手に、セシリアがしがみついていたのだ。
「今度、セシリアに料理を教えてあげようかなって思ってます」
「うん、それがいいわ。力也くんって料理が上手だし。きっといいお嫁さんになるわよ?」
「男なんですが」
「あら、ごめんなさい。うふふっ」
「………料理は、妹の方が上手でした」
「…………亡くなった妹さんね」
「ええ……いつも彼女が料理を作ってくれてたので」
だから、俺が料理を作るのは彼女が体調を崩した時とか、忙しそうな時くらいだった。
幼少の頃にクソ親父が母親を殺し、そのクソ親父が刑務所に放り込まれたことで俺と明日花は2人で生きていかなければならなくなった。他の親戚は俺たちを”不吉な子”だと呼んで受け入れてくれなかったからな。
あの日から、世界は俺たちの敵になった。
辛かったけれど、幸せだった。
明日花が大人になって、結婚して幸せになってくれたらハッピーエンドだったことだろう。
「………いつもお疲れ様、力也くん」
マグカップを見下ろしながら昔の事を思い出していると、傍らに座ったサクヤさんが抱きしめてくれた。
コーヒーの香りと石鹸の匂いが混ざり合って、俺を包み込んでくれた。彼女はもうシャワーを浴びたのだろうか。
「戦争が全部終われば、もう辛い事はなくなるわ。そうしたら、この子の事をお願いね」
「………はい」
戦争が終わったら、か。
セシリアやサクヤさんと一緒に生きていくのも悪くないかもしれない。今まで経験してきた嫌な記憶で苦しむこともあるだろうが、幸せに暮らすことはできるだろう。
けれども――――――この命は、明日花の仇を討つためだけにある。
復讐が終われば、俺の存在意義は消え失せるのだ。
俺は、復讐という炎が遺した、陽炎という灼熱の幻に過ぎない。
だから、復讐が終われば俺も終わる。
復讐に――――――ハッピーエンドは、似合わない。
第十七章『戦乱の空白』 完
第十八章『冬戦争』へ続く




